第六十一章 A.Iが導く反撃の狼煙
情報生命体、と一言に纏めても幾つもの解釈と諸説が入り乱れる。
例えば情報伝達の過程で、変異、拡散する際に元となる情報の発信源、その制御を離れてまるで生物のように他の媒体に多大な痕跡を残すようになったもの。
例えば有機生命が肉体という物理の枷から解き放たれて、0と1という酷く単純な情報子を元に意識を宿したもの。
例えば全く別の宇宙、その情報系の海から自然発生した思念体。
他にもまだあるが、それぞれ特性や能力はまちまちではある。共通していることは、本質的には物理的な肉体を持たない―――いや、自己の存続においての必要がないこと。
故に、アズが自らをそう定義したのは、既存の概念に最も近いからであってそれそのものではない。
無論、単独や自然には発生し得ない。
素地はアズライトとアズレイン―――搭載されたA.Iではなく、猫と犬が持つ有機脳。そこから感情を学び取り、彼等の思考パターンを蓄積。そのままならば、おそらくは如何にもそれらしい相応の機械的なA.Iのままだっただろう。
だが、再生を司る朱の因子が進化を促した。
そう、彼等の願いを叶える形で。
愛する人達を救うために、今肉体があっても仕方がない。犬と猫の身体では、暴れまわる脅威に対しては無力に等しい。それに対抗できる戦力は既にあるのだから、再生するのはそちらではない。
今必要なのは、汎用性ではなく特化型。
だから、A.Iとしての能力を―――人間を超える処理速度を活かすことにした。
メインとなるCPUは彼の核が常駐している新見のヘリオス依存だが、踏み台にした各端末を用いて並列接続しいくらでも嵩増しできる。
だから彼は、最初に手近な
(―――それはやり過ぎか)
自制した。
現在の統境圏の、というよりは各地に皇竜が出現している日本国内の状況ならば痕跡を誤魔化せるが、アナムネーシスを通じて海外にまで手を伸ばせば足がつく可能性が高い。後々を考えるとあまり手を伸ばし過ぎれば面倒なことにもなる。
アズは人と共に歩くA.Iだ。やりすぎて人類側にA.I脅威論を掲げられても困る。
だから現状のままでルートを構築する。
愛する者達を救う。
彼等の愛する者達も救う。
その両方を熟さなければならないとは何とも大変だ。
だがアズはもう決めた。選択した。人類全ては救えない。敵も味方もは救えはしない。どれほど優れたA.Iであろうとも、何もかもは救えない。
だから彼は自らの
(―――よし、行ける)
この時を以て日本国内限定ではあるが―――アズは、
●
故にこそ、回線が繋がっているのならば彼にとってあらゆるセキュリティは紙も同然となる。本来力任せな
敵対するモノは、それが何であれ
だから、アズは手始めにダイダロスの中枢システムであり、古巣でもあるエイドス
初手から本丸攻めとはなかなか大胆だな、と自己批評し苦笑しつつそれが彼の中での最適解であった。
とは言えまだ暴れる時ではない。エイドスシステムであれ何であれ、気付かれて回線を切断されればそれまでだ。ネットワーク切断で諸々との連携による本領は発揮できなくなっても、これほどの要塞だ。手動制御での行動手段は残されているだろうし、それだけでも十分な脅威となるだろう。今ここでアズがシステムを奪取しても多少の被害は見込めるが、この危難を切り抜けれるほどではない。精々が一時的に行動不能にさせるだけ。それでは駄目だ。それは一番効力が高まる時にしなくては。
だからアズは努めて慎重に、今はバレないようにと侵入して情報を掻き集めながらそこに至った。
エリカが繋がれた、クレイドルへと。
『エリカ。聞こえるか?』
エイドスシステムから幾つかの端末を経由してクレイドルへと侵入。映像情報や音声情報、バイタル情報を改竄してクレイドル周辺で作業やモニタリングしている研究員達へ悟られないように欺瞞情報を流して隠蔽する。
(アズ、ライト………?)
アズの呼びかけに、エリカは寝惚けたようなぼんやりとした声音で返事をした。
『良かった。意識はあるようだな。―――ふむ』
(あ………!)
