第11話 反省会

 ベヤドル達の好意に甘えて、奴隷商周りの情報を探ってもらうことになった。


「それじゃ、もう少し詳しい話を聞かせてくれ。探りを入れる奴隷商は誰だ?」


「ハイデルだ」


 俺の代わりにライラが答える。


「あいつか・・・・・・」


 ハイデルの名を出すと、途端にベヤルドの表情が曇る。ベヤドルだけじゃない、ファムとミタリーも同様の表情となる。


「何かあるのか?」


 気になった俺は率直に尋ねる。すると、ベヤドルではなくライラが口を開く。


「前に説明しただろ?ハイデルは真っ当な奴隷商人だってな。そのうえ同じ奴隷商の間では顔役なんてやってる。つまり調べるにしても、相手が大物だと情報を探るのは難しいってことだよ」


「そう、か・・・・・」


 ライラをもってしてもこの意見だ、つまりは相当面倒な相手ってことなのだろう。

 ベヤドル達の顔が曇ったのも、ライラと同じ意見だからだろう。


「・・・・・まあ、けど、やりようはある」


「ベヤドル?」


「考えがある。まあ、任せとけ」


 自信があるのか、ニヤリとベヤドルは笑う。


「分かった。丸投げになる形になるけど、よろしく頼む」


「おう、任せな!」


「お待たせしました~」


 丁度話がひと段落した頃に、ミーシャが注文していたベヤドル達の料理を運んできた。


「お、きたきた」


 そう言えば話をするのに夢中で、自分の料理に伸ばしていた手が止まったままだった。若干料理が冷めてしまっている。勿体ない。

 因みに、ライラは話していた間も料理を口に運んでいた。

 テーブルの上に三人分の料理と酒が追加で並ぶ。


「じゃあ、とりあえず―――――」


 ベヤドルが酒を掲げる。それに合わせてファムとミタリーも酒を手に持つ。

 俺もそれに倣って酒を手に、ライラも渋々といった様子で酒を手に。


「乾杯!」


『乾杯!!』


 ベヤドルの乾杯の音頭と共に、杯と杯が触れ合いカチンと鳴る音が響いた。




       ♢       ♢       ♢  




 バヤール亭で総司達と食事を採った後、ベヤドル達三人は総司達と別れて帰る途中だった。


「しかし、ハイデルか・・・・・・難しい相手だな」


「うん・・・・・・」


 ミタリ―の悩まし気な声にファムが頷く。


「でも、何とかしてあげたいよ・・・・・・」


 ファムの言葉にミタリーは呆れるような息を吐く。


「私だってそう思うが、相手があのハイデルとなると、下手に動くとこちらまで被害が出るかもしれない」


 ミタリ―が懸念するのはそこだ。

 ハイデルは油断ならない切れ者として、この街では有名なのだ。調査とは言え、下手に動くとこちらにまで被害を及ぼしかねない。なので、慎重にならざる負えないわけだ。


「私だって分かっているけど、ソウジさんがあれだけ悩んでるってことは、その奴隷の人はソウジさんにとって、とっても大切な人ってことでしょ?・・・・・・・私がソウジさんと同じ立場だったら、どうにかしたいって思うもの」


