第15話 残されたモノ
意識が霞が掛かって思考がまともに働かない。
パンッパンッ!
そんな状態の俺の耳に肉を打つような音が鼓膜を揺らす。僅かにネチャリと粘着質な音も混じっている。
しかし、それが何の音なのかを脳が認識しない。
今俺が認識できるのは、途方もないほどの快感が身体を支配していると言う事だけだ。
「あぁ・・・・う・・・・・・あン・・・・・・ンッ・・・・」
その快感をもっと味わいたいと、自分がやっていることも理解できないまま身体を動かす。
「あンッ・・・・・うぁ・・・・ああ・・・・ああああ!」
肉を打つ音が徐々に早くなり、声がそれに合わせて熱を帯びたように熱く大きくなる。
パンッ!!
「ああああぁぁぁぁぁぁ!!」
一際大きな肉を打つ音と共に、俺の下半身から熱が放たれるような感覚に襲われた。
「あぁ・・・・ああ・・・・・」
それと同時に体の中に何かが流れ込んでくる感覚があった。
それが何か分からないが、すごく気持ちがいいと言う事だけは分かった。
その感覚が徐々に引いて行くと体に倦怠感が襲う。
「あ・・・・あ、れ?」
今までぼんやりしていた頭が徐々に回り始めた。
体の怠さを何とか誤魔化して立ち上がる。
まだ上手く回らない頭で周囲を一瞥する。
「ここ・・・・教会・・・・?」
月明りに照らされた教会に自分が居ることが分かった。
「なん、で・・・・」
回らない頭で何があったのか思い出そうとする。
「確か、村から木材を運んで・・・・・それから・・・・・」
教会の中に盗賊がいて・・・・・・・
「ッ!」
そこまで思い出した時、今までの記憶が洪水のように流れ込む。
「そう、だ・・・・・・俺は、アイツらを・・・・・」
思い出した。テムロ達が殺されたこと、俺が奴らを殺したこと。
改めて周りを窺う。周囲には盗賊共が血を流し倒れており、誰一人例外なく動くことはない。
教会内に血の臭いが充満しており、気を抜けば吐き出してしまいそうだ。
まさに、地獄絵図。
そう表現するしかない光景が目の前に広がっていた。
「あ・・・・・あぁ・・・・・・・・」
ビクリと体が震えた。
驚いたのではない。思い出したのだ、自分がしたことを、この声が誰のものであるかも。
恐る恐るそちらに目を向けると、信じたくない光景が飛び込んできた。
「あぁ・・・・・うぁ・・・・・・・」
月明りに裸体を照らされたシェスタがそこにいた。
「お、俺・・・・・・・」
シェスタを、襲った・・・・・・
シェスタの身体にはそれを証明するように、俺が吐き出したもので体中が汚れていた。
その中で目を引いたのは、股から流れ出ているものに混じる赤い血。
「お、俺は・・・・・・・・・」
あの夜の事を思い出す。
あの時シェスタの言葉から、シェスタは経験が無いと分かっていた。
俺は、それを・・・・・・・
「奪・・・・・た・・・・・・・・」
本来なら神にその生涯を捧げるために純潔を守るか、テムロと結ばれて思い人に捧げるはずのものを、俺は無残にも散らしてしまった。
それも、自分の欲望のままに、何度も、何度も。
身体から血の気が引き、胸に罪悪感が押し寄せてくる。
「ち、違・・・・俺、俺は・・・・・そんなつもりじゃ・・・・」
シェスタは気を失ってしまったのか、その瞳は閉じたまま開かない。
「うっ・・・・ううん?」
「っ!」
その声に目を向けると、コロワが意識を取り戻したのか、身体を起こそうとしていた。
俺はそれを見て反射的にズボンから露出しているものをしまい込んだ。
コロワはそれに気づくことなく上体を起こし、まだぼんやりしている目で俺を見つめた。
「ソウジ、さん・・・・・」
「こ、コロワ」
「私・・・・・・・キャッ!」
自然と目が自分の身体に移ると、そこで気付いたのか、自分の服が乱れてあられもない姿を晒していることに驚き、慌てて自分の身体を抱くように隠す。
「な、なんで私、こんな格好・・・・・」
羞恥で顔を真っ赤に染めなていたが、その目が倒れているシェスタを捉えた。
「嘘・・・・シェスタお姉ちゃん・・・・・・どうして・・・・」
やがて気絶する前の事を思い出したのか、今度は顔が青くなる。
「そうだ・・・・・怖い人達が来て・・・・・神父様が・・・・・・っ!」