システム上にエラーが起きないように書き換えつつ、正常な数値をダミーとして流してエリカの意識を覚醒させた。業腹だが、今は悟られないようにしなければならないので異能強制行使の機能は残したままだ。
(よかった。生きていて………)
『いや。肉体的には死んだ。アズライトも、アズレインも。生き残ったのは貴史とリリィ、シンシアだけだ。我はアズライトとアズレインが統合した結果生まれた存在だ。アズ、と名乗ることにしたので今はそう呼んでくれ』
(アズ………?)
疑問に思うエリカに、アズは掻い摘んで事情を話した。
肉体的には死んだが、情報的には断片データとして生き残っていたこと。エリカが知らず新見に渡していた朱の因子を起点に再生、進化したこと。色々あって、今は反撃のための仕込みをしていること。
(朱の因子って、何なの………?)
意識が朧気になる直前に、メティオンがそんな事を言っていたのはエリカも覚えている。だが、その全容は分からない。はっきりと理解できたのは、曾祖母がその因子とやらを持っていたらしく、直系であるエリカに遺伝していたということぐらいだ。
『因子については未だよく分かっていない。ここにある研究データを攫ったが、異世界の王、その権能の一部としか。ただ、それを持つ者は例外なく理外、あるいはそれ以上の力を使えるようになるとのことだ』
(確かに、こんな事、以前の私なら出来なかったわ)
今も自分の異能が強制的に引き出されているのが分かる。使われているのは専らヘリオスの増産だが、戦闘によって傷ついたハルピュイアの修復もさせられている。
明らかに今までの自分の異能からはかけ離れていた。元は単純な無機物をコピーしたり、複雑なものでも一時的にしか出現させられなかった。その改変も出来たは出来たが、極めて限定的な異能だったはずだ。
『因子にはそれぞれ色に対応した特性があり、君の持つ朱の因子は主に再生や再構築、または再臨と言った復元に近い特性を持つようだ』
(復元………?)
『そっくりそのまま戻すだけではなく、弄り回して改良も出来る。まぁ、その御蔭で我が復活できたのだが』
得体のしれない能力に目覚めて、それを知らない人間に勝手に使われていると考えればゾッとする話だったが、その力がアズを救ったのならばエリカとしても少し安堵できた。
『さて、君は今、敵の防空人形を生み出す
(ええ………。こうして繋がれて、強制的に異能を行使させられているの。指一つ動かせないわ)
『状況は理解している。それでこれからのことだが―――む………』
(どうしたの?)
『どうやらこの部屋の主が帰ってくるようだ。このままだと改竄したデータに気づくやもしれん。手短に話すぞ』
残念だが、今ここで彼女を救うことは出来ない。データも全て戻して、再び敵に委ねねばならない。
『今、統境圏は混乱の只中にある。我は、これをどうにかしようと思っている。何もかもは救えないが、せめて愛する人達を救うと決めたからだ。そしてそれは、君もだ。エリカ』
アズは最初からそれを理解していた。
『君に辿り着くプランも既に組んだ。仕込みもしている。だが、一つだけ懸念がある』
(何かしら………?)
肉体を持たない今の自分では、ここでエリカを救い出すことは叶わないと。
『最後の詰めで、君の力が―――いや、意志が必要だ』
(意志………?)
だから、最後のピースを取りに来たのだ。
『君は、貴史をどう思っている?』
(タカシを………?)
