『不器用であがり症』な俺

「俺だって頑張ってるのに……」


 山田翔平(やまだしょうへい)は某イタリアンレストランで翔平の友達である森川正人(もりかわまさと)と吉田茂(よしだしげる)に愚痴っていた。


 その愚痴の原因というのは、就活である。端的に言うと翔平はもう6月になるというのに内定が1つも貰えてなかったのだ。


 でも、就活を舐めていた訳ではないし、ダラダラしていた訳ではない。逆に翔平は真剣にこの就活に取り組んでいたといえるだろう。


 翔平は3月から始まる就活に向けて、事前に大学のキャリアセンターに通い、エントリーシートに書く内容を先生達と相談しながら作成していた。


 そのお陰もあり、エントリーシートで翔平が弾かれることはほぼ無く、割合としては90%以上の会社で面接に辿り着くことが出来ていた。


 だが、この面接が翔平にとって超えられない壁になっていた。


 翔平は面接が苦手だった。というより、誰かの前で話すのが苦手なのだ。


 だから、大学に入学した時にこの弱点を克服する為にプレゼンテーションができる授業を積極的に取ると決め、実際に受講した。


 すると、話すことが決まっているプレゼンテーションは少し好きになり始める位になっていた。


 だが、就活の面接で話さなければならないことは『決まっていない』のだ。


 確かに『なぜ、弊社に入社したいのですか?』や『貴方は今まで何を学んで来ましたか?』等のよくある質問や就活生から企業の人事担当者に質問する逆質問は準備できる。


 だから、それらの質問に関しての翔平の答えは完璧だった。


 でも、当然のことながら、人事担当者はその人柄や特性を知った上で選考する必要があるから、この『よくある質問』以外からもされる。


 その時、翔平は上手く答えられなかった。


 答えるのに時間がかかり、グズグズしてる間に企業の面接官から「大丈夫ですか?」と聞かれてしまう始末。


「……すみません。えっと……」


 この『すみません』だけが翔平の頭に残り、それ以外は全て真っ白になってしまう。


 ここまで聞くと、翔平の自己分析が足りていないと思うかもしれないが、決してそうでは無かった。むしろ、やり過ぎていた位かもしれない。


 でも、どんなに自分を分析しても、あがり症なのと、少しプレゼンテーションが上手い位に落ち着く。


 結局、肝心の『何がしたいのか?』、『どう生きたいのか?』が定まっていないから、何度分析した所で変わらなかった。


「翔平は考えすぎなんだよ。別に面接なんて色々盛って話せば上手くいくのに」


「茂、真面目な翔平がそれできないの知ってるだろ?」


「まあね。それが翔平の良い所でもあるんだけど……。あんま、考えすぎるな! 以上」


 茂は先ほど頼んだタラコスパゲッティを食べながら、翔平にそう言った。正人は優雅にコーヒーを飲んでいる。


 ちなみに正人はメーカー系の会社から内定、茂は今働いている家具屋さんの店長から卒業後から正社員登用される話をもらったとの事で卒業後はその家具屋さんで働くとの事だった。


 翔平からすると、正人と茂は既に大学生最後の4年生を思いっきり楽しめるという『大学4年生のチケット』を手に持っていることになる。


 翔平はまだ手に入れることができていないものをこの2人は持っているのだ。


「正人、茂、いつもごめん。愚痴ばっかりで……」


 就活が始まってから、不機嫌じゃない日を数える方が簡単な気がした。それくらい、翔平にとって、内定がもらえないことがストレスになっていた。


「気にすんなって何回も言ったろ? 俺達は運命共同体なんだぜ」


 茂が笑顔で翔平にそう言った。


「運命共同体かどうかはわかんないけど、茂の言う通り。その代わり、俺が愚痴りたくなった時は、話聞いてくれよ?」


 正人も先程の茂の言葉に被せるように優しい言葉を翔平に言った。


 翔平とこの2人の出会いは大学入学式前の説明会まで遡る。その説明会では指定された席に座る必要があったのだが、持ち前の鈍臭さでどこに座れば良いか翔平は分からなかった。