モーガン神父が殺された光景を思い出して、コロワは身体を震わせた。
「神父様が、こ、殺され・・・・!」
「コロワ!大丈夫だ、大丈夫だからっ!」
直ぐに駈け寄り、震えるコロワの小さな体を抱きしめて背中をさする。
怯えるコロワの耳元で大丈夫だから、と何度も優しく囁き、背中をさすってやると、次第に落ち着いてきたのか、震えが止まった。
「・・・・・ソウジさん・・・・・・・一体、何があったんですか?」
腕の中で冷静さを取り戻したコロワが、今まで気を失っていた間について聞いてくる。が、俺はその質問に答えるのに一瞬躊躇した。
「それは・・・・・・・・」
しかし、このまま黙っている訳にもいかず、コロワに何があったのかを話した。
ただ、シェスタの事は伝えなかった。伝えられなかった。
話を聞き終えたコロワが腕から抜け出し、辺りを見渡す。
「そ・・・・そんな・・・・・う・・・・うぅ・・・・」
教会内の光景は、幼いコロワには受け止めきれないほどの残酷な現実を見せつけていた。
「う・・・・ぐすっ・・・・・うぅ・・・・・」
その中に自分に優しくしてくれた者の姿を見つけ、涙を流す。
「コロワ・・・・・・・」
これから、どうすればいいのか?どうするべきか?答えが見つからないままでいると・・・・・・・・
「コロワッ!!」
「ッ!!」
教会の入り口から二人の男女が、コロワの名を呼びながら駆けてきた。
見覚えがある。あれはコロワのご両親だ。
「お父さん、お母さんっ!」
コロワも駆け出し両親の胸に飛び込む。
「コロワ!帰りが遅いから心配したんだぞ!・・・・・・・これは・・・・・一体何があったんだ?」
コロワを抱きしめながら両親は辺りの見渡し、その惨状に困惑する。
「テムロ!」
「クロードさん!」
死体の山にテムロとクロードの姿を見つけ絶句する。
俺はシェスタを抱きかかえてコロワ達の元へ向かう。三人も俺の姿を認めて駆け寄ってくる。
「ソウジ!」
「ソウジ君・・・・・っ!シェスタ!!」
気を失って、俺に裸で抱きかかえられているシェスタを見ておばさんが目を剥く。
その体が体液で体中を汚しいるのを見て、ここで何が起きたのかを察したのか、直ぐにおばさんはシェスタに駈け寄り、持っていた手拭いで身体を拭いてやる。
ある程度拭き終わると、おじさんが上着を脱いで、シェスタの身体を隠すように掛けてやる。それが終わったおじさんは俺を顔を向けた。
「・・・・・・ソウジ・・・・何があったのか、説明してくれるか?」
「・・・・・・・・はい」
♢ ♢ ♢
夜が明けた。
俺はベッドから起き上がり、服を着替えて部屋を出る。
部屋を出ると食卓が目に入る。
「・・・・・・・・・・」
何時もなら俺よりも早く起きて朝食の準備をしている姿が映るのに、今日はそれが無い。
いや、今日ではない。今日から、だ。
「テムロ・・・・・・・」
誰もいない家の中に、俺の声が虚しく響いた。
♢ ♢ ♢
あれから俺達は気を失ったシェスタを抱えて村へと戻り、シェスタを家のベッドに寝かせ、その足で村長宅へ行き、事の顛末を話した。
「何と言う事だ・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
村長宅に集まった面々、この村の主要な人物が集まり話を聞いていた。
「クロードさんの忠告で一応の警戒はしていたつもりだったが・・・・・まさか、こんなことになるなんて・・・・・」
「・・・・・・・・シェスタとコロワの様子は?」
「コロワは家で二人が見ていよ。ここに来る前に様子を見に行ったけど、あれなら大丈夫そうだったよ。ただ・・・・・」
カジルおばさんの顔が歪む。
「ただ、どうかしたのか?」
「シェスタが目を覚まさない。外傷はないから命に別状はないんだけど、呼びかけても起きる気配が無いんだよ」
「・・・・・・・・しばらく様子を見るしかない、か」
シェスタ、目を覚まさないのか・・・・・・
あれから時間も経っているし、目を覚ましてもいいはずなんだが。
(あれだけの事があったんだし、しょうがないのか。それに・・・・・・)
自分がシェスタにしてしまったことを思い出すと途端に罪悪感で胸が締め付けられる。
(俺は、取り返しのつかないことを・・・・・・・)
