第8話 モヤモヤハート
「・・・・・・ンン~?」
目が覚めると、自分の部屋のベッド中で毛布に包まっていた。
「あれ・・・・・?今何時だ?」
寝ぼけながら周りに目を凝らすと、暗い室内が視界に映る。
鎧戸を少し開けて外を見れば、まだ月が天上に浮かんだままだ。
「ふぁ~・・・・・まだ、夜中か」
内容は覚えていないが、何だか懐かしい夢を見た気がする。
もう一度寝ようと思い、再び毛布に包まって寝る体勢に入るが、中々寝付けない。
「・・・・・・・・水でも飲もう」
ベッドから起き上がり、扉に向かう。扉を開けようとしたその時、微かに声が聞こえてくる。
「・・・・・・あっ・・・・・待っ・・・・ンンっ・・・・」
何だ?二人はまだ居間にいるのか?
(けど、この声って・・・・・・)
何だか嫌な予感がするが、好奇心が勝りそっと扉を少し開けて覗いてみる。すると、そこには・・・・・・
(なん・・・・だと・・・・・!!)
半裸のシェスタが食卓に手を置いて尻を突き出し、その後ろからテムロが覆いかぶさっている姿が目に飛び込む。
「あ、ンンッ!・・・・・だ、ダメだよ・・・・そ、ソウジが起きて、きちゃ、うよ・・・・」
「大丈夫。大声出さなきゃ起きないって」
「で、でも・・・・・あんッ」
テムロがシェスタの剥き出しになっている大きな果実を鷲掴みにしこねくり回す。
「こんなに硬くしといて、シェスタだって我慢できないんだろ?」
「あっ!ひ、引っ張っちゃ、や・・・・・」
何かを摘ままれたのか、シェスタは悩ましい声をその口から漏らす。
「な?いいだろ?」
たくし上げられ、露になっているシェスタの尻にテムロは腰を押し付ける。
「あ・・・・・テムロの・・・・・こんなに、おっきく・・・・」
押し当てられている物が何なのかを理解してか、シェスタの赤かった頬が更に赤く染まる。
「いいよな?」
「・・・・・・・・うん。来て」
何かを確認し、それに頷くとテムロはごそごそとズボンを弄りはじめ、そして準備が整ったのかテムロは動き始める。
「シェスタ!」
「あんっ!テム、ロ・・・・いきなり・・・・・は、激しいよっ!」
(こ、これはぁぁぁぁぁぁぁ!!)
居間に灯るランプの淡い光に照らされる中、二つの影が絡み合い、獣同士が争う様に激しく動く。
(ここからだと後ろ姿しか見えないけど・・・・・これって・・・・・・・・いや・・・・・!)
まさか、二人が・・・・何て考えている間に、テムロの動きが先程よりも大きく、大胆になる。
それに合わせてシェスタの声が段々と大きく、艶めかしい声になる。
その声を聴いていると、俺の体の一部が痛いぐらいにその存在を主張し始める。
(こ、こんなの・・・・・)
見ていられない、と扉を閉める。
しかし、閉めたところでその音を完全に消すことは出来ない。
「なあ、シェスタ。そろそろ前でシてもいいだろ?」
前って何ですかね?
「だ、ダメ。私、見習いだけど、一応修道女なんだよ?だから、それはダメ・・・・・」
役職に関係するナニかかな?
「・・・・・分かったよ。じゃあ、このまま、な?」
「うん。でも、あんまり激しくはっ!・・・・・あ、ハンっ・・・・・ま、待ってッ!」
再びシェスタの艶めかしい声が聞こえるのと同時に、何か肉を叩くようなパンパンッと言う音が聞こえてくる。
(これは、アレだ。この異世界特有のマッサージかナニかだ。うん!きっとそうだ!!)
