第三十五章 New浪漫さー

 ある日の朝、登校のための身支度をしていると、毛づくろいをしていたアズライトが新見に声を掛けた。


「貴史。明日の夕方に時間はあるだろうか?」

「バイトも休みだからいいけど、何か用事でもあるの?」

「会わせたい奴と行きたい場所がある」


 ふぅん、と特段気にすることもなかったので軽く了承して、明くる日。


 新見がその日の教練を終え、寮に直帰するとアズライトが迎えに来ていた。手荷物を部屋に投げ込んで、適当な私服に着替え外に出る。すると寮の一階にある駐車場に国産高級車が止まっていて、アズライトはトコトコとそれに近寄って尻尾越しに新見を見て一鳴き。


 まさかコレに載るの?しかもリムジンタイプ………と恐々としていると、その運転席のドアに寄りかかってタバコを吹かしている赤髪の大柄なメイドにジェスチャーで乗れ、と後部座席を指を差され、恐る恐るドアを開けて乗り込んだ。


 そして、そこで見知った顔を見つけた。


「それで、何でレンまでいるのさ」


 生まれて初めて体験する高級車故の静粛性に若干感動しつつ、対面に座る見知った顔―――飛崎に胡乱げな視線を飛ばしつつ新見は尋ねた。


「色々あってな。一応、この娘の付添だ」


 ポムポムと隣に座る金髪の少女メイド―――シンシアの頭を撫でつつ彼はそう嘯いた。その妙に気安い関係を尋ねたくはあるが、それよりも彼女の足元に伏せって侍る大きな犬の方が気になる。


 一見してすわ狼かと驚いたものだが、その後に当人、もとい、当犬から丁寧な挨拶までされて絶句してしまった。先日アズライトが喋った時、きっと特班メンバーもこんな気持だったんだろうなと今更ながらに思ったぐらいだ。


「と言うか、その犬………」

「ま、そういうこった」


 しれっと肩を竦めて認める飛崎に、新見は呆れてしまう。


「ひょっとしてアズライトの時も驚いてなかった?」

「ちゃんと驚きはしたぞ。他にもいるとは思わなかったし聞いても無かったから」

「その割にはちゃんと初見みたいなリアクションしていたような………」

「伊達に歳は食ってねぇよ。腹芸の1つや2つはするさ」

「えぇ………」


 その狸っぷりに、思わず人間不信になりそうに成りながら、新見は自分のこめかみをグリグリとしながら溜飲を下げ、建設的な疑問をぶつけることにした。


「それで、何処に行こうっていうのさ。こんな高そうな車まで持ち出して」

「お前さん、電脳界ネットに関して詳しいか?」

「人並みには」

「情報統制官にも名持ちってのがいるだろう。その内の一人ん所だ」


 所謂二つ名持ちと呼ばれる適合者は、非戦闘系でも突出した能力と実績を示した場合に誰とはなしに名付けられる。戦闘系の方が分かりやすい実績と派手さで目立つが、後方支援系やそもそもメインとなる戦場が違う情報統制官にも名を轟かせている手合はいるのだ。


 統境圏にも何十人といるだろうが、新見とてその全てを把握しているわけではないし、そもそも情報統制官は畑違いだから殆ど知らないのが実情だ。だが、その人物をわざわざ尋ねに行く理由は何となくだが想像がつく。


「ひょっとして、アズライトのブラックボックスに仕掛けハックするつもり?」


 自分の膝に乗って所謂スコ座りをしているアズライトに視線を落とす。あいも変わらず悠々と顔を洗っていた。ここ最近、図太さと言うか図々しさとふてぶてしさが増した気がする。


「本人達の意志だからな」

「僕はその保護者って所か」

「いや、君の力も借りたいのだ」

「アズライト?」


 唐突に口を挟んだ黒猫に、どういうことさ、と新見が首を傾げているとアズレインが言葉を継いだ。


「拙者達のバックアップの保存先に、君の心臓を指定したい」

「―――何を」


 どくん、とそれこそ心臓が呼応するように跳ねた。誤魔化しを口にしようとして、言葉を口にする前にアズレインがより正確に告げる。


「正確には、君の心臓にあるヘリオスを間借りしたい」

「………」


 事ここに至って、誤魔化しや韜晦は通用しないのだろう。ずっと隠していた自身に秘密を暴き立てられて、新見は二の句を継げずに居た。


中村医師闇医者の所で、吾輩が君のカルテを勝手に読んだ。彼は結局解析できなかったようだが、吾輩達にはそのデータがあったのだ。何しろ、大本の製作者が一緒でな。アルベルト・A・ノインリヒカイトは知っているだろう?」

「あの天才がヘリオスを………?」


 その情報に、新見は眉根を寄せた。


 実の所、自分の心臓に埋まっている装置の由来や来歴を新見は知らない。立ち位置としては単なる実験体だったし、余分な情報は与えられていなかったためだ。知っているのは、この鋼の心臓の性能とスペックシート上での数値、それから何を為せるかだけ。


 彼の戦場で生き抜くためには、それだけ知っていれば良かった。


あのジジイメティオンの作品かと思ったけれど、違うのか………)


 それだけで何処かすっとした気分だった。


 あの外道のお陰で自分が生きながらえたのだと心の何処かで引っかかっていたからだ。確かに命は救われたが、それは実験に協力した日々で帳消しだ。この心臓が彼の作品でないのなら、それ以上感謝する必要もないだろう。そもそも、色々と苦しい思いもさせられた。元々感謝よりも恨みの方が多かったのだ。


 新見はふぅ、と深く吐息をして飛崎を見据えた。


「レン」

「何だ?」

「何処まで、知っている?」

「詳しくは知らんな。と言うより、SF絡みの話で儂が初見で理解できると思うか?」


 その返答に、新見は確かにと頷く。


 この男の戦闘能力にこそ今更疑義は挟まないが、現代社会での一般知識は欠陥レベルで欠落している。確かに半世紀レベルで前提常識に差があればそうなるかもしれない。


 だが新見は、飛崎が現代を心の何処かで拒んでいるようにも見えたのだ。理性の部分では理解していても、感情の部分が自分が生きていた時代にしがみついているような、そんな感覚。


(いや、今は気にしてもしょうがないか)


 飛崎連時と言う男の本心や本質は新見には知り得ない。


 そして彼自身もそれを胸に秘め、話すことはないのだ。ならば、気遣った所で仕方がない。今問題なのは、彼ではなく自分なのだ。


「ただ、お前さんの心臓の役割を極小規模の霊素機関が担っていることと、その心臓、ヘリオスの本来の役割は別の何かだって事はアズライトから聞いた。察するに、お前さんが異能を使えない理由もそれに関するんじゃないか?」


 自分の秘事を殆ど暴かれている。


 黙っていても仕方ないし、いつかこういう日が来るかもしれないと思っていた。いや、いつまでも異能が使えない状況でいられるはずもないのだ。


 猶予があるとすれば今年いっぱいぐらいだった。年を跨げば進路希望先を考慮した実習先選定考査が行われ、来年の4月には三年生―――つまり現場実習で実際の駐屯地に移り、鐘渡教練校は実質的に卒業だ。そこまでに身の振り方を考えねばならなかったのだから、実は余り猶予がなかったとも言える。


 それでも、新見貴史という少年は自らを行く末を定めることに躊躇っていた。


 自分が望む先は、適合者としてではなく、軍人としてでもない。ただただ、焦がれたあの場所に身を置くこと。例えその場所が戦場であろうと、あの自由がそこにあるのならば、それで良かったのだ。


 だがその望みも、タイムリミットが近づくに連れて薄れていく。夢を追いかけていると言うには消極的で、夢を諦めるには執着心がある。


 その狭間で未だ揺れ動いているのが、新見貴史という少年であった。


 そんな自分を情けないと自嘲しつつ、新見は飛崎を見る。


「ここまで来たらそんな立場にないことぐらいは理解しているけど、出来る限りオフレコで頼める?」

「いいぞ」


 割りと下手に出たつもりだったのだが、思ったよりも軽い返答が来た。


「別にお前さんの秘密を殊更暴きたい訳ではねぇんだよ。こいつらの面倒を見ている内に、たまさか知っちまっただけでな。黙ってろってんなら黙ってるさ」


 肩を竦める飛崎を、新見は信用することにした。


 そこまで長い付き合いではないが、この男はあまり細かいことは考えないことぐらいは理解している。


 そして美学という余人には理解しがたい人生観に寄って生きている。それに沿った、カッコいい自分や他人であることを良しとするし、そうで無いことに苛立ちを覚える類の人間だ。逆を言えば、それにさえ沿っているのなら他人にも随分譲歩するし、配慮だってする。


