3-3

「誰も、思いつかなかったのだろうカ。周りの者との位相でモ、充分運命は揺らぐものダ。失念していタ。占い師と呼ばれていたこの先代モ、そのまた前モ、周りの者のことなど思いにも寄らなかったのだろウ。……目まぐるしく変化シ、星辰は……ミラの星は、これまでより遥かに上回る、彼の適性を表しタ」

「ついてこイ、などとは言えないねエ」

「全員が頭を垂れテ、何としてでもついてきてはくれないかと伺うべき少女ダ」


呆気にとられていた全員の目が、イアに集中した。


「星が騒いだカ、それともただのわがままのつもりだったカ」

「イア、ついてきてくれないカ」


 ゼロの目線は読めない。しかし、その目がイアの端正な顔を射抜いていることだけはわかった。


「お前、なんか……知ってたのか」

「……ボクは、ただ…………ミラが心配で。アワにも負けるようなミラが、無事でいられると思わなかっただけ……ボクよりもアワよりも出来損ないだったミラが………………もし、」


 あまりに唐突に浴びせられる悪口に眉を顰める。視界の端でおばさんが慌てるのを見つけた。そんなこと言っちゃだめよ。


「もし、ついて行けるのだとしたら。そしてそれが、魔王を倒す……ううん、ミラを助けることになるんだとしたら……!……あと、ゼロ……さんが、それでもいいなら、……」


 イアの口元がはくはくと動く。


「ついて行きたい、です……!」

「許可しよウ」


 間髪入れず、ゼロはそう言った。


「異論はあるかイ」

「……はっ……しかし、儀式が」

「そんなものいらないヨ、もうやってるじゃないカ。もうあの祝福をこの子に振りかけるだけでいイ。日にちの調整までどんなに前から準備したと思ってル?あの祝福以外儀式なんてものはほとんど無駄だヨ」

「…………ですが、」

「ボクの知っている勇者のうち全テ、そんなもの受けずに発っていル」

「門出のときなド、もっと祝わレ、祈らレ、再会を約束するべきダ。なんだこの仰々しく中身のない行事ハ。もっと素朴デ、中身のある話をしたい者がどれほどいると思うのダ」


 俺は天を仰いだ。ゼロが遣いに説教をしている。儀式そのものをいらないと言うなんてなかなかの……なかなかの肝の据わりようだ。


「粉をここヘ。祝詞だけでいイ。要らぬことはするナ」

「……はっ」


 美しい鱗粉のような虹色の粉は、イアの頭に降り注ぎ、また同じように地面に落ち消えた。勇者への祝福が終わった。村長が恐る恐る人々を見回す。


 ややあって、集まっていた人々が一斉に押し寄せてきた。歓声が混じる。その中に、アワもいた。


「イアが来るならお前も来いよな」

「俺は村の兵士になるからね」

「……ったく……うん、元気に、上手く、頑張って、やれよ」


 別れのときですらしれっとした態度だ。


「もちろんだよ、上手くやる。商売もだし……警備とかも」

「おう、任せたわ」

「ミラにこんなに上から目線で頼られるなんて……」


 わざとらしくくすくすと笑った後、こほんと咳払いをする。チラチラと俺に目を向けた。


「全部、聞こえてんだよ!!」


 肩をどついていると、後ろから遠慮がちに肩を叩かれた。


「ミラ……様」

「ミラでいいっすよ、そんな今更」

「イア、あの子、邪魔にならないかしら」

「……正直…………すごく心強いです」

「それならいいけど……ひとつ、お願いがあるのよ」

「大丈夫です、ちゃんと守ります」

「そうじゃないわ。……そうじゃないの、………………もしあの子が……あの子がいることで、貴方が危なくなるようなことがあったら……何がなんでも、あの子を遠ざけてやってください」


「それは……えっと、ここに返す、というか」

「お前はいらない、邪魔だって、言ってやって欲しいのよ。何よりも貴方のために。……イアがそう言ったのよ」


「ミラくんに持っていかれるのは、父親としてはちょっと複雑だけどね」


 ふんわりとした笑みを浮かべつつ、イアの父親も顔を覗かせる。


「私達との約束なんだ。あの子のせいでミラくんを殺したりなんかしたら、私達だって誰にも顔向けできない」

「おじさん……」

「よろしくね、ミラくん。なんて言ったらいいのかわからないけど……頑張れって言えばいいのかな。……頑張って、ください」


 二人は俺に深深と頭を下げた。俺もそれに負けじと頭を下げる。この人達は、たった今、娘を危険な旅に出すということを覚悟した。それなのにこんなことを、言ってくれる。この人達のためにも、魔王を倒したいと思った。こんなことを言える人が、この世界にどれだけいるというのだろう。そのうちの何人が、魔王に殺されなければならないのだろう。止められるなら、止めたい。俺にはその資格が、それに見合うための力が、備わっている、らしいのだから。



 出口まで行列となった。村の出口に、俺の母さんと父さんは、いた。


「ミラ」

「……元気で、やれよ」


 父さんからはこれだけ。俺の頭に手を置き、わしゃわしゃと乱暴に撫でた。力強い声と手の温かさに、涙腺が緩む。


「ミラ……」

「待ってる、から。何年経ってでも、帰っておいで。イアちゃんと、ゼロ様と一緒に。本当は……本当は母さん、魔王なんて倒さなくてもいいと思うわ」

「おい、お前……」


 口の端を震わせながらそれでも笑顔を作りそう言った母さんを、父さんが小声で窘める。


「でも……。…………でも、それが貴方に与えられた使命なら……。果たしてきなさい。期待に、応えてきなさい。私たち、ずっと待ってるから。期待に応えて、……生きて。……どうか生きて、帰ってきなさい」

「…………うん」


「……無事を、祈ってる」




 母さんの目から、涙が零れた。母さんは鼻をすすって、それでも笑顔を作った。温かい手が顔に添えられ、親指が優しく俺の頬を撫でる。だめだ、俺も泣きそうだ。




「……行って、きます」



 泣いている人、泣くのを我慢している人、笑っている人、神妙な面持ちで俺を見ている人、静かに祈ってくれている人。


 そのどれもが、昔から知っている、俺の故郷の人達の顔だ。


「……勇者ミラ!!使命を、果たして参ります!」


 出発は潔く、晴れやかに。


 遣いの人を先頭に、無言で歩く。イアとゼロが並んで後ろにいる。

 森に入った。皆でよく遊んだ森だ。

 我慢しきれなかった涙が、ひとつだけぽろりと零れて落ちた。

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