「あれ、君も新入生? ここの席ってどこか分かるか?」


 そんな感じで翔平に話しかけてきたのが、吉田茂だった。


「ごめん。俺も実は分かんなくて……」


「そっか! じゃあ、一緒に探そうぜ! あ、俺は吉田茂って言うんだ。茂でいいぞ」


「あ……俺は、山田翔平、俺も名前で呼んでほしいな」


「分かった! 翔平、これからよろしくな」


「うん!」


「でも、どこに席あるか分かんないし、先生も見当たんない……。って、あいつ席立ったぞ。聞いてみようぜ」


 茂はまるで砂漠の中で水を見つけた人のようにその席を立った人の方に質問しに行った。俺も置いてかれないように必死に茂について行った。


「ねえ、君も新入生? 俺達、どこ座れば良いか分かんないんだけど、どうやって座る位置分かったんだ?」


 茂はその席を立った新入生(?)に質問した。


「ちょっと、手に持ってる紙見せて。……って、2人とも俺の隣じゃん」


「え? マジ? なんか、運命感じちゃうなー」


 この時の茂の表現を聞いて、翔平は吹いてしまった。


「う……運命?」


「そう。俺はそれを君から感じた。友達になろう!」


 茂は恥ずかしげも無く、その教えてくれた新入生(?)と友達になろうとしていた。


 翔平は『小学生の時の友達の作り方みたい』と密かに思った。


「お……おう。ちょうど誰も知り合いいないから助かったわ。俺の名前は森川正人。よろしく」


「正人な! 俺は茂、こっちは翔平。 とりあえず、正人について行けばいいか?」


「ちょっと待って。俺、トイレ行きたいんだ」


「それはすまん! ここで待ってるわ」


 茂は手を合わせて、ごめんのポーズをしていた。


「オーケー」


 正人は笑いながら、トイレに向かって行った。


 これが翔平、正人、茂の出会い。


 茂が運命共同体という表現をする理由が少し分かる気がする。


『こんな感じで愚痴を言える親友ができた俺は幸せ者』と言葉には出さないが、翔平は彼らに感謝している。


 でも、内定をもらっている2人と未だ内定がない翔平には目に見えない壁みたいなモノがあると翔平は感じていた。


 ふと現実に戻ると、この親友2人に対して『モヤモヤ』する感情を持ってしまうのも事実だ。


 この親友2人に対してこんな感情持ちたくないのに……


 翔平はこんなに良くしてくれている2人にそう感じてしまう自分が嫌いだった。


ーーー


「ご馳走様でした! じゃあ、2人とも気をつけてな。後、翔平、今日はゆっくり休め」


「そうそう。来週も面接だろ? 今日ぐらいゆっくり休んでもバチは当たらないと思う」


 2人は翔平に優しい言葉を掛けてくれる。


『でも、止まったら終わる』と翔平の心は追い込まれていた。


「2人とも、ありがとう」


 でも、それをここまでしてくれている2人に見せる訳にはいかない。翔平は何とか笑顔を作った。


 そして、それぞれ自分達の帰路についた。


ーーー


 その日の帰り道、翔平が1人で家まで歩いていると、ある女性が俺の前を歩いていた。


「あれは……」


 俺はその女性を知っている。彼女の名前は財前尚子(ざいぜんなおこ)。翔平、正人、茂と同じ学部、翔平に至っては必修科目の授業でもクラスメイトだった。


 だから、彼女を知らないはずがない。


 加えて、彼女は少し変わっていたのもあり、翔平達の学年では割と有名人だった。


 というのも、財前の歩くスピードは普通の人よりもずっと遅かったのだ。誰が見ても分かるくらいに。


 だから、今もどんどん彼女に追いついていく。俺は普通に歩いてるのに、だ。


 でも、夜中に急に後ろから話しかける行為はいくらクラスメイトといえど、痴漢と勘違いされるかもと翔平は思い、黙って財前を追い抜くと決めた。


 だって、同じクラスなだけで、ちゃんと話をしたことが無い。最近で言う『よっ友』と言われる存在だろう。


 まあ、あまり気分が良くなく誰とも話したく無いというのが翔平の本心なのだが……


 彼女の横を黙って、足早に追い抜く。


 それから、3分くらい経った頃だろう。


 既に財前を追い抜いたことも忘れていた時に後ろから『ドタドタ』と足音が聞こえる。


 翔平は『不審者か?』と思い、歩くペースをあげ、ちょっと面倒だったがいつもとは違う道を通ることに決めた。


 そして、いつもは通らない脇道に入った。


 だが、足音は相変わらず、翔平の後ろから聞こえて来る。


 流石に怖くなって、先に行ってもらおうと思い、立ち止まって後ろを確認した。


「ハア……ハア……ハア……。山田君……歩くの早いよ……」


 すると、そこに財前がいた。


 ただでさえ歩くのが遅い財前だから、翔平の早歩きには彼女の全速力でトントンだろう。


 財前は肩で呼吸していた。翔平はその状態の財前を見て、『もっと早く後ろ見とくべきだった』と反省した。


「ご……ごめん。不審者かと思って……」


 翔平は思ったことをそのまま言った。


「山田君はひどいなぁ。私を追い抜く時に声かけてくれればよかったのに……。って、山田君、疲れてない?」


 財前は鋭かった。


「ちょっと、最近色々あって……」


 翔平はあまり詮索されなかったから、ぼかすことにした。


 だって、弱さを見せるとそこにつけ込む人もいるから……


 翔平はそういう人を何人も知っていた。


 だから、正人と茂にだけ自分の弱さを見せていた。