 その美学の中身こそ新見も聞いたこと無いので知らないが、何となく、素直であることは飛崎にとって好感度の高いことのように思える。


「僕は、元々はJUDASの実験体なんだ」


 だからこそ、新見貴史は全てをぶちまけることにした。


 始まりは、多分、小学校に上がる頃。もう朧気な記憶。しっかりとした記憶があるのは、白い病室のような部屋で他の子供達と玩具で遊んでいた記憶だ。


 日々行われる実験と教育。歳を重ねるごとに減っていく子供達。最終的に残ったのが、新見を含めて三人。それが本当の意味で生き残りであったのを知ったのは、随分先のことだった。


 三人揃って心臓の手術を受け、無事成功。その時に埋め込まれたのがヘリオスと呼ばれる極小規模霊素機関搭載の半永久機関。適合者を門、あるいは弁として、そこから流れ出る霊素粒子を水と例えるなら、ヘリオスは水車のような役割を持っている。細かい理論は新見自身も知らされていないが、その水車が生み出すエネルギー霊素粒子を用いてJUDASは特殊な兵士、あるいは兵器を生み出そうとしていた。


 新見はその初期の実験体だった。その副作用というか副次効果で、水車の動力の一部を流用し心臓の代わりにすることで、彼は心臓の病を克服したのだという。


 融人機検体番号213・ヘリオス弐号機搭載型。個体名称・貴史。TACネームはイカロスβ。それが新見貴史の割り振られた記号だった。


 そこから数年、実験体の三人と共に過ごし、特殊兵士融人機としての訓練と教育を受けて過ごす。


 変化があったのは、時々貰える余暇で映画を見ることが出来たことか。情操教育の一環で取り入れられた制度だったが、皮肉にもその情操教育によって、自分達実験体が異常な状況に置かれていることに気付いてしまった。


 そして、参号機搭載型の少年がこう言い出したのだ。




 外の世界が見たい、と。




 だから、新見とその少年で脱出計画を立てた。壱号機搭載型の少女には黙って。


 その少し前から、少女は段々と精神的に不安定になっていたからだ。昔は良く笑う普通の少女だったのに、その時には時々、スイッチを切ってしまったかのように無機質な言動を見せるようになっていた。それだけなら人格が出来ていく過程での試行錯誤のようにも見えるが、彼女のそれは二重人格に近いものがあった。


 その上、JUDAS―――いや、あの老人メティオンを崇拝するような言動を取っていた。おそらく、計画に巻き込むと裏切られる。そう判断するのもやむを得なかった。


 どうにか出来ないかとも考えたが―――所詮、戦うことしか教わってこなかった子供だ。カウンセリングや精神調整のいろはを知っているはずもなく、まごまごしている内に、とうとうその日を迎えてしまった。


「一昨年その機会が来て、友達と逃げ出した」


 その施設を統括している人間が、所用で空けたのだ。護衛も何人が引き連れていったので、施設自体は手薄だった。


 だから、新見達は自身の性能を存分に奮って訓練中に逐電した。


「だけど、追撃の手が激しくてね。最終的に振り切りはしたけれど、二人して大怪我した」


 だが所詮、実験体の身だ。施設や配置された戦力の全てを理解しているはずもない。思いの外追撃部隊が多く、新見達は劣勢を強いられる。その中には、壱号機の少女も居た。その頃には完全に機械のような性格をしており、人間味を失っていた。こちらに対する攻撃も、一切の容赦がなかった。


 慣れた訓練ではなく、本気の殺し合いをする中で―――新見は彼女に対する気持ちに気づきながらも、それ初恋を手放して破壊した。いや、心臓の役割を担う彼女のヘリオスを壊したのだ。殺したと言ったほうが正しい。


 追撃を迎撃し再び逐電、そして今度こそ振り切った新見達は、しかし互いに生きているのが不思議なぐらい損傷していた。何しろ互いにヘリオスが中破するぐらいには派手にやったのだ。文字通り虫の息であった。


「そのままだと二人共死ぬだけだった。それも悪くないかと僕は諦めてたんだけど、アイツは違っててね」


 参号機の少年は、自らの手でヘリオスを穿つと。


あの映画タイタニック号じゃ恋人同士での感動シーンだってのに、俺の相手は野郎かよ。まぁ、それもらしいか。じゃぁな―――生きろよ、兄弟』


 そう言って新見のヘリオスへと押し付けた。


 一体何が作用したのかは不明。だが、その行為がどういう現象を呼び起こしたかは理解できた。


「僕の欠けたコアを、アイツの欠けたコアで埋めて僕は生き延びた」


 新見の持つ弐号機と差し出された参号機は混じり合い、1つとなった。そしてそれは、今も新見の胸に格納されている。


「まぁ兄弟機だからそういった無茶も出来たんだろうけれど、やっぱり無茶だったんだね。今じゃ僕の心臓の肩代わりをするので手一杯で、本来の性能どころか異能まで使えなくなっちゃった」

「お前さんの異能は?」

「金属流体制御。主に霊素を金属へと変換して制御する異能だよ。特に珍しくはない汎用型だけれど、クラスExの適合係数が無いとヘリオスの出力を処理して能力を活かしきれないんだって」


 その後、意識を失った新見は海に投げ出され、湘南の海岸線に漂着。そこを偶然灰村に発見され、その庇護下に置かれた。


 灰村がどういう伝手を使ったかは不明だが、新見の戸籍が用意され、後は日本国の法律に従っている。つまり、異能は使えないが適合者であるから教練校に通う、という進路を取ったのだ。


 それが、新見貴史が今に至るまでの来歴だった。


「まぁ、それで、その僕のヘリオスをどうしたいんだって?」


 一通り話した所で、新見は一息ついてアズライトを見た。


「君のヘリオスの空き容量を外部バックアップ代わりに使いたい」

「それは構わないけど、わざわざヘリオスである必要性はないんじゃない?」

「既存のネットワークから切り離されていて、信頼できる独立性が欲しいのだ。現在、我々のデータを送受信するエイドス・セブンからの応答がない。もう一ヶ月以上アップデートされていないと言うことは、ここで防壁破りアタックをして万一データ破損すれば復旧できないだろう。我々の自我がどちらにあるかは分からないが―――」

「まぁ言わんとすることは分かるけど………」


 別にヘリオスである必要性はない。


 単に外部ストレージが欲しければ、そこらの家電量販店で買ってくれば良い。もっと容量が必要なら、それらを複数繋げれば確保することも可能だ。転送経由にネットが繋がっていないパソコンを使えば秘匿性も確保できる。


 わざわざよく分からないほぼワンオフの機械―――しかも殆ど壊れていてまともに動作しないヘリオスを使う理由が分からない。


 だが、犬と猫には明確な理由があるらしく、その4つの瞳にじっと見つめられ。


「分かった、分かったよ。どうせロクに使えやしないポンコツだ。心臓ヘリオスが止まらなきゃ好きにしてくれていいよ」


 とうとう音を上げた新見は両手を上げて降参した。そして、飛崎に視線をやる。


「それから、レンの事も聞いて良い?この間、クオンちゃんだっけ。あの子の時も思ったけど、君はこのメイドさん達とどういう関係なのさ」

「まぁ確かに、お前さんの秘密を知っただけだとフェアじゃねぇな。儂の秘密もオフレコで頼めるか?」


 頷く飛崎を、横合いからシンシアが引っ張って耳打ちした。


(レン、いいの?)

(いいさ。JUDASの実験体で逃げ出したって事は、アイツにとっても奴らは敵なんだろうし。何なら味方に引き込めそうだしな)

(怒られても知らないよ?)


 その時はその時、とカラカラ笑って、飛崎は新見を見据えた。


「儂は確かに傭兵だし、前職場はARCSなんだがな。―――今は、アローレインの経営者だ」

「は………?」


 告げられた言葉に、新見は一瞬、理解が追いつかなかった。


 アローレイン。


 それは新見も知っている。国相手に喧嘩できる何だかやべー傭兵団で、あのメイド喫茶がその出張店舗であることも、常識とまでは言わないがそこそこ有名な話だ。


 しかし、その経営者となると話は別だ。


 主に戦場や店舗に出てくるのは執事かメイドだけで、彼らが誰かに仕えているということぐらいは彼ら自身が言葉にしているので周知の事実だが、それが誰なのかは誰も知らない。身を隠すことで自身を守っているだとか、実は何人かの大富豪が経営しているだとか、そもそも主なんか居なくて架空の人物を作ることで運営を回しているのだとか、実しやかに囁かれている程度だ。


