真夏散歩

によ

真夏散歩

「お嬢さん、こんな夜中にどこへ行くんだい?」

猫が私に話しかけた。黒猫。ちょっと不吉。

「こんなあっつい夜でしょう。寝れなくて。だからどこかへ行こうと思って」

今日はとても暑い日だった。熱帯夜だった。空に雲なんて一つもなくて、なのに星は少ししか見えなくて、見えるのはキラキラ光る街中の看板だけ。

「じゃあ、僕がオススメの場所へ連れて行ってあげよう」

黒猫は、黄色い月形の目を細めて、口をにやりとさせて笑った。

「いや。行きたいところは決まっている気がするので、お断りします」

私はどうやら、行きたいところが決まっているらしかった。そんな気がした。そんな気がするだけだけれど。だから、家を出てから、真っ暗い道を迷わず歩いてくることが出来たのだ。

「僕のおすすめは、外国の海。真夏にぴったり。気持ちいいよ」

猫は私の横にぴったりとくっついて、四足歩行で歩きながら、プレゼンをしてくる。

「さらににゃんと!出血大サービスで、北海道にもいけちゃうにゃーん。真夏にぴったり。ちょっぴり涼しい場所へ行くのはどうかにゃ?」

私は無視を続けているのに、猫は意外と渋とくついてくる。このくらい道を抜ければ、私は私が行きたい場所へ行けるのに。

「本当にそこに行きたいのかにゃ?」

猫は突然飛び上がり、ふわふわと浮きながら、私の耳元で囁いた。

「ずっと行きたかったところだよ」

私は迷いなく言った。

「じゃあ、なんでずっと泣いているのかにゃ?」

私はずっと気づいていた。

猫が話すなんておかしいんだって。この猫は、私が餌をあげていた、近所の野良猫いそっくりだって。

その猫は、去年車に引かれて死んだんだって。

「戻りにゃよ。まだ、君を大切にしてくれる人たちは沢山いるから。僕も近くで見守ってるから。さあ、君の名前を言って」

私は「真夏」と小さな声で言った。

目を覚ますと、泣きじゃくる父と母がいた。

「学校、辞めようね」母は優しく私を抱きしめ、父は手を握ってくれた。

「散歩は迷子にならないようににゃ」

生意気な黒猫の声が聞こえた。

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真夏散歩 によ @niyo

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