第2話 羽衣と九耀と約束(2/11)

■シーン3■ 小田原の海岸の倒壊家屋


       海岸俯瞰。既に薄暗い。

       倒壊家屋の入口に啓吾。


       家屋の中に彩香。頭には止血の包帯。右腕は添え木をして布で吊っている。身体には毛布をまとっている。左腕の『九耀の腕輪』(石が一つ失われている)を啓吾に向けて立つ。


啓吾   :「君! 立ったりしちゃ!!」

彩香   :「(あとじさりながら、決死の表情)来ないで!!」

啓吾   : 建物の入り口でいぶかしんで、

      「ああん?」

彩香   : 脅えた表情で、

      「く、来れば‥‥」


       『九耀の腕輪』、光を放つ。「帝釈」の文字が浮かび七色の光彩を放つ。


彩香   :「撃ちます!!」


       啓吾、彩香を見つめる。

       しばし考える。

       不意に表情を和らげて、


啓吾   :「オーケイ。行かないよ」


       彩香、戸惑う。


啓吾   :「よっ、と‥‥」

       大袈裟な動作で戸口に座り込む。

       彩香を見て笑みを浮かべる。


       彩香、対応に窮する。


啓吾   :「(ゆっくりと明瞭な口調で)俺は、君に何もしない。大波は終わった。君は安全だよ」

彩香   : 戸惑った表情で、「ア・ン・ゼ・ン?」

啓吾   :「恐い事は何もないって事だよ」


       彩香、しばし啓吾を見つめ返す。

       不意に顔から緊張が消える。腕が下がり、体がその場にくず折れる。


啓吾   :「君っ!」

       座った姿勢から飛び出し、昏倒しかける彩香を危うく抱き留める。

       抱き支えた彩香に完全に体重を預けられ戸惑う。

       彩香を見、その肢体から目を逸らし、途方に暮れて、

      「俺、今日、さんざん‥‥」


       啓吾の手が、携帯式蛍光燈を点灯させる。室内の闇が払われる。

       携帯コンロの炎。やかんが湯気を立てる。

       椅子の上に小型ラジオ(第1話にも登場)


ラジオ  :「フィリピン東方には弱い熱帯性低気圧があって‥‥」


       彩香。寝袋の上に上体を起こした姿勢。身体に毛布をまとい、啓吾の着ていたジャケットを羽織っているが、添え木をした右腕を左手で抱くようにして震えている。


ラジオ  :「‥‥西へゆっくりと進んでいます」


啓吾   : マグカップに湯を注ぎながら彩香を見て、

      「寒い?」

彩香   :「(震え声で小さく叫ぶ)いいえ!」

啓吾   :「まだ恐い?」

彩香   :「いいえっ!」

啓吾   :「(笑い含みに)あ! もしかして俺が恐いかな?」

彩香   :「いいえ!」


       啓吾、小さくため息。

       彩香の前にひざをつきカップを差し出す。


啓吾   :「少し熱いよ」

彩香   : 左手でカップの胴に触れ、

      「あつっ!」

       手をひっこめる。

啓吾   :「(殊更可笑しそうに)あわてん坊だなぁ。学校でもそう言われるだろう?」


       彩香、全く聞いていない様子。

       啓吾、再び小さくため息。


啓吾   :「そんなには熱くないよ。落ち着いて」


       彩香、左手でカップの柄を取る。

       啓吾、右腕の使えない彩香に手を貸してスープを飲ませる。


彩香   : スープを1、2口飲んでカップから顔を放して、あえぐ様に、

      「分からないんです」

啓吾   :「(いぶかしげに)うん?」

彩香   :「(視線を泳がせながら)分からないんです、何が恐いのか! 何で震えているのか。(次第に激して訴える様に)何があったのか思い出せない! 自分の名前が出て来ないんです!!」

啓吾   :「(彩香に顔を寄せ、驚いた様子で)マジ!?」

彩香   : 苦しげにうなずく。

啓吾   : 目を逸らし、嫌そうな顔で独白。

      「もろ、パターンじゃん‥‥!」

彩香   : ふいに啓吾にしがみついて来る。

啓吾   :「ちょっ! ちょっと、君!」

       まだ中身のあるカップを頭上に上げて両手万歳状態。

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