第6話 クエスト初心者の定番
ゴブリン退治の依頼を受けた後、ライラは準備のために一旦家に戻って準備をしてくると言って組合を後にした。
残された俺は、詳しい依頼の内容をレイラさんに確認する為、一人組合に残ってレイラさんから詳細を聞いていた。
「この依頼を持ってきた依頼人の話によると、ここ最近になって畑や家畜を荒らされているそうなんです。最初は森に住む獣の仕業かと思ったらしいのですが、ある日の晩、村の男性が畑を荒らしているゴブリンを見かけたそうなんです」
カウンターを挟んだ形で俺はレイラさんの説明に耳を傾ける。依頼の詳しい内容が書かれた書類を片手にレイラさんは続ける。
「最初に発見されたゴブリンは残念ながら逃してしまったらしいのですが、犯人の目星は着いたので、村の住人で対策を立てたのですが・・・・・・」
レイラさんの顔が渋いものとなる。そのリアクションだけで大体予想はつく。
「駄目だったんですね?」
「はい。畑の周りや家畜小屋などに罠を仕掛けたそうなんですが、ことごとく壊されていたそうです。畑を踏み荒らされた跡から、複数体のゴブリンが荒らしたようで」
「ゴブリンってそんなに賢いんですか?」
俺のイメージだとゴブリンと言えば子供ぐらいの背丈に、不衛生な緑色の肌、目玉がギョロギョロしていて、腰にはボロ布、手には棍棒、そして頭が悪い。と言ったイメージしかない。
それが罠を壊すほどの知性があるなんて、この世界のゴブリンは俺がイメージするゴブリンとはかけ離れた魔物なのか?
「いえ、そんなことはありません。知性は低いですし、強さも大したことはありません。大の男の人なら倒すのにそれほど苦労することはないです」
「それじゃあ、どうやって罠を壊してんですかね」
「恐らく、群れの中にリーダーとなる魔物がいるのでしょう」
「リーダー?」
「はい。ゴブリンと言っても、いくつか種類がいるんです。例えば、オーク並みの強さを持つハイゴブリンや、低級魔術を使うゴブリンシャーマンなんて言う者をいます」
「魔術を扱うゴブリンもいるんですか?」
「稀に、ですがね」
魔物も魔術を使うのか。そう言えば森で遭遇したあの狼モドキは雷をバチバチいわせてたけど、あれも魔術なのか?
「力のある個体が集団を率いている場合、統率力が増して、厄介になるんです」
「つまり、そいつが指揮をして罠を壊させたっと?」
「おそらく」
それは厄介だな。
「今のところ人的被害は出ていないようですが、依頼が届いたのは四日前。状況も変わっているかもしれません」
「なるほど」
話を聞く限りだと、ゴブリンだけならおそらく俺でも対処できるだろう。けれど、それを率いるボスがいるとなると、統率が取れて戦うのは厄介になるだろう。
群れを率いるボスが一体どういった魔物なのかは分からないが、厄介な事には変わらない。
「ライラちゃんが一緒なので、大丈夫だとは思いますが、くれぐれも無茶な事はしないでくださいね?」
「分かりました、気を付けます」
心配そうにするレイラさんに無茶はしないと約束し、粗方の説明を終える。
以降は向こうの村について後の住人への対応などの細かい話をして時間が過ぎる。
そうしているうちに時間が迫り、軽く準備を済ませた俺は、ライラと集合する為、組合を後にした。
♢ ♢ ♢
ライラから指定された西門に辿り着く。周りは行きかう商人や旅人の姿で賑わっている。
そんな人たちで賑わう界隈を目当ての人物を探してキョロキョロしていると、通行の邪魔にならない様に門の脇で腕を組んでいるライラを発見。近づいて声を掛ける。
「すまん、待たせた」
「遅い」
「悪い。レイラさんから色々話を聞いていたもんだから・・・・・・・馬で行くのか?」
遅れたことを謝罪しつつ、ライラの隣りに目を向けると、そこには二頭の馬がライラの横で待機していた。
「ああ。歩いて行ってたら時間が掛かる。こいつで行けば夕方には村に着くからな」
馬・・・・・・馬かぁ・・・・・・・
「行くぞ。さっさと乗れ」
ライラは地面に置いていた荷物を拾い上げる。そこでフッとある物が目に入った。
「ライラ、それ・・・・・」
「ん?ああ、こいつか?」
ライラが手にした荷物と一緒に掴んでいた物、クロードの形見の大剣、ティソーナを指さす。
「そいつで戦うのか?」
「・・・・・ああ」
