記録・リーヴィ=シティアック

▼ 一部、破損して読めない箇所がある。

【……×××××××××、××××××……


 ×××──私には姉がいたはずだ。


 幼い頃からそんな妄想じみた思いがあった。思い出そうとすればするほどに、記憶は曖昧になっていくが、愚かなほど純粋な姉と、思慮深く泥沼で足掻く美しい姉がいたはずだった。×××××××××。×××。


 ×××××××××××××××……××××××。


 ××××××、そしてあの日──学長主催の小規模な社交界。多くの子息令嬢はここがデビュタントの場となる──、初めてファニーシュ=リャーナルドをこの目で見た時、彼女こそが私の義姉であると直感的に理解した。あんなことになると知っていたのなら、強引にでもリャーナルド家との縁談を進めて、顔を合わせておけばよかったと、今になって後悔している。××××××……いや、全て結果論だ。当時の私は一人歩きする噂だけで、清き一族の名を辱める我儘放題の傲慢女だと決めつけて、敬遠していたのだから。


 咎の証が浮かんだ義姉の処刑が決まった頃、幸運な事にリャーナルド伯爵から養子の打診があった。ディアンヌ公爵家からの計らいで、×××や、爵位の剥奪もお取り潰しも免れたそうだが、その口利きの条件として私を養子として迎え入れるよう言われたのだという。×××××××××、公爵は何を考えているのだろうか。


 とはいえ、(夫人は自死、娘は咎人と、呪われた一家ではあるが)継ぐものの無い三男である私にとっては願っても無い話だ。嬉しい思いと同時にひどく懐かしい思いと、“遅い”という感覚があったのは何故だろうか。


 私は、もっと早くにリャーナルド家の後継ぎとしてあの家に迎え入れられるはずだった。そんな気がしてならない。


 ××××××。××××××、×××××××××××××××。


 私がリャーナルド家の屋敷を訪れたその日の晩、ジルド家の屋敷で火災が起きた。元本邸だったそうで、家の成り立ちに関する書類の多くが消失してしまった。


 私はこの屋敷にあるだけの資料で、この家の事を調べつくした。記録に残るもう一人の娘の存在を知った時、私は大いに歓喜した。私の朧げな記憶は嘘ではなかった。この家には二人の娘がいて、私がもっと幼い頃にこの家の養子になっていれば、私には二人の姉がいたのだ!


 私はより詳しい調査を続けたが、すぐに問題にぶつかった。この家の成り立ち、×××、清き一族と呼ばれるようになった所以、×××××××、悪魔とは何か、闇を統べる王の存在……だがどれも義姉の存在にはたどり着けなかった。×××。もう一人の義姉がこの世にいたという証拠がことごとく消されていて、あるいはそこにあるのに認知しづらく、時間ばかりが過ぎていた頃、ファニーシュお姉様の処刑が執行された。


 私はその日、伯爵の制止を振り切り広場へと赴いた。彼女に咎の証が浮かぶ前に交流できていれば、×××××××××と思っていた時、ソレが見えた。首が刎ねられる瞬間だった!


 ×××、分かるだろうか! アレが見えた時、私は驚きよりも興奮した! ××××××! 赤い馬に跨った、赤い衣装を全身に纏った悪魔を、蝙蝠翼の鹿のような生き物が雷で焼き倒し、ファニーシュお姉様を連れて消えて行った!


 全てが終わった時、私は思わず周囲を見渡したが、広場に集まった野次馬たちはファニーシュお姉様を涙ながらに称え、高潔なる乙女、×××、偉大な聖女と謳うばかりでアレらは見えていないようだった。空は晴れていて、雷雲も無い。あれは超常現象だったのだろうか?


 私はリャーナルド家をひっくり返さんばかりに、調べた時に覚えた違和感を頼りに、亡くなった伯爵夫人の部屋を探った。この部屋は時折、伯爵が××××××で訪れるから、睡眠薬を盛って伯爵にはしばらく安眠を体験してもらうことにした。そしてやはり、あった。夫人は子が生まれてから、子の些細な変化を手記に残していた。そこには五体満足の健康体で生まれたはずのファニーシュお姉様を、××××教会に預ける、という記録があったにも係わらず、翌日には家で世話をする様子がつづられていた。×××。