シェスタが目を覚ましたらきっと俺を罵るだろう。それだけならまだしも、俺を殺そうとするかもしれない。俺はそれだけの事をやってしまったのだ。
「ソウジ」
「は、はい」
村長に呼ばれて慌てて意識を向ける。
「ソウジ、今回の事、感謝する。ありがとう」
そう言って村長は深々と頭を下げる。
「そ、そんな、俺は別にっ!」
「ソウジが居なければ、今頃シェスタとコロワは、いや、この村は盗賊共の手で焼かれていただろう。本当に、ありがとう」
「いえ・・・・・俺に、もっと力があれば、テムロとクロードも今頃・・・・・」
「・・・・・ソウジのせいじゃない。むしろ、盗賊共を倒してくれたんだ、ありがとう、ソウジ」
「・・・・・・・・はい」
そう言って集まりに参加していたコークさんに肩を叩かれ慰められる。
「とにかく、教会の方は明日、陽が昇ってからにして、今日は解散とする」
村長の解散宣言に合わせて集まっていた人達が家を出て行く。
皆が家から引き上げる途中で、俺に「ありがとう」や「よくやった」と声を掛けていく。
俺はそれに応えることが出来ずに、俺も村長宅から引き上げた。
得も言われぬ不安と罪悪感を伴いながら。
♢ ♢ ♢
最低限の身支度を整え、家を出て教会に向かうと、既に何人かの村人が集まり、教会の中の遺体を運び出している最中だった。
「ソウジ」
教会の入り口に赴くと、ちょうど遺体を運び出していたコークさんに声を掛けられる。
「・・・・・・大丈夫か?」
その問いは、きっとテムロとクロードの事を言っているのだろう。
正直、まだ心の整理など微塵も出来ていない。
それでも俺は、無理やり笑うことにした。
「はい、大丈夫です」
「・・・・・・・・・そうか。無理はしないようにな」
俺の返しに思うところがあったみたいだが、それ以上の事は言わず、遺体を運ぶ作業に戻っていった。
「・・・・・・・手伝おう」
教会内に入ると、ちょうど村長らを始めとした数名の村人が、三つの遺体に向けて祈りを捧げていた。
近くに行き、その遺体を見る。
「・・・・・・・」
そこには他の遺体は違い、その三つの遺体だけは真っ白な布に覆われて、丁寧に扱われていた。
確認するまでもない、モーガン神父、クロードにテムロの遺体だ。
「おお、ソウジ。来てくれたか。今から三人を墓まで運ぶ、手伝ってくれるか?」
「はい、勿論」
俺は村人数名と共に三人の遺体を持ち上げ、教会から少し離れた墓地まで遺体を運んだ。
墓地には既に数名の村人が墓穴を掘り遺体を埋めていた。
ただ、盗賊たちの遺体だけは大きめの墓穴に纏めて埋めているみたいだ。
それも当然だ。こいつらは村を襲おうとして三人を殺したのだ。雑に扱われているが、墓穴の中に入れるだけまだましだ。
墓地の一角に着く。そこには三人分の墓穴が掘られていた。
「慎重に下ろせ」
三人の遺体をそれぞれの墓穴に収める。
その上から土を被せていく
「・・・・・・・・・・」
ザクッザクッと土を被せていくと、やがて三人の遺体は土に埋もれて見えなくなった。
それが済むと、ちょうど他の村人たちが集まってきた。
その中から代表として村長が前に出る。
「三人の尊い魂がこの世を去った。モーガン神父はその慈悲深い心で我らの迷いをはらい、テムロはこの村の為に森の恵みを我らに届けてくれた。クロード殿はこの村を愛してくれた良き友人だった・・・・・・三人の魂が神の元に迷うことなく逝ける様、皆、祈ろう」
村長が手を組んで祈りを捧げる。
それに続いて集まった村人も一斉に手を組み祈りを捧げる。
「・・・・・・・・・」
俺ものそれに倣って手を組み祈りを捧げる。
「うっ・・・・ぐすっ・・・・・・」
祈っていると近くからすすり泣く声が聞こえる。
祈りを捧げながらチラリと横目で窺うと、教会に通っていた子供達がいた。
「テムロ兄ちゃん・・・・・・ぐすっ・・・・・・」
「神父さまぁ・・・・・」
子供達は涙を流しながら祈りを捧げていた。その中にはコロワもいた。
「・・・・・・・・」
コロワは瞳に涙をためながら、しかし、決して涙を流すまいと表情が語っていた。
きっと、年長者として他の子供達のように泣くまいと思っての事だろう。
(コロワは・・・・・強いな・・・・・)
そうして祈りが終わり、村人が一人、また一人と去っていき、気付けば一人きりになっていた。
