2-3


「……終わったの?」

「ラスボスみたいな言い方すんなよ」


 アワは呆れたようにため息をついた。


「お前ら、見ててもほんとにわけわかんない」


 はいはい回収、と俺から槍を取り上げる。何を思ったか、穂先をじっくりと観察し、つん、と指先で突いたあとに持ち直して俺に振り下ろした。


「っ!?」

「おっお前危なっ」

「おぉ、さすが」


 咄嗟のことに心臓が跳ね上がる俺と対照的に、アワは眉をひょいと上げてそう呟いた。


「さすがってお前な、今のやべえぞほんと……無駄に速かったし」

「手合わせする?」

「お前と、か?」

「うん」


 はい、と言って俺に槍を放り投げる。慌てて受け取ると、アワはポシェットから小枝を取り出した。右手でそれを持ち、蝋燭に火をつけるかのごとくそっと左手を翳す。ふぉん、と不思議な音がして、小枝はあっという間にゴツゴツした杖に変わった。


「本気でやる気かよ……」


 内心げんなりしながら俺も槍を構える。いやでも、旅に出たら何戦もするのなんて当たり前か。イアのあとのアワは強烈だが、これも訓練のひとつだ。


「……いくよ?」


 少し首を傾げるアワに、昔と変わらない……なんというかイラつきを感じる。どこまでも余裕そうだ。昔は実際、余裕で負かされていたけど。


 ゆっくり腰を落とす。アワの杖の先から銀色の光が渦を巻く。その中に確かに、黒い影。グチャグチャとおどろおどろしく蠢く。


「っ、相変わらず、悪趣味な魔法してんなっ!」

「昔からこれだったからね」


 影に追いつかれないよう、槍を回して黒い粒を拡散する。液体状にヒタヒタと動いていた影は小さい粒になって弾けた。


「変えようとか思わねぇの?」

「思わない」


「楽だし」

「しまっ……」


 俺の左手にしっかり付着する黒いもの。


「ァァァ気持ち悪い!!」


 皮膚を滑り抜け、冷たい泥が体内に入ってくるような感覚。悴んだようになって指を動かせない。覚悟を決めて俺は自分の左手に槍を突き立てた。鋭い痛みと引き換えに、泥が抜けていく感覚。体温を取り戻した左手は、今度は逆に槍に突かれた痛みを主張し始める。


 悶絶している暇はない。上から杖が振り下ろされる。咄嗟に槍を両手で持ちそれを抑える。鈍い音がして俺の両腕に振動が伝わる。力負けはきっとしない。けれど異常にしなやかに硬められた杖は俺を萎縮させるのには充分だった。


 今度は高い音を立てて飛んでいく俺の槍。瞬時、それを掴むことは諦めて、アワの股下を滑ってくぐり抜けた。俺の判断は功を奏し、俺は端の方で体育座りをしているイアの方になんとか避けることが出来た。でも二の手が取れない。


 アワはゆっくり近づいてくる。白銀の髪、琥珀色の目。高い窓から差す月光に眩しい。彼はもう一度杖を横薙ぎに振った。たちまち出てくる黒い影と銀の光。


「わかったごめん、降参!」


 俺は素直に音を上げた。アワのやつ、ただの商人になるくせになんだってこんなに強いんだ。


 アワは存外素直に杖を降ろした。


「ダメなんじゃないの、俺に負けてちゃ」

「……いや、お前、なんでそんなに強いの?」

「なんか……お前が出てったら村兵の頭領だし、歳的に一応……」

「そんな理由かよ……」


 差し出された手を取ると、アワは(なかなかに腹の立つ顔で笑いながら)引っ張りあげてくれた。


「楽しかった」

「そりゃどうも」

「一週間後、ちゃんと見送りに行くから。ほらイア、帰るよ」

「あぁ、待ってる。イア?」


 イアは放心したようにこちらを見つめている。


「目、開いたまま寝てる?」

「馬鹿じゃないの」


 近づいて屈んで顔を覗き込むと、イアは不機嫌そうに俺を睨みつけた。


「またね、ミラ」

「おう、またな」



 翌日筋肉痛に見舞われたのは言うまでもない。でもイアとアワと戦ったことは、よっぽど普段の鍛錬より色鮮やかに俺の経験に残った。あと一週間、されど一週間。俺は筋肉痛と戦いながら、もう一度鍛錬を見直した。より厳しく、より正確に、身のこなしを学んでいく。


 旅立ちの日は、すぐ傍にあった。

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