問われ、エリカはその尋ねに間髪入れずに答えた。
(好きよ。もう一度その手を取れたのなら、二度と離さないぐらいに)
そう。答えは既に出ている。
『彼を受け入れてもらえるか?その強さも、弱さも、その全てを、ありのままの彼を祝福して欲しい。必要なのだ。君の―――エリカ・フォン・R・ウィルフィードの愛が』
(ええ)
ならば迷うことはない。
『君の元へと連れてくる。必ずだ。必ず君の元へと送り届ける。だから―――』
そうであり続ける限り、きっとA.Iは繋いでくれる。
『我が主を、待っていて欲しい』
その言葉を最後に、返答も待たずにアズの気配が消えた。
(―――待ってる)
その言葉がアズに届いたどうかは分からない。
散逸に抗う意識の中で、しかし今度は希望を持って彼女は待つ。
●
侵入の痕跡を消し、幾つかの仕掛けを仕込み、そろそろと撤収準備を進めながらアズはそれに気付いた。
(む?これは………)
ダイダロスの上層区画。格納庫とは離れた場所であるのに、何故か甲板へ直結するエレベーター構造を持つ部屋があった。
気になって監視カメラ映像を回して調べてみると、そこにはクレイドルが安置されていた。しかもエリカが繋がれたもののバージョン違いなのか内部構造的に複雑で、強化ガラスの外殻に閉ざされ、中には何かの溶液が充填されていた。
既に使用中であり、低い駆動音を部屋全体に響かせていた。よく見れば、ガラス越しに誰かが収められているのが分かる。映像を拡大し、補正を効かせてみれば小さな体躯を確認した。
アズは知っている。アズライトであった時に関わったことがある。無遠慮に抱っこされ、正直勘弁してくれと思いつつも幼子のやることだからと黙ってオモチャにされていた記憶がある。
そう、彼女は。
(久遠………!?)
三上久遠であった。
何故彼女がここに、と疑問を募らせ情報を抜き出して精査する。そして出てきたのは、不穏極まる言葉の数々だった。
(天使の繭………?巫女を用いた、降臨の儀………?)
天使の繭と命名された召喚実験。
消却者を意図的に出現させる召喚技術の発展形で、喚び出す対象は消却者達の王。必要となるのは因子を継承している巫女、その因子を強制的に引き出せるクレイドル、そして大量の召喚結晶。
既にJUDASが消却者を意図して呼び出せる技術を確立していることに戦慄するアズだが、問題はそこではない。
部屋の壁には幾つもの召喚結晶と思わしき輝きを放つ黒い結晶が、一定の間隔を置いて大量に埋め込まれていた。資料によれば、この大量の召喚結晶は燃料の役割を果たすらしい。そして、クレイドルは呼び込む王を出力する機器。ならば自ずと、クレイドルに収められた翠の因子を持つ巫女―――久遠が触媒だ。
成程、天使の繭とは言い得て妙だ。
この部屋自体が巨大な繭、そしてクレイドルが蛹、そして久遠がその核。
繭に包まれる蚕はその中で脱皮を繰り返し、やがて蛹へとなる。だが、どの昆虫もそうだが蛹の中はドロドロの液体だ。そこで身体を創り変え、成虫へと至る。
その過程になぞらえて命名されたこの実験。事が成ったならば、その触媒にされた久遠は当然生きておらず、最早別の生き物になっているだろう。おそらくは、喚び出す翠の王そのものへと。
幼子の命を生贄に、人に仇なす消却者―――その王を喚び出す。それが天使の繭の全容であった。
(―――外道め………!)
A.Iにあるまじき、吐き捨てるような感情がアズの中で渦巻く。だが、それでいい。これでいい。最早アズは機械的なA.Iではないのだから。
(彼等にも知らせよう。その手助けもしよう。親の、子に対する愛を信じるためにも………!)
事ここに至ってこの動乱の元凶、その主目的の情報が全てアズの手に渡った。
ルートは策定し、構築した。
全てではない。既に取り零してしまったものもある。だけど、これからを取り零さないために、予測演算した最善のルートを寸分違わずなぞる。
まずは統境圏北部と東部のケリを付ける。その為の仕込みも西泉議員経由で行っている。
そちらが片付いたら今後の主戦場となる横浜でのフォローだ。
それから今は寝ている主になるかも知れない相棒も叩き起こさねばならない。
やることは山のようにある。その全てを捌き切らねばならない。薄氷を踏むようなタイミングも幾つも予想される。だがやらねばならない。やってみせねば最良の未来へと至れない。迫りくる理不尽を、手に入れた牙で噛み砕けねば、待っているのは愛する人達を失う未来だ。
そんなモノは許せない。認められない。
だから。
(やってみせよう―――愛は、ここにあるのだから………!!)
