第20話 突入

 作戦決行の日がやってきた。

 碌に眠れずに朝を迎えた俺は、怠い身体をベッドから起こして身支度を整える。

 朝食を適当な店で済ませると、俺は街を出て訓練場に向かう。


「フンッフンッ!」


 クロードから教えを受けていた日課のトレーニングを淡々と行う。このトレーニングは暇さえあれば行うようにしていた。

 初めのころにはこれをするだけでヘトヘトになっていたものだが、今ではただの準備運動にしかならないから不思議だ。

 それからウォームアップを済ませると、闘気を練って数秒間維持、闘気を解除してもう一度同じことをする。

 この鍛錬は瞬時に闘気を練り上げる訓練法の一つで、クロードが部屋の中でも出来る簡単な鍛錬法だからやってみろ、と言われてやっていたものだ。

 この闘気法発動も、前に比べたらスムーズに発動できるようになった。けれど、クロードがやっていたようにまるで息をするかのように発動してみせたようにはなっていない。

 それに比べて、俺の場合は前より発動は早くなったが、まだまだ発動まで遅い。理想はやはりクロードの様に発動まで出来る限り速めたい。

 繰り返すこと数十回、そろそろ良い感じに疲労を覚えてきたタイミングで休憩に入る。


「ふう~・・・・」


 木陰に腰掛けながら持ってきた手拭いで汗を拭き、水袋に口をつけて喉を鳴らす。


「・・・・・昼には戻るか」


 こうして鍛錬をしているのも昨日から続く緊張のせいだ。

 あれから宿に戻ってジッとしていても、今日の夜の事を考えてしまって中々寝付けなかった。起きた後もじっとしていられなくてこうして訓練場にきて鍛錬をしてしまっているほどに、俺は緊張していた。


「今夜、か・・・・・・」


 今夜、作戦が決行される。

 その結果次第で俺は美里に会えるかどうかが決まる。


「会って、確かめないとな・・・・・」


 あの日、あの時、本当は何があったのか。

 本当に美里は俺を裏切って村上とデキていたのか。


「・・・・・・確かめないと」


 前に進めない。

 そんな気がしてならなかった。


「とにかく、今は作戦の事だけを考えないとな」


 そうして休憩もほどほどに、再び鍛錬に戻った俺は、昼を迎えるころに鍛錬を切り上げて街に戻った。

 昼食をどうするかと悩んで、結局無難な選択を取った。

 訪れたのはバヤール亭。ここ最近何かとお世話になっている店だ。

 扉を開けて中に入れば、客で賑わっていた。


「いらっしゃいませ~」


「や、ミーシャちゃん。今日も賑わってるね」


「もちろん!うちはこの街一の繁盛店だと自負してますからね!」


 元気よく声を掛けてきたのはこの店の看板娘のミーシャちゃん。なんだかんだでこの店を利用するうちに顔を覚えられてこうして気さくに声を掛けてくれるようになった。


「カウンター席でいいですか?」


「ああ」


「では、こちらにどうぞ!」


 ミーシャちゃんの案内を受けてカウンター席へ。適当に注文を頼むと、ミーシャちゃんは厨房に引っ込みオーダーを店の主である父親に伝えに行った。

 待つことしばし、運ばれてきた料理に舌鼓をうちながら堪能していると、近くにいる客の声が耳に届いた。


「なあ、今日奴隷市だろ?見に行かないか」


「行ってどうするんだよ。俺達奴隷を買う金なんて無いぞ?」


「分かってるよ。見物だよ、見物。見るだけだったらタダじゃん」


「まあ、そうだけどよ」


 どうやら今日開催されている奴隷市の話をしているみたいだ。二人の男性客は昼間から酒を飲みながら、身の回りの世話をしてもらえる奴隷が欲しいだの、いやいやエロい奴隷の方が良いだのと話している。


「そう言えば、俺この前珍しい奴隷を見たぜ?」


「珍しい?」


「ああ、異国の顔立ちをした黒髪の女の奴隷いたんだよ」


「っ!」


 異国の顔立ちに黒髪の女。それって・・・・・


「へぇ~珍しいな。それで?」


「もう、すっげえ可愛くてな?体も良い身体つきで、胸なんてこんなにデカくてまたエロいのなんのって」


「お前、奴隷だろ?汚い身なりになってるだろうに、よくそこまで分かるな」


「いや、アレは見る人が見れば分かるね。綺麗にして着飾ったらとんでもない美人になるぞ。まあ、俺だから気付いたんだがな?」


「ははっ!何だよそれ」


 それからその男性客は酒の勢いのまま、異国の奴隷がどれだけいい女かを、まるで一目ぼれしてしまったかのように語った。それをもう一人の男がただの妄想だと笑い飛ばしながら相手をしていた。


