第19話 希望は見えた

 オベールさんの提案で一日時間が出来た俺は、けれど何もできずにいた。

 全てを他人任せにしてしまっている現状、街をただ彷徨っている事にも罪悪感を覚え、俺はその罪悪感を振り払うためにライラと共に訓練した訓練場に赴き訓練をした。

 訓練中は身体を動かしていたおかげで考えずにいられたが、宿に戻ってじっとしていると不安が押し上げてくる。

 ファムはオベールさんなら大丈夫だと言っていた。俺も少ない時間だがあの人と接して信頼できる人だとは頭では理解している。

 しかし、頭では理解できても気持ちまではそうはいかない。それも全て自分の不甲斐なさゆえだ。

 この世界に来てから色々な事を教えてもらい、色々な経験をした。それこそ前の世界では経験したことのない様な事をたくさん。

 けれど、と思う。


「・・・・・・全然変われてないな、俺」


 強くなりたいと言ってクロードに闘気法を学んでも、赤蜘蛛達に後れを取った。結果、俺は大切な人を二人も失った。

 ハンターになって初めての戦闘ではライラの足を引っ張ってばかり。

 そして、今も自分は何もできずにこうして他人に任せて宿にいる。


「・・・・・強くなりたいなぁ」


 前の世界での知識があっても、身体を鍛えて戦う術を手に入れても、俺まるで成長できた気がしない。

 陰鬱とした気持ちを抱えたまま、俺は睡魔に襲われて寝入った。




        ♢       ♢        ♢     




 翌日、俺は目が覚めると身支度を整えて早速組合に出かけた。

 昨日と同じように組合の中は依頼を求めに大勢のハンター達で賑わっていた。そんな中を俺は昨日執務室を出る間際に言われた通り、直接オベールさんに会うために二階にあるオベールさんの執務室に向かう。

 執務室の扉をノックすると、中から「どうぞ」と返事が返ってくる。俺は「失礼します」と一言言って扉を開けて中に入る。中には既にオベールさんが事務処理をしながら待っていてくれた。


「おはようソウジ君。早速だが、昨日の話をしようか」


「はい、お願いします」


 ソファーを薦められ、俺とオベールさんは向かい合うようにソファーに腰掛ける。


「少し複雑な話になるが聞いてくれ」


「はい」


 姿勢を正しオベールさんの話に耳を傾ける。


「実は、奴隷商ハイデルの事は以前から組合の方でも調べていたんだ」


 組合がハイデルを調べてた?一体どうして?


「それと言うのも、国から要請、依頼があったのだよ」


「国からの依頼ですか?」


「ああ。依頼の内容は、ハイデルと、ハイデルと繋がりを持つラクメルと言う人物に掛けられた容疑の調査だ」


「容疑、ですか?」


「そうだ。掛けられた容疑は金の横領、それと不正な申請をしている事、他にもあるがとにかく犯罪に手を染めている疑いがかけられている」


 ライラやベヤドルの話では、ハイデルは国から認められている真っ当な商人だと聞いていたから驚きだ。



「その、ラクメルって言う人は?」


「国に仕える調査官で、ラクメルはその調査官の中で上官にあたる調査官長を務めている男だ」


 どこの世界でも不正に手を染める官僚はつきものなのか。


「調査官の一人が不審に思い、国の上層部に掛け合った結果、我々組合の方に調査依頼がきたのだよ。そして、組合は数人のハンターに声を掛けて調査に乗り出した。その結果判明したのが、ハイデルの所有する奴隷が契約違反、つまり、犯罪を犯して手に入れた奴隷達である事が分かった」


 それはつまり・・・・・・


「まだ確証を得られてないが、おそらくソウジ君の探し人も無理矢理奴隷として連れていかれたのだろう」


「!」


 美里は無理やり奴隷に仕立て上げられた?それが事実ならハイデルの下に美里がいるのは納得がいく。けど、美里に掛けられたあの多額の金は?