俺は静かに、そして冷静(主観)にベッドに入り、頭から毛布を被って目を瞑り、耳を塞ぐ。
(うん・・・・・俺は何も見ていない・・・・・・・俺は何も聞いていない・・・・・)
そう何度も頭の中で繰り返しながら眠気が襲ってくるのを待ち続けた。
♢ ♢ ♢
「・・・・・・・・愛って、なんだろう」
「いきなり何言ってんだお前は?」
青空を見上げながら地面に大の字になっている俺に、呆れた声を掛けるのはクロードだ。
今日も訓練の為にコークさんの店まで来ている。
昨日は結局、空が明るくなり始めるぐらいまで眠ることが出来ず、眠れたのは二時間程度。
しかも、アレを目撃してしまった為に気まずくて、朝食時にテムロとの会話がかみ合わないほど、俺は心此処に在らず状態だった。
いや、だって無理だろ?あんなの見た後に本人と普通に接しろとか、どんな無理ゲーだよ。
だからこうしてクロードに軽く投げ飛ばされて、地面に倒れているわけだが・・・・・・・
「いや、何でもない」
起き上がり体をほぐす。まだ体が鈍い痛みで軋むが、動けないほどでもない。
「それにしても、大分体が出来上がってきたな」
そう言われて自身の体を見る。
確かに訓練を始める前の体に比べれば、筋肉も付き、基礎体力も以前に比べて付いている。
最初の筋トレも今では準備運動程度になっている。
クロードみたいにガチガチな体になっているわけではないが、それでも毎日続けていれば、それなりの身体つきになるものだ。
「まだまだだと思うよ。腹筋だって割れてるわけじゃないし」
「それでも、前は肋骨が浮くぐらいガリガリだったお前が、今じゃテムロより身体つきが良くなってんだ。素直に喜んどけ」
狩りなどで日常的に体を動かしているテムロよりも、と言われると、ちょっと嬉しい。
「それに、ようやく強化法も使える様になったしな」
そう、俺はようやく強化法を使えるようになった。
使えるまで十日掛かったが、何とかものにできた。
強化法を成功させて、実際に使用状態で体を動かした時は大喜びした。
何せ走るのもジャンプするのも、まるで自分がオリンピック選手も目じゃないぐらい、身体能力が上がったのだ。
まだクロードの様に岩を砕くレベルではないが、これは大きな進歩だった。
そして現在、俺は会得した強化法を更に使いこなすため、強化法を使用した状態でクロードに戦闘訓練を受けていた。
まあ、戦闘訓練と言ってもただの組稽古なんだけど。
それでも流石ハンター、クロードの組稽古は実に厳しく、それでいて分かりやすい。
今まで人と殴り合いのなど、学生時代に喧嘩でしたぐらいしかない(すべて負け)から、立ち回り等の闘う為の技術等は知るわけもない。
そんな俺に構えからパンチ、キック等の正しい打ち込み方等の技術を一つ一つ丁寧に教えてくれている。
ハンター組合で新人の指導をしている時がある、と以前言っていたが、なるほど納得だ。
「それじゃ、そろそろ再開するぞ」
そう言ってクロードは軽く腕を広げる様にして構える。
いや、構えると言うより、どこからでも打ってこいと言う様に見える。
「さあ、どっからでもきな」
その宣言と共に俺は強化法を発動。地を蹴り勢いを付けてクロードに向けて硬く握りしめた右拳を放つ。
その拳を左手で軽く横にずらされ、クロードの右手ががら空きの胴に迫る。
(掴まる!)
急いで距離を取ろうと体を横に逸らすが間に合わない。
ガシッ!とクロードに掴まりそのまま力任せに投げの体勢に入る。
一瞬足が地面から浮きそうになるが何とか堪える。
が、それを分かっていたのか、素早くクロードの足が動き、踏ん張っている足に自身の足を引っかけて足払い。
おかげで体制を崩しそのまま地面へ―――――
(やらせるかっ!!)