 私はベル教会を訪れた。神父は何か知っているようだったが、口が堅い。聖職者として多くの者の懺悔を聞く身としては大変結構な性質だが、今の私にとっては厄介だ。ただ×に弱く、匂いだけでも酔ってしまうという話をシスターとの世間話で聞いたので、相談事があると言って懺悔室に呼び出した。事前に通気口を塞ぎ、香りが強い酒の蓋を開けて机の下に忍ばせるだけで、神父は酔って口が軽くなった。手間をかけさせる。


 神父いわく、ファニーシュお姉様を預かった記憶があるのだという。記録上も、お姉様は教会にいた時期がある。しかしそれを覚えていたのは神父だけで、シスターも他の奇病患者たちも記憶にない様子で、不思議に思っていたのだと言う。彼はその×××を、『××の仕業かもしれない』とも、『神の××による弊害かもしれない』とも言っていた。


 それらの情報を頼りに、私は悪魔について重点的に調べ直した。


 ××××を調べていく中で、ファニーシュお姉様の処刑が成されるあの瞬間に現れた悪魔の内の一人は、悪魔公爵の×××だと推定した。図画とは少し違ったが、お姉様の処刑が執行された途端の周囲の人々の手の平返しは、記述されている能力と一致する。


 だが、最終的にお姉様を連れ去った×の悪魔の情報は見つからなかった。悪魔公爵などと自称するベリーから獲物を横取りする狡猾さは、低級の名も無き悪魔には到底できない芸当だと考えていたが、××××だろうか? いや、あるいは、新たに生まれた名のある悪魔だとすれば?


 ×××××、×××××××××。×××──×××××××××××××××。


 ×××××××××。×××……空き部屋を探っていた時、私はふと気づいた。ナイトテーブルの引き出しを開けようと、埃を被ったベッドの横で屈んだ途端に、懐かしい感覚がした。思い出そうとすれば消えてしまうと分かっていた。だから私は体を思うままに動かして、引き出しを開けた。そこにあったのは、なんの変哲もない古びたナイフだった。


 私は知っている。××××。誰かに、それをここに持ってくるように言われたことがあったはずだ。……その部屋から見る中庭は、供え花が美しく咲き誇っていた。


 そうだ。以前から疑問だった。誰もそこまで深く祈り込んでもいないのに、どうしてこの家の供え花はああも生き生きと、複数種類が広く咲いているのか、と。ここに来たばかりの頃は、×××やファニーシュお姉様が生前祈っていて、その祈りがまだ残っているのかと思っていたが、どうやら違ったようだ。


 これは神の加護を受けた者による、十数年の祈りが残されている。その加護を受けた者こそ、もう一人の姉だ。そして、そうか、そうだ。神の力を受けた者が悪魔になりやすいのならば、神の加護を受けたものだって、×××××××××××××××。


 ××××為、私はもう一度あの鹿の悪魔に会ってみることにした。あの悪魔ならば、二人の姉の行方を知っているという確信があった。×××ではない。そうに違いないのだ。


 だが問題は、どうすればもう一度会えるのか、だ。悪魔はそれぞれ呼び出す為の召喚陣が違うし、供物も異なる。適切なものを用意できたとしても、願い通りの悪魔が呼ばれるかどうかは、悪魔の機嫌次第で、大抵は名も無き低級悪魔が現れ、引っかき回して帰っていくという。一度呼び出しに失敗すれば、二度目があるかは分からない。慎重に事を運ばなければ。


 ×××××××、××××××、××××××××××××××。


 ある時、私はファニーシュお姉様が使っていた部屋から、彼女の日記を見つけた。八歳から毎日続けられていた日記は、××××××で、初めての社交界を待ちわびる記述で終わっていた。何か手がかりはないかと、もう一度最初の頁に戻った時、表紙に書かれた子供の文字を見て、私は涙を流して喜んだ。


 そこには『わたくしの大好きな×××、お父様、お母様、パルフェ、リーヴィ』と書かれていた! ファニーシュお姉様は私を知っていてくださった! 家族だと認めてくれていた! もう一人の姉の名前はパルフェだ! もうこれだけでも十分だったが、私はどうしても二人に会いたくなってしまった。


 ××××××の調査を重ね、私は三十七歳になった。伯爵はもう少ししたら当主の座を退き、私に譲るつもりのようだが、未だ独り身でい続ける私に、多少の不信感を抱いている様子でもあった。


 長い調査の末、私は悪魔召喚陣にはある程度の法則があることにたどり着いた。死亡した年代、月日、××、性別、生まれた地方……。それらの組み合わせが、的確に呼び出す召喚陣に組み込まれている。それから──供物も。


 供物は多くの場合、その悪魔が好む物だ。悪魔は生前の人間性が反転した存在だ。心清らかな者は、下劣な者に。豪胆な者は気が弱くなり、遜る癖のあるものは傲慢になる。つまり、好物も生前は嫌っていた物になる。私のお姉様たちはどうだろう?