「ファムは優しいな・・・・・・・確かに同じ立場なら、私も同じようにしていたかもしれない」


 ミタリ―もこのクランの事を家族のように大切にしている。その家族の誰かがもしも奴隷落ちしてしまったのなら、総司と同じ選択をしていたかもしれないと想像する。


「しかし、余り嗅ぎまわるとこちらにあらぬ疑いを掛けられるかもしれないからな・・・・・・」


 大切だからこそ、ミタリーは慎重になるべきだと主張する。

 あの場では二人が乗りきだったので、ミタリーもならばと話に乗ったが、話を聞いて若干の後悔もある。

 二人が頭を悩ませている中、二人とは違い、ベヤドルは笑った。


「そんなに心配するほどじゃない。言ったろ?考えがあるってな」


「兄さん、考えって?」


「大丈夫だ。お前が心配する必要はない」


 自分と同じ緑の髪に手を置いてわしゃわしゃと乱暴に掻きまわす。


「ちょ、ちょっと兄さん!」


「心配するな、兄貴に任せておけ」


「・・・・・・分かったよ」


 頭に乗せられた手を振り払って、拗ねたように頬を膨らませながら乱れた髪を手櫛で整える。


「私たちも・・・・・・・」


「うん?」


 髪を整え終えると、ファム小さく呟く。


「私たちも、もしかしたら・・・・・・もしかしたら、同じように奴隷になってたのかな・・・・・・」


「かも、な・・・・・」


 整えたばかりの頭にもう一度手を乗せる。今度は先程と違い、慈しむように優しい手つきで撫でる。

 そんな二人の兄弟を、どこか複雑な顔でミタリーは眺めた。




         ♢        ♢         ♢  




『バヤール亭』を出た後、アタシは他の奴らと別れて自分の家に戻った。

 部屋に入って明かりを点け、壁にティソーナを立て掛ける。背負っていた荷物をその辺の床に放り投げてソファーに身を沈める。


「疲れた~・・・・・・・」


 沈めた体を横に立をして仰向けに寝転がる。


「たかがゴブリン相手に手こずるとはな・・・・・・」


 思い出すのはあのゴブリン共との戦闘。


「使えないルーキーが一緒だったとは言え、アタシもまだまだ、か」


 シミが出来ている天井をぼんやりと見上げながらつぶやく。


「それに・・・・・・・」


 チラリと、寝ころんだままソイツを見る。


「どうして・・・・・・・」


 なにがいけなかった?確かに闘気は循環させた。普段よりも多くの闘気で、だ。


「なのに、どうして・・・・・?」


 高まった闘気は確かに技を使うには十分なはずだった。けれど、放とうとした瞬間、それは霧散して消えていった。

 まるで、拒絶するように。


「なにがいけないんだよ・・・・・・」


 アタシの声に答えることなどなく、ただ静かに照明の光を鈍く反射するティソーナがそこにあった。




         ♢        ♢         ♢ 




 ライラ達と別れた俺は宿に戻っていた。

 宿に戻ると、宿屋の主人からガヤルさんの言伝を預かっていると言われた。

 聞けば、今日は知り合いと飲むことになり、そのままその知り合いの家に泊まるとの事。

 俺は主人に礼を言って部屋に戻ると、荷物を適当な床に置いてそのままベッドにダイブ。


「ああ~・・・・・疲れた」


 ゴブリン退治で受けた傷は村人たちが持ってきてくれた傷薬である程度癒えた。そこまでの怪我ではなかったおかげで、それだけで十分との事。

 ただし、マナを限界まで使ったおかげで気怠さが抜けない。


「思えばまともに戦ったのって、これで三回目なだよな」


 たった三回、されど三回。俺にとってはいい経験だった・・・・・・・まあ、内容は褒められたものではないが、それも経験だ。


「しかし、戦闘って色々考えないといけないんだな・・・・」


 今回の依頼で誰かと一緒に戦うことがどれだけ難しいのか分かった。

 自分の判断で味方まで不利な状況にしてしまう。今回はライラに迷惑をかけてばかりだった。

 戦闘以外でもそうだ。馬に乗れないは、状況分析も碌にできない。そのうえ戦闘まで足を引っ張っては申し開きもない。


「・・・・・・ダメすぎるだろ、俺」


 思い返すだけで気分が沈んでいく。

 などと自己嫌悪に悩まされていると、不快な声が響く。


『この程度の事で一々弱音を吐くな』


「ッ!!」


 がばっ!っと身体を起こして部屋を見渡すが、声の主は見当たらない。


『後悔するくらいなら、もっと力をつけろ』


 この声、あの狼モドキ以来だ。


「オグマか」


『ああ、オグマ様だ』


 自分で様付けかよ。


「何の用だ?こっちは疲れてんだよ」


 オグマはハハッと笑う。


『そう邪険にするな。俺とお前の仲だろ?』


「気色の悪いこと言うな。つかお前、眠ってたんじゃないのかよ?」


『そうなんだがな、ゴブリン共とやり合っていた時にお前のマナが活性化したおかげで目が覚めた』


 なんだそれ?俺が意図せずオグマを叩き起こしたってことか?


「それは悪かったな。じゃあさっさと寝ろ」


『おいおい、話し相手ぐらいなれよ』


「誰が――――」


『そう言えば』


 文句を言おうとするも、オグマは先回りで口を開く。


『あの小娘、全然使いこなしていなかったな』


 あの小娘?