 でも、最近は……


「そうなんだ。私も色々あってね……」


 ぼかしが上手くいったのか、財前はそれ以上、翔平が疲れている理由を詮索することはなかった。


 逆に、財前が勝手に自分の話を始めた。


 その財前の話によると、翔平と同じように財前も1人暮らしをしているらしい。


 しかも、その1人暮らしをしている場所は翔平が1人暮らししているところよりずっと大学から遠かった。


 もし、翔平が財前の家から歩いて大学に行ったら、20分はかかるだろう。


 これが財前の歩くスピードだと……


 翔平は考えるのをやめた。


「財前は1限の時って、何時に起きてるの?」


「私は基本5時30分に起きてるよ。そこから準備して、7時20分には家を出る感じだよ」


 大学の1限は9時からだから、その時間に出れば流石に間に合うのだろう。


「だから、俺がどんなに早くいっても財前がいるわけだね」


「まあ、私、歩くのが遅いからね」


『それは皆、知ってるよ』と言えるわけもなく、「なるほどね」と当たり障りない返しを翔平はした。


 翔平は財前の歩くペースに合わせて、彼女と話をしながら帰った。


『このままのペースだと家着くのは23時だな』と翔平は思った。


 でも、最近は面接やら授業やらに追われて、ゆっくり歩く時間も無かったから、この財前のペースに心地よさも覚えていた。


 そういえば、財前は就活してるのだろうか?財前は歩くのが遅いだけで、授業で遅刻することを見たことが無いから、きっと俺とは違い上手くやっているのだろう。


「財前は就活してるんだっけ?」


 そんなことを考えているとふと自分でタブーにしていた話題なのを忘れて、翔平は財前に聞いてしまっていた。


「してるよ。でも、どこも内定くれないけどね」


 財前からそのことを聞いた時、翔平は違和感を覚えた。


 内定を1つも貰えていない所もそうだが、それ以上に財前と翔平は全く同じ状況にいるのに、財前からは『不安』を感じなかった。


「……あんまり落ち込んでなさそうだね」


 翔平はそんな財前の発言を聞いて、普通なら、翔平と同じように不安を感じていなければならない立場の財前からそれを感じなかったから少しイライラしていた。


 だから、意図せずに喧嘩を売るような言葉を財前に投げかけてしまった。


「勿論、落ち込んでるよ。でもさ、内定貰えないのって私の人間性が悪いわけではないでしょ?」


 財前の言葉から、力強さみたいなものを翔平は感じた。


「しかも、内定が貰えなかったからって死ぬわけでも、私が否定されるわけでもないし」


 財前は翔平に続けてそう言った。


 翔平は財前からの言葉に感動してしまい口をぽかんと開けていた。


 翔平にとって、この時ほど、マスクがあってよかったと思った瞬間はないだろう。

 

 財前は翔平より全然強かった。


 本当は翔平もそういう考えをしたかった。


 でも、周りは普通に内定を取っていくので、この考えは間違っているものだと、ただの強がりだと思っていた。


 しかし、財前は違った。


『財前は心からそう思っているのだ。俺の表面だけの言葉とは違って……』と翔平は感じていた。


「財前は強いね……」


 翔平の口から自然と財前への賞賛の言葉が出てきた。


 そして、翔平はさっきまでの『俺は信用していない人には簡単に心を開かない』と考えていた自分が恥ずかしくなった。


 なぜなら、翔平は彼自身が『傷つきたくないただプライドが高いだけの男』というのを知っているから。


 さっきまで弱みにつけ込んでくる人達のことを馬鹿にしていたが、そんな人達と翔平は何も変わらないことを翔平は既に知っていた。


 でも、それを認めたくなかった……


 それに比べて財前はどうだろう?


 財前はプライドとか関係なく、『よっ友』の俺にも等身大の彼女を話してくれた。


『歩くスピード以外全部俺が負けてるな』と翔平はそう思った。


「何言ってるの? 山田君の方が強いでしょ?」


 財前はキョトンとした顔でそう答えた。


 でも、翔平はその言葉の意味が分からず、首を傾げた。


 財前はそのまま続けて話す。


「私は山田君を1年生の頃から知ってるから分かるけど、プレゼンめちゃくちゃ上手になったよね。本当に凄いと思う。あの1年生のカミカミ時代からよくここまでって感動してるもん」


 ……今日は不思議な日だ。


 まさかただの『よっ友』から俺が今1番欲しかった言葉を言ってもらえるとは……


 翔平は『頑張ってる』とか、『ひたむきだね』とかじゃなくて、『君は凄い』と言われたかったのだ。


 不器用な彼は『普通』になる為に努力が必要だった。


 最近ちょっと好きになりつつあるプレゼンテーションもそう。


 頑張って、頑張って、やっと人並み。


 そんな翔平に『凄い』と言った人はいなかった……


 翔平の視界が急にぼやけ始めた。


 でも、それは病気によるものではないことを翔平自身が知っていた。


「え……?山田君、泣いてるの?」


 財前は良くも悪くも鋭い。


「……泣いてないよ。さあ、もう夜も遅いから早く帰ろ」


 何とか涙を堪え、帰りを急いだ。


 この夜から、翔平と尚子の悪い意味で「普通じゃない」2人の物語が始まった。

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