不器用で何が悪い

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不器用で何が悪い

「なんで皆んなができてることができないんだろう」

 直輝(なおき)は1人の夜にそう思った。


 直輝は今年大学入学したばかりの1年生。

 それまではプロを目指してサッカーをしていたが、サッカー強豪校で有名だった高校で1軍に上がることができなくて、高校2年生の時に夢を諦め退部してしまった。


 その時から幼少期に描いていた直輝の輝かしい未来は現実によって暗く塗りつぶされていった。


 大学の同級生は幸いなことに良い人ばかりで彼の毎日は充実していた。

 その仲間達は大学に慣れてきた6月ごろからバイトを始めた。


「今日、シフトが入ってるから無理だわ」

 仲間の1人が笑顔でこう言って、直輝の飯の誘いが断った。

 大学の課題が終わると暇な時間が毎日2〜3時間ぐらいあった。


「バイトってどんな感じなんだろう? でも、皆んな楽しそうにバイトしてるよな」

 実家暮らしだったから特にバイトをする必要がなかったが、仲間達が楽しそうにバイトの話をしていたので、バイトをやってみようと思った。


 駅近の少しお洒落なレストランがバイト募集していたのですかさずに応募した。

 後日、そのお洒落なレストランで面接を受け、無事合格。晴れて、ホールのバイトとして働くことが決まった。


 バイト初日。まずはホールではなく、食器洗いをやるように指示された。


「なんだ。簡単じゃないか」

 直輝はそう思ったが、そんな簡単にことは進まない。そのレストランは人気店ということもあり3、4グループの待ちが切れないお店だった。

 洗っても洗っても洗い物が増えていく。


「皿はまだ?」

 直輝を急かす声も聞こえてきた。


「初日からキツ過ぎだろ」

 直輝のバイトはこうして始まった。


「全く覚えられない」

 バイトを始めて2ヶ月。週に2から3。1日3時間くらいのペースでバイトをしていたが、全く仕事を覚えられない。

 例えば、ホールでお皿を同時に4枚持つ方法を教わったのだが2ヶ月経った今でも3枚までしか持てない。

 そして、直樹より1週間遅れて入ってきた別の大学生は既に同時に4枚を持てるようになっていた。


「なんで皆んなができてることができないんだろう」

 バイト終わりの夜に彼はそう考えていた。


 彼は正直バイトが嫌になっていた。

 働いてる時には早く終わらないかと時計を毎分確認していたし、同時にお皿を4枚持てないからオーダーも入らないで欲しいと思ってた。

 でも、約束は必ず守ると決めていたので絶対にサボるとかはしなかった。


 バイトを始めて6ヶ月。

 まだお皿を4枚同時に持つことはできなかった。

 それでも、急に休むとかはせずに大学の勉強と並行しながら勤勉に働いていた。

 そんなある日に急に店長に呼ばれた。

「○○駅の近くにもお店があるんだけど、人手が足りないみたいだからそこにヘルプにいってくれないかな? お給料も少し増えるし。

どうかな?」


 ○○駅近くのお店は最近できたばかりだったのだが、○○駅はそこまで大きい駅ではないので、お客さんも直輝のいるところよりも全然少ない。だから、バイトもあまり積極的に募集していないらしい。


「用は戦力外になったということだ」

 バイト仲間がそう話しているのを以前聞いたことがあった。

 だから、決して期待されてるから行くところではない。


 でも、○○駅は直輝の家から自転車で20分くらいで行けるに加えて、お金も増えるということでそっちにヘルプに行くことに決めた。


 そして、○○駅側の店舗での初バイトの日が来た。正直、直輝のプライドはボロボロでやる気もなかった。

 戦力外と言われて、逆に燃える人もいるんだろうが直輝はそうではなかった。

 店内は以前働いてたところよりは小さい印象を受けた。

 その後、奥の従業員が着替えを行う所に行き、こっちの店舗の店長に挨拶をした。

「今日からよろしくお願いします」と伝えた時に○○駅の店長にこう言われた。


「直輝君と一緒に仕事をしたかったんだ。一度、誰にヘルプで来て欲しいかを調べる為にそっちの店舗に食事に行ったことがあったんだけど、君が1番丁寧だった。お皿を3枚持つだけで危なかっしかったのは事実だけど、君が1番笑顔で丁寧だった。正直、俺がお金を払いたいと思ったのは君だけだった。実はそっちの店舗の店長も『直輝君は行かせたくない。彼ほど不器用だけど、めげずに続けてくれてるのはいないよ。アンケートでも直輝君を褒めるコメントが1番多いんだから』って言ってたくらいなんだよ」


 直輝はその言葉を聞いた時に涙が出てきそうになった。

 特に戦力外扱いされてると思ってた店長がそういうことを考えていたなんて想像していなかったからだ。

 はじめてのヘルプをなんとか乗り越えて迎えた帰り道。

 直輝はヘルプ先の店長からの言葉を思い返していた。

 いつもより星が多くあった気がした。


 それから3年が経ち、大学4年生になった。

 正直、順風満帆ではなかった。

 大学2年生の夏の運転免許合宿では仮免許の実技で2回、本免許で1回落ちた。

 同じ年に初めて受けたTOEICは350点だった。

 いつもスタートは1番下だった。

 バイトでもお客さんに水をかけてしまったこともあり、店長に怒られた日もあった。それでも、あの日の言葉を思い出すと誰よりも頑張ろうと思えた。


 大学4年生の今ではToeic最高点が750点になっていた。バイトリーダーがいない時には直輝がリーダーとして職場で引っ張っていた。

レストランで直輝を戦力外扱いする人はもう誰もいなかった。


 彼を変えたのはあの日のあの言葉。


「俺は誰よりも不器用だ。スタートは戦力外なのは仕方ない。でも、それは進まない理由にならない。一歩が小さいなら多く歩けばいい。」


 彼はこれを信条に前に着実に進み続ける。

 また未来が輝き始めたのだった。








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