「それで、ここからが本題なんだが・・・・・・」


 今まで聞いた話を頭の中で整理していると、オベールさんは改まった口調で話し出した。


「我々ハンター組合は、ハイデル、並びにラクメルの捕縛を決定した。ついてはソウジ君、君もこの件に協力しないかね?」


「え?でも、国の依頼なんですよね?俺みたいな新人ハンターが参加しても良いんですか?」


 組合の規定なら国からの依頼には参加条件がある。その条件はBランク以上でなければならない。レミアさんの説明通りなら、今現在の俺のランクでは参加できないはずだ。


「その心配はない。昨日時間を貰ったのは、その調整の為でもあったのだからね」


 時間を貰ったのはその為。それってつまり、オベールさんは俺から話を聞いた瞬間から既にこうなる様考えを巡らせていたって事か?

 ファムの言っていた通り、オベールさんは凄い、いや、俺の想像してたよりもずっと凄い人みたいだ。

 そして、同時に思う。これはチャンスだ、と。

 これを逃せばもう二度と真実には手は届かない。

 それに、ここまでオベールさんがお膳立てしてくれたんだ、応えないわけにはいかない。


「どうだね?」


 この人は俺に配慮して、わざわざ時間を取ってまで調整してくれたんだ。

 オベールさんは俺がどう答えるのか分かっているかのように、その顔に笑みを浮かべている。

 ・・・・・本当にすごい人だ。


「・・・・・お願いします!俺も協力させてください!!」


 ソファーから立ち上がり深々と頭を下げる。


「ああ、勿論!」


 立ち上がったオベールさんは右手を差し出す。俺もそれに応える様に差し出された手を握り返す。

 こうして俺は、真実へ近づくための一歩を踏み出した。




         ♢       ♢       ♢   




 この後、どう動くかの詳しい説明をオベールさんに聞くことになった。

 前回オベールさんにマナ感知の事を教えてもらった際に、オベールさんが持ってきたボードゲームをあの時の様にテーブルに並べる。

 今回は前回と違い、舞台になる戦略マップは城攻めを想定したマップになっており、中央にはでかでかと立派な城が描かれている。


「仕掛けるのは明日、奴隷市が終わった後、深夜にハイデルの所有するテントに突入する」


 マップの中央に描かれている城を指さしながらオベールさんが語る。どうやらこの城がハイデルの奴隷テントという想定らしい。


「明日の深夜ですか?」


「そうだ。情報によれば、ハイデルは奴隷達を何処かに輸送するらしい。そこを取り押さえる」


 てことは、その輸送される奴隷の中に美里がいる可能性があるわけか。それならば是が非でも取り押さえなければ。


「作戦としては単純だ。まず正面から突入、輸送の準備をしているであろう護衛の傭兵達がいるはずだ。そいつらをまずは無力化する」


 城の正面、城門に青の駒、これは味方の駒だな。続いて城の内部に赤い駒、こちらは敵、の駒を置く。


「けど、その隙にハイデル達が逃げるのでは?」


「そこは心配ない。裏口に数名のハンターを配置して、出てきた連中を捕らえる。言ってしまえば正面からの突入組は囮。本命は裏でスタンバイしているハンター達だ」


 城門とは真逆の位置と西側の城壁に青い駒を置く。


「テント内に入るにはこの三つ。一つは正面、普段は客や従業員が出入りする入り口。二つ目は檻の様な大きな物資などを搬送する為の作業用の出入り口。そして三つ目は従業員専用の出入り口だ」


 正面以外の出入り口二か所の内どれかが本命か。


「我々の予想では、搬入口が逃走に使われると見ている。恐らくハイデルは奴隷を積み込んだ馬車を使ってここから逃げると予想している。そこを捕らえる」


 なるほど。単純な作戦だが、相手はこちらの動きにまだ気づいていない。対してこちらは相手がどう動くのかを予測済み。ならば、情報を得ているこちらの方が圧倒的に有利ってわけか。


