3-2

遣いたちが踵を返し、やがて村を出る道へ、皇都へ続く道に続く広場の出口に向かって歩き始めた。俺もついていく、ということらしい。最後の会話の時間はもう、ないということだ。


 その、時だった。


「お待ちください!」


 つい最近聞いた声。昔から語尾に鈴蘭のような涼やかさを孕む、イアの声。


「わたくしもついて行きます!」

「……は?」


 俺は思わずふりかえった。顔面蒼白なイアが、人々がかしずく中一人直立していた。

人々も顔を上げ、ぎょっとしてイアを見つめる。


「……何を、」


 緑色に塗られた瞼を最大限引っ張りあげ、遣いの目は見開かれている。


「わたくしはミラの幼馴染。彼の弱点から何から何まで、知っている者にございます!」


 俺はアワを探した。おい、こいつを止めてくれ。しかも何から何までとはなんだ。儀式中に顔をあげるな。


「……馬鹿をいうでない!召ばれているのはこの勇者、ミラ殿だけである!」


 遣いは厳粛という言葉からは程遠い荒々しさをもってイアを制した。


「イア!!」


 叫んだのは村長だった。


「不敬であるぞ!頭を下げよ!何も言うでない!」

「下げません!」

「首でも飛ばされたいか!!」


 気迫に、俺も肩を揺らす。頼むぜイア、やめてくれ。出発と同時に幼馴染の首が飛ぶ勇者なんて、どう考えたって勇者の器じゃない。村長の言葉に脅えたのは俺だけではない。怯んだのはイアではなく、イアの両親だった。

しかしその二人も、頭を上げた。


「この娘の願いを叶えてやってくださいませ!私共の目の前で、命は惜しくないと言い切った、この娘には覚悟がございます!」


「貴様ら全員頭を下げよ!」


 村長は激昂した。


 遣いも荒く息を吸い込んだ。今にもイアたちを捕らえさせる命令を下しそうだ。なんと言うべきか逡巡し、俺が割り込もうとしたとき。


 シャラリ、静かに、しかし圧倒的な鈴の音が響く。


「しばシ、待たれヨ」

「イアと言ったナ」


 俺の後ろにいたゼロが、イアの元に向かって動き出す。白装束からタロットカード、水晶玉、その他何か占いに使うらしい蝋燭や薬草、花を取り出し、宙に浮かせて。


「年はいくつダ?星ハ?母親の星ハ?父親もダ、父親の星は何ダ?髪は130くらい、、顔ハ……126と言ったところカ、目は243だな」


「おいゼロ、お前何を」

「決まってるじゃないカ」


「「みてる」んダ」


 イアは真面目にゼロの質問に答えている。


「適性がなかったラ、諦める気持ちにもなれるんだろウ?」


 イアはゼロの封じられた両眼を、まるで目が合っているかのように真面目に見つめた。そして、微かにコクリと頷く。


「おい……いい加減にしろって」


 なるべくイアを旅になど出したくない。そもそもなんでおじさんたちはイアが俺についてくることを許可したんだ。


 ゼロは俺の制止を気に留めない。カードをめくり、イアの頭に薬草を置き、水晶を食い入るように見つめ、……俺たちは置いてきぼりにされていた。一人だけ別世界に飛んでしまったかのように、ゼロは様々な……素人目にはなんだかわからないものでもって占いをしている。


「……星が、なんだっテ?」


 不意にゼロが低い声を出した。


「え、だから、、水種、陰星の山羊の」

「ミラ!」

「はい!」

「……お前の、星ハ、?」

「……土停、財星の蠍だけど……」

「………………」

「……なんだよ」

「…………イア」

「覚悟がほんとにあると言うんだナ」

「……はい」

「はいってイア、お前なぁ」


「良いだろウ、ついて来イ」

「……!」

「……はぁぁぁぁ!?」

「!?」

「良いのですかゼロ様!?」

 色を失って遣いが叫ぶ。

「この少女に占いは……!」

「あくまデ、勇者たる資格はナ」

「思ってもみなかっタ。そういう考え方もあるものだなア……」

「……畏れながら……何を……仰っているのか」


 緑に塗られた瞼が震える。遣いの目が泳いでいるのだ。


「そうさナ。ミラのときは、『国との縁』『魔王との推定の位相』『武勇に恵まれる星かどうか』をみたのダ。しかしこの少女……イアは『国との縁』『魔王との推定の位相』『武勇に恵まれる星かどうか』、そしてさらに……『ミラとの位相』を加えたのダ」

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