第19話 夢うつつ
ハンター登録を済ませ、登録票の受け渡しは明日。
今日はもう時間も遅いと言う事で、組合長のオベールさんとの話はひとまず終えて、明日、登録票を受け取った後に改めてしようと言う運びになり、今はオベールさんの紹介で宿屋にガヤルさんと共に向かっている最中だ。
辺りはすっかり暗くなり、来た当初よりも幾分か人の量が減っている。
それでも人が多いと感じるのだが。
因みに、荷車で運んできた荷物などは組合に一旦預けてある。今は最低限の荷物を麻袋に詰めて持ち歩いている。
馬車も組合に預けているので、現在徒歩で宿屋まで移動中だ。
通りを進んでいると、不意にガヤルさんが足を止めある方角に視線を向ける。
「どうしたんですか?」
「宿に行く前に、飯にするぞ」
ガヤルさんが示す場所に目を向ければ、『バヤール亭』と書かれた看板が立つ店があった。
「行くぞ」
昼から何も食べてなかったので腹も減っていた。ガヤルさんが行くと言うなら断る道理はない。俺は先を行くガヤルさんについて行った。
店の扉を開けた途端、中から賑やかな声が漏れてきた。
俺達は中に入ると、店員と思しきエプロンを着用した若い娘さんが駈け寄ってきた。
「いらしゃ・・・・ガヤルさんじゃないですか!お久しぶりです。何時からこの街に?」
どうやらガヤルさんとは知り合いらしい。そばかすが浮いた顔に満面の笑顔を咲かせる娘さんが元気ガヤルさんに言葉を投げかける。
「今日着いたばかりだ。しばらくこの街にいるから、またこの店にもちょくちょく顔を出すだろう」
「わぁ~!それじゃあ、毎日この店に通いたくなるような料理を出して、ガヤルさんの財布の中身を空にしないと!」
「ははっ、そいつは楽しみだ。席は空いとるか?」
「どうぞ、こちらですっ!」
二名様ご案な~い!と元気ハツラツに俺達をカンター席に案内してくれる。
席に向かう道すがら、周りを見ると色々な人種が卓に着き、思い思いに過ごしていた。
料理を口にしながら酒を飲み、仲間とあれやこれやと、談笑してと、中々の賑わいだ。
その中には街でも見かけたケモミミを生やした人や、狼の頭部を持つ人、それに混じって普通の人間も一緒になって飯を食らい、酒を飲み交わしていた。
向こうの世界では見ることのできない、何とも不思議な空間だ。けれど、何だか暖かい空気があり、とてもいい場所に思える。
カウンター席に着くと、案内してくれた店員さんがメニューを差し出してくれる。
けれど、俺には内容がいまいちわからない。文字は何とか読めるのだが、どんな料理なのかが皆目見当もつかない。
「う~ん・・・・・」
「分からないなら、ワシと同じものにするか?」
「じゃあ、それで」
ガヤルさんの助け舟に有難く乗ることにする。
店員さんにあれこれと注文をしたところで声を掛けられた。
「んん~?おぉ~ガヤルじゃねぇかぁ~」
若干ろれつが回っていない声に反応してみると、少し離れたカウンター席に、先程組合で見かけた左目に眼帯をつけたハンターが、酒を片手に声を掛けてきた。
「なんじゃ、ビジャルか」
「何だとはひでぇ言い草だな~・・・・おっ、そっちは今日入ったばっかの新人か」
「・・・・どうも」
眼帯のハンター、ビジャルがガヤルさんの隣りに座る俺に気付き声を掛けてくる。
「確か、クロードの紹介状で入ったんだったか?つまりはクロードから色々とハンターの事を教わったって事か?」
「えぇ、そうです」
「そうかそうか」
と、ちょうどそのタイミングで注文した料理が運ばれてきた。
何かの肉の香草焼き、豆のスープ、付け合わせのサラダにビールっぽい酒、それらが俺とガヤルさんの前に並べられる。
ごゆっくり~と言って店員の娘さんが下がっていき、それを合図に料理に手を伸ばす。
ノザル村以外での異世界飯は中々の味だった。ただ、どうしてもコークさんの料理の味を知っていると、少し物足りない感ではある。
それでもうまい事には変わりなく、俺とガヤルさんは綺麗に料理を平らげ、酒を飲み交わしていた。
「しかし、クロードも間抜けだよなぁ~盗賊相手にくたばるなんて」
二杯目の酒が届いて飲み始めていると、不意にビジャルが声を掛けてくる。
「ここらで一番!何て言われてたのに、最後は呆気ないものだなぁ」
酒を飲みながらニヤニヤとそんなことを言うビジャルに、俺はイラっとくる。
「・・・・・・ビジャル、死んだ人間に対してそんな言い方は止めろ」
俺が反射的に文句を言う前に、ガヤルさんがビジャルを一睨みして遮る。
それを受けてビジャルは「おぉ~怖い怖い」などと言って肩をすくましてみせる。
