『価値』がある人

 その日は夜も遅いこともあり、翔平は財前の家まで送った。


「山田君、私の家まで送ってくれてありがとう。夜遅いけど明日とか大丈夫?」


「大丈夫、大丈夫。俺も良い気分転換できたから、財前には感謝感激です」


「え? 私なんかしたっけ?」


 財前はさっきと同じようにキョトンとしていた。


 多分、本当に何も分かっていないのだろう。


「うん……。財前のおかげで元気でた。じゃあ、おやすみ!」


「あ……うん、了解。おやすみ」


 財前は納得してなかったが、翔平はそれを振り切るようにさよならをした。


 やはり財前の歩くペースで彼女の家まで送ったこともあり、翔平が自分の家に着いた時にはもう次の日になろうとしている時間になっていた。


 とりあえず、軽くシャワーを浴びて、歯を磨いた。


 そして、ぐちゃぐちゃになっていたベットに翔平は突入した。


ーーー


「内定貰えないのって私の人間性が悪いわけではないでしょ?しかも、内定が貰えなかったからって死ぬわけでも、私が否定されるわけでもないし」


「私は山田君を1年生の頃から知ってるから分かるけど、プレゼンめちゃくちゃ上手になったよね。本当に凄いと思う。あの1年生のカミカミ時代からよくここまでって感動してるもん」