「ライラの事か?」


『ああ、確かそう呼ばれていたな』


「・・・・・・・使いこなしていないって、何の事だ」


『分かってるだろ?あの剣の事だ」


 予想はしていたが、やっぱりティソーナの事か。


『あの剣はそこら辺のアーティファクトよりも力のあるアーティファクトだ。あの小娘程度の力では扱うのは難しいだろ。ハッキリ言えば、分不相応だ』


「お前にそんなことが分かるのかよ?」


 オグマの物言いについイラっときて反論する。


『異世界人のお前よりもな』


 悔しいが正論だ。所詮俺は異世界人。この世界の事なんて多少かじった程度しか知らない。

 そしてこの世界に連れてきた張本人はこの世界の事に詳しい。少なくとも俺よりも。

 そのオグマがこう言っているのだから、それは本当の事なのだろう。

 少なくともオグマがここで嘘をつくメリットがない。


『それよりも、そろそろ女でも抱いてマナを吸収しろ』


「はあ?」


 いきなり何を言い出すんだこいつは。


『このままでもいずれ力も戻るが、如何せん時間が掛かる。手っ取り早く力を戻すならマナを吸収した方が早い』


「・・・・・・断る。なんで俺がお前の為にそんな事しなきゃならないんだよ」


 マナを吸収するって、シェスタの様に昏睡状態になるってことだろ?誰がそんな危ない真似できるか。


『お前だって女を抱きたいだろ?』


『はい』か『いいえ』で言えば、『はい』だが、こいつを前にしてそんなことは口が裂けても言えない。


『そうだ、あのライラと言う小娘はどうだ?中々上等なマナを持っているみたいだからな。俺好みの身体つきでないのが残念だが、この際だ、目を瞑ろう』


「ふざけるなよっ!誰がそんな真似するかッ!!」


『何だ?ソウジも好みじゃないのか?確かにあの貧相な体では満足できんだろうが、あのマナを放置するのは勿体ない』


「だから、そう言う話じゃ・・・・・・・・もういいっ!俺は寝る!お前はもう黙ってろ!!」


 俺はこれ以上の会話は無駄と悟り、ベッドに身体を横たえる。


『ふぅ、やれやれ・・・・・』


 呆れた様子の声を最後に、オグマが話しかけることはなかった。

 俺もうるさい声が聞こえなくなったおかげか、それとも依頼の疲れがまだ残っているのか、意識が夢の世界に旅立っていた。




       ♢       ♢        ♢     




 翌朝、目を覚ますと俺は身支度を整えて組合に顔を出していた。

 朝から他のハンター達が依頼を求めて組合の中が賑やかになっている中、俺はライラが来るのを待つため、待合スペースの長椅子に座りながら他のハンター達を眺めていた。


(やっぱり、皆凄い装備してるな・・・・・・あれなんかいかにも値が張りそうな剣だし)


