第8話 リアルとファンタジーの違い
調査を終えた俺達は、宿に戻って調査から得た結果を元に、今後の方針を話し合っていた。
ここまでで得た調査から分かったことは以下の通り。
一つ、ゴブリンの数は推定二十匹前後。
二つ、群れを率いるボスがいる。
三つ、ゴブリン達は何かしらの武装をしている。
四つ、罠を壊し方から、群れを率いるボスはそれなりに知恵を持っている。
五つ、村を荒らしに来るのは必ず夜である事。
一つ目と二つ目は、組合の報告からある程度は推測されていた事だから、今更感はあるが、三つ目と四つ目、それと五つ目は今後の方針を決定するのにあたって、それなりに意味のある情報だ。
「それで?これからどう動く?」
「そうだな・・・・・・」
ライラに問いかけると、ライラはベッドの縁に座って腕組みをしながら考え込む。
やがてライラが出した結論は至ってシンプルなものだった。
「今夜畑に張り込む」
「・・・・・そんなのでいいのか?」
「何か他に方法があるか?」
疑問の声を上げたことが不満だったのか、睨まれてしまった。
「いや、巣を見つけて倒すとか、そういったことをするのかと思ってたから」
悪気はないと言う様に弁明すると、ライラは呆れ混じりに続けた。
「アタシもそれで済むのなら手っ取り早いとは思うが、今回はそう言う訳にはいかない」
「て言うと?」
「お前も聞いただろ?荒らされた頻度から考えると、奴らは二、三日に一回のペースで村を荒らしに来てる。かならず夜にな」
「村の人は一昨日に荒らされたって言っていたから、タイミング的には今夜あたりだと」
「その可能性がある。だから朝を待ってから動くわけにはいかない。まあ、今夜無事なら足跡を辿って巣を見つけるのはありなんだが、少なくとも今日と明日は張り込みだな」
ある意味では絶好のタイミングだ。こっちから仕掛けなくても、わざわざ向こうから来てくれるのなら、こっちは待ち構えてるだけでいいわけだからな。
「分かった。けど、どこを見張るんだ?二人だけで畑や家畜小屋を全部カバーできないぞ?」
「そこは村の奴らにも協力させる。自分たちの村の事だからな、あいつらも嫌とは言わないだろう」
「なら、さっそく村長に話して人手を借りに行こう」
「ああ」
そう言う訳で、村長に人を借りる為、俺達は再び宿を後にした。
♢ ♢ ♢
辺りから小さな虫の鳴き声と、自分の吐く息遣いだけが聞こえる。
時刻は既に深夜となり、人の大半は眠りについている。
そんな中、総司は農具などが収められている小屋の陰から、まだ荒らされていない畑の様子をじっと窺っていた。
村長の所に行って事情を話し、数名の村人を貸してもらった総司達は、各々指示された場所に身を隠し、辺りを監視していた。
総司の担当は、村について最初に調査した畑だ。ライラは家畜小屋の方を担当している。
他の村人数名も、畑と家畜小屋にそれぞれ分かれて監視してもらっていた。
「ラッキーだったな」
頭上を見上げた総司はそう言って再び視線を畑に戻す。
運がいい事に、今夜は雲もなく、月と星が夜空に瞬いてくれているお陰で、深夜にあっても周りの様子が確認できる。
「まあ、森の中に入ってしまったら別なんだろうけど」
ライラとの打ち合わせでは、ゴブリンを見つけ次第ライラに伝えに行く。もしくはその逆。
その後は二人だけでゴブリンを森に誘導しつつ、撃破。これが今回の作戦となる。
「単純な内容だけど、いざ実行ってなると緊張するな・・・・・」
手の平にじんわり掻いた汗をズボンで拭うと、辺りに視線を戻して警戒する。
そうして一刻ほどが過ぎ、眠気で瞼が重くなってきた頃、その知らせが届いた。
「総司さん!」
「うわっ!」
後ろから唐突に声を掛けられ思わず声を上げる。振り返ると、そこにはこことは別の場所を見張っていた村人の男性がいた。
ここまで全力で走ってきたのか、肩で息をしながら酷く焦った様子が窺える。
「で、出ました!ゴブリンです!!」
「っ!!」
「家畜小屋に出ました!」
家畜小屋の方にはライラがいる。おそらくライラが他の村人に声を掛けてこちらまで伝えに来てくれたのだろう。
「ライラは?」
「ライラさんはまだ隠れているはずです。総司さんと合流した後に仕掛けると」