投げ飛ばす為に持ち上げられた反動を利用して、クロードの後頭部を片手で掴み、無理やり左膝を叩きこむ。
「おっと」
しかし、無理な姿勢からの膝蹴りはクロードの体勢を崩すには威力が足りず、結局クロードに組み伏せられる形で地面に叩きつけられる。
「ガッッ!!」
地面に叩きつけられた衝撃で、一瞬呼吸が止まる。
「発想は悪くなかったぞ?」
余裕の笑みを浮かべるクロード。対し俺はぜぇぜぇと息を上げている。
拘束していた手を離し、俺の腕を取って起き上がらせる。
「もう少し姿勢を意識してれば、勢いもついて俺の体勢が崩れてたかもの」
「・・・・・でも、ダメだった」
若干不貞腐れ気味に言うとクロードは、ははっ!と笑う。
「言ったろ?発想は悪くないって。まあ、姿勢を意識することは今後の課題だがな」
「ハァ~課題が山積みだ」
「それを一個ずつ消化していけば、出来るようになるさ」
「そう言うもんか?」
「そう言うもんだ。さ、続けるぞ」
そうして太陽が真上に昇るまで組稽古が続いた。
♢ ♢ ♢
訓練を終え、俺達はコークさんの店で昼食を採ることに。
コークさんの作る料理は相変わらずどれも美味しく、ついつい食べ過ぎてしまう。
出された料理をあらかた胃に収めてお茶を飲みながら体を休めていると、不意にクロードが席を立つ。
「うん?どうした?」
「ああ、そろそろ出かけないと、予定してる場所に着くころには夜になっちまうからな」
そう言って傍に置いていた荷物を纏める。
「大変だな。ハンターなのに追跡調査だなんて」
「まあな。組合からの依頼だし、報酬もいいから受けたわけだからな」
ハンター組合には様々な依頼が舞い込むらしい。それこそ魔物退治から迷い猫捜索まで、幅広くあるみたいだ。
「確か、『赤蜘蛛』だっけ?」
「ああ、奴らの拠点を探すのが仕事だ。可能なら討伐もってなっているが、それは奴らの規模がどの程度か調べてみないとやれるか分らんがな」
クロードはこうしてしばしば村を離れ、ここら一帯調査して回っているらしい。
どうやらその『赤蜘蛛』なる盗賊団が近くに潜んでいる可能性があるとか。
依頼を受けたクロードはこのノザル村を拠点に、その盗賊団を調査している。
その為、こうして村を数日空けることがある。
荷物を纏め、最後に愛用の大剣を担ぎ出発の準備を終え、最後に俺に向かって口を開く。
「さて、行くとするか。一週間ほどで戻るから、それまでに課題を終わらせておけよ?」
「分かってるよ。気を付けて行ってこい」
「おう!」
最後に威勢よく答えてクロードは店を出ていった。
「さて、俺もそろそろ行くとするかな」
俺は席を立ち、コークさんに挨拶をして店を後にした。
この後は教会で恒例の授業が待っている。
晴れ渡った空の下、教会に向けて歩みを進める。
が、爽やかな空の蒼さと違い、俺の気分と足取りは重い。
原因は分かっている。昨晩の衝撃が未だに残っているのだ。
訓練で身体を動かしている時は大丈夫だったんだが、やはり考える時間が出来てしまうと、自然と昨晩の事が浮かんでくる。
「・・・・・・・・・やっぱ、二人ってそう言う関係なんだよなぁ」
そりゃあ、あんな事していたら誰でもそう思う。
でも何時から?