「お前だってクロードの世話になっていただろうが」
それに対してビジャルは酒を飲む手を止めてガヤルさんに顔を向ける。
「・・・・・・・・誰も頼んでねぇよ」
そう言ったビジャルの顔には僅かな怒りが窺えた。
「フゥ・・・・興が覚めた、今日はこの辺にして帰るとするかね。明日は人と会う予定だしな」
そう言って残っていた酒を飲み干すと、カウンターに硬貨を数枚置いて店を出て行った。
「・・・・・なんなんですか、アイツ」
クロードの事をあんな風に暴言を吐いたビジュアルに怒りを覚えながら、何か事情を知っているであろうガヤルさんに尋ねる。
「まぁ、アイツにも色々あるんだろうさ」
肩をすくめて残った酒を飲み干し、ガヤルさんは立ち上がる。
「さあ、そろそろ行くぞ。あんまり遅くなってもしょうがないからな」
俺は僅かなモヤモヤを酒と一緒に飲み干して席を立った。
♢ ♢ ♢
宿について受付を済ませると、組合から二部屋を用意されたらしく、俺とガヤルさんは別々の部屋に泊まる事となった。
別れ際、「明日は俺も野暮用がある、組合には一人で頼む」と言ってガヤルさんと別れた。
そうして部屋に入った俺は荷物をその辺の床に置いて設えられたベッドに横になる。
「フゥ・・・・今日だけで色々あったな~・・・・・」
仰向けに天井を見つめながら、酒の入った頭で今日の事を思い返す。
この街の風景を前に、これぞファンタジー!と興奮したり、組合でハンター登録をしたり、クロードの事を話したり、そして・・・・・・
「ライラ、だったか・・・・・あれがクロードの娘ね~」
目つきの鋭い癖毛の紅い髪の女の子を思い出す。
どう言った事情があって親子になったのは知らないが、あのクロードに娘がいたことに一番驚かされた。
「しかも、滅茶苦茶否定されたし・・・・・・・」
部屋から飛び出す直前に言ったライラの言葉を思い出す。
「認めない、か・・・・・」
そして・・・・・・・
「泣いてたよな・・・・・・」
部屋を飛び出す時にチラリと見えた。ライラの頬を涙が伝うのを。
「・・・・・・認められたいな」
これから同じハンター仲間として、同じ人を尊敬した者同士として、ライラには認めてもらいたい。その為にはどうしたらいいのか・・・・・・・
「・・・・・・思いつかん」
酒の入った頭で考えてもいい考えなど浮かばず、ベッドの上をゴロゴロと意味もなく転がった。
ふと、そこで床に置いていた荷物が目に入る。
「・・・・・・・・・」
ベッドから起き上がり、荷物の中漁って一つの手の平サイズの箱を手に取り、再びベッドに転がる。
蓋を開けてみると、そこには美里に贈るはずだった指輪が収まっている。
「・・・・・・お前なら、どうする?」
答えなど返ってくるわけもなく、ただ部屋のランプの明かりを受けてキラキラと光る指輪を見つめながら、意識が段々と眠りへと落ちていった。
♢ ♢ ♢
これは夢だ。
「止めてっ!離してっ!!」
だってこれは、俺がまだ大学生をやっていた時、サークルの飲み会の帰りに遭遇した、過去の出来事。
「いいからこっちに来いっ!!」
飲み会の帰り、駅に向かう途中、美里と二人で公園の中を通って駅に向かうさなか、向かい側の道からガラの悪い男三人が現れ、俺達に絡んできたのだ。
男達は美里を見ると下卑た笑みを浮かべて近づき、嫌がる美里の腕を掴んで強引に茂みの中に引きずり込んだのだ。
「や、やめ・・・・・」
止めようと声を上げようとしたが―――――
「あぁ?」
男の一人に睨まれただけで言葉を止めてしまった。
それをゲラゲラと笑いながら「童貞野郎はとっとと消えろボケ」と吐き捨てて美里を連れて奥へと入っていく。
「止めて!総司、総司っ!!」
男達に連れていかれながら、美里は俺の名前を叫んだ。
「っ!」
だが、俺はそれに応えることが出来ないまま、奥へと連れていかれる美里の姿を見送ってしまった。
一人取り残された俺は、そのまま呆然と立ち尽くしてしまっていた。
「お、俺・・・・俺は・・・・・・」
何をやっているんだ?美里が、好きな人が連れていかれたのに、それを黙って見送るなんて・・・・・・
けど、相手は三人。しかも俺より明らかに喧嘩が強そうなガラの悪い男。どう考えても逆らって勝てる訳――――――
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
「!!」
自分の情けなさに言い訳をしていたその時、美里の悲鳴が耳に届いた。
「ッッ!!」
それを聞いた瞬間、俺は駆け出していた。
(美里を、守らないとっ!!)
