僕は今日彼女と決別する
色彩 絵筆
太陽がカンカンに照りつける夏の昼下がり、僕はある場所へと向かっていた。
見上げる空は雲一つない青空、周りは開けた道路という様相で日陰と言う逃げ道は存在してはいない。
気温は38度を超える猛暑日で水やスポドリといった。飲料物を携帯していなければ歩いているだけで、倒れてしまうことだろう。
そんな中だというのに身体というのは不思議なもので、この日の僕はまったくといって差し替えないほど暑さを感じることはなかった。
寧ろ、寒いとさえ思う。ああ、でもない。こうでもない。といろいろな文言を考えるが思い浮かぶのは堀田恵の冷たく冷徹な表情だった。
堀田恵と初めて出会ったのは、大学入学したての頃に友達の誘いで行った飲み会の席でのことだ。
飲み会とはいったが、どちらかと言うと合コンの側面が強かったらしい。
行ってみると4:4の男女比で女の人に免疫がなかった僕はすっかり取り残されてしまい。発言に対しての相槌を打つだけの機械と化してしまっていたことだろう。
酒だけが進み酔いだけが回っていった。
そのときの周りの会話の内容は全くといっていいほど覚えていないがひとつだけ覚えている会話があった。
『僕と付き合ってください。』
『……。いいよ。』
友人にそそのかされて発言だった。酔いが回っていて何も考えていない時の言葉だった。
が、紛れもなく自分のしたプロポーズだった。
そして、それに対する堀田恵の信じられない回答だった。
これが僕と彼女の出会い。
ここだけ切り取ると、ドラマや恋愛漫画でありそうな展開に見えなくもない。
しかし、現実はそうじゃなかった。堀田恵はどこにでもいる学生だし、僕もどこにでもいる冴えない学生だ。これからの劇的な展開は望めない。
彼女との関係は週1で喫茶店かファミレスで談笑(一方的)するかメールでやりとり(一方的)するくらいだ。
これが恋人との関係かは恋愛をしたことがない自分にはわからないがなにか違う気がする。
それに彼女は怖いのだ、発言を間違えると『は?』と威圧してくるのだ。
おちおち発言もできやしない。そんな関係が1か月も続いていた。
正直に言って限界だ。
だから僕は今日、彼女と決別する。
気がつくと待ち合わせ場所についていた。
扉を開くとベルの音と同時に中の冷え切った空気が肌に触れ、外は暑かったのだと自覚した。
「いらっしゃいませ、あちらへどうぞ」
カウンター越しに店長が席を指定する。その席には彼女が既に座っていた。
この店には堀田恵と何度も来ているためセットで覚えられているのだろう。
彼女は机に肘をつけながら暇そうにスマホの画面を眺めていた。
僕はアイスコーヒーを注文し席に着く。
「ごめん、遅くなって。」
「ほんとに、もうクリームソーダなくなっちゃったよ。」
机の脇には空になったグラスが置かれている。
「あはは……。ほんとにごめん。」ともういちど謝っておきながら
『今、待ち合わせの10分前なんだけど』と心の中で思った。口には出さない。
彼女は「まあ、いいけどねー」といいながらスマホに何かを打ち込んでいった。
どうやら気分を害したようではないようだ。
そんなやりとりをしていると頼んでいたアイスコーヒーが運ばれてくる。
カラリと中の氷が音をたてテーブルに置かれる。
「ごゆっくり。」と店長が言う。
「あ、ういんなーコーヒー?お願いします。」
「アイスでよろしいですか?」
「はい、それで」
その言葉には少し驚かされた。
前に彼女は苦いものは苦手だと言っており、喫茶店で注文するものは決まってソーダ系だったからだ。反射的に口を出してしまう。
「コーヒー注文するなんて珍しいね。」
「そ、そんなことないけど?たまに飲みたくなんの。」
「え、前に苦いもの苦手だって言ってなかったっけ?」
「んーんー、気のせいじゃないかな?」
そうだったか?どうやら記憶違いだったらしい。
僕は冷たいコーヒーを飲んだ、スッとした苦みが喉を通り爽やかな香りが鼻を抜ける。
その心地よさに一気に半分も飲んでしまっていた。
やっと一息つくことができた。しかし、それが続くことはなかった。
「あ、そんなことより、この前ね。」
ここからずっと彼女の話を聞くことになる。
僕は失敗したと思った。つい、いつもの調子で会話を始めてしまった。
当初は、話の流れでいい感じのタイミングになったら切り出そうと思っていたのだがこうなってしまっては自分が発言するタイミングはない。
別れ話は、はじめに切り出すべきものだとこのとき僕は初めて悟ることができた。
10分くらい悶々と抱えながら、彼女の話を聞き流した。
「ねえ、聞いてる?」
彼女からそう聞かれ、ハッとした。
咄嗟に「別れよう!」と口にしてしまう。幸いはこの場に他の客が居ないことだろう。
二番目に考えた言葉だった。やってしまったと思った。
「は?」
彼女は想像通りの言葉を口にした。
その目は据わっており、とても冷たく思える。
瞬間背筋が凍る。蛇に睨まれた蛙のようにその場から動けなくなり彼女の言葉を待つしかなくなってしまう。
「えっと、それは私との関係をやめようってこと?」
「そ、そう」
はぁ、と大きなため息をつかれる。
「なに、もしかして私のこと嫌いなの?」
それは違う。
「話の長いめんどくさい女とでも思ってた?」
それはちょっと否定できないかな?