いや、普通に考えて俺がここに来る前からだろうけど、そんな素振り今まで見たことなかったぞ。
「シェスタ可愛いもんなぁ。それにあのスタイルなら男は黙っていないだろうし」
村に若い男女はシェスタとテムロしかいないし、しかも二人は幼馴染。この結果はもはや必然なのだろう。
「でも、幼馴染は結ばれないと言うのがオタク界では周知のネタで・・・・・・て、現実はそうではないか」
少なくとも二人はそう言う関係なのだから、これは覆しようもない事実だ。
「はぁ~・・・・・いいな~って思ってたんだけどなぁ」
俺も男だ。シェスタみたいに可愛い事あんなことやこんなことを想像だってする。
ましてや異世界にいる今、漫画やアニメみたいに問題が発生して、それを俺が可愛い女の子達と一緒に解決。
そして絆を育んで、女の子達は俺にメロメロに、なんてハーレム妄想の一つや二つ考えてしまう。
そして大体一番最初に出会う女の子がメインヒロインで、物語が進めばルート確定。
だが、悲しいかな、現実は違ったわけで。
「はぁ~・・・・・本当、どんな顔してシェスタに会えばいいんだよ」
気まず過ぎて気分が重い。
何せシェスタのあんな淫らな姿を目撃したわけだし。
(・・・・・・・・・シェスタって、あんな声出すんだな)
テムロに責められ、淫らな声を上げるシェスタの姿が脳内に浮かび上がる。
潤んだ瞳、熱い吐息、艶めかしい肢体、口から洩れる淫靡な喘ぎ声・・・・・・・・
(俺がシェスタとヤレたら・・・・・・・)
そシたら、何モかも、滅茶苦茶ニ、アノ身体ヲ・・・・・
・・・・・・・・・いや、ダメだろ!
シェスタにはもうテムロがいるのに、何馬鹿な考えしてんだ俺は!!
「きっと疲れてんだ。だから変な事考えてまうんだ。うん、今日は家に帰ったらさっさと寝よう。そうしよう」
気が付けば止まっていた足を再び動かして教会に向かう。
結局、教会に着くまで俺の足と気分は鉛のように重いままだった。
♢ ♢ ♢
教会に着くと、子供達が元気に教会の前を走り回っていた。
「お、ソウジじゃん!」
「ソウジおにいちゃん、こんにちわ~」
俺が来たことに気付いた子供達が俺の元に集まってくる。
「よ、お前ら。今日も元気だな」
腰に抱き着いてきた最年少の女の子、チロルの頭を撫でながら集まった子供達の顔を見渡す。
「あったりまえだ!ソウジは今日も辛気臭い顔してんな!」
「うるさせぇよ」
このガキ大将、ジンは本当にもう・・・・・少しは歳上に敬う心がけをだな・・・・・・
等と考えていたら、俺の代わりに子供達の最年長のコロワが代わりに年上の威厳(拳骨)を生意気なガキ大将に見せてくれた。
「痛って!」
「こら!言ってるでしょ?ソウジさんにそんなこと言ったたらダメ!」
「は~い・・・・・・」
これぞ、天罰だな。これからはもっと俺を敬うように。
「こんにちは、コロワ。シェスタはいないのか?」
「こんにちは、ソウジさん。シェスタお姉ちゃんは今カジルおばさんの所にインクを買いに行ってるよ」
「そっか。入れ違いになっちゃたな」
シェスタがいないことに内心胸を撫でおろす。
頭の中がまだ、ごちゃごちゃしている状態だから、正直ホッとしてしまう。
「ねえ~おにいちゃん、あそぼ~」
腰にしがみついたままのチロルが服を引っ張って催促してくる。
「そうだな・・・・・・じゃあ」
一緒に遊ぶかっと言葉が出かけたその時、それを遮る様に別の声がこちらに投げかけられる。
「すまないが、私の手伝いを頼めないかな?」
そう言って教会から姿を現したのは、この教会の神父、モーガンさんだった。
「ええ~」
不満そうにその柔らかい頬を膨らますチロル。
「すまないねチロル。どうしても男手が必要でね」
「は~い・・・・・・おにいちゃん、また今度あそんでね?」
不承不承と言った感じに引き下がる。そんなチロルの頭をもう一度撫でて、笑いかける。
