第305話 三好清海兄弟

 幸村と目を合わせたまま、明石全登てるずみが言う。

「右府さま(秀頼)が幸村どのにこれをと」

 すると、坊主頭の巨漢二人が幸村の前に、木箱二つを置いた。

「右府さまからのおこころざしにございまする。当座の戦さ支度じたくに、お使いくだされ」

 望月六郎が木箱の中を改めた。黄金二百枚と白銀三十貫文がおさめられていた。一つの堂々たる城を普請できるような途方もない金額である。


 全登はさらに秀頼の意を告げた。

「戦勝の暁には、信濃一国、もしくは望みの地にて五十万石を与えると仰せにございます」

 幸村は微笑んで静かな声音を発した。

「右府さまによしなにお伝えくだされ」

 気負いの一切感じられないその声音に、全登は幸村のただならぬ凄みを感じ、深くうなずいた。


 全登の傍らから才蔵が低い声音を発する。

蛟竜こうりゅうついに雲雨を得たり。今こそ稲妻を伴い、天に立ち昇るべし。これが、京の母上さまからのお言伝ことづてにござります」

 直後、それまで感情を一切表さなかった幸村の目尻から、つつと泪があふれ落ちた。

 全登は、その幸村の泪を見て、胸のうちでつぶやいた。

「この男は、おのが時を待っていたのだ。九度山に流されて14年もの間、昏いよどみにじっとしていたのだ。臥龍のごとく満を持して」


 周囲の鼻水をすするような音に気づき、全登は座の左右を見渡した。

 幸村配下の者全員が、肩を打ちふるわせ、声もなく袖を濡らしていた。

 全登は、それを見て、まぶしそうに目を細めた。

「この者らも、幸村どのとともにこの日を待ちわびていたのであろう。まっこと、よき家臣をお持ちで、うらやましいことよ」


 片や才蔵は、相変わらず無表情なまま、幸村に向かって言った。

「わがうしろに控える入道にゅうどう二人は、豊臣家ゆかりの牢人ろうにん者で、阿波三好家を出自といたす。大男ゆえ、ふふっ、大飯食らいにござるが、金棒を鬼のごとく振りまわす力自慢の傑物。大坂入城の露払いとしてお召し使いくだされ」


 才蔵のうしろで年嵩としかさの大入道がを低くして辞を述べた。

「浪々の身で、かく御意を得ましたこと、まっこと光栄に存じまする。三好清海と申しまする。わが隣は弟にて、三好伊左。大坂入城の先導役として、よろしくお引き回しのほど、お願い奉りまする」

 すかさず三好伊左が野太い声を張り上げた。

「われらの命、幸村さまにお預けいたしまする。豊臣家のために、いかようにもお使いくださりたく、兄とともに伏してお願い奉りまする」

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