2-2

「知らないだろ、ここで俺が毎日毎日どんな鍛え方してるか」


 真っ直ぐ目を見て言うと、イアはビクッとしたけど、負けじと睨み返してきた。こういうところは、昔から変わっていない。いつだって喧嘩で負けるのは俺だった。


 けれど三年分の地獄のような訓練を見てもいないくせに、俺の気持ちも知らないくせに、軽々に無理だなんて口にされたくなくて。


「譲らねぇぞ」

「馬鹿じゃないの」


 イアの目が光った。彼女は素早く瞬きをした。



「昔はアワにだってボクにだって負けてたくせに」

「村一番出来が悪かったんだよ、ミラなんて」

「それなのに魔王なんか倒せるわけない!」



「おいイア」



「それは昔の話だろ!俺は勇者になったんだよ!倒せるはずって、認められたからここで毎日毎日毎晩毎晩やってきたんだろ!」


「ミラ、落ち着けって」



 アワはイアの肩を掴んで下がらせようとする、けれどイアは頑として退かなかった。それどころか、


「手合わせしよう、ミラ」

「おう、さっき言ったこと、撤回させてやる」


「お前ら……」


 アワのため息は、もう聞こえなかった。俺は先程アワに見せた槍をひっつかみ、つま先で地面をしっかり捉えてイアを見据えた。


 確かに、いつだってどこだって、負けるのは俺だった。二人は強くて頭も良くて、俺より大人だった。アワと喧嘩して負けると決まってイアを巻き込みに行ったし、イアと喧嘩した時だってそうだった。学校でも二人は優等生で、俺だけは平凡以下の実力で、先生に心配されて比べられた。


 イアの青い魔力調整用の石が月光の下に光る。


 俺は勢いよく地面を蹴った。天井の低い蔵の中では思うようには動けない。けれどイアの背丈を追い越し、真っ直ぐ飛びかかれるくらいの余裕はあった。


 相手からの攻撃を受けるときは腰を落とす、太ももの内側に重心を置く。


 相手に攻撃をする、攻撃の用意をする時はその逆で、腹に力を込めたら腕で全身を引っ張りあげるようにイメージする。踵に体重はのせない。



 最初に教わったのは、こんな基礎中の基礎からだった。へっぴり腰の俺に、遣いは苦笑して、そのあと……地獄みたいな訓練が始まった。



 もっと跳びたいなら空中でなるべく小さくなる。適度なところで踏ん張るなら太ももから足先までに力を込める。自分の重みを増やす。


 俺は上手く体を捻りながらイアの背後に肉薄した。鋭く息をする気配のあと、素早いかかと下ろしが降ってくる。もう一度体を捻ってこれを避けた。一度近くにつけたら、後は退かない方がいい。近くにいた方が、特に魔法使いや長物使いが相手なら弱点を狙いやすいから。


 素早く槍を回してその力で体勢を立て直す。イアはまっすぐ俺の方に向き直っている。俺はそれを意識して、あえて視線を外した。肌いっぱいにイアの気を感じる。なんだか懐かしいと思った。昔はぴりぴりと痛かった。今もそれは変わらないけど、それに耐えるだけの力も心も身についた。成長なのかな、と思う。


 イアは、誘いに乗った。青い石から光線が放射される。俺は身をよじってこれを避けた。予想外だったのは、その光線が連射されたことだ。


「っ」


 太さも長さもまばらな光線が次々と襲ってくる。俺は心の中で叫びながらその全てを何とかやり過ごした。槍を支点にして飛び上がり、髪の先を掠る光に心臓が跳ねるのを堪える。右脚、左手、首、頭、左脚。槍。左手首。ペースが掴めた頃で、右足首に激痛が走った。


「~っ!」


 思わず声にならない叫びを上げる。骨の芯まで、雷に撃たれたように重い痛みが襲う。骨の温度を感じるほど。熱さが沁みる。


「っぅぁっ」


 イアは見たこともないほど冷酷な目をしていた。


「ほら、やっぱりミラには無理だよ」

「っいってぇもんは、痛えんだよ!!」



 渾身の力を槍に込め、飛び上がる。


「!?」

「リカバリーが早くなるって、それだけだ!」


 空中で腕を引き、槍を構えた。地面に近づいていく、風が耳元を吹き上げていく。俺の左手はしっかりとイアの右肩を捉えた。


「っふ」



 寸止め。



 俺の下で、イアは目を見開いていた。ぴかり、月光を反射し翡翠の目が瞬く。


「……ごめん」

「……わかればいいんだよわかれば」

「……嫌いになりそう」

「ひでぇな」


 イアは悔しそうに眉根を寄せたあと、くしゃりと笑った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る