「・・・・・・・・・・」
三人の墓の前で、俺はただ茫然とそこに突っ立ていた。
「・・・・・・・・・・」
三人が殺され、俺はそれを目の前で見ていた。だから当然、悲しいや、寂しいと思う気持ちはある。
それなのに現実感がまるで湧いてこない。
子供達のように泣きたいのに、一滴も出てこない。
「・・・・・・・俺・・・・・こんなに、薄情な人間だったんだ・・・・・・」
♢ ♢ ♢
「ソウジ」
墓地から出て教会へと戻る途中で俺を呼ぶ声に足を止めた。
見ると木に背中を預けているコークさんがいた。どうやら俺を待っていたみたいだ。
コークさんは木から離れて俺の傍に来る。
「どうしたんですか?」
「少し、手伝ってもらいたいことがあるんだが、いいかい?」
「ええ、かまいませんけど」
「なら、ついて来てくれ」
先に歩き出したコークさんの背中を追うようについて行く。
到着したのはコークさんが経営する食堂兼宿屋だ。
「入ってくれ」
そのままコークさんは店に入りる。俺もその後に続く。
コークさんと俺は二階に昇り、廊下の奥へ進む。
奥に進んでいくとコークさんはある部屋の前で足を止めた。
「ここは?」
「クロードが泊まっていた部屋だ」
そう言ってコークさんは扉を開いて中に入る。それに続いて俺も部屋の中へ。
「組合にクロードの事を報告しないといけないんだ。それと、その時にクロードの荷物も組合に渡そうと思っていてね。それで、ソウジにも手伝ってもらおうと思ってね。ほら、御覧の通りそこそこ荷物も多いからね」
確かに、部屋の中は簡素な寝台と机に椅子、それとクロードの荷物と思しき物が部屋に置いてあった。それも結構な量が散らかっている。
「分かりました」
「頼むよ。そこに置いてある箱に中に入れていってくれ」
「はい」
コークさんは寝台の方に散らかっている荷物を整理し始める。
俺もとりあえず手短なところから片付けようと目についた机の方へと向かう。
「あ・・・・・・」
机の横にはクロードが愛用している大剣が立てかけられていた。
あの日、クロードは作業の邪魔になるからと剣を置いていった。
不意に、もしクロードがこの剣を持って行っていたら、もっと違った結果があったのかもと考えてしまう。
(いや・・・・・もう、過ぎたことだ・・・・・・・)
被りを振って余計な考えを頭から追い出し、荷物を片付ける。
暫くそうしてコークさんと共に荷物を整理していると床に散らばっていた荷物は粗方片付いた。
「後は・・・・・」
机の上にある荷物に目を向け、そちらの荷物の整理に移る。
机の上には地図やら何かの資料、書類みたいなものが散らかっていた。
「こんなになるまで放置するなよ・・・・・・・」
ぼやきながら手を動かしていると、一枚の羊皮紙がパラリと机の上から落ちてしまった。
「ああ、もう・・・・」
物が多すぎなんだよ、と思いながら落ちた羊皮紙に手を伸ばす。
「ん?」
そこに書いてある一文が目に入った。拾い上げて書面に目を通す。
「組合・・・・推薦?」
まだ習っていない単語もあるので、全文を読むことは出来ないが、読み取れる部分だけを読むとその様な事が書いてあった。最後の部分にクロードの血判と思しきものが押されていた。
「どうした?・・・・・ん?それは?」
俺の手に羊皮紙が握られているのを見て、横から書面を見る。
「これは・・・・・・ハンターギルドの推薦状だな」
どうやら、合っていたみたいだ。
「ちょっと貸してくれ・・・・・・・・・フム・・・・・」
羊皮紙を渡すとコークさんは書面に目を走らせる。
やがて書いてあることを読み終えると俺に目を向けた。
「この推薦状は、ソウジ、君の為のものだ」
「え?」
コークさんはもう一度羊皮紙に目を向け、今度はそこに書かれている文字を読み上げる。
「『ハンター組合所属、Bランクハンタークロードの名において、この者【ソウジ】の身元と身分を保証し、この者にハンターの資格ありと認め、ここに推薦状を認める』」
「・・・・・・・・」
そこには、以前クロードが言ったハンターになる道を示した文字が刻まれていた。
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