1-3
おいおい、これじゃほんとに俺がなにかやらかしたって感じだ。
「目隠しをさせてもらう」
拒否権は全くないようで、滑らかな生地の布が頭に巻き付けられた。
「我々に着いてこい」
俺の手を自分の肩にかけさせ、歩き出す。俺は必死に集会所の様子を思い出して、転ばないように男達の肩を掴みながら歩いた。入口には階段があったはずだ。足の感触を頼りに現在地を量る。もう集会所の中に入ったようだ。扉が開く音が聞こえなかったのは、最初から開け放してあったのかもしれない。何歩だろう、数メートル歩いて歩みが止まる。俺も立ち止まった。ぐい、と引っ張られて屈まされる。
「お連れしました」
男の声はくぐもっていた。もしかしたら、男達も屈んでいるのかもしれない。
「行っていいヨ」
違う声がした。俺の真正面から。アクセントに特徴があって、割に高い声だった。でも変な感じはしない。なんとなく落ち着いた気分になる声だ。
「君ガ、ミラだネ」
「……は、い」
周りから男の気配が消えて、扉が閉まる音がして、それからたっぷり時間をおいて、目の前の何者かは話し出した。
「先月誕生日を迎えテ、十三になっていル」
「はい」
「……目隠しを取っテ」
「いいんですか」
「いいんだヨ、意味の無いことだしネ」
『意味の無いこと』目隠しが?目の前の何者かは笑っているようだった。呆れたように。
「と、取りました」
なんとなく躊躇われて頭は下げたままである。
「顔もあげテ」
そっと、顔を上げた。
結婚式の時には司祭が、葬式の時には僧侶が立つ壇になった場所に、俺と同じくらいの背丈の人が浮いていた。
壇の上にいる……立っている、ということでいいんだよな。それなら、この人は結構背が低いことになる。そして何よりも特徴的なのは、その人の目にも目隠しがしてある事だった。何やら訳の分からない異国の文字が書いてある、呪符みたいな目隠しだ。
「ミラ」
口元は笑っていた。
「うン、やっぱりキミだネ」
何も言えずにいた。目隠しの奥から確かに、その占い師は俺を見ていた。
「ミラ、キミが勇者になったんダ」
「……え?」
「キミは三年後、魔王を倒しにこの村を出なければならなイ」
声も出ない。突然すぎるだろ、これ。
俺は集会所の中で硬直して、目の前の占い師を見ていた。
占い師は心底面白そうに笑った。二人だけの集会所に占い師が笑う声だけが響く。
「ボクはこういう、カードで占うんだ」
紫色のローブの胸元に縫い付けてあるポケットからカードを何枚か取り出した。
「アンファング村の少年。今年十三になる鉄紺色の髪の少年。家業は農業。彼に槍を与えたとキ、世界は救われル……」
「可能性ガ、高イ」
「そう出たんダ」
「家族は……?」
「置いていくことになるネ」
「俺だけで、村を出るのですか……?三年後」
「あァ」
「……不満そうな顔をしてるネ」
「そりゃあ、だってたったのひとりで」
「ミラ」
なんとなく、目隠しの向こうで悲しそうな目をしている気がした。
「今まデ、たくさんの勇者が同じように旅に出たんダ。魔王の影響は知っているだろウ。長い間、ボク達は魔王に怯え続けて暮らしていル。村ごとなくなったり、魔物に襲われて死んだ者も沢山いル。誰かが魔王を滅ぼさない限り、ボク達はずっと恐怖と共に生きていかなければならないんダ」
占い師は諭した。俺の可能性に掛けるしかないのだと。でも俺の肩にかかるには世界は広すぎて大きすぎて、すぐ肯けるようなものではなかった。
「キミが行かないなラ、新しいキミの代わりになる勇者が生まれるのを待つしかなイ。どうカ、引き受けてくれないカ。それまでこの世界を無防備にする訳には行かないんダ。気持ちは分かるけド、倒して帰って来れたならバ、村人達とはまた会えル」
「というか少年、受けてくレ」
占い師の声に切羽詰まったものを感じて、俺は顔を上げた。ステンドグラスから漏れ出た光が占い師の赤茶色の髪を金色に光らせていた。
「自分の力が信じられないというのなラ、いくらでも試させてやル。ちなみに旅にはボクも着いていク」
「おま、……ゼロ様が?」
「あァ」
「力があるもの全員を総動員しテ、魔王に立ち向かうんダ」
そして彼女……多分、女性であろう……は、また1つ、なにか骨のようなものを取り出した。
「魔物の中でも中ランクのものの骨ダ。普通の人が触ったって割れないガ、君なら触れるだけで折れるはずダ。それが君が神に選ばれたことの証明、これまでの勇者もその力を確認してきタ」
つまり、触れろ、ということだろうか。触れて、折れなかったら人違いが証明できる。俺はまだ自分にそんな素質があると信じていない。魔王を倒したらそれはかっこいいことだと思うし、困っている人々を見殺しにすることになると言われると俺がなんとか出来るならしたいと思う。でもそれのために旅に出ろと言われたら知らないふりをしていたいとも思う。あれ、俺、旅に出たいのか出たくないのかどっちなんだろう。出たくないのは俺のわがままな気もする。出たいのは俺のちっぽけな憧れの気もする。
とりあえず、触っても何も起きなければいいんだ。
目の前の占い師は、朝の光で髪を煌めかせながら俺を見つめていた。その口元は固く結ばれていて、何処か哀しそうにも思えた。
俺が触れると、骨はほろりと崩れて粉になって、占い師の手の中に落ちた。
あぁ、壊してしまった。折ってしまった。
その思いと、確かに、
あぁ、俺には力があるんだ、という思い。
俺は占い師を見つめた。占い師の口は少し開いていた。
「ミラ」
「……はい」
「………………お受け、いたします」
相反する思いの、後者が勝った。
集会所を出てからはまっすぐ家に帰った。泣き腫らした目の両親がいた。俺は勇者としての修行をこれから3年間沢山して、16になったら村を出ることになったようだった。
昼間になって広場に行くように言われ、出ていくと村長と、村民達が集まっていた。イアとアワもいた、人に話しかけられているうちに見失ってしまったけど。
俺はそこで初めて、ミラは勇者としての責務を負ったのだと、俺はただの村人の子供ではなくなったのだと実感した。ステンドグラス越しの朝の光に照らされて見つけた俺の使命は、やっぱり大きくて、現実味がなかった。灰のようになってしまった骨を思い出した。これからたくさんのものと戦って、ああいう風に骨を見ていくことへの、期待のようなものを感じた。なんとなく体が軽くなったような気もしたのだ。
俺はその後、急遽建てられた蔵を修練場とし、毎日槍の扱いを学ぶことになった。
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