「・・・・・・・・・ッ」


 俺はそんな二人の話を聞きながら、込み上げてくる怒りと共に拳を握りしめた。


「あれ?どうしたのソウジさん、食べないの?」


「え?」


 偶々通りかかったミーシャちゃんに声を掛けられて我に返る。気が付けば途中で手を止めてしまったせいで、せっかく料理が冷めてしまっていた。


「ああ、いや、ちょっと寝不足でボゥっとしてたわ。はは」


「くす、ちゃんと寝ないと駄目ですよ?そんなんじゃ依頼で失敗しちゃいますよ?」


「ああ、そうだな。気を付けるよ」


 その後俺は、客の声から逃げる様に料理を口に運んだ。




        ♢       ♢        ♢   




 店を出た俺は、そのまま街をふらつきながら先程の客が話していた事を思い出す。


「美里・・・・・」


 もし、作戦に失敗したらあの客が妄想として語っていたことが本当の事になってしまうかもしれない。

 そう考えただけで体の中から何か得体のしれないものが込み上げて、今にも暴れそうな感覚に陥る。


「いや、作戦を成功させればいいだけの話だ」


 俺は頭を振って余計な考えを強引に振り払う。

 しかし、それだけではどうにも気分は晴れず、気が付くと俺はとある場所に足を向けていた。

 辿り着いたのは大小様々なテントが立ち並ぶ広場。そう、奴隷市が開催されている広場だ。

 そこには色々な人が各テントに入って行って、出てきた頃にはその手に鎖で繋がれた奴隷と共に出てくる客や、テント前の仮設ステージみたいな壇上に並べられた奴隷達を紹介している商人、それに聞き入っている客など、様々な人間がここに集まっていた。

 客のほとんどは男性客だ。たまに女性の姿も見えるが、少数派だ。


「・・・・・・・・・」


 そんな客たちの間を無言で通りながらチラリと壇上に立たされている奴隷に目を向ける。


「ひ・・・・・ぐす・・・・・・・えぐっ・・・・・」


 仮設で作られたであろう粗末な作りの壇上に薄汚れた服に鎖で繋がれた手枷を嵌められた奴隷達が数人並んでいる。

 その数人には誰一人違わず武骨な首輪をされていた。

 一人の中年オヤジが今買ったのであろう、獣耳と尻尾を生やした年端もいかない獣人の少女、その少女の手首から延びる鎖を商人から受け取っている。

 その獣人の少女は酷く怯えた顔をしながら先程から延々泣き続けている。購入したであろう中年オヤジは鎖を引き寄せ獣人の少女の腰を掴んで顔を寄せる。


「ひっ!」


 ベロリと汚いオヤジの舌が獣人の少女の頬を舐ると、獣人の少女は顔を引きつらせて身体を強張らせた。中年オヤジはその反応を下卑た笑いを顔に張り付けながら楽しんでいた。


「ッ!!」


 一瞬、その獣人の少女と目が合った。

 が、中年オヤジが鎖を引いたおかげで獣人の少女は引っ張られたてしまった。壇上から獣人の少女が連れていかれる。

 連れ去られる小さな背中を目に映しながら、込み上げてくる怒りを抑える様に、俺は血が滲むほど強く拳を握った。


(抑えろ・・・・・抑えろッ!)


 今このまま衝動に駆られて出て行けば、今夜行われる作戦に支障が出る。それだけは決して出来ない。

 だから、俺はその背から目を逸らした。心の中でごめんと何度も謝りながら、無力な俺はその場を離れた。

 無力感に苛まれながら、俺はその場所を遠巻きに見つめた。

 他のテントとは明らかに規模が違うそのテントは、まるでサーカスでもやる様な大型のテントだった。


「・・・・・・美里」


 そのテントはまさに今夜作戦を決行する標的、ハイデルの所有するテントだった。


(あそこに、美里がいる)


