努力は普通に裏切る
Mostazin
第1話
「努力は裏切るんだな」
そう言って俺の元を正人(まさと)は離れていった。
正人と俺は同じ高校でサッカー部だった。
正人は誰よりも朝早く来て練習していたし、誰よりも遅くまで練習していた。
でも、彼の身長は低く、線も細かった。
そして、とにかく不器用だった。
だから、他のサッカー部員とぶつかるとすぐに吹き飛ばされて、ボールを奪われてしまう。
そうなると試合を左右する監督の決断に入るのは難しかった。
監督も正直、正人を試合で使いたかったと思う。
だって、誰の目から見ても、正人が一番努力していたから。
でも、それでも、彼は高校三年間で試合に出る事はなかった。
いや、これでは語弊があるな。
彼は高校二年生の夏にサッカー部を退部してしまったのだ。
実は高校二年生の夏に左足の前十字靭帯断裂という選手生命に関わる大きな怪我をしてしまったのである。
正人がこの怪我をしたと聞いた時、神様は残酷な事をすると心底思った。
だって、そうだろ?
一番、努力してる人間にする仕打ちじゃない。
努力も大してしていないのに試合に出れている俺に天罰が当たるべきだろうと思っていた。
本音を言わせてもらうと正人は俺にとって、「努力は裏切らない」という言葉をかなえてくれるモデルだと考えていた。
だが、そんな彼から「努力は裏切る」と聞く羽目になるとは。
その後、俺と正人は別のクラス、そして、進学先も別になり、どんどん疎遠になっていった。
そんな彼と再会したのは、高校を卒業してから10年記念で開催された同窓会だった。
俺は大学卒業後、会社でサラリーマンをしていた。
最初の頃は全然うまくできず、叱られる毎日を送っていたが、ちょっとずつ慣れてきて大きなプロジェクトとかを任され始めてきていた。
でも、いつも何かが抜け落ちている気がしていた。
それが何かを分からないまま一日、一日を消費していた。
久々に会う高校の同級生との会話は本当に楽しかった。
皆、俺と同じように会社で評価され始めているようで、ちょっと安心した。
俺の普通は皆の普通と同じというのが分かったから。
同窓会が始まってから30分くらい遅れて、正人が同窓会に来た。
でも、彼の格好は俺たちの「普通」と呼ばれるものとは程遠く、会場である居酒屋のバイトのような恰好をしていた。
その異質な恰好に会場は一瞬静まってしまった。
でも、彼は開口一番にこう言った。
「俺、結婚します!」
同時に二つのサプライズが起こったせいで、皆、俺含めて理解に時間がかかったが、理解し終わった後は全員で正人に祝福の言葉を届けた。
正人は高校卒業後、大学に進学し、卒業。
その後は俺と同じように就職していたみたいだった。
だが、そこで元々の不器用な所が露呈してしまい、無能扱いされていたようだった。
正直、そこで普通の人なら折れてしまうだろう。
少なくとも、俺だったら折れてしまう。
でも、彼は無能でも幸せになれると考え、3年間頑張って貯金をし、その会社を退職したらしい。
その後、彼はお笑い芸人になった。
でも、まだまだ仕事はないみたいで居酒屋でバイトをしているとのことである。
そして、その居酒屋で今の婚約者と出会ったらしい。
「なんで、お笑い芸人なんだ?」
俺はどうしても知りたくなって、正人に聞いた。
すると彼は、
「人間、いろんな人がいるだろう。俺みたいな根っからの不器用な人もいる。
でも、それと幸せは関係なくないか?
俺は少しでも俺をみて、生きる希望や笑顔になってほしい。
だって、俺がそういう人を求めていたから。」
これを聞いた時、目頭が熱くなったし、毎日感じていた「抜け落ちてるもの」が分かった。
それは「自分自身の幸せを探求する努力」である。
彼は決して誰からもうらやましいと思われる生活は送れてなかった。
正直に言うと、俺よりもビンボーだし、能力とか地位とかでは俺の圧勝だろう。
でも、幸福という部分では完敗だ。
俺の幸せは俺が決めるものなのにもかかわらず、他人と同じ「普通」を幸せだと思っていた。
そんな俺の考えに正人はビンタしてくれた。
同窓会が終わった後の帰り道に正人に俺はこう伝えた。
「努力は裏切らないじゃんか。」
すると、正人はこう言った。
「努力は裏切るよ。
でもな、努力が裏切ったからって、幸せになれないってことではないよ。」
あいつはいい言葉言うな。
今日の夜はいつもより明るく感じたのはきっと気のせいではないだろう。
努力は普通に裏切る Mostazin @Mostazin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます