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「誰も、思いつかなかったのだろうカ。周りの者との位相でモ、充分運命は揺らぐものダ。失念していタ。占い師と呼ばれていたこの先代モ、そのまた前モ、周りの者のことなど思いにも寄らなかったのだろウ。……目まぐるしく変化シ、星辰は……ミラの星は、これまでより遥かに上回る、彼の適性を表しタ」
「ついてこイ、などとは言えないねエ」
「全員が頭を垂れテ、何としてでもついてきてはくれないかと伺うべき少女ダ」
呆気にとられていた全員の目が、イアに集中した。
「星が騒いだカ、それともただのわがままのつもりだったカ」
「イア、ついてきてくれないカ」
ゼロの目線は読めない。しかし、その目がイアの端正な顔を射抜いていることだけはわかった。
「お前、なんか……知ってたのか」
「……ボクは、ただ…………ミラが心配で。アワにも負けるようなミラが、無事でいられると思わなかっただけ……ボクよりもアワよりも出来損ないだったミラが………………もし、」
あまりに唐突に浴びせられる悪口に眉を顰める。視界の端でおばさんが慌てるのを見つけた。そんなこと言っちゃだめよ。
「もし、ついて行けるのだとしたら。そしてそれが、魔王を倒す……ううん、ミラを助けることになるんだとしたら……!……あと、ゼロ……さんが、それでもいいなら、……」
イアの口元がはくはくと動く。
「ついて行きたい、です……!」
「許可しよウ」
間髪入れず、ゼロはそう言った。
「異論はあるかイ」
「……はっ……しかし、儀式が」
「そんなものいらないヨ、もうやってるじゃないカ。もうあの祝福をこの子に振りかけるだけでいイ。日にちの調整までどんなに前から準備したと思ってル?あの祝福以外儀式なんてものはほとんど無駄だヨ」
「…………ですが、」
「ボクの知っている勇者のうち全テ、そんなもの受けずに発っていル」
「門出のときなド、もっと祝わレ、祈らレ、再会を約束するべきダ。なんだこの仰々しく中身のない行事ハ。もっと素朴デ、中身のある話をしたい者がどれほどいると思うのダ」
俺は天を仰いだ。ゼロが遣いに説教をしている。儀式そのものをいらないと言うなんてなかなかの……なかなかの肝の据わりようだ。
「粉をここヘ。祝詞だけでいイ。要らぬことはするナ」
「……はっ」
美しい鱗粉のような虹色の粉は、イアの頭に降り注ぎ、また同じように地面に落ち消えた。勇者への祝福が終わった。村長が恐る恐る人々を見回す。
ややあって、集まっていた人々が一斉に押し寄せてきた。歓声が混じる。その中に、アワもいた。
「イアが来るならお前も来いよな」
「俺は村の兵士になるからね」
「……ったく……うん、元気に、上手く、頑張って、やれよ」
別れのときですらしれっとした態度だ。
「もちろんだよ、上手くやる。商売もだし……警備とかも」
「おう、任せたわ」
「ミラにこんなに上から目線で頼られるなんて……」
わざとらしくくすくすと笑った後、こほんと咳払いをする。チラチラと俺に目を向けた。
「全部、聞こえてんだよ!!」
肩をどついていると、後ろから遠慮がちに肩を叩かれた。
「ミラ……様」
「ミラでいいっすよ、そんな今更」
「イア、あの子、邪魔にならないかしら」
「……正直…………すごく心強いです」
「それならいいけど……ひとつ、お願いがあるのよ」
「大丈夫です、ちゃんと守ります」
「そうじゃないわ。……そうじゃないの、………………もしあの子が……あの子がいることで、貴方が危なくなるようなことがあったら……何がなんでも、あの子を遠ざけてやってください」
「それは……えっと、ここに返す、というか」
「お前はいらない、邪魔だって、言ってやって欲しいのよ。何よりも貴方のために。……イアがそう言ったのよ」
「ミラくんに持っていかれるのは、父親としてはちょっと複雑だけどね」
ふんわりとした笑みを浮かべつつ、イアの父親も顔を覗かせる。
「私達との約束なんだ。あの子のせいでミラくんを殺したりなんかしたら、私達だって誰にも顔向けできない」
「おじさん……」
「よろしくね、ミラくん。なんて言ったらいいのかわからないけど……頑張れって言えばいいのかな。……頑張って、ください」
二人は俺に深深と頭を下げた。俺もそれに負けじと頭を下げる。この人達は、たった今、娘を危険な旅に出すということを覚悟した。それなのにこんなことを、言ってくれる。この人達のためにも、魔王を倒したいと思った。こんなことを言える人が、この世界にどれだけいるというのだろう。そのうちの何人が、魔王に殺されなければならないのだろう。止められるなら、止めたい。俺にはその資格が、それに見合うための力が、備わっている、らしいのだから。
出口まで行列となった。村の出口に、俺の母さんと父さんは、いた。
「ミラ」
「……元気で、やれよ」
父さんからはこれだけ。俺の頭に手を置き、わしゃわしゃと乱暴に撫でた。力強い声と手の温かさに、涙腺が緩む。
「ミラ……」
「待ってる、から。何年経ってでも、帰っておいで。イアちゃんと、ゼロ様と一緒に。本当は……本当は母さん、魔王なんて倒さなくてもいいと思うわ」
「おい、お前……」
口の端を震わせながらそれでも笑顔を作りそう言った母さんを、父さんが小声で窘める。
「でも……。…………でも、それが貴方に与えられた使命なら……。果たしてきなさい。期待に、応えてきなさい。私たち、ずっと待ってるから。期待に応えて、……生きて。……どうか生きて、帰ってきなさい」
「…………うん」
「……無事を、祈ってる」
母さんの目から、涙が零れた。母さんは鼻をすすって、それでも笑顔を作った。温かい手が顔に添えられ、親指が優しく俺の頬を撫でる。だめだ、俺も泣きそうだ。
「……行って、きます」
泣いている人、泣くのを我慢している人、笑っている人、神妙な面持ちで俺を見ている人、静かに祈ってくれている人。
そのどれもが、昔から知っている、俺の故郷の人達の顔だ。
「……勇者ミラ!!使命を、果たして参ります!」
出発は潔く、晴れやかに。
遣いの人を先頭に、無言で歩く。イアとゼロが並んで後ろにいる。
森に入った。皆でよく遊んだ森だ。
我慢しきれなかった涙が、ひとつだけぽろりと零れて落ちた。
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