第9話 この世界では当たり前の事
翌日。俺とテムロは森の来ていた。
なぜ森に来ているかと言うと、クロードからの課題をこなすためだ。
で、その課題の内容と言うと・・・・・
「よっ!ほいっと!」
密集した木々から延びる枝から縄で吊るされたスイカぐらいの大きさの木片が、色々な角度とスピードで迫ってくる。
「ふっ!はっ!」
俺はそれをひたすら右に左にと避け続ける。時には屈み、時には転がりながら、ひたすら避ける。
「・・・・・・五本目、追加するぞ」
そう言ってテムロは別の枝に吊るされた木片をこちらに向かって押し込む。
今まで四本の木片を回避していたところに、追加の一本が投入されたことで、先程よりも回避できる隙間が狭まる。
何とか隙間を見つけて体をねじ込ませていくが、迫りくる方向もスピードも一定ではな為、目につく隙間にとにかく逃げ込むしかない。
しかも・・・・・
「・・・・・・・・ほいっ」
テムロがその辺に落ちていた枝を拾い上げて、逃げ惑う俺に向けて投げてくる。
「ッ!」
それを視界の端で捉え、横薙ぎに腕を振って払い落とす。
そうして飛んできた枝の迎撃に成功するのも束の間、後ろと右から迫ってきていた木片への対処が間に合わず体にぶち当たる。
「痛って!」
それで足を止めてしまったのが運の尽き。残る木片が次々に体に当たる。
「痛っ!いたたたた!!」
体に木片が当たることで、今まで動いていた木片が停止する。それと同時に自身に掛けていた強化法も解除される。
「はぁはぁ・・・・・ああ~クソ。五本か~」
その場に座り込み息を付きながら愚痴る。
「あと少しで記録更新だったのにな。ほら」
差し出された水袋を受け取り、中身を呷る。
「けど、目標の十本まで少しずつ近づいてるんだ。この調子でいけば課題も達成だな」
「そんな簡単にいかないよ」
「しかし、こんな方法で避ける訓練になるのか?」
そう、今まさにやっているのは『攻撃を避ける』訓練だ。
やり方は至って単純。枝に吊るした仮想攻撃(木片)を当たらないように一定時間避け続ける事。
最初は一本。三分経過したら二本目。さらに三分経ったら三本目と、三分おきに数が増える。それをひたすら避ける。
こんな子供のが思いつくような遊びみたいなもので、とも思ったが、実際やってみるとこれが馬鹿にできない。
なにせテムロがこちらの動きに合わせて、先程みたいに枝などをテムロの判断とタイミングで投げてこちらの動きを阻害してくる。
当然投げられた物に当たってもダメ。ただし、こちらは拳や蹴りで対処してもいいので、避けることが難しいと判断したら、払い除けたりして対処できる。
もっとも、それで足を止めたりしたら先程と同じような目に合う。
「クロードが言うには、『反射神経を養うことがこの訓練のポイントだ』ってさ。攻撃を見てから防ぐか避けるか考えていたら遅すぎる。危険を感じたら体が反射的に動くまで出来ないと実戦じゃあ役に立たないだってさ」
「フ~ン・・・・まあ確かに、考えてから動いてたら間に合わないもんな」
「ああ、だからこの訓練にはちゃんと意味はある。あるんだけど・・・・・・」
「課題が『十本目を三分間耐える』だもんな」
そして、現在の記録が四本。目標の十本はまだまだ遠い。
強化法で身体能力を上げてもこれなのだ。先が思いやられる。
「そう言えば、ソウジは武器を使わないのか?」
「なんだ突然」
「いや、クロードは剣士だろ?だったら剣の扱い方を習った方がいいんじゃないのか?」
「ああ~それな・・・・・前にクロードと一緒に色々試したんだが・・・・・・」
♢ ♢ ♢
俺が基礎的な筋トレをこなせるようになったころ、クロードが俺の戦闘スタイルをどういったものにするかを話し合ったことがある。
「俺はこの通り剣士だ。だから、剣を教える方が色々と教えがいがあるんだが、人にはそれぞれ得意な戦闘スタイルがある。それに合わせた訓練をした方が身に着くからな」
と言う事で、まずは色々な武器を使ってみようと言う話になり、この村の鍛冶屋であるガヤルさんの店に向かうこととなった。
前にテムロに連れられて来たことはあったが、その時は生憎留守にしていて、結局ガヤルさんには会えなかった。
それ以降もガヤルさんに会う機会は恵まれず、今に至る。なので今回が初対面になるのだ。