しかし、口には出さなかった。
はぁ、と二度目の大きなため息をつかれる。
彼女はカバンを手に取りカーディガンを羽織り店を後にしようとする。
「ちょっと待って」
彼女とわかれるだけならそれでいいだろう。
何も言わずに彼女を背中で見送り、別々の生活に戻るだけだ。
だけど、それはなんだか不誠実な気がして嫌だった。
なにより自分の告白から始まった関係だし、言ってから後悔するのはいつものことだ。
はぁ、と彼女は三度目のため息をつきながらも席についてくれる。
「で、なに。」
「僕は君とは釣り合わない、勉強はそこそこで、話もそんなにうまくない。特別何かできるわけでもないし、つまらない人間だ。僕が君から何かをもらうことがあっても僕から君にあげられるものなんてないし、恵さんが楽しくないんじゃないかって、話をするのがうまい人ならいくらでもいるし僕じゃなくてもいいかと、恋人っぽいこともできないですし、それと、あんな中途半端に告白してすいませんでした。」
後半はもう何を言ってるのかわからなくなっていたけど伝えたいことは全部言えたと思う。
多分。
おそるおそる顔をあげ彼女のほうを見た。
キョトンとしていた。冷たい目をしているわけでも、怒っているわけでもなく呆然としていた。
と思ったが急に『フフッ』っと吹き出し笑い始めた。
「ウケる。」小さくそう言った。目には涙まで浮かべしばらく笑い続けていた。
「わかった、あれね。うん、じゃあ、ひとつだけハッキリさせておいてあげる。」
「?」
彼女は笑いすぎておかしくなった呼吸を必死に戻しこう言う
「私はあなたのことが好きです。」
なにを言われたのかわからず、もういちど聞き返してしまう。
彼女は『ふふ』と笑い。
「例え、勉強ができなくても、話がうまくなくても、金銭的にザコでも、優柔不断で何も決められない。ダサいファッションの、あなたのことが好きです。これでもあなたは私のことがきらいですか?」
その言葉を聞いた瞬間、比喩でもなんでもなく胸が弾んだ。
「でも、今日はこれで帰るね。なんか妙に暑くて、またね。」
「ま、また」
そう返すのがやっとだった。
さっきの言葉が頭の中で反復している。
「あ」
恵は僕の耳元まで顔を近づけ最後にこう言った。
「恋人っぽいことがしたいなら私の家に来てもいいよ?」
彼女の吐息が、声を間近に感じさらに鼓動が加速する。
手をパタパタとしながら彼女は店の入り口のほうへ向かう。
最後に目にした彼女は半開きの扉の向こう側でこちらに向けて笑顔で手を振っていた。
扉が閉まりベルの音を最後に店内が静かになった。
それを破ったのはスマホの通知音だ。
恵からで『ごめん、ダサいファッションは直してほしい。』とのことだ。
僕は『こんな僕でもあなたの彼氏でいさせてください。』と送った。
返信は早かった。
『それはやだ。』
僕は息を大きく吐く、外にいてもこんなことはなかったのに今は身体中が熱い。
「お友達はおかえりになられたようですが……。こちらはどうしましょう?」
そう言えば恵はウインナーコーヒーを注文していた。
「あ、僕が飲みます。」
生クリームを少しコーヒーに混ぜ一息にあおった。
優しい甘さが口の中を見たし、熱い身体に冷たいコーヒーが沁み渡った。
僕は今日彼女と決別する 色彩 絵筆 @rasuku0120
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます