2 行方不明の教科書

「昼休み中に委員長から配られたと思うが、新しい道徳の教科書は来週以降使うから無くさないように気をつけろよー」

 は? いや、そんなの配られてないんですけど。っていうか、そういう大事なものは生徒に任せないでよ。

 帰りのHRのことである。久々にわたしは『無視』ではなく『物隠し』のイタズラをされることになるらしい。面倒くさ……。

 委員長というとまるで真面目な性格をした者がやるようなイメージだが、別にそんなことはない。うちのクラスの委員長はテキトーだし、わたしに積極的に嫌がらせをしてくる筆頭でもある。委員長に聞いたところで「トイレに行ってる間に机に置いといたよ」と言われるだけだろうし、あの役に立たない教師に相談したとしても、「教科書が勝手に飛んでいくなんてことはないだろうし、近くにあるんじゃないか?」とか見当違いのアドバイスを受けるだけである。

 教科書が勝手に飛んでいかないことがわかるなら、なぜ第3者によって移動させられたことに考えが至らないのか理解できない。

 くそう。最近はずっと無視されてて、半分くらいわたしへの興味なんてないのかな、なんて思っていたから油断していた。先生と委員長の接触なんて注視していなくちゃいけなかったのに。

 委員長の方にチラリと視線を寄せる。タイミング悪く委員長もこちらを向いていたようで、目線がちょうど交わった。わたしはどうやら不安そうな表情をしていたらしい。委員長やその周りにいる生徒の顔にはニマニマと気色の悪い笑顔が浮かんでいた。



「ねぇー? さっきこっちを見てたけどどうしたのぉ? キャッシー?」

 HRが終わると委員長が話しかけてくる。こうして積極的にあおってくる辺り、今回の仕込みは委員長が主導らしい。

「わたし、委員長から道徳の教科書、受け取ってないけどな」

「おかしいわね。席にいなかったから机の上に置いておいたんだけど……」

 全然おかしくもなんともなさそうな顔でそう言う。

 いや、この場合「しい」という意味では間違っていないのかもしれない。

 委員長とわたしが話していると、いつも委員長と一緒にいる女子のグループが近づいてきてまるで台本を読んでいるかのようなとうの勢いで言葉を投げかけてくる。

「そういえば、アントニーが『なんで教科書が2冊あるんだ?』って不思議そうにしてたよ。あれじゃない?」

「それだったら、早く追いかけた方がいいわ。アントニーたち、今日は廃工場に度胸試しに行くとか言っていたから!」

「アントニーってガサツだし、わけのわからないところに落としてきちゃうかもしれないわよ!」

 正直、委員長とその取り巻きがしきりに強調してくるアントニーというのが誰なのかイマイチ覚えてないのだが、アントニーがわたしの教科書を持っているということはわかった。

 まあ、顔と名前が一致しなくても仕方がないよね。皆がわたしを無視するように、わたしも皆のことなんてどうでもいいもの。

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