一章 廃工場と隠されし異形

1 キャッシー

 中学校の校門をくぐり、重い肩掛けかばんをいちど背負いなおす。今日の授業は数学、体育、社会科、道徳、そしてEnglish国語だった。体育と道徳があるぶん、教科書が少ないので昨日よりは少しだけ軽い。

 教科書や資料集を学校に置いておければ楽なんだけど、隠されると面倒なので持ち帰るしかない。

 本当に、自分がこういうところに気をつけなければいけないこの状況を考えると、道徳の授業って無駄だなぁって思う。いや、無駄というのは少々違うだろうか。どちらかというと無力?

 教室に入ると授業前特有のガヤガヤとした騒がしさに包まれる。わたしは特に誰に挨拶することもなく自分の席に着いた。

 どうやら最近のクラスのトレンドというのは『無視』というやつらしく、わたしとしては大した実害があるわけでもないので、こう言ってはなんだが安息の日々を送ることができていた。困るのなんてせいぜい授業などでペアやグループを作るときぐらいだ。しかも、無視されはじめたころは「グループが作れない、どうしよう!?」と焦ったものだけど、今となっては「みんな早く分かれてくれないかなー」とか、「他が決まるまでは『雲の形がなにに見えるかゲーム』でもやろうか」とか、そんな余裕まで出てきている。

 とはいえ、あまり余裕を出し過ぎるのもよろしくない。無視しているがわとしては当然、わたしがその行為に対してなにも思っていないというのは面白くはないだろう。適度に悲しそうな顔をするのが、この楽な生活を続ける秘訣である。

「はぁ」

 だから、教室に入ってきて数分してからのため息というのも、現状を憂えているというよりもアピールの側面が強い。このあと周りから視線を感じたり、小声でクスクスと笑う声が聞こえると、むしろホッとするのである。ああ、まだアホどもは『無視』を続けてくれそうだね、と。

 席に着いてからのわたしはなるべく他人と関わり合いにならないように顔を机に伏せる。本当なら暇な時間は読書にでも充てたいものだけど、いじめられている身としてはあまり学校に余計な物を持ってきたくない。どうせどこかに隠されるのがオチだし、そもそもこれ以上かばんを重くしたくないというのも理由だった。

 しかも小学生のころはまだ授業数も少なかったからいいものの、初等教育の高学年、中等教育と上がるにつれて科目数も増えるし、1日の授業数だって当然増える。

 しかもやっかいなのは理科や社会といった教科書以外に資料集や地図帳などの副教材があるたぐいの科目である。

 特に理科。なんであんなに資料集は重いの? カラーで立派なのは見ていて面白いのだが、もうちょっと軽くして欲しかった。

 中学生の今ですらこうなのだから、高校生になれば教科書類はもっと重くなるかもしれない。うん、高校は鍵付きのロッカーがある高校に進もう。

 そういえば今では辞書なんて携帯端末で済ませてしまうけど、昔は外国語フランス語では辞書を持ってくるように言われていたらしい。辞書なんて重い物の筆頭である。そんな時代じゃなくて本当によかった。

 あとは面倒というか、油断ならないのが体育だろうか。着替えを持ってこなければならないのはわたしに限った話ではないので除くとして、気をつけなければいけないのは貴重品である。

 当たり前だが体育の間、財布や携帯端末を体操着のポケットなどに入れておくことはできない。そうなるとかばんの中にしまっておくしかないのだが、そんなことをすればすぐにどこかへ消え失せてしまうだろう。そのため、体育がある日に貴重品は持ってこないようにしているのだった。当然、今日もお金は小銭を最低限。携帯端末も家に置いてきている。

 ちなみに体操服を着ている間は元々着ていた服が無防備となるわけだが、それは問題がない。隠されたところでそのまま体操着でいればいいのだ。

 それぐらいならもう慣れた。

 さて、1限目は数学である。暇なのもあって、授業が始まるまでの朝の時間は前回の授業のことを思い出す時間に充てているのだ。おかげで『無視』が始まって最初の期末試験では成績が目に見えて上がっていた。嬉しいような嬉しくないような複雑な気分である。

 やがて先生が入ってくると、わたしは誰にも気付かれないようにホッと息を吐いてから顔を上げる。先生のいる時間――というよりも、皆が机に拘束される時間はわたしにとって1番の休息期間であり、この自由でない時間にわたしは学校内でもっとも自由を感じる。

 わたし――キャッシーにとって、学校生活はこういうものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る