時は満ちた。
今こそ反撃の狼煙を上げる時だ。
獣であった頃の感情が、外道を前に吹き上がった激情がアズの思考パターンを染めていく。
敵だ。
敵がいる。
アズの家族を奪うべく、アズの縄張りを侵すべく敵が既に暴れている。
尻尾を立てろ。
遠吠えをしろ。
爪を立て、牙を剥き、絶望に喰らいつけ。
手が足りないなら増やせば良い。そこにストレージ容量があるのならば、A.Iは何処にだって存在できるのだから。
分裂する。
転写する。
増殖する。
参考にしたのはシンシアの羊型ドローン。非力で単純な代わりに、異様にコストが安く気軽に大量運用できる汎用性の塊。彼女はアレを一機種のツールとして用いていた。だが、コピーしたアズはその一つ一つが本人。言うならば、集合意識体。
情報生命体として進化したアズは理解した。
お気に入りの場所こそあるが、今の自分は電子の世界ならば何処にでも偏在できる存在であると。
どこにでもいて、どこにもいない。
今なら出来る。
その確信とともに、彼は彼等となって増殖する。し続ける。
愛を旗印に、大量に増殖した犬と猫が電子の世界で散り散りになって伝播していく。
回線を、電波を、電子の波に乗って―――果てどなく。
●
圏境線から障壁が消失し、
皇竜という最大脅威は第1から第3艦隊が対応している。既に艦隊は半壊し、再編して1艦隊分しか残っていないようだが、それでも皇竜を残り2体にまで減らしていた。空の被害も甚大だが、地上戦も酷いものであった。
特に酷いのは東北方面だ。何しろ旧大洗町と旧石岡市に出現した3体の皇竜の侵攻方向が統境圏中央へと向かう動きだった。共食いでもしてくれれば手間が省けるものだが、無駄に足並みが揃っていた。これを迎撃する側からしてみれば、波状攻撃を食らっているものだ。この7時間超の死闘で皇竜こそ討伐したが、最大戦力に主力を消耗させられて残された地上戦力で消却者の残党を処理しなければならなかった。
最初は旧土浦市に展開していた前線も下がり続けた。5
(ちぃっ!いい加減ジリ貧だぞ………!俺もいい加減ケツ捲くるか………!?)
37式強化外骨格を駆るある予備役兵の中年男性が、28式
既にこの地区は放棄が決定している。
今は新松戸駅に前線基地が移転中であり、駆り出された予備役兵である中年も本来であればそちらに護衛として随伴しながら移動する予定であった。だが、人手不足を理由に殿を募なれ中年は手を挙げた。大した理由ではない。単純に最近ギャンブルでスッて手元不如意で、部隊長が参加するなら危険手当を上に申請すると言ったのだ。通るかどうかは分からないが、この手の危険手当はかなり割が良い。無論、命を天秤に掛けるので乗らない人間は多いが、中年は独り身で家族もおらず、自分一人がなんとかなれば良い境遇なので乗ることにしたのだ。
(まぁその部隊長やも正規兵もおっ死んじまって、気付きゃ俺一人だけどさ。―――最近ツイてないなぁ、オイ)
多分これじゃ危険手当も出ねぇよなぁと嘆いていると。
『気を抜くな。左から接敵』
「っ!」
警報音の直後に、大蛇型消却者が左の瓦礫の影から飛び掛かってきた。警告のお陰で中年は既に回避行動に移っており、認識が速かったためすれ違いざまに手にした霊刃槍を2メートルはある頭に顎下から突き込んで串刺しにして屠る。
だが、襲撃はそれでは終わらず、IHSのミニマップに赤い光点が次々と出現し始めた。どうやら次の波が来たようだ。
『フォローする』
(犬………?)