「分かりました、直ぐに向かいます。あなたは他の人にこのことを伝えて、家の中に隠れてください。事が終わるまでは絶対に外に出ない様に」
「はい!」
「じゃあ、後はお願いします」
そう言って総司はライラが待つ家畜小屋へ向けて走り出す。背中から「気を付けて下さい!」と言う声を受けながら。
総司が家畜小屋が視界に入るところまで来ると、報告通りゴブリンが家畜小屋の扉の前でたむろしているのが窺えた。
そのまま家畜小屋には向かわず、来た道のわき道にそれて、納屋になっている小屋の裏手に回る。
「来たか」
するとそこには、壁に張り付くように家畜小屋の方を監視していたライラがいた。
「状況は?」
「見ろ」
ライラは場所を開ける。そこに総司も先程のライラと同様、壁に張り付くような形で家畜小屋を見る。
「~~~~~~~~!!」
そこには家畜小屋の扉を開けようと、手にした剣や手斧、棍棒などでガンガン!と子供ほどの身長の影が扉を破壊しようとしている様子が窺えた。
「・・・・・・あれがゴブリンか」
月の光があるとはいえ、距離がある為、詳しい詳細は知れないが、恐らく五、六匹はいる様に思える。
「どうする?」
顔を引っ込めてライラに向き直ると、ライラはティソーナを担ぐ様にして手に持っていた。
「予定通り仕掛けるぞ。まずは扉の前にいる奴らを追い払う。間違っても村の方に逃がすなよ?」
「分かった」
手を握って開いてを繰り返し、軽く手甲に緩みはないか確認していく。
確認を終えると、総司はライラにコクリと頷く。それを受けてライラも改めてティソーナを握りなおす。
「準備はいいな?・・・・・・なら、行くぞ!」
「おうッ!」
バッ!と勢いよく隠れていた納屋の陰から飛び出し、家畜小屋に向けて駆け出す。
距離にしておおよそ四十メートル。その距離を二人は一気に駆け抜ける。
近づくにつれ、総司の視界にハッキリとその姿が映る。
八匹のゴブリンが扉を破壊しようと手にした得物を振り上げている。
総司達の接近に気が付いたのか、集団の最後尾にいたゴブリンがこちらを振り返る。
「!?」
総司達を見たゴブリンは他のゴブリンに呼びかけるような動作をしようとしたが、遅い。
「オラッ!」
今まさに駆けつけたライラが、ティソーナを振り上げてゴブリンに切りかかる。
「!!」
ライラが放った斬撃がゴブリンの胴体を裂き、短い悲鳴を上げてゴブリンは絶命した。
「~~~~!!」
そこでようやく二人の接近に気付いたのか、他のゴブリン達が一斉に振り返る。
ゴブリン達の目が、一際目立つライラに向かう。
ゴブリンの薄汚れた血で染まるティソーナを携えて、ライラはニヤリと笑みを浮かべる。
「さぁ、狩りの時間だ」
宣言と共に残ったゴブリンに襲い掛かる。
近くにいたゴブリンを袈裟切りにした後、蹴りを入れて他のゴブリンに向けて吹き飛ばす。
「ギャッ!!」
横から棍棒で襲い掛かってきたゴブリンの攻撃を一歩足を動かして回避。そのままゴブリンの顔面にティソーナの柄頭を叩きこむ。
「ゴブッ!」
「オラッ!どうした、そんなもんか!!」
そうしてまた手短に居るゴブリンに襲い掛かる。僅か一分程度で早くも三匹のゴブリンの命を刈り取るライラ。そして総司は――――――
「うわ~・・・・・・・」
その光景を見て総司は若干腰が引けていた。
「・・・・・・なんか可哀想になってきた」
と、総司が及び腰になっているとライラから叱責の声が飛ぶ。
「なにボサッとしてんだ!お前も戦えバカっ!」
「あ、ああ」
改めて総司も構えて視界に入った一匹のゴブリンと向かいある。
「ギギィ・・・・」
対峙したゴブリンは総司を見るなり威嚇するように低く唸る。
「しかし、こうして改めて視ると、イメージ通りなんだけど・・・・・・」
総司の頭の中で描いていたゴブリンとほぼ一致しているのだが、一点だけ違うものがあった。それは―――――
「なんで裸なんだよっ!」
総司のイメージしていたゴブリンとは、RPGなどに出てくるゴブリンをイメージしていた。だから、ゴブリンはボロ布の様な物を腰に巻いているイメージなのだ。
しかし、現実は違った。
今総司の目の前のゴブリンは、いや、この場にいるゴブリンは何も巻いていない。人間で言えば全裸である。
つまり、全裸と言う事は・・・・・・・