 ファニーシュお姉様については、噂ばかりではあるがある程度の性格は分かる。パルフェお姉様については何も分からない。そして二人の生前の好みを私は知らない。だが……いや、好きなものなら、一つだけ知っている。ファニーシュお姉様が、日記の表紙に書いてくださったから。反転すれば、何になるだろうか。いや、あるいは……賭けてみるか。



 私は、リャーナルド伯爵を殺す事にした。



 最近の伯爵は病気がちで、私はまだ名ばかりではあるもののこの家の実権を握っていた。使用人たちに暇を出して、静かになった屋敷で伯爵を殺した。召喚陣に彼を置いてみたが、何も現れはしなかった。失敗だ。まあ、違う悪魔が呼ばれなかっただけマシだ。まだ機会はある。


 手がかりを求めてお姉様の日記を手に取った。表紙には新たに文字が書かれていた。


 “マシュマロを挟んだクッキー”……。


 何故だろう。それを好きだと言っていた人がいたような気がする。買いに行って戻るまでの間に来訪客などが来て、×××から伯爵の遺体が見つかったらまずい。マシュマロは備蓄庫にあったから、クッキーだけ自作することにする。料理本通り作るだけだと思ったけれど、案外難しい。不格好だけど、お姉様たちは喜んでくれるだろうか。


 ファニーシュお姉様の事で、思い出した事がある。


 まだ幼い頃、出会ってもいないはずの頃の記憶だ。ファニーシュお姉様は無邪気な方で、愚かにも私はそんなお姉様を『あほ』などと呼んでいたのだが──×××××××……いや、今はいいか、そういうのは。そうそれで、思い出した事だ。私はお姉様の事で、周囲が隠している秘密を父から教えてもらった。


 ファニーシュお姉様は元々、蔦葉病という奇病を患っていたが、パルフェお姉様が生まれた時に、聖女病へと変異した。パルフェお姉様の祈りが届いて聖女病は奇跡が起こり治ったように見えたが、実際には治っておらず、ファニーシュお姉様は度々奇行を繰り返していた。


 私の記憶とは違う時間の進み方をしている今の世界でも、ファニーシュお姉様は聖女病を患っていたのではないか。×××××、あの鹿の悪魔がパルフェお姉様で、あの時ファニーシュお姉様を連れて行ったのなら……××××××。


 もしそうならば、ファニーシュお姉様は悪魔にはなっていないのではないか。反転した存在にはならず、偽りの聖女のままパルフェお姉様と一緒にいるのではないか。そんな気がしてならない。多分、彼女らの望みがまだ叶い切っていないから、姿を見せてくれないのだ。彼女たちの父は連れて行く。母は……先に逝った。後は……。


 そうだ、リャーナルド家の屋敷を燃やそう。


 誰も、悪魔の事について知らずに済むように、記録手記は全て処分しよう。ジルド家の屋敷が燃えたのは、きっとお姉様からの、こうしなさいという教えだったのだ。ようやく気付いた。この屋敷にある記録を失えば、親戚宅にある断片的な記録だけではもはや清き一族としての責務は全うできないだろう。×××いい。


 ××××××だ。小さい頃から、ずっと想像してきた事が実現するかと思うとわくわくする。きっとファニーシュお姉様は変わらずおかしなことをしていて、それを両親が微笑ましそうに見つめていて……。反転してしまったパルフェお姉様は、口は少し悪くなっているかもしれないけれど……“嗚呼、馬鹿なお姉様”なんて笑い合えるならそれでもかまいません。


 埃っぽいからかな、よく燃えている。使用人たちは、長期休暇のつもりでいると言っていたけど、他の雇用先は見つかるだろうか。ああ、×××なってきた。そろそろ始めよう。


 悪魔の王とやたらよ、闇に堕ちる者へ救いの手を差し伸べる為に、名も存在も隠し、聖者の道すらも捨てた貴方ならば、私の苦しみにも理解を示してくれるだろう?


 最期に、お姉様へ。この記録も全て燃えて塵となり、無くなってしまうでしょうけれど、きっと会えると信じております。



 どうか、まだ貴方が治っていませんように】

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