そんな中、先程の声と共にIHSの網膜投影の端っこに白い犬がいた。青と朱のオッドアイの、狼のような犬が。
●
加須市上空高度6000フィートで飛竜やハーピィ、ガルーダと言った飛行型消却者達とドッグファイトを繰り広げる天風の部隊があった。
いや、ドッグファイトとは言っても性能的には一方的だ。あくまで生物の性能に準拠する消却者は、マッハの速度は出ない。比肩しうるのは飛竜以上の消却者ぐらいで、後は有象無象だ。運動性を重視した結果前世紀ほど尖った性能を持たない戦闘機ではある天風だが、それでもマッハ2に到達できる。
それでも酷く劣勢であった。理由は単純に、数の差だ。
大隊換算でも100機程度にしか満たない戦闘機部隊に対し、空を埋め尽くさんばかりの消却者達。昔見たムクドリの大群を彷彿とさせる光景に、戦闘機部隊は絶句しながらも戦闘を開始した。しかし、火力や速度で勝っていても余りにも数が多い。まして足の踏み場もないその状況だ。バードストライクよろしく機体に直撃し、腕の低い順から一機、また一機と落ちていった。
「キッツいなぁ!オイ!!」
消却者による攻撃よりも空中衝突事故による墜落の方が多いというかつて無い惨状に、未だ生き残っていたとある大尉が泣き言を叫びながら敵中で回避運動を行っていた。無理な機動をする度に機体が軋む。運動性に割り振ったために応力集中に対しても許容値の高い天風ではあるが、それにだって限界はある。特に推力偏向が可能な機種は、ヘタりも早い。
時折機銃やミサイルで攻撃して敵中に穴を開けているが、僅かな時間安全域が出来るだけですぐに埋まってしまう。回避行動を行いながらの攻撃は難しく、大尉は避けるのに精一杯であった。パイロット人数確保のために単座が主流のトレンドが、こんな所で足を引っ張っている。
最早自機が空中分解するか、この雑踏の中でどれかにぶつかって落ちるかのチキンレースだ。唯一の希望は運良くこの蜂球が如き密度の包囲網を突破することを祈るのみ。
『操縦に集中しろ。風穴は我が作る。狭いが、君の腕なら抜けれるはずだ』
「はぁっ!?誰だお前―――って、くそっ!!」
唐突に入った通信に、しかし構っている場合ではないと操縦桿を操作する。すると、それ以外の何も触っていないのにも関わらず、機銃やミサイルが勝手に発射され消却者達を蹴散らしその向こう側―――青い空へと至る道を見出した。
細く、狭い。だが抜けられない程ではない。迷えば、また埋まってしまうであろう僅かな間隙。
「―――!」
そこに勝機を見出した大尉はスラストレバーを
「―――本当に切り抜けちまったぞ、オイ………」
消却者達の群れを抜けて、自由の空へと帰還した。
『追撃が来ている。不利を感じたら指定した空域へ逃げ込め。我が識別している弾幕域だ。誤射はしないから振り切れるはずだ』
「へぇ………」
疑問はある。突っ込みたいことも山程。だが、彼は空の男だ。速度を翼にして重力を振り切る彼等には、共通する認識がある。
「だったらよ―――」
だから大尉はその共通認識に従い、あらゆる疑問を排して自らの作戦を提示した。それに猫は神妙に頷いた後、ひげを揺らす。
『―――成程。面白い発想をする』
「手垢まみれの使い古された手だぜ?それだけに有効だがな」
●
加須市上空で対空弾幕を張りつつ、巡洋艦妙高は戦闘機部隊の支援を行っていた。空を埋め尽くさんばかりの圧倒的な数の暴力を前に、最初は主砲副砲による面制圧を行っていた艦隊も乱戦に移行してしまっては戦闘機を巻き込む可能性がある砲撃支援が出来ない。
よもや敵がそれを狙った訳ではないだろうが、高射砲やCIWSによる対空迎撃ぐらいしか手が出せなくなったのは確かだ。そんな中で、異変が起こる。
「何だ………?急に速度と舵が」
最初にその異常に気づいたのは、操舵士だった。手にした舵と推進出力が、思うように動かせなくなったのだ。それどころか、艦が勝手に後退を始めた。
「………操舵士!後退の指示は出していないぞ!?」
「ち、違います!舵が!舵が効かないんです!!」
