第2話 羽衣と九耀と約束(9/11)

■シーン14」■ 小田原市立病院


       病院前全景。救急車や人の出入りが激しい。


       外来待ち合い場、行き交う救急隊員、看護婦、被災者。


アナウンス:「(ざわめきと同程度)‥‥○○先生、至急第2処置室へお越し下さい」

啓吾の声 :「(はっきり)先生!」


       白い扉の陰から出て来る医師。走り寄る啓吾


啓吾   :「どうですか?」

医師   :「(啓吾を見やり)右上腕部は、骨にひびが入っていますが、措置が良かったですね、一月もすれば繋がるでしょう。他も概ねかすり傷程度です。衰弱はしていますが、心配はいりません」

啓吾   :「(安堵して)そうですか」

医師   :「ただ、記憶がないのと、妙な幻想に取りつかれていますね」

啓吾   :「幻想ですか? あの子、‥‥普通の人間と変わった所はありませんか?」

医師   : やや軽蔑した表情で啓吾を見て、

      「(にべもなく)ありませんね、何一つ」

啓吾   :「そうですか(バツ悪げに視線を逸らす)」

医師   :「次回、脳波の検査をしてみましょう。今、栄養剤の点滴をしていますので、それが終わったらば、今日は引き取られて結構ですよ」

啓吾   :「(目を戻し)あ。その件なんですけど、先生。実は、俺は東京に帰らなくてはならないんです」

医師   :「ほぉ!?」

啓吾   :「で、あの子なんですが、この病院で引き取っては貰えないものでしょうか?」

医師   :「入院ですか?」

啓吾   :「はい」

医師   :「(腕組みし)それは困ったな。(首を回して)町は見ての通りの有り様です。重傷患者のためにベッドは一つでも空けておきたいのですが」

啓吾   :「(手を合わせ)そこを何とか」

医師   :「仕方がない。何とかしてみましょう」

啓吾   :「ありがとうございます(頭を下げる)」


       病院ロビーの人ごみの中を歩く啓吾。


啓吾   :「(独白)そうか。あの子、ただの人間か‥‥」



■シーン15■ 病院玄関前


       啓吾、正面玄関を出て駐車場を横切る。


啓吾   :「(独白)そりゃあ、そうだよなぁ。いや、信じた訳じゃないけど‥‥」


       画面をバン(タウンエース・ノア・フィールドツアラー・ツインムーンルーフタイプ)が横切り止まる。

       吉田翔。タウンエースの窓から身を乗り出す。


翔    :「啓吾!!」

啓吾   :「(驚いて)翔!!」

       駆け寄る。

翔    : 車から降りて啓吾の腕を取る。

      「いやあ、よかった! 街中捜さなけりゃならないかと思ったぜ」

啓吾   :「(驚いて)あ、もしかしてそのために戻って来たのか?」

翔    :「そうだよお! お前が戻っていないってんで、昨日、東京じゃあ大騒ぎになってさ。そうしたら、今朝になってお前の伊東のお袋さんから電話があって、お前が小田原で動けなくなってるってんで、俺が車を出したんだけど‥‥、(啓吾の後方を見て、気遣う口調)何だよ、怪我したのかよ?」


       啓吾、後ろを一瞥する。後方に病院の看板。


啓吾   :「いや、俺じゃないんだ‥‥。そうだ、翔。悪いんだけど、ちょっと待ってて貰えるかな?」

翔    :「(不得要領な顔で)ん? いいけど‥‥」

啓吾   :「悪い」

       歩み去る。

翔    :「何だよ? 誰かの見舞いか?」

啓吾   :「(振り返り)ん。そんな所だ」



■シーン16■ 再び、病院内


       外来待ち合い場。

       人ごみの中に彩香。毛布に包まれてベンチに座っている。

       ただし、毛布の下には病院着。

       頭や腕の包帯は、前よりもずっときれいに巻かれている。右腕にはギブスをはめて、三角巾で吊っている。


       啓吾。『スーパーこぐま』の袋を抱えて戻って来る。


啓吾   :「彩香ちゃん!」


       振り仰ぐ彩香。歩み寄る啓吾

       啓吾、腰をかがめて彩香の顔を覗く様にすると、手で、くしゃくしゃっと髪をなでる。


啓吾   :「どう?」

彩香   :「(心持ち沈んだ声)はい‥‥。ありがとうございました。あの‥‥」

啓吾   :「うん?」

彩香   :「お帰りになるそうですね?」

啓吾   :「(やや後ろめた気に)ん、うん。仕事があるし、友達が迎えに来てくれたしね」

彩香   : うつむく。

啓吾   :「(笑みを浮かべて)大丈夫だよ。君は、ここにいれば家族や友達とすぐに逢えるし、記憶だってじきに戻る」


       彩香、啓吾を見る。


啓吾   : 袋を差し出し、

      「身の回りのもの、適当に見繕って来た」


       彩香、袋を受け取り中身を一瞥する。

       茶封筒に気付いて取り出す。

       茶封筒から一万円札と千円札が数枚。

       彩香、啓吾を見る。


啓吾   : 鼻の頭を指でかき、

      「あのさ‥‥。(苦笑)ごめんね。俺、今、手持ちがあんまりなくてさ。でも、当座の足しにはなるだろうから、置いて行く。週末には、また来るから」

       立ち上がりつつ、

      「その中に、俺の東京の連絡先も入れておいた。何かあったらいつでも連絡して。病院の支払いもこっちに来る様にしておくから」


       彩香、啓吾を見つめる。

       啓吾、腰を屈めて彩香の顔をのぞき、再び髪をくしゃくしゃっとなでる。


啓吾   :「大丈夫だよ。何にも心配ない」

彩香   : 顔を伏せる。

       しばらくして、顔を起こし、

      「啓吾さん。あたし、昨日、左手に腕輪をしていませんでしたか?」

啓吾   :「え? ああ‥‥。(腰を伸ばして)ないの?」

彩香   :「はい‥‥。『九耀の腕輪』って言うんです。あれがあれば、あたし、そんなに困る事はないと思います」

啓吾   :「高価なものなの?」

彩香   :「とても大切なんです」

啓吾   : 小首を傾げる。彩香を安心させるように、

      「オーケイ。海岸辺りを捜してみよう」

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