『普通じゃない』二人による『普通』の遊園地デート

「あれ食べない?」


 尚子はこの遊園地で定番のチキンレッグを指さしながらそう言った。


 尚子と付き合い始めてから、彼女が結構な大食いということに翔平は気づかされた。


『正直、俺より尚子の方が大食いなんじゃないか?』と翔平は彼女とお家デートで一緒に夕飯を食べる度に思っていたが、今日のデートでそれは確信に変わった。


「いいよ。行こう」


 でも、好きな人が好きなものを食べている時の表情を見るのは悪くないなと思わされていたのもここだけの話。


「ねえ、山田君。私のことを見すぎだよ」


「ご……ごめん」


「そんなに可愛い?」


『そんな質問はずるいだろ。可愛くないはずがない』と翔平は心の中で思った。


 でも、小心者で恥ずかしがり屋な翔平は「ま……まあまあかな」と返すことしかできなかった。


「……ここは嘘でも可愛いって言わなきゃ私以外の人だと愛想つかされちゃうよ? まあ、私は普通じゃないからいいけど」


 尚子はそう言って、チキンレッグをどんどん食べ進めた。


 そして、そのチキンレッグを食べ終わった後、尚子は間髪入れずに「次はあそこに行こ!」と言って、翔平の手を引っ張った。


 でも、尚子の歩くペースはやはり遅いので、引っ張られている感じはあまりしなかった。


 翔平にとって、今日のデートは初の外だったということもあるが、別の意味でも新鮮さと心地よさを感じていた。なぜなら、以前、翔平が茂と正人とこの遊園地に来た時は、茂が遊園地マスターだったこともあり、とにかく効率よくファストパスをゲットして、できる限り多くの乗り物に乗るようにしていた。


 でも、今日はそんな『普通』の回り方ではなく、まったり遊園地を回っていた。


 そのおかげでいつもは気づかなかった屋台やモニュメントをじっくりと楽しむことができていた。


 一方で尚子は目がついた所(特に出店とかの食べ物だが……)に寄り、そこを存分に楽しんでいた。


 まあ、当然、ファストパスを取るという考えも無いので、アトラクションに乗る時はやはり1時間ぐらい待つことになった。


 翔平は心底、今日が平日で助かったと思った。休日だったら、二時間待ちになるのは間違いないからだ。


 やはり、今日の来場者に社会人っぽい人はあまりいなく、学生服を着た高校生やカップル、大学生がほとんどだった。


『もし、茂がここにいたら、尚子を抱えて回るんじゃないかな?』と翔平は心の中でそう思った。


「ここは45分待ちで入れそうだね。ってか、このアトラクション、結構絶叫系だけど、尚子は全然大丈夫なの?」


「私、絶叫系大好きなの。逆にそれにしか乗らないくらいなんだ」


「……でも、今日は食べてばかりな気が……」


「何か言ったかな?」


 尚子は翔平を笑顔で見ていたが、その目の奥に怒りを感じたのは間違いではないと翔平は即座に理解した。


「ご……ごめんなさい」


「山田君って、本当に今まで出会ってきた人達と全然違うね」


 翔平はその尚子の言葉聞いて、愛想つかされてしまったと思い、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


「ご……ごめん」


 翔平は何とか『別れよう』という四文字を尚子に出させないように必死に謝った。


「何で謝るのよー。いい意味で違うって言ったの。……実は私、家族とは遊園地に行ったことはあるけど、友達と行ったことなくて…………。だって、私が遊園地に行ったら、きっと嫌われちゃう……」


 尚子は夕暮れ時とはいえまだまだ気温が高い真夏にも関わらず、手を握っていた。


 翔平はその尚子の話を聞いて、安心を覚えたと同時に、少しショックな気持ちになった。だって、尚子は決してわざと歩くのを遅くしている訳ではない。


 でも、それに尚子が引け目を感じて、今まで我慢に我慢を積み重ねていた。


 翔平はその『普通』にむかついていた。


「……や……山田君は……私と居て楽しい……?」


 尚子は翔平の方を見ずにそう質問をした。尚子の固くしていた手は小刻みに震えていた。


 尚子が小学生に入学したくらいの時は彼女が正常で、周りの歩くスピードが速いのだと思っていた。


 だが、小学四年生にあった遠足である出来事がおきる。


 それは尚子が歩くのが遅かったせいで、皆で計画した場所を何個か省略しなければならなくなったというものだ。


「財前と同じ班だと、行きたいとこどこも行けないんだけど」


 尚子と同じ班だったある男の子がそう愚痴をこぼした。子供の無邪気さは時には、鋭く鋭利な刃物のような言葉を生み出す。


 そして、その尖ったナイフは尚子の心だけではなく、自信も傷つけられてしまった。


 加えて、追い打ちをかけるようにその日に『私がおかしいんだ』という無残でどうしようもない現実を突きつけられたのだ。

 