「そこで、ソウジ君には囮として正面から突入してもらいたい。頼めるか?」


「分かりました」


 直接ハイデル達を捕縛できないのは残念だが、わがままは言ってられない。囮だってちゃんとやらなければ作戦の成否にかかわる。


「ソウジ君以外にも数名のハンターが同行する事になっている。その者たちと一緒に、合図と同時に突入してもらいたい」


「はい・・・・・ところで、もしハイデル達が逃げようとしなかった場合はどうするんですか?」


「その時は別の合図を出す。合図がでたら残りの二か所を固めている人員を最低限残して突入してもらい、その場にいる全員を一気に捕縛する。他に質問はあるかね?」


「いえ、大丈夫です」


 理解できたと頷く。


「・・・・・囮とは言え、中に入れば戦闘は免れん。ハイデルが雇っている者たちの中には腕利きの者もいるだろう・・・・・・十分注意してくれたまえ」


「はい!」


「では決行時刻、合図や細かい指示の説明をしよう」


「分かりました」


 そうしてオベールさんに細かい説明を聞いているうちに、時刻は昼を迎えた。


「―――――と、概ね理解できたかな?」


「はい、大丈夫です」


「それでは終わりにしよう。明日に備えて今日はゆっくり体を休めると良い」


 では明日、と言って話を終え、俺は執務室を出る。組合にはもう用が無いからそのまま外へ。

 が、外に出はいいものの、行く当てがない。


「休めって言われてもな・・・・・」


 正直、休める気が全然しない。明日の事を思うと既に緊張して体が強張る程だ。


「宿に戻っても仕方がないし・・・・・」


 しばらく悩んだ俺は、街の外を目指して歩き始める。

 目的地は訓練場。

 体を休めないといけないのは分かっているが、どうにも落ち着かない。それならば無理のない範囲で身体を動かそうと訓練場に向かう事にした。


「その前に飯にしておくか」


 訓練場に向かう前に小腹を満たすため、組合近くの広場に向かう。

 広場には数件の屋台があり、俺はそれを覗きながら何を食べようかと見ていると、ホットドックみたいな食べ物を見つけたので購入。広場に置いてあるベンチに腰掛けてかぶりつく。