「汚ねぇモノ見せんじゃねえぇぇぇぇぇ!!!」
「ゴブッ!!」
闘気を纏った拳がゴブリンの顔面を殴打する。
拳を受けたゴブリンは泡を吹いてそのまま地面に倒れてピクピクと痙攣して起き上がってこなくなった。
「ハァハァ・・・・・・リアルて、怖い・・・・・・」
と、一人現実に打ちのめされていると、ライラからまたも叱責が飛んでくる。
「だから、ボサッとするな!叩き切るぞ!」
ライラの叱責にハッとなって我に返った総司は頭を振って構え直す。
と言っても、既に八匹いたゴブリンも残るは二匹まで数を減らしていた。
総司が呆けている間に、ライラが更に二匹のゴブリンを撃破していたのだ。
残ったゴブリンの内一匹の腕にライラの斬撃が掠る。
「ギギィ!」
形勢が不利と見たのか、二匹のゴブリンは後ずさりすると、そのまま背を向けて逃げ出す。
「あ、待て!」
その姿をみて、総司は反射的に追いかけようとするが、ライラに手で制される。
「バカ、あれでいいんだよ」
「あ、そっか・・・・・・」
言われて思い出す。わざと森の中に逃げ込ませると言う事を。
「分かったら追うぞ。今度はちゃんと働けよ?」
「わ、分かってるよ」
まだ息があるゴブリンを手早く処理すると、二人は逃げていったゴブリンを追いかけるべく再び駆け出した。
♢ ♢ ♢
月と星の疎らな光が差し込む森の中を総司とライラは駆けていた。
当初の計画通り、二人は森に逃げ込んだゴブリンを追って森に入り、一定の距離を開けてその後を追っていた。
今二人の前には二匹のゴブリンがバタバタと森の奥へ奥へと進んでいく姿が見えていた。その姿を木の陰に隠れながらの移動である。
「あいつら、どこまで行く気だ?」
「さあな、予定通りに仲間の所まで案内してくれればいいが・・・・・・行くぞ、遅れるな」
「おう」
見つからない様に声を潜めながらゴブリンの動向を窺っていると、更に奥に移動していく。それを追って二人も追跡を開始。
しばらくすると、森の一部がポッカリと空いた空間が見えてきた。
「隠れろ」
ライラに言われるがままに足を止めて、手短な木の陰に身を潜める。
「当たりだ」
開けた場所の手前の木に身を潜めつつ、二人は広場の様子を見ると、大勢のゴブリンの姿が見て取れる。
数にしておおよそ三十、得物を手にしている者もいれば、無手の者もいる。
「結構な数がいるな」
「・・・・・・・どういう事だ?」
「どうした?」
「よく見ろ。傷ついた奴がいる」
言われて群れに注目すると、自分たちが追いかけてきた二匹以外にも何匹か負傷している個体がいる。
「やっぱり、他から流れてきた奴らみたいだな」
「って言うと?」
「恐らくだが、人間か魔物にでも縄張りから追い出されて逃げてきたんだろう」
「魔物同士でも縄張り争いなんてあるのか?」
「弱肉強食。弱い奴は何をされようが文句は言えない。それは魔物も一緒だ・・・・・・・クソが」
「ライラ?」
一瞬ライラの顔が歪むが直ぐに真剣な面持ちに戻る。
「なんでもねぇよ。それより、奥の方を見て見ろ」
「?・・・・・・・あれは」
群れの奥、群れに囲まれるように一匹の魔物がいた。
その魔物は周りのゴブリンと同じゴブリンなのだが、他の者とは明らかに違いがある。
「服を着てる?」
そう、裸のゴブリンに囲われている中、その個体だけがまるで祈祷師の様な恰好をしているのだ。
「ゴブリンシャーマン。ゴブリンの分際で魔術を使う厄介なゴブリンだ。恐らく奴がこの群れのボスだ」
ゴブリンシャーマンは村から戻ってきたゴブリン二匹の前で何やら怒気を露に何事か騒いでいる。それに触発されてか、他のゴブリン達も喚き散らす。どうやら、獲物を持ち帰れずに戻ってきた二匹を責めているようだ。
「奴は人間ほど、いや、人間よりも悪知恵が働く。奴が他のゴブリンに命令して村から家畜やら何やらを持ってこさせていたんだろう。見ろ」
よく見ると、村から盗んできたであろう家畜の死骸が転がっていた。中には野菜くずも見受けられる。
そうこうしているうちにゴブリン達に動きがあった。
ゴブリンシャーマンが返ってきた二匹のゴブリンを殴り飛ばしたのだ。それに釣られて他のゴブリン達も怒りをぶつける様に殴りかかる。
「仲間内で喧嘩か?何やってんだあいつ等は?」