 本当に本人かは分からないが、俺はあの時見た人は美里本人だと何故だか確信していた。


「絶対に、会いに行くからな・・・・・・」


 決意を新たに俺は広場を後にした。




         ♢        ♢         ♢  




 あれから宿に戻った俺はベッドに身体を預け、眠りについた。広場での出来事が夢に出てきて何度か目を覚ます羽目になったが、一睡もできないよりかはマシだ。

 陽が沈み、夜を迎えたころに目覚めた。まだしばらく時間があるから、俺は装備の点検をしながら時間を潰した。点検の仕方はこの街に来る前の旅で、ガヤルさんから教わっていった。

 点検を終えた後は村で貰った干し肉を食って小腹を満たす。これから激しく動くことを考えたら余り腹に物を詰めるとかえって動きが鈍ると思ったからだ。

 そして・・・・・・


「・・・・・行こう」


 時間がやってきた。

 俺は最後に自身の装備を改めて確認すると部屋を出て宿を後にした。向かう先はオベールさんの指示で広場手前のある路地となっている。昼間に広場を訪れたのはその確認もしたかったからだ。

 時間も深夜となって街の中は静まり返っていた。そんな中を集合場所に向けて歩く。集合場所に着くと数人の男女が待機していた。俺がその男女の傍までやってくると、話し合いをしていたうちの一人がこちらに気付く。