ーーー


 翔平はベットの中で財前がくれた言葉達を何度も何度も頭の中で反芻していた。


 その繰り返しは翔平にとってとても心地よいものだった。


 だから、その場面が擦り切れる程、脳内で繰り返し思い出す。


 だが、人間の体は疲れると自然と眠ってしまう。


 翔平も例外ではなかった。


 いつの間にか寝ていた翔平が起きた時には、空の色は黒から青に、太陽の色はオレンジ色から黄色に変わっていた。


 そして、翔平の心も空や太陽の色と同じように、いや、それ以上に変わっていた。


 でも、それは見た目がイケメンになったとかあがり症が急に治ったということではない。


 翔平の変わった所はそんな不器用であがり症な自分を受け入れることができた点。


 翔平は『「普通じゃない」人はいても、価値がない人は居ない』ということに気づけたのだ。


「財前、ありがとう……」


 誰もいない部屋で翔平はボソッと言った。


 やけに今日はその言葉が部屋に響いたように翔平は感じた。


ーーー


 でも、翔平の弱点が治ったわけでも、将来何がしたいのかが分かった訳でもない。


 だから、面接も何度も落ちたし、それで落ち込む日も以前と変わらずあった。


 だが、落ち込んでも自分を否定することは大分減った。


『不器用でも、あがり症でも、何がしたいのか分かってなくてもとりあえず、進む事はできる』


 翔平は財前のおかげでそう思えた。


「翔平、最近愚痴減ったよね? 何かいい事でもあったの?」


 いつものイタリアンレストランで正人は翔平に聞いた。


 正人の隣にいた茂はいつものたらこスパゲティを食べている。


 いい事? 確かにあの日のことはいい事だったのかもしれない……。でも、あの日の事は心にしまっておきたいな。


「うーん。何か吹っ切れたんだよね」


 結局、翔平はあの日の事を隠すことにした。


 翔平は内心『隠して、ごめん!』と正人に謝罪していた。


「……なら、よかったよ! 翔平は笑顔が1番だからな」


 正人は親友にだって隠したいことや秘密にしたい事はあるのが当然という考えをしている。


 確かに、強引にでも聞くことが必要な時もあるのを正人は理解しているが、基本的には待つことにしている。


 特に茂と翔平に関しては、彼らが必要な時に必要な事を言ってくれるのを知っていた。


 だから、正人は特に詮索をしなかった。


「茂と正人と友達になれてよかったよ……」


 自然と翔平の口からその言葉が出てきた。


「き……急にどうしたんだよ? 俺達、翔平の親友だから普通のこと言っただけだせ?」


 正人、その「普通」ができない人がほとんどなんだよ。実は俺もその1人……。


 翔平は正人と友達になれた事を心から感謝した。


「じゃあ……」


 先程まで黙って食べていた茂が口を開いた。


「このたらこスパゲティ奢ってよー」


 急に空気をぶち壊すような発言を茂がしたから、翔平と正人は吹いてしまった。


「茂はやっぱりおかしいよ」


「俺もそう思う。このタイミングでそれ普通言う?」


 茂は良い意味で『普通じゃない』


 彼の積極性が無ければ、翔平は茂と出会えていないし、正人とも出会えていなかった。


 全ての始まりは茂からだ。


『革命を起こすのは茂みたいな人なんだろうな』と翔平は出会った時から思っていた。


「お前達、笑ったなー! じゃあ、このサラダも払ってもらうからな。俺を笑った代だ!」


 茂は追加で翔平と正人に奢らせようとした。


 こういう図々しい所が茂の良い意味で『普通じゃない』所以なのかもしれない。


 翔平はさっきのサラダ代について茂と交渉しながらそう考えていた。


ーーー


「山田さん、是非来年の4月から弊社で働いてほしいのですがどうでしょうか?」


 昼の12時になろうとしていた6月のある日。


 ついに翔平は内定を手に入れることができた。


「は……はい。ありがとうございます!」


 内定をくれたのは正人とは業種が違うメーカー系の会社からだった。


 翔平は嬉しすぎて、すぐに正人と茂とのグループラインに『内定獲得しました!』と一言送った。


『おめでとう!!』


 正人から早速お祝いラインが帰ってきた。


『翔平、私は分かっていました。貴方がちゃんと内定をゲットする事を』


 茂もよく分からない倒置法を使いながらお祝いラインを送ってくれた。


『じゃあ、今日はお祝い会しないとな』


『それはもち。でも、いつものあそこでいい? 俺、金なくて。。。』


『茂はいつ金あるんだよ笑』


『俺も知りたいwww』


『仕方ないだろー。無いもんはないんだから』


『笑笑。ちなみに、翔平は茂の提案でもいいの?』


『うん。逆にそっちの方が落ち着くと思う』


『じゃあ、19時にいつものところで!』


『了解!』


『ういー』


 茂の提案(?)でいつものイタリアンレストランで翔平の内定獲得お祝い会が行われることになった。


ーーー


「翔平、マジでおめでとう! 間近で翔平の頑張り見てたからマジで嬉しいわ」


「正人、ありがとう。茂もね。2人の支えがあったから何とか内定をゲットできました」


「まあ、俺は翔平ならできるって知ってたけどな」


「今日のラインでも思ったけど、今日の茂は何キャラなの?」


「今日は口数が少ないお父さんキャラだ」


 茂は唐突にその日の気分でキャラを演じたり、突拍子もないことを言ったりするから本当に予想ができない。


 それは茂と出会ってもう3年が経つ正人と翔平にも分かっていなかった。


ーーー


「……そういえば、財前って知ってるだろ?」


 翔平と正人が食べることに夢中になっている時に、茂が急に財前の話を始めた。


 そのせいで翔平は喉に食べ物が詰まってしまった。


「お……おい、翔平、大丈夫かよ」


 正人は翔平にそう声をかけながら、背中をさすった。


 茂も心配そうな顔をしていた。


「ゴ……ゴホ……ゴホッ! 大丈夫だよ。ごめん。話の骨を折って」


「本当に大丈夫かよー。まあ、でも、翔平がそう言うなら続けるぜ」


 茂は翔平を気にしながら続けて話す。


「財前はまだ内定もらってないらしいぜ。あいつ、真面目なのに、何でだろうな」


 翔平は茂の言葉を聞いた時に頭が真っ白になった。


『財前が……俺に勇気をくれた人がなんで?……なんで??』


 翔平はその話を聞くと居ても立っても居られなくなり、すぐに店を出る準備を始めた。


「しょ……翔平? 急にどうしたんだよ?」


 正人は急な出来事すぎて、驚いている。


「ちょっと、急用を思い出して! 2人とも俺の為に集まってくれたのにごめん」


 正人は呆気にとられて言葉が出せなかった。


「翔平よ。男には行かなきゃいけないときがある。それが今って事だろ。こっちは気にするな。行かなきゃ行けないところに今すぐ行ってこい」


 茂は腕を組みながら先程の口数が少ないお父さんの真似をしながら、翔平にそう言った。


「……お父さん、ありがとう」


 翔平もそのノリに乗っかるように答えて、お金だけ置いて外に出ていった。


ーーー


「……茂、翔平に何かあったのかな?」


 先程の一瞬のドラマのような出来事からやっと目を覚ました正人から出た最初の言葉はそれだった。


「俺も分からないが、多分何かあったのではなく、これから何かあるんだと思うぞ」

 

「……そのお父さんキャラ、今だけはめっちゃウザいわ」


 正人は真顔で茂にそう言った。


「そんなこと言うなよー」


「じょーだんだよ。でも、茂の言った言葉でら何となく分かったかもしれないわ」


「だろ? 口数が少ないお父さんの言葉だからこそ、金言になるんだぜ?」


「ごめん……。茂の言ってる意味分からない」


「実は俺も……」


 茂がそう言うと正人は吹いてしまった。


 それにつられて、茂も笑ってしまった。

 

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