「いや、好都合だ。この隙に仕掛けるぞ、いいな?」
「分かった」
総司は拳を握って頷く。それ見てライラも頷き返し、隠れていた木の陰から身を離す。
「行くぞ」
「おう!」
バッと広場に向けてライラが先行して走り出す。総司も負けじとライラの後を追って走り出す。
家畜小屋と同様、一気に距離を詰めたライラが一匹のゴブリンの頭をかち割る様に、手にしたティソーナを上段から振り下ろす。
「!!」
頭から股まで引き裂かれたゴブリンはそのまま崩れ落ちる。ライラはそれに目もくれず、次の獲物に向かってすぐさま切りかかる。
「ギャ!」
「ゴッ!」
二度、三度とティソーナを振るう度、ゴブリンの薄汚い血が舞い、地面に絶命したゴブリンの死体が転がる。
「やっぱ強いなライラ、はっ!」
ライラに追いついた総司も一匹のゴブリンの腹に、闘気の籠った拳を叩きこむ。
「ギョ!」
そのまま派手に吹き飛んだゴブリンは、他の仲間を巻き添えにして地面を転がる。
「オラッ!」
飛び上がった総司は、そのまま倒れたゴブリン目掛けて蹴りを放つ。
「ゴッ!」
見事ゴブリンの顔に直撃し、ゴブリンは短い悲鳴と共に頭蓋を砕かれ絶命する。
「よっしゃ!次っ!・・・・・・・・っと、危なっ!」
巻き沿いで倒れたゴブリンが起き上がって、手にしたボロボロの剣で襲い掛かる。
それを間一髪、身を捻って躱し、そのままの勢いでゴブリンの後頭部に回し蹴りを放つ。
蹴りをくらったゴブリンは、後頭部を陥没させながら地面に転がり、ピクピクと痙攣した後、動かなくなる。
「フゥ~・・・・あぶね、油断しないように気を付けないと」
まだまだ敵は多い。現にライラは今もティソーナを手に大立ち回りを演じている。
「こっちも気合入れていかないとな!」
その姿に触発されるように、総司もまた、敵に躍りかかる。
「ハッ!せりゃ!」
「ギャッ!」
「ギギィ・・・・」
次々とゴブリンを打ち倒し、襲い来るゴブリンを返り討ちにしていき、順調にこの場を制してきたと思ったその時、事態は動いた。
「ギギィ!ガゴォォォ!!
「っ!」
突然ボスのゴブリンシャーマンが何事かを叫ぶと、残ったゴブリン達の動きが変化した。
「ちっ!こいつら・・・・・!」
ライラに襲い掛かってくるゴブリン達の動きが統率の取れた行動を起こすようになったのだ。
今までは闇雲に襲っていたゴブリンが、一匹ではなく複数で襲い掛かり、しかも無暗に攻めようとはせず、ライラを囲む様に包囲を作ってじりじりと迫る。
「ライラ!」
それを見て総司はライラを助けるべく駆け出そうとするが、五匹のゴブリンが目の前に立ち、行かせまいと進路を塞ぐ。
「こっちの事はいい!自分の方を片付けろっ!」
じりじりとにじり寄るゴブリンの一体を切り倒してライラが吠える。
「けどっ!」
「あんましアタシを舐めんなよ?これくらいピンチでも何でもねぇよ」
そう言ってライラは腰を落としてティソーナを構える。
「こいつを使ういい機会だ」
不敵に口角を吊り上げるライラの身体から赤い闘気が立ち上る。
「ギギッ!」
それを見たゴブリン達が警戒してか、進ませていた歩みを止める。
「悪いが、お前らには実験台になってもらうぜ」
ライラから発せられた闘気が、徐々にティソーナを包み込み、やがてティソーナの刀身が赤い闘気に包まれた。
「炎のアーティファクト、ティソーナの力、見せてやるよ!」
ライラは更に闘気を高める。それに呼応するかのように、ティソーナの刀身も赤く輝き、その刃に小さな炎が踊る。
「食らえっ!豪炎―――――」
が、そこまでだった。
「っ!!」
技を切り出そうとティソーナに送った闘気が、まるで風船に穴が開いたように、闘気が抜けていく。
「な、何でッ!」
刀身が放っていた輝きは失せ、炎も霞の様に消え失せた。それと同時にライラが練り上げていた闘気も霧散する。
「ギギィ!」
それを好機と見たか、ゴブリンシャーマンが一声吠えると、ライラを囲っていたゴブリン達が一斉に襲い掛かってきた。
「ぐっ!」
「ライラッ!!」
総司の目の前で、ライラの小さな体がゴブリンの波の中に消えて視えなくなってしまった。
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