「使えるのか?」
以前、クロードが素振りでティソーナを振るっている姿を見たことはあるが、ティソーナ本来の力を使った姿は見たことが無い。
だから、ティソーナがどういった性能を秘めているのか、俺は理解していない。
クロードから訓練の合間にアーティファクトの事について詳しく聞いたことがあるが、アーティファクトは誰にでも使える様なものではないらしい。
ティソーナは魔器、見た目通り戦う為のアーティファクトだ。日常的に使う魔具の様に、誰でも使えるものではないと言っていた。
どうやら魔器にも相性の様なものがあるらしく、例えばその人のマナの性質によってはピクリとも反応しないものまであるそうだ。
クロードとティソーナの相性は良いらしく、最高の相棒だと言っていた。
そう言った事情から、そう易々と使える代物ではない。
だから気になる。ライラはティソーナを使えるのかと。
「折角のアーティファクトだ。部屋の隅で腐らせるのは勿体ないだろ?なら、使ってやった方がいいに決まってる」
「使えるかどうかも分からないのに?」
「そん時は、普通に剣として扱う。力が使えなくても、剣として視てもこいつは業物だからな」
まあ、ティソーナは既にライラの所有物として処理されている。そのライラがそれでいいのなら俺がとやかく言うことはない。
「ほら、もういいだろ?さっさと行くぞ」
話は終わりだと言わんばかりに、手に持った荷物を馬に括り付ける。
「あ・・・・・・」
その姿を見て咄嗟に声が出る。
「ん?何やってんだよ。お前も早くしろ」
鐙に足を乗せたタイミングで、俺が一向に動く気配をみせない事を不審に思ったライラから、催促の声が上がるが・・・・・・
「あ、あの~・・・・・・」
「?何だよ早く―――――」
「馬に・・・・・乗れません」
言った。言ってしまった。
俺の言葉を聞いて、足を鐙に乗せたまま固まるライラ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
長い沈黙の末に出てきたのは疑問の声。
こいつは何を言っているんだと、たった一言に込められた感情が俺の心臓を圧迫する。
「今・・・・・・何て言った?」
「乗れません」
「馬に?」
「馬に」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
沈黙。く、空気がっ!
し、仕方ないだろ!前の世界だって移動は車か電車だし、普通馬に乗る機会なんてないんだから、乗り方なんて分かるわけないだろ?
「クロードからは戦闘訓練は受けたけど、馬の乗り方なんて習ってないし、ここに来るのもガヤルさんに馬車を出してもらって来たし・・・・・・・お、俺は悪くない!」
半ば逆切れ気味に言うと、ライラは何とも言えない目でジィっと見つめてくる。
や、やめろよ、そんな目で見るなよ!
「・・・・・・・・お前、もうハンター辞めろよ」
すみません。
♢ ♢ ♢
デムローデを出たアタシ達は、目的の村に向けて街道を移動していた。
馬に乗れないとかふざけた事を言い出す馬鹿を無理矢理馬に乗せて、アタシはもう一頭連れてきた馬に跨る。
馬鹿の乗った馬の手綱をアタシが握って誘導するように馬を進ませる。
「ほんっっっとうに、面倒な奴だなお前は」
「・・・・・・・・すみません」
アタシに嫌みを言われて項垂れる。
「はぁ・・・・・・・」
その姿を見ていると、何だか本当にこれで良かったのかと考えてしまう。
けれど、一度決めてしまったのならやるしかない。中途半端にしてしまうのはアタシの性に合わないしな。
「おっととッ!」
馬が少し大きな挙動をする度に、上体がよろめいて馬にしがみつこうとする。
「・・・・・・・・本当に馬に乗ったことがないのかよ」
「い、言っただろ?本当に一度もないんだよ」
「小さな子供ならいざ知らず、大の大人が馬にも乗ったことが無いなんて・・・・・・」
「無いものは無いんだから、しょうがないだろ」
何処かムスッとした感じで言い返してくるが、落ちない様にバランスを取ることに必死になりながら言っても滑稽にしか映らない。
「・・・・・・・・・」
「な、なんだよ?」
「・・・・・・なんでもねぇよ」
暖かな日差しを浴びながら街道を進みつつ、アタシは考える。
(こいつ・・・・・・・何を隠してる?)
