3 Departure

抜けるような青空だった。

 俺が旅立つ日、夜はまっさらに綺麗に透き通って、美しく明けた。


 村の中心の広場に、人々が集まっている。俺はその様子を、教会の二階から見ていた。


「ミラ、そろそろ」

「はい」

「……もうお前を、ミラとは呼べないのだな」


 村長の顔が翳る。俺は答えになる言葉を探せず、俯いた。


「……いや、変なことを言ってしまった。お気になさらないでください、勇者殿」

「……はい」


 村長の、苦しそうな敬語が身に染みる。そんな悲劇的に見送らなくたっていいじゃないか。


 青い甲冑、銀の肩当て、よく鞣されたブーツ、柔らかい襟。全て一ヶ月前に渡されてゆっくり慣らしてきたものだ。その上から、儀式用の白いローブを纏う。着せてくれた村長は俺の肩に手を置いた。俺より少し背が低い老人の顔が少し歪む。彼はその顔を無理やりいつもの表情に戻した。


「ゼロ様がいらっしゃる頃です」

「ここで待っていればいいんですよね?」

「はい」


 村長は俯いて部屋を出ていった。その後しばらくして現れたゼロ(絶対に敬称をつけるなときつく言われた)も、同じように白に金の刺繍の入ったローブを纏っている。相変わらず足元は見えない。


「おはよウ、ミラ」

「……あぁ」

「ぎこちないねェ」


 はい、と返事をしようとして慌てた俺にクスクスと笑い、ゼロは俺の隣に座った。


「もうすグ、呼ばれると思うヨ」

「下はそんな様子だったのか?」

「いヤ、これはただの勘」

「っていうか、ゼロはどうやってここまで来たんだ?」

「ずっト、ここニ」

「……はぁっ!?」

「安心しテ、着替えは見てないヨ」


 思わず浮いた腰を下ろす。多分……女?女だよな、そのはずだ。見られていたなんて言われたら後先考えず叩き出すところだった。


「もうすぐ、なのか」

「そうだねェ」

「怖いかイ」

「……どうなるか分からない、あと儀式が不安なのもある」

「リハーサルも何もなしだからネ」


 階下から凛とした村長の声が聞こえた。俺はゼロと顔を見合わせた。


 広場への道には村民がみんな集まっていて、教会から道の両端に並び、頭を垂れていた。粛々と歩く村長のあとを着いていく。後ろからの足音は聞こえないが、後ろにはゼロが続いてきているはずだ。


 広場の真ん中、都からの遣いがいるところまで進んでいくと、村長は跪いた。アストランからの使者も白いローブを纏っていた。三年前と全く同じ装いで、目元以外は白い布に隠れている。その目元は三年前とは違い、瞼が緑に塗られていた。アインス皇国の国旗の色だ。遣いは村長に何か小袋を渡した。跪いたままお辞儀をし、村長は村民たちの列に入っていく。


「ミラ」


 答えるべきか、迷った。俯いて黙っていた。


「そなたに、成功あれ」

「アインスに、光あれ」

「苦難を脱し、闇を退ける力を、ここに」


 遣いの声は続く。


「私たちからの餞別である」


 遣いは服の袂から小袋を取り出し、中から粉を俺に振りかけた。粉は俺に触れたあと、虹色に光りながら地面に落ち、雪のように溶けた。


「私たちが受けた屈辱を、負ってきた痛みを、そなたの力に」


「美しく強き勇者よ」


「優しく熱き魂よ」


「かの闇を浄化したまえ」


「その血潮で、その瞳で、かの闇を封じたまえ」


「アインスに光あれ」


「そなたに成功あれ」


「神よ」


「ご武運を」


「聖なる勇者に、守りを」



「アインスに光あれ」


 す、と息を吸い込む音がした。



「勇者に、成功あれ!!」



 頭を垂れていた俺は、導かれるような気がして顔を上げた。目の前には都からの遣い。周りには村民たち。


「勇者よ」

「貴殿の無事を、祈っています」


 こう、言われた勇者が何人死んだのだろう。


 口元が震えるのを感じながら、俺はゆっくりと跪く遣いたちを見ていた。

 遣いたちは長い沈黙のあと、立ち上がる。俺は惚けたようにその様子を見下ろしていた。


「旅立ちの、時です」


 

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