幕間 02

 たった一つのリンゴを手に、ボロボロの身体を引きずる様に辿り着いた先は、今のアタシと大差ない程ボロい家。アタシの家だ。


「・・・・・・・」


 痛む身体を押して、ドアを開く。中は外見と違わず薄汚れている。最低限の家具が並ぶ家の中を歩いて、奥にあるドアを開ける。


「ああ?帰ったのかライラ」


「・・・・・・・ああ」


 そこにいたのは椅子にだらしない格好で座る陰険な目をした男。アタシの親父だ。


「・・・・・・また飲んでたのかよ」


 親父の座る椅子の前にある机の上には、酒瓶が数本転がっていた。今朝片付けたばかりなのに・・・・・・・


「うるせぇぞ、いつ飲もうが俺の勝手だろうがッ!」


 机の上に転がっていた酒瓶を掴み上げてアタシに投げつける。酔って焦点が合っていないのか、投げられた酒瓶はアタシの横を通り過ぎて壁に当たって砕けた。


「・・・・・・それで、今日の成果は?」


 親父の暗い声を聴いて、アタシはビクリと身体が震えた。


「どうした?まさか、何もないなんて言わないよなぁ?」


「・・・・・・・」


 震える手を必死に動かして、唯一持って帰ったリンゴを差し出す。

 すると、それを見た親父の目が険しいものへと変わった。


「・・・・・・・これか?」


「・・・・・・・・」


「これだけかって聞いてんだよッ!!」


 また酒瓶を投げられた。今度は壁ではなくアタシの頭に直撃した。


「ッ!!」


 余りの痛さに思わずその場に膝をついて手で頭を押さえた。

 押さえた手の隙間から、血が流れる。


「ライラ、てめぇこれぽっちで俺が満足すると思ってんのかッ!」


「ぎッ!」


 椅子から立ち上がった親父は、膝をついて頭を押さえるアタシの腹に蹴りを叩きこむ。

 小柄なアタシは無様に壁に当たり薄汚い床を転がる。


「てめぇは父親を満足させることも出来ねぇのかッ!」


 ガシッガシッ!と親父は容赦なくアタシを踏みつける。その度にさっきの奴らにやられた傷の上に、更に傷が増えていく。


「いっ!・・・・ぐゥ!・・・・・アァ!」


「止めてッ!!」


 蹴られたままでいる、ドアを開く音と共に、アタシよりも小柄な影が親父の足にしがみついた。


「ああ?」


「止めてお父さん!お姉ちゃんに酷い事しないで!」


「アミ、リィ・・・・・」


 親父の足にしがみついたのは、アタシと同じ赤い髪を持つ妹、アミリィだった。


「邪魔するんじゃないっ!」


 止めに入ったアミリィに激怒した親父は、しがみつくアミリィに構わず、力いっぱい足を振る。


「きゃああ!」


 アタシよりも小柄なアミリィは簡単に宙を飛んで親父が飲んでいた机の脚にぶつかって転がる。


「アミリィ・・・・・親に逆らうとは、躾が足りない様だなぁ」


「ひっ!」


「アミリィ!」


 アミリィに手を掛けようとする親父に、アタシは痛む身体を無理矢理起こしてアミリィの小さな体に覆いかぶさる。


「お姉ちゃん!?」


「ライラ、てめぇも俺の邪魔をするのか?」


「ッ!」


 アミリィを庇いながら親父を睨む。


「・・・・・・・なんだ、その眼は?それが親に向ける眼かッ!!」


「ぐっ!」


「お姉ちゃん!!」


 振り上げられた親父の足が、アタシの背中を踏みつける。


「どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!!」


 ガシッガシッ!と何度も背中を踏みつけられる。何度も、何度も。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん!!」


 アミリィがアタシの名を叫ぶが、痛みに耐えるのに必死なアタシは答えてやることが出来ない。


「俺が何したって言うだよッ!!」


 ガンッ!!


「ぐっ!」


 一際大きな衝撃が背中に走ると共に、身体から力が抜けていく。


「はぁ、はぁ・・・・・・・クソッ」


 やがて親父は蹴り疲れたのか、痛みがやってこなくなった。

 親父は机の上に置いてある僅かな金が入った革袋を掴むと、そのまま家を出て行った。


「・・・・・・クソ・・・・・・金、持っていきやがって・・・・・・」


 それを止めることも出来ず、アタシは身体をぐったりさせることしか出来ずにいた。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」


 下にいるアミリィが涙を流しながらアタシを呼ぶ。


「・・・・・・大丈夫」


 力の入らない腕をどうにか動かして、アミリィを抱きしめる。


「大丈夫・・・・・大丈夫だから・・・・・・」



 お前は、アタシが守るから―――――



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