 パンに挟まれたソーセージから肉汁が溢れて中々に美味い。屋台で一緒に買った果実水を飲みながら残りを平らげる。

 腹を満たしたおかげか、先程より体の緊張が取れた気がした。


「・・・・少しだけここで休むか」


 直ぐに訓練場に向かわなければいけないわけでもないので、少しの間ここでゆっくりしようと思って体をベンチに預けていると、見知った人物が広場を横切るのを見かけた。


「あれ?お~い!」


「ん?」


 思わず呼びかけると、相手もこちらに気付いて足を止めてこちらに向かってくる。


「よ、ベヤドル」


「何だ、ソウジじゃないか」


 見かけた相手はベヤドルだった。

 俺は座っていた場所を少し空けると、ベヤドルはそこに座る。


「こんなところでどうした?確か、今日はオベールの旦那の所に行っていたんじゃないのか?」


「ああ、それはもう終わったよ」


「そうか。それで、何とかなりそうなのか?」


「うん、実は――――――」


 俺は執務室での話をベヤドルに話して聞かせた。


「そうか、良かったな。これで問題は解決だ」


「まあ、成功すればの話だよ」


「成功するさ。作戦を立てたのは旦那だろ?なら問題ないさ。しかし、明日か・・・・・・・」


 ベヤドルの表情が僅かに陰る。


「ん?どうかしたのか?」


「ああ・・・・いや、生憎とその日から依頼があってな、少しの間この街から離れないといけないんだ。だから、お前の力になれない・・・・・すまないな」


「何言ってんだよ。依頼なんだろ?仕方ないさ。それに、これは俺がやらないといけない事だから」


「・・・・・そうか」


 そう言って微笑んだベヤドルはベンチから立ち上がった。


「すまないな、俺はこれから明日の準備でもう行かないといけないから・・・・・・明日、頑張れよ?」


「ああ、ベヤドルもな」


「おう」


 じゃあなと言ってベヤドルは広場を後にする。

 俺はしばらくその姿を見つめた後、ベンチから立ち上がって歩き出す。


「何時までもベヤドルに甘えてばかりじゃいられないからな、気合入れないと」


 気持ちを新たに向かう先は訓練場。

 少しでも身体を動かして今の内から体を仕上げておかないと、きっと明日は戦いになるのだから。




         ♢       ♢        ♢  




 ベヤドルと別れてから訓練場に赴き、基礎トレーニングから闘気法の訓練をやり始めて時間が経ち、陽が傾き始めたころ、訓練を切り上げて街へと戻った。

 やり過ぎるのも良くないと分かってはいたが、身体を動かしているうちに熱が入ってしまい、ついついこんな時間まで訓練をしてしまった。


「そう言えば明日の事、ライラに伝えてなかったな」


 一応伝えておいた方が良いだろうと思い、俺は宿に戻るのを止めて、ライラの家に行くことにした。

 家の前に着くと、扉をノックしようとして手が止まった。


「・・・・・・」


 前回ライラの家を訪問した時の記憶が蘇る。

 あの時偶然にも目撃してしまったライラのアレ。最近はマナ感知の訓練ですっかり忘れていたが、いざこうして家の前まで来るとどうしても躊躇してしまう。


「・・・・・いや、流石に今回は大丈夫だろ」


 何時までもこうして家の前に突っ立っていても埒が明かない。俺は意を決して扉をノックして呼びかける。が・・・・


「・・・・・いない?」


 もう一度ノックして呼びかけるがやはり反応は無い。


「いや、流石にないだろう」


 そう呟きながらドアノブに手を掛けるが、鍵がかかっているのかガチャガチャ鳴るだけで開く気配はない。


「何だ、本当に居ないのか」


 何処かホッとしながら、さてどうしたものかと考えたが、居ないものはしょうがないかと思い、ライラの家を後にした。




          ♢       ♢        ♢ 




 総司がライラの家から宿に戻ろうとしていた丁度その頃、ベヤドルは自身の家に帰っていた。


「おかえり兄さん」


「ただいま」


「帰ったかベヤドル」


 玄関を抜けてリビングに行くと、丁度ファムとミタリーがソファーで話をしていたところだった。


「何だ、来てたのか」


「ああ、アイツらの訓練が終わった後、偶然市でファムに会ってな。そのままこうしてお邪魔している」


「そうか」


 ベヤドルはファムが座るソファーに座り、そのまま会話に加わる。


「何を話してたんだ?」


「ソウジさんの事。今日オベールさんに話を聞きに行ってるはずでしょ?大丈夫かなって」


「それなら大丈夫だ。昼間ソウジに会ってな、オベールの旦那が上手くやってくれたみたいだ」


「そうなんだ!良かったぁ」


 本当に良かったとファムの表情が綻ぶ。


「ああ、旦那に任せておけば問題ないだろう」


「そうね。オベールさんが面倒を見てくれるのなら、何も問題ないでしょう」


 一つの問題が解決したとファムとミタリーは喜び、三人はそのまま談笑に移った。

 談笑している間に夜も良い時間となり、三人で夕食をとる。その後、三人で食後のお茶を楽しみつつ談笑し、夜も更け始めたころにミタリーは家路についた。

 ミタリ―が帰った後、ベヤドルとファムは新しくお茶を入れなおしてしばらくリビングで談笑する。

 そんな中、ファムがポツリとつぶやく。


「ねえ兄さん」


「何だ?」