「尚子も行く?」


「……私はいいよ。皆で楽しんできて!」


 それから、尚子は迷惑になると考え、誰かと青春を謳歌することを我慢した。


 我慢して、我慢して、我慢した。


 でも、今日、尚子の隣にいる彼はきっと違う。


「……財前、俺も歩くの遅いからさ、これからは一緒に歩こうよ」


 あの日に私にそう告げてくれた彼なら、きっと、私の等身大を受け入れてくれる。


 だから、今日は必死に自分がしたいと思ったことを片っ端からした。正直、「普通」の人なら『財前はわがまますぎるな』と言って離れてしまう所、彼は決してそんなことなく、「いいよ。行こう」と言って、尚子のどんなわがままも受け入れてくれた。


 嬉しかった。


 でも、その反面、彼に我慢させてるのではないかと尚子は怖くなった。


『山田君は優しいから私に合わせてくれている。本当はファストパスとか取って、もっと色々な乗り物に乗ったりしたいのかもしれない』と彼を連れまわす度に恐怖がどんどん増していく。


『私は山田君が好きだ。でも、山田君が好きな私を私は好きになれない』


 尚子は誰にも言えない自分の問題を誰かに解決して欲しかった。誰かに理解して欲しかった。


「……や……山田君は……私と居て楽しい……?」


 だから、尚子はそんな私を好きだと言って、受け入れてくれた彼ならと勝手に信じてそう聞いたのだ。


 尚子は緊張で何回も唾を飲み込んだ。彼が答えるまでの時間はほんの数秒だったのに、時が止まってしまったのではないかと思うくらい、遅く感じた。


「…………楽しいよ。それもすっごくね」


 翔平はそっぽ向いている尚子の顔を覗き込んで、そう答えた。


 尚子は安心と嬉しさでこらえないと涙が出てきそうだった。


「それは……本当に?」


「うん。俺、茂や正人とかと来た事あるんだけど、その時は乗り物にいっぱい乗ることに必死で、こんなに色々なものが売ってるなんて知らなかったから、すごい新鮮」


 尚子は翔平の言葉が嬉しくて、このままじゃ涙腺が崩壊してしまいそうだった。


「俺は尚子と一緒にいるのが好きなんだろうね」


『……全く、欲しい時にはちゃんとその言葉を言ってくれるんだから』と尚子は少しこぼれてしまった涙を翔平に気づかれないように拭いて、笑顔で翔平の方を見た。


「翔平君……好きだよ」


 翔平は急に来た告白にびっくりした。彼からすると、フラれそうになったと思ったら、そうではなくて、安心したと思ったら、尚子が泣き始めてしまった。そして、急な告白。


「え……え……きゅ……急にどうし……」


「次の方はこちらにどうぞ!」


 翔平は足りない頭では理解できていない部分を尚子に聞こうとした。


 でも、既に列の一番前にいて、アトラクションに案内されてしまった。


『俺、尚子に変なこと言ったかな……? 後で聞こう……』と翔平は座席に座った時にそう思ったが、隣にいた尚子がヒマワリよりも明るい笑顔をしていたので、聞くのをやめた。


ーーー


「やっぱり、絶叫系は最高だね」


「うん。これこそが遊園地の醍醐味だよね」


「山田君と今日、来れてよかったよ」


 前を歩いていた尚子は振り返り、笑顔で翔平にそう言った。


 もう太陽は沈んでいて、月が明るく見えるくらい暗かったのに、尚子の所にだけスポットライトが当たっているのかと思うくらいに彼女の笑顔は映えていた。


「山田君、どうしたの?」


「尚子、もう一回だけ、俺の名前を呼んでよ」


 翔平はどうしてももう一回、尚子が自分の名前を呼ぶのがどうしても聞きたくて、つい言ってしまった。


 急だったとはいえ、翔平は嬉しかったのだ。


 だが、尚子はまるで翔平の話を聞いてなかったかのように黙って前に振り返り、翔平の前を歩き始めた。


『やべ……。調子に乗りすぎたかな……?』と軽い自己嫌悪に翔平は襲われていた。


 そんな時に尚子が急に月を指さした。


「今日の月は今までで一番綺麗だね…………翔平君」


 尚子はそう言って、翔平の方に振り向いた。


 その時の尚子の顔は遊園地のライトも相まって、夕暮れの太陽と同じ色をしていた。


「そうだね。最高の月だね……。次はどこに行く?」


「あそこにキャラメルポップコーンがあるから食べよう」


「さっきも買った……」


「何か文句でもあるの?」


「……いえ、ないです」


「じゃあ、行こ! ポップコーン食べたら、あれ乗らなきゃだし」


 尚子はそう言って、翔平の手を引いて歩く。


 翔平はこの瞬間、まだ見ぬ尚子との未来が少し見えた気がした。


「尚子の体力は凄いね」


「…………翔平君が一緒だからだよ」


 尚子はさっきと同じ顔色をしていた。翔平は改めて、自分の彼女は本当に可愛いと思った。


「本当に今日の月は綺麗だね。そして、それはきっとこれからも」


「何か言った……?」


「いや、何も言ってないよ。もう夜だし、もっと速く行こ!」


「翔平君、速いよー」


「さっきまで、俺を引っ張ってたお返し」


「本当に君って………………変だね」


 彼らの本当のデートは始まったばかりなのかもしれない。

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