「お~い。ガヤル、居るか?」
クロードが店の扉を叩いて反応を待つと、扉が静かに開いた。
「・・・・・なんだ、クロードか」
顔を出したのは厳つい顔に無精髭、身体つきはがっしりとしていて、夜道であったら山賊か何かと勘違いしてしまいそうな初老の男が出てきた。
「よっ、ガヤル。ちょっと頼みたいことがあるんだがいいか?」
初老の男、ガヤルさんが厳つい顔を更に厳つくしかめる。
「頼み?厄介な事じゃないだろうな?」
「こいつにいくつか武器を試させたいんだ。だからガヤルの持ってる武器を貸してくれないか?」
「あぁ?武器をだぁ?」
ガヤルさんが俺をしげしげと見てくる。
正直、その厳つい顔で見られると怖いんだけど・・・・・
「お前さん、あれか。テムロが拾ってきたって言う、確か・・・・・・」
「総司っていいます。よろしくです」
「・・・・・・・ワシはガヤル。まあ、よろしくな」
・・・・・なんか、無愛想だなこの爺さん。
「で?こいつに武器を貸すっていうのは、一体どう事だ?」
「実は今、ソウジに闘気法を教えていてな、次の課題に行く前にこいつに合う獲物を見繕いたいんだ。それによって教える内容を変えていかないといけないからな」
クロードの説明を聞いてガヤルさんが目を細める。
「ほお~・・・・・お前さんが自ら教えるとは、珍しいこともあるもんだ・・・・・・良いだろう。貸してやる」
「すまん、助かる」
「しかし、お前さんが面倒を見るとは・・・・・こいつはそんなに見所があるのか?」
「そうじゃなきゃ面倒なんて見ないさ」
「そうかい・・・・・・今持ってきてやるから、少し待ってろ」
そう言い残しガヤルさんは店の中に戻っていく。
「・・・・・・何か、怖い雰囲気の人だな」
無愛想だし、ガタイもいいしで、威圧感が半端ない。
「はは、初めて見る奴は皆ソウジと同じこと言ってるな。けど、見た目だけだ。話をしてれば判るがいい人間だ。それに、鍛冶の腕も一流だからな」
まあ、クロードが言うならそうなんだろう。怖さを抜きにしてみれば、ザ・職人って感じでかっこよくもある。
クロードが認めるぐらいだし、鍛冶の腕も相当いいのだろうが・・・・・
「一流なら、わざわざこんな村で店を開かなくても、もっと人が多くいる街とかで店を出した方がいいんじゃないのか?」
「・・・・・・昔は都で名の知れた名工だったんだがな、ある日、自分の作った武器で自分の家族を虐殺されてな」
「!」
「・・・・・・それから、都を離れて武器職人から、ただの辺境の鍛冶師になったのさ」
自分の作った武器が、巡り巡って自分の愛する家族の命を奪った。
それは、どれほどの苦痛と後悔をガヤルさんに与えてしまったのか、俺では想像する事さえできない。
「それは・・・・・・何と言うか・・・・・残念だったな」
そんな言葉しか俺には言う事しかできない。
「昔の事だ。お前が気に病むことはない。ガヤルの前でこの話はしないようにな」
「ああ、分かった」
こんな話、本人に聞く度胸なんて持ってないしな。
丁度話がひと段落した時、再び扉が開きガヤルさんが顔を出した。
「持ってきたぞ。運ぶのを手伝え」
「あいよ」
「分かりました」
俺達は持ってきてもらった武器を持ち、店の裏側に回った。
裏に到着すると、持ってきた武器を地面に一通り並べて置く。
「剣に槍、弓に斧に、鞭まであるのか」
ざっと見ただけでも色々な種類がある。
長剣、短剣、直刀、刺突剣、ナイフ等々、剣一つとっても種類が色々だ。
「これだけあると、どれを選ぶか迷うな」
「悩んでもしょうがない。まずはこいつを使ってみろ」
そう言ってクロードが渡してきたのは、オーソドックスな騎士剣だった。
鞘から引き抜いて刀身を晒すと、陽の光が刃に反射して鋭い輝きを放つ。
始めて握った剣はずしりと重く、感覚的には金属バット二、三本片手で持ち上げてるような重さだ。
「・・・・・・・想像よりも結構重いんだな」
「よし、軽く振ってみろ」
「ああ」
二人から距離を取り、柄を両手で握りしめて見様見真似で正眼に構えて剣を振る。
ブオォン!と風を切ると言うより、殴る様な音が鳴る。
思った以上に剣の重さがあった為に、振り抜いた勢いで地面に刃先が食い込む。
「・・・・・・・・」
「・・・・・ま、まあ、あれだ。初めて剣を振ればそんな風になるさ。気にせずもっと色々試してみろ」
「お、おう。そうだな。うん、やってみる」
クロードの言葉に促され再び剣を構え直す、が・・・・・・
横薙ぎに剣を振れば体を一回転させ。大上段に構えて振り上げればそのまま後ろに倒れ。
そして・・・・・・・
「「・・・・・・・・・才能、無いな」」
「・・・・・・・・」
容赦のない感想が二人の口から出てきましたとさ。
「ああ~・・・・・そうだ!今度はこれ使ってみろ!剣よりも扱い易いぞ!」
クロードはそう言いながら渡してきたのは弓だった。
騎士剣と同じく、飾り気のない木で出来たオーソドックスな弓だ。
「あそこのにある木を狙ってみろ」
そう言ってクロードが指さした先を見てみると、約50メートルほど先に木が一本立っていた。
「ほれ」
ガヤルさんから矢を一本受け取り、クロードに使い方を軽く教えてもらい、改めて弓を構える。
(確か、アーチェリーの競技は、的までの距離は九十メートル、だったか?木の位置から考えたら大体四十、五十メートル・・・・・半分くらいの距離だし、的も大きいから当てられるはずっ!)
そう思って矢と共に引き絞った弓弦から指を離す。
ビュンッ!と風を切る音と共に矢が打ち放たれる、が・・・・・
「「「・・・・・・・・・」」」
当たるどころか、半分の距離を飛んだ辺りで失速、虚しく地面に墜落すると言う、目も当てられない結果がそこにあった。
「・・・・・・・つ、次行ってみよーーー!!」
クロードの無理矢理吹っ切った感の漂う言葉と共に、俺は手渡された武器を次々に試していく。
そして・・・・・・・
「「・・・・・・・本当に、才能無いな」」
「がはっ!!」
先程とは重みの違う無慈悲な言葉が心臓を抉る。
「クロードがわざわざ教えてるって言うからどれ程のものかと思ったが・・・・・・・まさか、ここまでとはな・・・・・・」
グサッ!
「いや、さすがにどれか一つは扱える武器ぐらいあるだろうと思ってたんだがな・・・・・・まさか、一つもないとは・・・・・・」
グサッグサッ!!
「は、はは・・・・・・」
もうね、乾いた笑いしか出ないよ。
♢ ♢ ♢
「てなわけで、武器を使わない『拳闘士』で行くことになったってわけ」
話し終わると、最後まで聞いていたテムロから何とも微妙に失礼な目を向けられた。
「ソウジ・・・・・・流石にそれは・・・・・情けないだろ」
「うるせぇ!!」
言われなくても、そんな事俺自身が一番分かってるっての!
「なるほど。それでもっぱらクロードと組手やら何やらをしていたわけか」
「そう言う事」
実際、手に武器を持って戦うよりも、子供でも使えるパンチやキック等の攻撃の方が、単純で判りやすくて俺には向いている・・・・・・・・・・プロの格闘家が聞いたら怒られるだろうが。
それに、身一つでモンスターと戦うと言えば無謀に聞こえるが、この世界には闘気法がある。
それを使いこなせば、武器を持った相手やモンスターとだって戦うことが出来る。
だから、『拳闘士』は決して無謀なスタイルではないのだ。
「うっし!休憩はこのくらいにして、続きを始めよう。テムロ、頼む」
「りょ~かい」
そうして俺達は再びクロードの課題をクリアするべく、訓練を再開するのだった。
因みに、この日の成果は、結局五本止まり。十本の道はまだまだ遠い様だ。
♢ ♢ ♢
それから数日過ぎたある日の事だ。クロードが仕事から戻ってきた。
「よっ、どうだ、課題の方は?」
コークさんの店で昼食を採っていた俺は、店に顔を出したクロードにここ数日の成果を報告する。
「そうか、八本までいけたか!中々頑張ってるな。正直、五、六本が限界かと思ったが・・・・・・・・上出来だ!」
あれからほぼ毎日課題をこなし続けた結果、俺はようやく八本と言う数までクリアすることが出来た。
「まあ、まだ安定して八本出来る訳じゃないんだけどな」
「それでも十分だ」
そう言って貰えると、俺も努力したかいがあるってものだ。
「そっちは?何か手掛かりになる様なものは見つかったか?」
席に着き、コークさんが気を利かせて持ってきてくれたエールを一気に飲み干し、空になった杯を卓に置いて一息。
「・・・・・・・・奴らが居たであろうと思しき痕跡は見つけた。見つけたんだが・・・・・」
何処か煮え切らない感じだ。何かあったのだろうか?
「どうしたんだ?」
丁度、おかわりのエールを持ってきたコークさんが尋ねると、クロードは重苦しく言葉を発した。
「奴らがいた痕跡は見つけた。ただ、な・・・・・」
そこで一旦言葉を切り、俺にチラリと一瞬だけ目を向けてから再び口を開く。
「・・・・・・・・死体が三体、その場に放置されていた」
「えっ!」
「ふむ・・・・・襲われたか」
「だろうな。死体のあった近くに荷車の残骸が残っていた。十中八九、中の荷物が狙いだったんだろう」
「ほかに手掛かりは?」
「足跡の大きさのバラつき、数から考えて、14、15人の集団。火の後から考えると、俺が見つける前、数十日は経ってるだろうな」
「そうか。死体の方には何かなかったのか?」
「何もない。色々な意味で、な」
えらく意味深な言い方するな。
「どう言う意味だ?」
「ああ~・・・・三人の内、一人は男。男は木に縛り付けられて暴行を受けたんだろう。体中腫れ上がっていた」
マジか、やることエグっ・・・・・
「そして女が二人・・・・・・・身ぐるみ剥がされて使い捨てにされてたよ」
「使い捨てって・・・・・」
まさか・・・・・
「ご想像の通り。慰み者にされた挙句に絞殺されたんだよ。首に跡が残ってた」
最悪だろ、それ。
つまり、『何もない』てのは『調べても意味がない』てことか。
確かに、一目見ただけで分かるぐらいの状態ならわざわざ調べる意味もないか。
と、ここでクロードが「気になることが一つあってな」と言い始めた。
「遺体を埋葬する時に見つけたんだが、子供の靴を見つけた。もしかしたら、あの場には被害者が三人じゃなく、四人いたかもしれん」
「探したのか?」
「一応な。けど、さっき言った通り奴らが離れて既に日が経っている。考えられる可能性は、奴隷商に売ったか、殺したか・・・・・」
「その場に遺体が無いなら、奴隷商の線が高そうだな」
「ああ、おそらくな」
「ふぅ・・・・・可哀想に・・・・・」
奴隷商って、もはやアダルトなゲームとかでしか聞かないような商売が、この世界では普通に成り立っているのかよ。
「・・・・・それで、クロードはこれからどうするつもりなんだ?」
せっかく見つけた手掛かりも、これでは空振りだ。
「足跡から奴らの向かった方角はおおよそ分かった。それをヒントに奴らを追跡していくつもりだ。と言っても準備の事もあるからな、また暫くはこの村で厄介になるつもりだ」
「じゃあ、また訓練を付けてくれるんだな」
「ああ、もちろんだ」
そうか。仕事の事は残念だったけど、俺にとってはまたしばらくクロードから教えを受けられる。
自分だけではどうしても分からないことも、熟練のハンターであるクロードが傍で教えてくれるのは有難い。
「それじゃあ、明日からの内容を考えて・・・・と、そうだ、コーク」
「ん?どうした?」
何かを思い出したようで、食器を片付ける為に調理場に向かおうとしていたコークさんを呼び止める。
「もしかしたら奴ら・・・・・『赤蜘蛛』がここに来るかもしれないから、警戒しておけと、村の皆に伝えてくれ」
「!」
それって、この村が襲撃されるかもってことか?それって大問題じゃ・・・・
「・・・・・もしかしたら、と言う事は可能性は低いわけか」
「ああ、奴らの残した足跡から推測するに、北に移動したとみていい。この村とは逆方向だから心配することはないが、用心するに越したことはないからな」
何だ、それなら大丈夫か。ビビらせるなよ。
「分かった。私から村長に話して他の者達にも伝わる様に話しておく」
「頼む。それじゃあ、ソウジ。改めて明日からの事だが――――」
そうして、話は明日からの訓練内容の話に移っていき、さっきまで話していたことなど頭から徐々に忘れて行っていた。
この時の俺は、明日からの訓練でどこまで出来るのかと言う事しか頭になく、子供のように呑気に明日が来るのを待ち遠しく思っていた。
これから待ち受ける未来など、だれも予想できずに――――
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