美里を守る、ただそれだけを考えて駆け出した・・・・・・後になって思った。行動するなら警察に通報してからにしとけばよかったと。
「美里っ!」
「総司!」
「あぁ?」
駆けつけると、美里は三人に地面に倒され、今まさに美里の服に手を掛けようとしていた。
それを突然やってきた俺と言う名の闖入者に、三人はその手を止めえてこちらに顔を向ける。
「てめぇ・・・・さっきの」
「何だ、童貞君?邪魔するつもりぃ?」
「イキってんじゃねぇよ、ぶっ殺すぞ!」
三人から飛び出す言葉は、それだけで陰キャな俺を殺してしまいそうな言葉だったが、俺は逃げ出したくなる気持ちをグッと堪えた。
「み、み、美里を離せ!」
声が震えた。めっちゃ震えた。かっこ悪い・・・・・
「ぎゃははは!何カッコつけてんの?マジ調子乗んじゃねぇよ!」
男の一人が立ち上がって俺に近付き、いきなり腹に膝を叩きこむ。
「ごッ!」
腹に走る衝撃に思わず膝をついて蹲る。
「総司!」
それを見て三人から笑いが生まれる。
「弱いくせしてカッコつけるからそうなるんだよボケ!」
「大人しくこいつのアヘ顔でも見ながらシコッてろタコ!」
ペッと男の吐いた唾に服を汚しながら痛みに蹲る。
(痛って!!滅茶苦茶痛い!!)
「おら!大人しくしろ!!」
「いやぁぁぁぁ!!」
再び三人が美里に群がり、美里の悲鳴が上がる。
俺はそれを聞きながら―――――
(ふざ・・・・けんな・・・・・)
痛みとは別の何かが込み上げてきた。
(こんな奴らに・・・・!)
目の前で好きな人が辱めを受けてる。それを黙って見ていろ?
そんなの――――――――
「総司、総司----!!」
(認められるかっ!!)
そして俺は―――――――
♢ ♢ ♢
「んん~・・・・・あ、れ・・・・?」
目が覚めると、俺は指輪の入った箱を手にしながらベッドに横になっていた。
「あぁ~・・・・あのまま寝ちまったのか」
昨日は色々あって疲れていた上に酒も入っていて、気が付けば眠って、目を覚ましたら朝になっていた。
身体を起こしてベッドから立ち上がり、窓を開けると少し冷えた朝の風と共に、通りから聞こえてくる人の声が耳に届く。
「もう皆起きてるのか、早いな~」
いや、俺が遅すぎるのか。
「それにしても、また何とも・・・・・懐かしい夢を見たもんだか」
指輪の入った箱に視線を移して、思わず苦笑いが出る。
「こいつを持ったまま寝たせいかな」
あの後事は、正直思い出したくない。無我夢中で男にしがみつき、振りほどかれて殴られ蹴られ、それでも諦めずに男達に跳びかかり、挙句に最後は美里に覆いかぶさり、どんなことをされようが退かなかった。
そうこうしているうちに、誰かが気付いて呼んでくれたのか、警察が来てくれた。
男達は警察の手によって逮捕され、俺は全身ボロ雑巾になりながら、泣きじゃくる美里を落ち着かせるために必死になって、俺はその時に――――――
「・・・・・止めよう。思い出しても意味が無い事だ」
美里はもういない。
そう言いつつ指輪を今も手放さないなんて、惨めな男だと自分自身に呆れる。
「さて、と。何時までも昔の事を引きずってないで、気持ちを切り替えて組合に行くとするかね」
箱を荷物の中に戻し、身支度を整えて部屋を出る。
宿を出て改めて空を見上げると、太陽は既に真上に差し掛かろうとしていた。
「やべ、寝すぎたな。早く組合に行かないと」
別に何時に来いとまでは言われていないが、こういったことは早いに越したことはない。
出かける前にガヤルさんの止まっている部屋に行ってみたが、既にガヤルさんの姿はなく、昨日言っていた通り用事とやらに出かけたのだろう。
酒が入っていたから不安だったが、組合まで何事もなく到着し中に入ると、先輩ハンター達が一斉にこちらに視線を向けてくる。
「ど、どうも~・・・・・」
などと愛想笑いを浮かべながら、強面揃いの先輩ハンター達の間を、昨日の受付目指して進んでいく。
受付に辿り着くと、昨日対応してくれた眼鏡の女性組合員が書類を整理していた。
「あの、登録票を受け取りに来たんですけど・・・・・」
こちらが声を掛けると、眼鏡の女性組合員は書類から顔を上げ「あ、昨日の・・・・」と反応を示した。が、その顔は昨日と違い、表情が暗かった。
(クロードの事、相当響いてるんだろうな・・・・・)
何せ、昨日の反応から見るに、この受付さんはクロードに少なからず好意を寄せている様に見えたからな。
「ソウジさん、ですよね?登録票は出来ています。少し待っていてください」
未だにショックを受けているであろうに、それでも仕事と割り切ったのか、表情を笑顔に変えてこちらに対応してくれる。
受付の後ろにある棚から箱を持ってきて、俺の前に箱を置く。
「こちらが登録票になります」
箱を開けてみると、中にはドッグタグのような金属の板が収められていた。
板にはこの世界の文字で俺の名前とハンター組合登録者、ランクDと書かれていた。
「この登録票は身分証代わりにもなっています。ですので、無くさないようにしてください。無くした場合は再発行できますが、お金がかかります。ですので、取り扱いには注意してくださいね?」
こんなドッグタグみたいな金属の板が身分証代わりに・・・・・でもこれって、偽造とか簡単に出来そうだし、身分を偽ったりに使えるのでは?
と、素朴な疑問が出てきたので受付に聞いてみると、どうやらこの登録票には特殊な魔具を使用しているらしく、偽造は不可能だとか。
登録票を受け取り、そのまま首にぶら下げて服の中に仕舞う。
「では、ハンター組合の仕組みについてザッと説明していきますね」
受付さんの話を要約するとこうだ。
1、依頼はランク相応の依頼しか受けられない。
2、一定の依頼件数と達成率、そして評価によりランクの昇格審査を受けられる。
3、依頼を何度も失敗するとランクが下がる。
4、法を犯す、もしくは組合規定の規則を破った場合、ハンター組合から資格を剥奪
され、追放となる。
他にも色々と細かいルールがあるが、一番押さえておかなければいけないのが、この四つ。
一つめは、自分のランク、今の俺のならランクDだから、ランクDの依頼しか受けられない。
ただし、ランクが違う同伴者がいた場合、例えばランクBのハンターと一緒なら、その人と一緒にランクBの依頼を受けることが出来る。
二つめはハンターランクの昇格制度。これは依頼達成率などの実績を一定以上稼ぐと、組合から審査案内が来るらしい。それを受けて審査に合格すると、晴れてランクパップする仕組みだ。
三つめの内容はそのままの意味。依頼に何度も失敗すると、ふさわしいランクではないとされ降格するそうだ。
しかも、あまりにも酷いと、そのまま組合から除名処分を受けることもあるらしい。
四つ目は当たり前と言えば当たり前な話。犯罪を犯すようなものにハンターの資格なしと言う事だ。
「以上で組合規定の説明は終わりです。何か質問はありますか?」
「大丈夫です。問題ありません」
大体覚えたし、そこまで難しい事はない。
「一応、こちらにも先程説明した内容と同じことが書かれています。何かあればこちらを読んでください」
そう言って渡されたのは学生手帳の様な小さな手帳だ。
受け取ってページを捲ると、説明された内容が口頭よりも詳しく記載されていた。
「それでは最後に、今日からソウジさんの担当となります、レミアと言います。これからよろしくお願いします」
受付さん、レミアさんが頭を下げる。
それに合わせてこちらも頭を下げる。
「あ、どうも、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。ところで、ソウジさんはどうするんですか?」
この後、か。
「昨日の話の続きをと、オベールさんと約束したんですけど、ガヤルさんが今用事で出かけていて・・・・・だから、後で合流してからまたここに来ようかと。それまでは街を観て廻ろうかなぁ~と」
「そうですか。ここは良い街なので、ぜひ見ていってください」
「そうします。それじゃあ、またガヤルさんと一緒に来ます」
「はい」
レミアさんに別れを告げて組合を出る。
「さて、まずは何処に行こうかな?」
ガヤルさんは夕方までには帰ってくると言っていた。今は丁度昼時、起きてからまだ何も腹に入れてないし、まずは腹ごしらえだな。
「そうと決まれば・・・・・」
飲食店を探しに街を探索だ。
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