 などと、他のハンター達の装備を眺めながら待っているが、待ち人来ず。

 気が付けば人も捌けてきて、込み合っていた組合内は人数が減ると共に、喧騒が収まる。今では数名のハンターが依頼が張り出されている掲示板を眺めている程度。


「・・・・・・遅いな」


 約束では朝方、と言うだけで正確に何時にとは決めていないからしょうがないのかもしれないが。


「待っていてもアレだし、先にレミアさんに声でもかけるか」


 俺は席を立ち、受付カンターへと向かう。

 受付には目的の人物が何かの書類を纏めているところだった。


「どうも、レミアさん」


 声を掛けるとレミアさんは書類に向けていた顔を上げて俺を認めると、朗らかな笑みを浮かべる。


「あ、ソウジさん。おはようございます」


「おはようございます。今いいですか?」


「はい。本日はどうしましたか?」


「依頼の相談をしようと。ライラも来るはずなんですけど、まだ来なくて」


 それを聞いてレミアさんは少し驚いたような顔になる。


「もう次の依頼を?働き者ですね」


「そうですか?そんなことないとは思うんですけど」


「普通の方は一日か二日開けるものですから。それを昨日依頼の達成報告をして次の日にはまた別の依頼を探しに来るなんて、中々いませんよ」


 そうなのだろうか?まあ、こっちにも色々と事情があるからな。


「それで、何かいい依頼は――――」


「おや?ソウジ君か」


 と、依頼を見繕ってもらおうとしたその時、丁度二階から降りてきたオベールさんに声を掛けられた。


「聞いたよ?ゴブリン退治を一日で終わらせてきたんだって?やるじゃないか」


 俺達の下に歩み寄ってきたオベールさんは、開口一番そんなことを言った。


「いえ、俺って言うより、ライラのおかげです。俺はどっちかって言うと、ライラの足を引っ張ってばかりでしたから」


「そうなのかい?よかったら、詳しく聞いても?」


「はい」


 俺はオベールさんに依頼を受けてから終わるまでの内容を詳しく話した。

 話を聞き終えたオベールさんは笑った。


「それはまた、大変だったね」


「ええ、まあ・・・・・」


「しかし、思い出すな」


 オベールさんは何処か遠くを見るような眼をしてポツリと零す。


「?」


「なに、私もソウジ君と同じ経験をしただけだよ」


「同じって・・・・・・」


 俺が不思議がっていると、レミアさんはフフッと微笑む。


「組合長は昔、ハンターをやっていたんですよ。それも元B+」


「ええっ!!」


 B+!?クロードよりも上のランクじゃないか!


「ハハッ!昔の話さ。今はただのナイスミドルさ」


 自分で言うか。


「でも、それが何で組合長に?」


「ある依頼で怪我をしてしまってね。それが原因で引退したんだよ。年も年だったからね。それまでの功績のおかげで、今こうして運よく組合長を任されている」


「そうだったんですか」


 一体どれだけの功績を残せばその地位に抜擢されるんだ?いや、何と言うか、人に歴史ありだな。


「実はね、ソウジ君と同じように私も初めての依頼がゴブリン退治だったんだよ。それを思い出して、何だか懐かしくなってしまってね」


「オベールさんも?」


「ああ。あの頃は私もただハンターに憧れて、念願のハンターになってすぐ調子に乗ってしまってね。碌な準備もせずにゴブリン退治の依頼を受けたのさ」


 あれ?でも確か・・・・・


「依頼のランクは大丈夫だったんですか?」


 通常、入りたてのハンターランクはEからスタートする。俺が受けた依頼のランク設定はCだったはず。初期のEでは受けられないはずだが、その疑問はあっさりと溶けた。


「ソウジ君が受けた依頼の規模と、私が当時受けた依頼の内容の規模が違ったおかげだよ。ソウジ君が受けた依頼のゴブリンの数は二十前後の数。対して私が受けた依頼のゴブリンの数は五。その差が依頼のランク設定に影響された形だね」


 なるほど。ゴブリンに対してC以上のランクではなく、その数の規模で設定に差異がでたのか。


「当時、同じ時期に入った同期と二人で依頼を受けたんだが・・・・・」


 散々だったよ、と苦笑を浮かべる。


「装備も安物の装備で、なおかつたかがゴブリンと侮っていたら油断してね。他にも仲間がいて、囲まれて、何とか協力し合って事なきを得たが、それから依頼を選ぶときは慎重になったよ」


 いや、まいったまいったと笑っているが、一歩間違えていれば死んでいたのでは?


「同期とはしばらく一緒にペアを組んでいたんだが、今頃どうしているのやら・・・・・・」


 オベールさんはそう言って、何処か遠くを見るような、懐かしむような表情を浮かべる。


(ペアを組んだ人の事、大切にしていたんだな)


 その表情を見て、俺はそんなことを思った。

 そんなことを考えていると、聞いてみたいことが頭に浮かんだ。


「オベールさん、聞きたいことがあるんですけど」


「ん?何だい?」


「連携って、どうしたら上手くいくんですか?」


 オベールさんは同期としばらく一緒にペアを組んでいた。それはある程度の連携が、信頼関係を築けていたと言う事だ。

 もしも何か上手い連携や信頼関係を築ける方法があるのなら、今後ライラとペアを組むにあたって大きな助けになるのではないかと思った。


「連携、か・・・・・そう言えば依頼の時にソウジ君は・・・・・」


「はい、情けない事に、ライラの足を引っ張ってばかりで」


「なるほど・・・・・・では、参考になるかどうかは分からないが、私で良ければ教えよう」


「ありがとうございます!」


 こうしてライラが来るまでの間、俺はオベールさんのレクチャーを受けることになった。

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