「ああ、今度な。その時はいっぱい遊ぼうな?」
務めた明るく言ってやると、それが功を成したのか、チロルは満開の笑顔を咲かせて頷いた。
「うん!約束だよ!」
そう言ってチロルは他の子供達の元へ元気に駆け出していく。
「すまないね、無理を言ってしまって」
「いえ、構いませんよ。それで、何を手伝えばいいんですか?」
「こっちです。付いて来てください」
モーガン神父の後に続いて教会に入る。
礼拝場の脇にある扉を通り奥へ。連れられてきたのは丁度授業をする部屋の手前の通路だった。
「ここから雨漏りがしていてね。私の身長では踏み台に乗っても届かないんだ」
天上を見上げてみると、確かに雨漏りがしていたであろうシミが浮いていた。
「頼めるかな?」
「分かりました。これぐらいなら自分でも何とかなりそうです」
「助かるよ。それじゃあ、道具を持ってくるから少し待っていてください」
しばらく待つと小脇に板と工具箱を持った神父が戻ってきた。
俺は部屋にあった椅子を持ち出して踏み台代わりにして修繕を開始する。
雨漏りの原因であろう亀裂に、樹脂を塗っていく。
それが終わったら今度は持ってきた板で蓋をする。
その作業を落ちないように椅子を支えて、作業を見守っていた神父が徐に口を開く。
「・・・・・・・・・時にソウジ。君は、何か悩み事があるんじゃないのかい?」
その質問に俺はビクっ!と肩を震わせ、作業の手を手めてしまう。
モーガン神父の顔を見れば、穏やかな微笑を浮かべてこちらを見上げていた。
その顔を見ていると、俺は自然と口を開いていた。
「・・・・・・・・・その、大したことじゃないんですけど、シェスタとテムロって、その・・・・・」
「恋人なのか、ですか?」
「・・・・・・・・はい」
椅子から降りて神父と向き合うと、神父は穏やかに語り始める。
「恋人か、と問われれば、実のところ分かりません」
「分からない?」
その返答に思わず首を傾げてしまう。
「ええ、二人の仲がいいのはこの村にいる人間なら知っています。おそらく恋仲であることは確かでしょう。ただ、二人はそれを誰にも言ってはいないのです」
「え?言ってないんですか?モーガン神父にも?」
「ええ。特に私には言えない事でしょうね」
「それは、どうして?」
「彼女が神に仕える身だからです」
ああ・・・・・・なるほど、宗教的な意味か。
元居た世界でも、神父やシスターは結婚とか出来なかったんだっけ?
あれ?でも結婚できる役職もいたような・・・・・詳しくないからよく判らん。
「『神に仕える者は、その愛を神に捧げる』と言う規律があるのです。人を愛するな、と言う訳ではないのですが、結婚などは出来ないのです。神父は結婚が許されず、修道女は純潔を守る。と言うのが一般的ですね。まあ、一部違う教会もありますがね」
そう言って笑うモーガン神父。
そっか、シェスタは確かまだ見習いって言ってたけど、修道女である事に変わりない。
見習いと言え、修道女であるシェスタが恋人がいるなどとは言えないわけか。
けど・・・・・・
「でも、みんな二人の仲を理解しているんですよね?その、咎めたりとかしないんですか?」
「そうですね・・・・・確かに、ソウジの言う通り本来なら咎めることが正解なのでしょう。ですが、私個人としては、咎める気はないのです」
「それは、どうして?」
疑問を投げかけると、モーガン神父はとんでもない返答を返してくる。
「私も若いころに、女性と愛を育んでいましたからね」
おいおい、とんでもないことカミングアウトしちゃったよこの人。
「ええ、っと・・・・・それって、つまり・・・・」
「はい、私には愛する女性がいたのですよ」
いいのか神父、そんなんで。
「当時は私は若く、ついヤンチャをしてしまって。はは」
はは、じゃねぇよ。笑いごとか?