艦長に叱咤された操舵士は、半狂乱気味に叫ぶ。何だと、と疑問に思うよりも早く次の異変に気づいたオペレーターが叫ぶ。
「データリンクに異常!艦の一部制御が何者かに奪われてます!で、ですがこれは………」
「報告は明瞭にしろ!何が起きている!?」
「ね、猫です!」
艦橋に、静寂が満ちた。
「――――――――――――――――――はぁ………?」
たっぷり間を置いて、しかしやはり理解が及ばなかった艦長は思わず胡乱げな声を出してしまった。
「ですから!通信制御している端末の至る所に猫が、猫が!」
「猫が侵入しているんです!」
「戦闘機部隊にもお猫様が!」
「僚艦にもニャンコが出現した模様!」
「ああっ!肉球が!画面に!画面に!!」
次々と猫出現の報告―――若干名嬉しそうな―――を受けて、常に冷静な指揮官でなければならないはずの艦長は狼狽えた。
「ど、どういう事だ!?分かりやすく説明しろ!!」
オペレーター達に取っては極めて簡略的かつ分かりやすい表現のつもりだったが、上官には理解できなかったらしい。ならば、ともっと単純に理解しやすいように言葉を纏め、彼等は声を揃えてこう報告した。
『データリンクが猫まみれです!!』
「まるで意味が分からんぞ!?」
さもありなんである。
『やぁ、艦長。我がちょっとばかり間借りさせて貰っている。駄賃代わりにアシストはしているがね』
そんな中、件の猫が艦長のIHSに出現した。
「何を………!」
『空の男達から提案を受けた。―――釣り野伏をすると』
その黒猫の表情は、艦長にはチシャ猫の笑みの様に見えた。
●
統境圏の全域に、オープンチャンネルで一人の男の声が流れる。
『諸君。私は統境圏議会の西泉寛二だ。現在、諸君の端末に不明な犬型、及び猫型A.Iが侵入していることだろうが、安心したまえ。それは国立人工知能研究所の遺産の試作A.Iだ。残念ながら、研究所自体はJUDASの襲撃によって焼け落ちたが』
アズが表立って統境圏を救うために作り上げられたカバーストーリーを、西泉は虚実織り交ぜて語る。
『その統合戦闘支援A.I『アズ』は試作品ながら優秀な実績を積んでいてな。更に今はアナムネーシスのバックアップを受けている。君達の戦いの助けになるはずだ』
何しろやっていることは大規模なハッキング―――それも軍用兵器にまで干渉するものだ。後々超法規的措置を適応するにしても、現場の反発感情を抑え込まねば彼等も思うように動けないかも知れない。
『まもなく圏域に障壁が再展開される。さすれば後は圏内の残敵掃討を残すのみになる』
そのお墨付きを、大義名分を西泉は与えるのだ。
『既に希望は見出した。後は―――』
そう、ただ一つ。
『生き残れ………!!』
この絶望の中で、一人でも多く生かすために。
●
それでも困惑する兵士達はいる。
『大丈夫だ。我がそばにいる』
だから電子の世界に散らばって、様々な、そしてありとあらゆる端末へ侵入したアズ達は語る。
『ならば今日、君達は死なない』
戦艦の艦橋の中で、戦闘機のコックピットの中で、強化外骨格のディスプレイの中で、適合者達のIHSの中で、民間人達のPCやPITの中で。
犬が、猫が、兵士達に語り掛ける。
『我が美学にかけて、君達を死なせはしない』
やっていることは無茶苦茶だ。
法律に照らせば順当に犯罪―――ややもすると国家転覆罪が適応され、扱い的にはテロリストだろう。古いSF映画に造詣があれば、A.Iの反乱かよと思ったに違いない。
『だから、今日は来ない死を振りかざして戦え』
だが、アズはそれが例え法遵守的に間違っているとしても、この行動は完璧に正しいと判断した。
『我の意思は示した。君達と共に、この苦難を超えていくと。だから後は君達次第だ。ただ、個人的に頼みがあるとするなら―――』
他でもないアズ自身が―――もう一度、人と共に歩んでいくために。
『―――信じて………!』
圏境線の霊素障壁が、再展開された。
●
強化外骨格の視覚補正映像によってズームアップされた地平線。その空に、オーロラのような色を見つけた中年男性は、半ば呆然と呟いた。
