幕間 03

 そいつと出会ったのは偶然だった。

 アタシは何時もの様に人混みに紛れる様に歩いていた。

 目的は獲物の選別。

 そこら辺を歩いている景気の悪そうな顔をしている奴らは論外。狙うのは金を持っていそうな奴。

 そう、アタシが選んでいるのは、スリをする為だ。

 金じゃなくても物でもいい。とにかく目についた獲物を狩る、それだけだ。

 だから目の前を横切ったそいつに、アタシが獲物として捕捉したのは当然の成り行きだった。


(・・・・・ハンターか?)


 背中に大きな剣をぶら下げた男は、その図体のデカさのせいか、人混みを窮屈そうに歩きながらアタシの前を横切って行った。


(まあ、金さえ手に入れば誰だっていい)


 アタシは人混みに紛れながら男の背を追いかける。

 小柄な自分の身体を生かして人の間をスルスルと移動して男の背後に迫る。


(いただき!)


 気付かれない様に背後に近づいたアタシは、男が通行人を避けようとした瞬間を狙って、腰に下げていた革袋の紐をナイフで切って奪う。


(よし!)


 そのまま革袋をてに、再び人混みに紛れる様に男から離れ、路地裏へと進路を変えて入り込む。入り込んだ先は飲食店が並ぶ店の裏、雑多に積まれた木箱の陰に身を隠す。


「へへっ、ちょろ」


 身を隠しながら手に入れたばかりの革袋の中身を改める。


「へぇ~結構入ってんじゃん」


 銅貨に銀貨、金貨も数枚入っている。


「これなら当分は持つな」


 アタシは満足げに笑みを浮かべながら懐に革袋をしまい込んで立ち上がる。


「ハンターって言ってもこの程度だな。馬鹿な連中だ」


 実際何度かハンターから金を巻き上げたことがある。どいつも間抜けに金を取られて慌てふためいていた。


「さて、こいつでアミリィ用の毛布でも買って帰るか」


 もうじき雪も降る程寒くなるからな、と呟きながら歩き出そうと隠れていた木箱の陰から一歩足を踏み出したまさにその時、声を掛けられた。


「あ~・・・・そいつを持って行かれると、宿代が無くなっちまうんだがなぁ」


「っ!」


 突然かけられた声に驚き、思わず動かそうとした足が止まる。

 冷たい汗が背中を伝う中、ゆっくりと背後に振り返る。そこにはさっきアタシが金をスッたハンターの男が立っていた。


「悪いが、そいつを返してくれないか?この街について早々野宿は流石に堪えるからな」


 顔に笑みを浮かべたそいつは、静かにこっちに歩み寄る。

 大きな体がまるで威嚇するように見えて、アタシは後ろに後ずさる。


「素直に返してくれれば飯ぐらい奢ってやるぞ?どうだ?悪い話じゃないだろ?」


 そう言いながらまた一歩、近づいて来る。


「い、嫌だっ!!」


 近づく男に気圧される様にアタシは踵をかえして路地の奥に向けて走り出す。


「ハァ、やれやれ・・・・・・よっ!」


「!?」


 走り始めて数歩もしない内に男はあろうことかアタシの頭上を飛び越えて目の前に着地。そのまま驚くアタシの両手を掴んで身動きを奪う。


「は、離せ!この変態野郎ッ!!」


「おいおい、人聞き悪いこと言うなよ・・・・こら、暴れるなっ」


「うるせぇ!離せ!!」


 必死に暴れて何とか逃げようと藻掻くが、いくら暴れても男はビクともしない。次第に体力が底をついて肩で息をする羽目になった。


「・・・・・そんなに金が必要か?」


 荒い息を吐くアタシに男は静かに問いかける。


「当たり前だ!」


「・・・・・それは、お前がスラム街の住人だからか?」


 ボロボロの薄汚い格好。手足は痩せて肉付きは悪い。十人中十人がアタシの恰好を見たらスラム出身だと言う事が分かるだろう。

 この街に住んでいればそこらへんで見ることが出来る風景の一部。

 けれど、それをよそ者に指摘されたことで、アタシの頭の中の何かが切れた。


「っ!だったら何だ!金がなきゃ生きてけないんだ!なら、どんなことしてでも金を手に入れなきゃいけないんだ!!」


 そうだ・・・・・金が要るんだ。

 金さえあれば、空腹で倒れることも無い。

 金さえあれば、寒さに震えることも無い。

 金さえあれば、こんな惨めな生活を送ることも無い。

 金さえあれば・・・・・・アミリィだって!!


「・・・・・・・・・・」


 吠えながら睨みつけるアタシを、男はただ黙って見つめる。

 その瞳に映るアタシをどう思ったのか、男は何処か悲しむ様な顔をしながら呟いた。




「・・・・・そんな生き方、つまらないだろ?」




「っ!!」


 その一言は、何故だかアタシの胸の奥に突き刺さった。

 男はアタシを拘束していた手を離した。

 急に身動きできることに呆然としていると、男は驚くべき提案を持ちかけた。


「お前、俺と取引しないか?」


「とり、ひき?」


 そうだ、と言って男は頷く。


「俺はこの街に仕事で来ていてな、その仕事を手伝ってくれれば報酬を出す。無論金で、だ。受けてくれるなら、前金も払う。どうだ?」


「・・・・・・・・・報酬の、額は?」


 確認すると、男が告げた額に驚く。それだけあれば当分生活に困ることはない。それどころかこの冬を凌げることも出来るかもしれない。

 しかし、それだけの額を提示すると言う事は、それだけ危険な仕事のはず。仕事内容を聞かないまま受けるのは危険だ。


「・・・・・・・・仕事の内容は?」


 この時、アタシは危ない橋を渡ることになるだろうと思いながらも、不思議とこの話を受けようと思っていた。


「そうだな・・・・・なら、詳しい話は何処かで飯でも食いながら話そう」


 この目の前で笑みを浮かべる男に、心のどこかで惹かれていたのかもしれない。


「おっとそうだ、まだ名乗ってなかったな」


 力ずよく、温かい笑みを浮かべるこの男に。


「俺はクロード。ハンターだ。お前は?」


「・・・・・・ライラ」


 これが、アタシとクロードの初めての出会いだった。

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