「偶然知り合った女性と恋に落ちまして。それは仲睦まじかったと今でも思っています」
惚気かよ。
「しかし・・・・・」
フッと、先程まで笑顔で惚気ていた神父の表情が一変。とても真剣な表情になる。
「私は、彼女を奪われたのです」
ドクンッと心臓が大きく脈打った。
「う、奪われったって・・・・・・」
「そのままの意味ですよ。他の男に盗られてしまったのです」
それを聞いた瞬間、脳裏に浮かぶのは俺を見下しながら笑う奴の姿。
「ある時、彼女から言われたのです。『将来の事を真剣に考えよう』と。その時は私は見習いだったのですが、念願の神父になるための本格的な修行の話が上がっていました。私は悩みました。このまま神を奉ずる者として、教会に残るか。教会を抜け、彼女と生涯を共にするか」
「それで、神父はどうしたんですか?」
「答えが出ないまま修行が始まり、彼女と会う機会が減っていきました。会えない分だけ彼女への思いが積もっていきました。だから、私は決意しました。彼女と添い遂げようと。・・・・・・ですが、答えを出すまでに、時間を掛け過ぎてしまいました」
神父の顔が悲し気に歪む。
俺はこの話の結末を察する。
何故なら神父は言っていた。『奪われた』と。
「気持ちを伝えに行った時、そこには別の男性が彼女の隣にいました。私は混乱しながら聞きました。『どうしてなんだ』と。すると彼女は『辛かった、耐えられなかった』と・・・・・最後にごめんなさいと言って、私の前から彼女は去りました」
そう言ってモーガン神父は悲し気に目を伏せた。
「全ては私が悪かったのです。彼女の事を愛しているのなら、全てを捨てるつもりで彼女を選ぶべきでした。それから私は、逃げる様に修行に没頭し神父になったのです」
「・・・・・辛く、なかったですか?」
答え等分かり切っているのに、聞いてしまう。
「ええ・・・・・とても・・・・・・」
当然だよな。
「今は運命だったと受け入れています。ですが、あの二人には幸せになってもらいたいのです」
「でも、それだとシェスタは修道女を・・・・・」
「ええ、辞めなくてはなりません」
ですが、と。
「もしシェスタが教会を辞しても、私は彼女達を祝福します」
シェスタの様な優しい子が辞めてしまうのは残念ですが、と苦笑する。
「人にはそれぞれ『愛』の形があります。私はその形を祝福し、見守っていこうと、神父になった時、神に誓ったのですよ。それが例え、どの様な形であったとしても、ね」
そう言ってモーガン神父は笑うのだった。
♢ ♢ ♢
それから、雨漏りの補修を済ませたころにシェスタが教会から戻ってきた。
シェスタと顔を合わせるのは気まずかったが、何とか態度に出ないようにした、つもりだ。
授業を終え、家に帰るころには辺りも暗くなり、月が顔を出し、星が瞬き始めた。
夕食を終えて自室に戻りベッドに横になる。後は眠るだけなのだが、教会でのモーガン神父との会話を思い出して、中々寝付けない。
鎧戸の隙間から入ってくる月の光に目を向けながら、一人ベッドの上でモンモンと考え事をしていた。
「二人には幸せになってもらいたいとは俺も思うけど・・・・・・・ああ、何だかモヤモヤする」
良くしてもらっている二人には幸せになってもらいたいのは本心だ。
けど、それとは別に言い表せない感情が心搔き乱す。
(応援したいけど、応援したくないような・・・・・・何なんだコレ)
ベッドの下に潜り込ませている小物入れを引っ張り出し、その中を漁って一つの手の平に納まる程度の小さな箱を取り出す。
箱を開けると中には一つの指輪が収められていた。
指輪を取り出し、それを眺める。
「・・・・・・・・愛の形、ね」
その指輪の内側には英語表記で『美里』と刻印されていた。
そう、この指輪はあの日、美里に贈るはずだったエンゲージリングだ。
直ぐに取り出せるようにと、鞄には入れず、上着のポケットの中に潜ませていたのだ。
スーツはボロボロになっていたから捨てたが、充電が切れたスマホと、この指輪だけが唯一俺が所持している持ち物だ。
「あんな目にあったのに、いまだにこいつを手放せないなんて・・・・・本当に女々しい奴だな、俺って」
あの後、美里はどうしたんだろう?俺がいなくなって悲しんでくれているのだろうか?
それとも、あの男とまだ・・・・・・
「はぁ~・・・・・・本当に、馬鹿な奴だな、俺」
重くなる心とは裏腹に、指輪は月明りに月明りに照らされて、キラキラと輝いているのだった。
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