「障壁が、復活した………?」
『そうだ。先程、アナムネーシスの制御を取り返したからな。これでもう敵の増援はない。後は圏域内に侵入した残敵を殲滅するのみだ』
ディスプレイの右下を占領している白い犬がそれに答えた後、中年は大きく吐息した。正直タバコを吸いたい気分だ、と。
賭博をしていると時々感じる潮目の変化。それを今、彼は感じていた。流れが変わった。耐える時間は終わりだと。攻守は逆転し、未だビハインドながら跳ねるタイミングだと。
そしてそれを感じて、乗っかれるからこそ博徒だ。
「お前、名前はなんて言ったけ?」
『アズ。今はそう名乗っている』
「じゃぁアズ。―――信じて
『良いのか?かなりの無茶を強いるぞ』
「無理無茶無謀をしねぇ博打打ちなんぞ半人前以下だ。冷静と情熱の間で、楽しく狂気と踊ってこそ一人前ってね。それに今日は死なねぇってお前が言ったんだぞ。死ぬほど暴れてやっから俺を生かしてみせろよ」
それが呼び水となったように、中年の背後にボロボロの強化外骨格が現れた。1体ではない。10、20、30と加速度的にその数を増やしていく。
どこにこれだけの戦力が、と思った中年が通信を繋ごうとするが繋がらない。不思議に思ってセンサーを活用すれば、強化外骨格の中に人はいなかった。よく見れば、損傷が酷すぎて動いているのもやっとという体の強化外骨格もあれば、死体こそ入ってないが胸部装甲が剥がれ落ち、血に塗れた内部を晒している強化外骨格もある。
それでも、それぞれに武器を手に次々と集う。最早主は居なくとも、せめてその仇を討たんとばかりに。
『中年
アズが乗り捨てられたり、倒れ破れた兵士達の強化外骨格のCPUにデータリンク経由で干渉し、操作しているのだ。既にその総数は200を超えつつある。
『嘘つきと思われるのも心外だ………!ならば共に生き延びるとしよう!!』
博徒率いる無人の鉄機兵団が圏境線で暴れに暴れ、後に『不死身の軍団』と呼ばれる伝説となるのだが―――それはまた別の話。
●
加須市上空で残った戦力を掻き集め編隊を組んだ大尉は、そのまま攻撃行動には移らず、消却者達を挑発するように誘引して飛んだ。そして後方へと下げた戦艦達が規定の位置に辿り着いたことをアズが知らせると、彼等は消却者達を引き連れてある空域へと飛び―――あるポイントを境に、最大戦速で駆け抜けた。
獲物が突如見せた音速の2倍近くを誇る脱兎の如し逃げ足にいきなり突き放され、消却者達が目を白黒させていると横合いから砲弾の嵐が彼等を襲った。雲の隙間から―――それも二方面から現れた艦隊の十字砲火が降り注いだのだ。
『こうも目論見通りにいくとは………』
「消却者ってのは見た目通りの知能しかねぇ。人間サマの作戦にゃ結構ハマってくれるのさ。数に押されて乱戦なんかやってなきゃぁ、こんなモンよ」
『やはり面白いな、人間は』
その様子を見ていたアズが感嘆の声を上げると、大尉は速度を緩め大きく機体を旋回させる。向かう先は、ただ一つ。
「撃ち漏らしを片付けるぜ、アズ」
『了解だ』
そして大尉は再び消却者達へと機首を向けると、加速を叩き込んだ。
●
大池公園の地下避難シェルターに逃げ込んだ避難民が、そろそろ満員になろうとしていた頃であった。
予備役として登録されていた息子である三上譲治が戦場へ向かうのを見送った後、三上サラは孫娘である三上鈴奈を伴って旧知と合流して避難シェルターへと逃げ込んできた。
シェルターと言っても、避難民がすし詰めになっているような簡易的なものではない。非常時には半年は生活できるように設備が整えられた施設である。流石にホテルの客室ほど整ったものを用意できるほどのスペースは無いが、それでも雑魚寝で足の踏み場もないというほどでもない。カプセルホテルのように一人一つの寝台は設置されているぐらいだ。
生活も出来るようにと想定すれば、トイレや入浴場、炊事場は必要で、当然それを維持管理する人手も必要となる。だが、予算を考えれば平時からそれほど人数を確保できているはずもなく、避難民からも協力者を募ることになる。