「何だお前?こんな時間に何してる?」


 話し合いをしていた男の一人が怪訝な顔をしながら話しかけてくる。


「オベールさんの指示でここに来るように言われました、総司です」


「ああ、旦那の言ってたやつか。クロードの紹介で入った新人だってな?」


「はい」


「新人とは言えクロードから推薦があったんだ、期待させてもらうぜ?」


「はい、頑張ります」


「よし、それじゃあ人数も揃った事だし、移動するぞ」


 どうやら男はこの場のリーダーらしく、男の声にその場のハンター達が頷く。と、その場で一人だけ手を上げる者がいた。


「まだあと一人来てないぞ?」


「うん?・・・・・本当だな。あと一人は確か・・・・」


 その場にいる人数と顔を確認して首を捻ったリーダーの男はもう少し待つかと言った時、最後の一人が姿を現した。


「何だ、もう全員いるのか」


 その声に全員が振り返ると、そこにいたのは何時ものロングパーカーに身を包むライラの姿があった。その背中には炎の大剣ティソーナを背をっている。


「ライラ!」


「うるせぇ、静かにしろボケ」


 辛辣な言葉と共にライラはリーダーの男の前に歩み寄る。


「遅くなったみたいだな、悪い」


「時間通りだからかまわないさ。それより、お前も参加するなんてな」


「そうだよ、ライラ今日の事知ってたのか?俺、伝えてなかったのに」


「・・・・・いろいろ事情があるんだよ」




         ♢       ♢        ♢  




 総司がライラの家を訪れていた時の事、ライラは組合のオベールの執務室にいた。


「それで、呼び出したからには何かあるんだろ?さっさと要件を言えよオッサン」


 どかりと執務室のソファーに腰を落とすなり要件を言えと請求するライラの態度に、何時もの事だと諦めのため息をつきながらオベールが呼び出した要件を伝える。


「明日の夜、奴隷商ハイデルの捕縛作戦が決行される。その作戦にライラも参加してもらいたい」


「はあ?ハイデルの捕縛?いきなりだな、何があったんだ?」


「実は―――――――」


 ライラの疑問にオベールはなぜハイデル捕縛に至ったかを説明した。


「―――――――と言う訳だ」


「なるほど・・・・・・それで、アタシにも参加しろって?」


「今のこの組合に所属するBランクのハンターは殆ど出払っている。そこでライラの力を借りたい。お前なら経験も実力も申し分ない」


「随分評価してくれるじゃねぇか」


「当然だ。それに、この作戦にはソウジ君も参加する」


「アイツが?」


 ライラの顔に大丈夫なのかよ?と疑問の顔がありありと浮かぶ。


「だからこそ、お前にも参加してもらいたいのだ」


「・・・・・・気が進まねぇな」


 総司の名前が出た途端、やる気なさげにソファーの背もたれに小さな背をだらしなく預ける。


「嫌か?」


「ハッキリ言って、嫌だね」


 間髪入れずに言ってのけるライラにオベールはため息をつく。


「ペアであるライラにも参加してもらいたいのだが・・・・・」


「ペアだからって何でもかんでも一緒に行動するわけじゃないだろ?」


「まあ、そうなんだが・・・・・・」


 そこでオベールは何やら迷う様なそぶりを見せた後再び口を開く。


「・・・・・・・これを伝えるかどうかは、正直悩んでいたが仕方ない、か」


「・・・・・・何だよ?」


 何処か深刻な顔のオベールに何かを察してライラは怪訝な顔になる。


「実は、ハイデルに協力している者の中に――――――」




        ♢       ♢        ♢  




「・・・・・理由なんてどうでもいいだろ?ほら、時間が勿体ねぇぞ?」


「ああ、そうだな。よし、移動するぞ」


 ライラが参加する理由についてそこまでの興味は無いリーダーの男は、それ以上追及することも無くその場にいるハンター達に移動を促した。

 俺達は集合墓所の路地から離れると、目的の奴隷市が開催されていた広場の入り口近くの路地に身を潜めた。

 路地の陰から広場を窺うと、昼間見た時とは違い人っ子一人いない静まり返った広場が窺えた。奴隷市は日付が変わると同時に終了しているためだ。


「作戦を確認する。俺達は広場の反対側にいる別動隊からの合図と共に広場に侵入、ハイデルの所有する大型テントの正面から突入して中の護衛の連中を捕縛する。そのままハイデルと審査官長を捕まえられたら良し、連中が逃げた場合は残り二つの出入り口に待機している別動隊が逃げようとする連中を捕縛する。ここまでで何か質問は?」


 リーダーの男から今回の作戦の概要が再確認。これに対して仲間の一人が手を上げる。


「捕縛できる状況じゃなかったら?」


 確認をしてきた仲間はつまるところこう言いたいのだ、殺すことになってもいいのかと。


「・・・・・・連中も大人しく捕まってはくれないだろうからな、状況的にそうしなければいけない場合は、やるしかないな」


 それを聞いて俺含め、全員が頷く。


(殺す、か。出来ればそんな事にはならないでほしいけど・・・・・・)


 理解したと頷いたはいいが、人など殺したくない。赤蜘蛛の時はオグマのせいで我を忘れてあんなことをしてしまったが、俺は殺したいなどとは思っていない。


(・・・・・・いや、オグマの言っていたことが本当なら、俺はそれを望んでいたのかもしれない)


 オグマは心の底にある俺の殺意を刺激してやった結果だと言っていた。つまり俺は連中を殺してやりたいと願っていた事になる。


(今回はそんな事態にならない様に、自分を強く持たないと)


 同じ過ちは繰り返さない為にも、俺は強くなろうと誓ったのだから。

 その時、広場の反対側から何かチカチカと光が点滅した。暗がりで分かりにくいが、よく目を凝らして見て見ると向こうにいる人間がランプの光を使って合図をしていることが分かる。

 リーダーの男もそれに倣って腰に下げていたランプを取り出し同じように合図を送り返す。


「合図だ。行くぞ」


 いよいよだ。

 リーダーの男を先頭に俺達は路地から飛び出し、一直線にハイデルの大型テントに向けて駆け出す。

 隣りを並走するライラをチラリと横目で窺うと、ライラもこちらの気付いて目を向ける。


「本番だ。この前みたいに足引っ張るんじゃねぇぞ」


「ああ!」


 大型テントが目前に迫った。ここからが正念場だ。




          ♢       ♢        ♢ 




 ハイデルが所有する大型テントの正面入り口をリーダーの男を先頭に押し開いてなだれ込む。

 中には数十人の男達が奴隷を別の場所に移動させる為か、檻から出して鎖を引いている。別の者は木箱を数人で持ち上げて馬車の荷台に乗せている者もいる。

 オベールさんの情報通り、連中はここを引き払うために準備をしていたみたいだ。


「ハンター組合だ!全員その場で武器を捨てて大人しく投降しろ!抵抗しないなら良し、抵抗する場合は力ずくでも従ってもらう!」


 テント内にリーダーの男の宣告が響く。


「何だ!?」


「ハンター組合!?」


「おい、ハイデルさんに知らせろっ!」


 その宣告にその場にいた護衛の男達は慌ててその場に手に持った荷物を捨て、代わりに武器を取る。

 どうやら大人しく捕まる気はないみたいだ。


「警告はした」


 リーダーの男も己の得物の剣を鞘から引き抜き構える。


「突撃ッ!!!」


『オオォォォォ!!!』


 その合図と同時にハンター側も各々武器を手に駆け出す。

 俺も気合の声を上げながら走り出し、隣を掛けるライラも背中からティソーナを引き抜き駆け出す。

 迫る俺達を見て、護衛の連中も一斉にこちらに雄叫びを上げながら向かってくる。

 遂に戦闘が始まった。

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