「ソウジさん、会えるといいね」


「そうだな」


「ソウジさんにとって、きっとその人はすごく大切な人なんだよね?だって、あんなに必死になってまで色々やってたんだから」


 ファムは何処か遠くを見つめる様にポツリとつぶやいた。


「父さんと母さんが生きてたら、私たちも二人の為に何かしてたのかな?」


 それは、ファムの心の中に未だ残る未練の様なものだった。

 両親はお世辞に言い親だったとは言いずらいが、それでもファムは少なくとも二人の事を親として慕っていた。

 今は冷たくても、いつか温かく抱きしめてもらいたいと願っていた。

 その願いはもう、叶う事は無い。

 両親は何者かに殺されて、もうこの世にはいないのだから。


「・・・・・・俺は、ファムが傍にいてくれるだけでいい」


「兄さん・・・・・」


 俯きながら漏らした言葉は、表情こそ見えないが、何か決意の様な力が宿っている様にファムは感じた。


「まあ、過ぎたことを言ってもどうにもならない。それよりも、明日どう生きるかを考えた方がよっぽどいいさ」


 顔を上げたベヤドルの表情はファムの知る、いつも自分に向けてくれる優しい顔をしていた。


「そうだね」


 ファムもそんなベヤドルの顔を見て微笑むと、二人は明日はどうするか、そう言えばこの間と、他愛のない話で花を咲かせる。

 そうしてしばらく色々な話をしていると眠気が襲ってきたのか、ファムの瞼が落ちてきた。


「眠いか?」


「うん・・・・・・・・・」


「昨日は遅くまで起きてたもんな、しょうがないさ」


「・・・・・う・・・・・・ん・・・・・・・」


 眠気で碌な返事も出来ないファムは次第に瞼を閉じて寝息を立ててしまう。


「やれやれ」


 ファムが寝てしまったのを見て、ベヤドルは立ち上がるとファムを優しく抱きかかえる。


「いつの間にか重くなったな。それでも、軽い方だけど」


 ファムの寝顔を見ながら苦笑する。昔に比べたらファムの身体は随分と大きくなった。それこそ女性としての身体つきになって、昔と今では大違いだ。


「時間が経つのも早いものだな」


 そのままベヤドルはファムを起こさない様に慎重に抱きかかえたまま二階にあるファムの部屋まで連れていく。

 ファムを抱えたまま器用に扉を開けて中に入ってベッドにファムの身体を横にする。

 ベッドにファムを下ろすと、ベヤドルは普段あまり入らないファムの部屋を何となく見渡す。

 開けたままの扉から廊下から洩れる光で部屋の中がうすぼんやりと照らされている。照らされた部屋の中は本が大量にあった。


「前よりも増えたな」


 図鑑に魔術書、学術書や料理本などが棚に敷き詰められている。

 その中で一番蔵書が多いのが英雄譚、冒険譚等の物語が綴られた本が大半を占めていた。


「・・・・・・・」


 そんな蔵書で埋められた本棚の中に、一冊だけ古ぼけた本があった。その本の背表紙には『テレスワンダの冒険』と書かれていた。

 ベヤドルはその本を手に取ると、廊下から差し込む僅かな明かりの中でパラパラと頁をめくる。

 そこに書かれているのは、この世界ではありふれた童話。

 冒険に旅立った少年、テレスワンダが仲間たちと数々の冒険を経て、絆を深めていく物語。

 ファムは文字を覚えて以来、初めて読んだこの本が一番のお気に入りだった。当時は口を開けばこの物語の話ばかりするほどにファムはこの物語が好きだった。

 新しい本を度々買ってはその蔵書を増やしていき、遂には棚から溢れるほどになっている中、この本だけは大切な思い出の様に、本棚に丁寧に収められている。


「・・・・・・・・・」


 頁は所々擦り切れていて、何度も見返した跡がうかがえる。

 ベヤドルは本を閉じると元の位置に戻す。そして棚にある本たちを上から順に眺めていく。


「・・・・・本当に好きだな」


 冒険譚が綴られた本を見ていたら、ベヤドルの脳裏にクロードの姿が浮かぶ。


「そう言えば、クロードは神器を探してるって言ってたな」


 ハンターの夢の一つ、神器。

 アーティファクトとは違う、神の力が宿る器。

 今では荒唐無稽なおとぎ話だと笑われる様な話を、クロードは信じて追いかけていると言っていた。


「・・・・クロード。アンタは逝っちまう瞬間、何を思った?」


 答えなど返ってくるわけではないのに、ベヤドルはそれを知りたかった。


「兄、さん・・・・・・」


 ファムの小さな声に起こしてしまったかと振り向くが、どうやら寝言らしく、ファムは寝息を立てたままだった。

 そんなファムの寝姿に苦笑を浮かべながら、ベヤドルはファムの頭を優しく撫でる。それに反応してか、ファムがくすぐったそうに身じろぎをする。


「兄、さん・・・・・大、好き・・・・だよ・・・・・・むにゅ」


「フフッ」


 ファムの額にそっと口づけをすると、もう一度頭を優しく撫でてからベッドから離れる。

 足音を立てない様にしながら出口に行き、そっと扉のノブに手を掛ける。扉を閉めようとしてその手を止める。

 振り返ったベヤドルの目に、何処か幸せそうな顔をしてすやすやと寝息を立てるファムの姿が映る。


「・・・・・・俺もだ。愛してるよ、ファム」


 静かに扉を閉めて、ベヤドルは自分の部屋へと戻っていった。

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