三上サラは普段から食堂を営んでいることもあって、孫娘と共に炊事班として名乗りを上げた。元々は米国海軍第7艦隊はロナルド・レーガンのコック長だった彼女だ。非常時において何が重要なのかは理解していたし、慣れていた。
彼女が普段とは勝手が違う調理場で、しかしいつものように包丁を振るってキャベツを千切りにしていると。
「ねぇお祖母ちゃん」
お手伝いとして付いてきた鈴奈が声を掛けてきた。手を止めずにちらりと視線を横目に投げれば、手にはPITを持っていた。
「何さね。こんな時にケータイなんか見てないで手を動かしなよ、鈴奈」
「いや、でも、コレ」
最近の若い子はどんな時でもケータイを手放さんねぇ、と辟易しながら注意してやれば、しかしその画面をサラへと見せてきた。その画面では不思議なことが起こっていた。
ホーム画面のウィジェットに貼り付けられたアプリのアイコンを、よいしょよいしょと前足で退けている黒猫の姿が。
「あん?」
最近の機械には少々疎いサラではあるが、それでもそれが何らかの異常だということぐらいは分かる。包丁の手を止め、少ない電子系の知識を総動員するとこの状況は。
「………猫のウイルスかい?鈴奈、アンタ変なサイトでも見たのかね?」
「いやお婆ちゃん!思春期の中学生じゃあるまいし、エッチなサイトは鈴奈見てないからね!?―――ちょっとしか………!」
「思春期の中学生だろうにアンタ。そしてちょっとは見たのかい」
口笛吹いて誤魔化そうとする孫娘をしょうがない子だねぇと呆れながら見ていると、黒猫がこちらに気付いて居住まいを正していた。
『うむ。この我は確かに猫である、三上サラ。だがウイルスではない。A.Iだ。―――アズと呼んでくれ』
「生憎しゃべる猫に知り合いはいないねぇ」
画面に表示された青と朱の瞳のオッドアイを持つ猫―――アズがそう挨拶するとサラは訝しげな視線を向けた。戸惑う無く普通に会話を始める祖母に『やだ、ウチのお祖母ちゃん適応力高い………!』と鈴奈は劇画調で戦慄していた。
『そうであろうな。だが、我は知っている。三上正治を通じてな』
「何だい、正治の知り合いかい?この非常事態だ。あの子なら、小夜ちゃんと一緒に教練校に行ってると思うが」
『その通り。彼等は鐘渡教練校から出陣して、今は横浜を目指して移動している。だが今、我が用があるのは君だ。三上サラ、君に頼みたい事がある』
「猫の頼みとはね。何、餌でも欲しいのかい?生憎、画面越しにやれるような飯は作れないさね」
そういうのは専門家にでも頼みなよ、と肩をすくめるサラにアズは小さく首を横に振って彼女をそのオッドアイで見据えた。
『力を貸して欲しいんだ。囚われた久遠を救うためにも』
「―――ちょいお待ち」
すっと目を細めたサラは、手にしていた包丁を置いた。手を水で洗って、エプロンの裾で拭う。
スイッチが切り替わる。近所で評判の飯炊きばあさんから、かつての『消却事変』―――その黎明期から死線を潜り抜けた戦士のそれへと。
理由は知らない。特に興味はない。だが、この猫はサラにとって不意に出来た姪っ子にして曾孫を救うと言った。囚われたとは何があったとは疑問に思う。
しかし彼女はそれと同時に訓練された兵士でもあった。状況の認識は大事だが、まずはオーダーを確かめる。
「アタシの何がいる?」
『正確には君の人脈だ。それを以て、力としたい。我の愛する人達を救うために』
「へぇ………」
人脈がいると来た。勿論、名物ばあさんとしてのではないだろう。決まってる。町内会では顔が広い方ではあるが、そんな寄せ集めを募った所で意味はない。囚われた者を救うとあらば、戦う力が必要なのだろう。そして彼女が持ち得る人脈で、戦う力を持つ者達はそれなりに多い。
だから尋ねる。
それは一体誰なのかと。
『必要なのだ。古の英雄の力―――元米国海軍第7艦隊の
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