思い出すのは昨日の晩、ガヤルのじいさんから聞いた話。
♢ ♢ ♢
「はあ?記憶が無い?」
昨日の晩、自分の胸の内を語ったライラは、ガヤルと共に酒を飲みつつここ最近の出来事を話していた。
その会話の中でついうっかりガヤルが口を滑らしたのが事の発端だった。
「けどあいつ、知り合いが奴隷になってるって・・・・・・記憶が無い奴がそんなこと言わないだろ?矛盾してる」
「ああ、まあ、そうなんだがな?」
実は総司は自分が記憶喪失だと言う嘘を、この街についてからは一言も言っていない。
オベールなどに説明したのは、あくまでクロードの事に関しての事。総司に関したことは特に説明していない。
精々ノザル村にいたクロードと知り合って闘気法の訓練を受けた、といった程度だ。記憶云々は語っていない。
ガヤルはその場で総司がオベールに語る姿を見ていたが、見て見ぬふりをしていた。
総司が奴隷を求めて金を稼ぎたいと言い出した時も、あえて指摘はしなかった。
もちろんガヤルは総司の嘘には気づいてはいる。が、テムロやクロードと同じく、総司なら大丈夫だろうと、詮索はしないと決めていた。
それがここに来て、酒の酔いも手伝い、つい口が滑ってしまったのだ。
「総司に関しては、なんだ、問題ないと言うかな?」
どう言い訳をしようかと口を濁していると、その態度にライラは痺れを切らした。
「なんなんだよ、ハッキリしろよ」
「・・・・・・・はぁ」
流石にこれ以上は無理かと、ガヤルは諦める。
「まあ、ワシも詳しい話は知らんがな―――――」
観念したガヤルは、ノザル村で聞いた総司に関しての事をライラに語って聞かせた。
「・・・・・・うさんくせぇ」
話を聞いたライラは苦い顔となる。
「まあ、気持ちは分かる」
「だったら―――――」
「かと言って、それを本人に問い詰めてどうする?」
「それは・・・・・」
ガヤルの指摘に勢いを無くす。
「ワシらに害があるのならいざ知らず、そうでないのに問い詰めたところで、関係を悪くするだけで意味がないじゃろう」
「けど、アイツが隠している何かが原因で、アタシらに害があったらどうするんだよ?」
ライラは自分と、自分に親しい人間以外割とどうでもいいと考えている。
だからこそ、もし総司が何かを企んでいるのなら、直ぐにでも追い出してやろうと考えていた。が、ガヤルは違った。
「ワシは、問題ないと思うがのぅ」
「はぁ?どうしてだよ?」
「うむ・・・・・何と言えばいいか」
しばらくあれこれと悩んだ結果、ガヤルが口にした答えは―――――――
「勘、かのぅ?」
漠然としたものだった。
「勘って、そんな曖昧な・・・・・」
「そうじゃな・・・・・・総司と一緒に行動しておれば、いずれ分かる」
「何だよそれ」
「まあ、物は試しと思って、しばらくアイツに付き合ってみろ」
こうして何処か釈然としないライラを他所に、夜は更けていった。
♢ ♢ ♢
(じいさんは一緒に行動していれば分かるって言ってたけど、アタシは信じないぞ)
今朝言った事は本当だ。
クロードに笑われるようなことは出来ない。けれど、それとこれとは別問題だ。
今も隣でアホ面下げて馬に乗っているこいつが、もしも何かを企んでるってんなら、その時は・・・・・・
(ぶっ殺してでも止めてやる)
♢ ♢ ♢
「見えてきたぞ。あそこが依頼のあった村だ」
陽が傾き、夕暮れ空に移り変わるころ、ようやっと視界に目的地が映った。
「陽が沈む前に到着できてよかった」
「お前は馬に乗ってるだけだったがな」
「・・・・・・・・」
ライラに嫌みを言われるが言い返せない。
ここまでの道中、休憩を挟んだ時などの馬の世話、昼食を採るべく立ち止まった時などは、ライラが率先して食事の用意をしてくれた。
俺が出来たのは精々水を汲んでくるぐらいだ。
情けなさに項垂れながら馬を進める事しばらく、問題の村に到着した。
簡素な柵が所々に設置された村には、人が行きかっている。きっと畑仕事を終えた帰りなのだろう、手には鍬等の農作業に使われる道具が握られていた。
決して多くはないが、その様子を見る限りノザル村よりも少し規模が大きいように見受けられる。
「おや?旅の人かい?」
村の入り口を過ぎたあたりで、ちょうど家に帰る途中なのか、土埃にまみれた初老の男性がこちらの存在に気付いて声を掛けてきた。
「いや、ゴブリン退治の依頼を受けてきた組合の者だ」
ライラが応えると、声を掛けてきた初老の男性の顔が喜びに満ちる。
「本当ですか!いや~そいつはありがたい!直ぐに村長の家まで案内しますんで、付いて来てください」
男性は我先にと足を進める。俺達はその後に続いて馬を進めていく。
しばらく男性に案内されるまま、村の中を進むと、他の家よりも一回り大きな家の前に辿り着いた。
「ここが村長の家になります。詳しい話は村長からお願いします」
「分かった」
案内してくれた男性は「お願いします」と頭を下げてきた道を戻っていく。
「それじゃあ、行くか」
「ああ」
その背を見送ってから、俺達は村長宅のドアをノックする。
コンコンとノックをして直ぐに、パタパタと家の中から誰かが玄関に向かってくる足音が聞こえてくる。
「はい、どちら様ですか?」
姿を見せたのはライラより年下の十二歳程度の女の子。三つ編みにした明るい茶色の髪に、クリクリと大きな瞳が印象的な可愛らしい女の子だ。
「えっと・・・・・何か御用ですか?」
知らない人間が急に押しかけてきたことに不安を覚えたのか、何処か怯えながら訪ねてくる。
「アタシらは依頼を受けてきたハンターだ。仕事の話をしたいんだが、村長はいるか?」
「っ!待っていてください!直ぐに呼んできますっ!」
こちらが依頼できたハンターだと名乗ると、女の子は途端に驚いた顔となり、直ぐに家の中に引っ込んでいった。
しばらくすると、再びドアが開いた。
先程の女の子を一緒に連れて、杖を突いた老人が姿を現す。
「よく来てくださいました。私がこの村の村長をやっている者です。ささっ、どうぞ中に」
村長に促されるまま家の中に入る。
「どうぞ、お掛けください」
客室に通された俺達は村長に進められてソファーへと腰を落ち着ける。
「改めて、村長のノッゾです。この度は依頼を受けてくださり、誠にありがとうございます」
「それで早速なんだが、詳しい話を聞かせてくれないか?」
ライラが早速話を進める。すると、村長は神妙な顔になりながら話し始めた。
「事の始まりは一週間ほど前です。この村の畑が荒らされているのを村の者が発見して、その次の日には家畜小屋が荒らされていたのです。そして次の晩、ゴブリンの姿を見かけたと言う者が出てきました」
ここまではレイラさんから聞いた話と一緒だな。
「畑に残された足跡から、一匹ではなく複数匹いると考え、それに対処するために罠を仕掛けたのですが・・・・・」
「駄目だったと」
「・・・・・はい」
「被害は畑と家畜だけか?」
「はい。幸い、人的な被害はありません」
「そうか、そいつは幸運だったな」
確かに人的被害はないみたいだけど、それは幸運なのか?
「幸運ってどう言う事だ?」
疑問にを持ったことをそのままライラに投げかけると、途端にライラは呆れ顔となる。
「お前は・・・・・・・はぁ、いいか?ゴブリンってのは知能は低いし弱し。ただそのせいか、自分の欲に素直に動くんだよ」
「欲?」
「こうやって畑を荒らしたり、家畜を襲ったり、果ては人を攫う」
「攫うのか?襲うんじゃなくて?」
「状況にもよるだろうがな。捕まった奴は食われるか、玩具にされて殺されるか、まあ、碌な目には合わないな。それに捕まったのが女だったら・・・・・」
「・・・・・・だったら?」
「徹底的に犯されて孕まされる」
「・・・・・・・・・・」
マジかよ。何だその凌辱系のアダルトゲームみたいな展開は。
「てことで、そう言った被害がない分、まだましって意味だ」
「な、なるほど」
正直ドン引きだ。
「まあ、このまま何もしなかったらそう言う事にもなるが、アタシらはそれをやらせない為に来たんだ」
「そうだな」
改めて気を引き締めよう。失敗したらこの村が本当に胸糞悪いクソゲーと同じ末路になってしまう。それだけは回避しないと。
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