 その不明の主様が、目の前の男で、自分の後輩だという。


「マジ?」

「マジマジ。ま、儂自身は遺産を引き継いだだけなんだがな」


 横合いで小さなメイドさんがこくこくと頷き、新見は自分の行く末を憂う。


「―――僕、後で殺される?」

「アホか。お前さんJUDASにゃ恨みがあるんだろ?だったら仲間仲間」


 秘密保持のために殺されるんじゃなかろうかと恐々とする新見に、飛崎は呆れた表情を浮かべていた。


「そりゃあるけれど。―――本当だろうね………?」

「疑い深いなぁ。別に喧伝はしていないだけで、知っている奴は知っているぞ。まぁ、ウチの実力を知っている奴らばかりだから、勘気を買わんように口チャックしているみたいだが。………お、着いたぞ」


 車が止まり、運転席から赤髪メイドが降りて、客室のドアを開く。その恭しい行動に、本当に主様なのか、と新見は面を喰らっていた。


 だから聞きそびれたのだ。お前さん『も』と飛崎が自分と同一視していたことに。




 ●




『―――どうして毎回リアルで来るんだよお前』


 とある一軒家の玄関先。インターフォン越しに家主の呆れた声が響いた。


「今回は仕方ないだろう。ほれ、見えてんだろ?この犬と猫の頭ん中に破って欲しい防壁がある」


 閉ざされた門の前で、飛崎は監視カメラに向かってアズライトとアズレインを指さした。


『ネットに繋がってるんだろう?別にそれ経由でもやれる』

「そうなのか?」

「我々は基本無線接続だ。あまり推奨はしない」

仕掛けハックする時は有線ワイヤードで。犬猫の分際で、中々分かってるじゃないか』


 くっくっく、と含むような笑いがインターフォンから漏れ、飛崎は首を傾げる。


「んん?つまりは来てよかったんだよな?」

『言外に迷惑だって言ってんだけど?』


 これだからフェイス・トゥ・フェイスに毒された昭和世代は、と吐き捨てる家主に、シンシアが進み出て一礼した。


「ごめんなさい、LAKIラキ

『―――おい、子供を盾にするのは卑怯だろう』


 さっきまでの威勢はどうしたのか、急に言葉を詰める家主―――LAKIに彼女はこう続けた。


「『小さな羊飼いリトル・シェパード』だよ、LAKI」

『声から若いだろうとは思ってたけど………マジで子供かよ』


 それが何の意味なのかは横で聞いていただけの新見には分からなかったが、ふん、と鼻息1つついたLAKIの態度が軟化した。


『まぁいい。そんな所で突っ立ってないで、とっとと入れ』


 ガコン、と音を立てて門の柵が自動で開き、玄関ドアからガチャリと解錠の音がした。家庭菜園をしているのか、花畑と野菜畑の横を通って、家屋に侵入する。ちなみに、赤髪のメイドは車に居残りだ。男二人、少女一人、犬猫二頭がLAKIの牙城に挑むパーティのメンツだった。色物RPG感あるよね、と新見は苦笑しつつ着いてき玄関を潜る。


 広めの土間があり、小綺麗に片付けられていた。取り敢えず靴脱ぐかな、とスニーカーの踵を捩っていると、奥から人影が現れた。


 日本人だろうが、痩せぎすで日に当たったことのないような白い肌が妙に病的な青年だった。歳は新見よりも少し上だろうか。実年齢はともかくとして、外見年齡は飛崎と同じぐらいかもしれない。


「スリッパと濡れ雑巾持ってきた。犬猫はそれで足を拭け」

「相変わらず、綺麗にしてんだな。ネットジャンキーの住処なんぞコンクリート打ちっぱなしでゴミ屋敷一歩手前なのがサイバーパンクのお約束なのに」

「俺じゃなくて同居人の性格だ。でなきゃずっと引き籠もってたいってのに」


 用意されたスリッパに履き替えながら、新見がアズライトの四足を拭いてやっていると、飛崎がシンシアに向かってこう言った。


「分かるか?シンシア。儂がお前さんにたまには外に出ろって言っているのは、ああならないようにだぞ?」

「うん。ありがとう、レン」

「人ん家に上がり込んで早々に家主ディスるのやめてくれない?」


 意外と繊細なのか、青年は若干傷づいた様子でそう言って居住まいを正してからシンシアに向かって一礼した。


「―――リアルでは初めましてだな、『小さな羊飼い』。君には命を救われた。あの時の礼を言うよ」

「たまたまだよ、LAKI。それにお礼なら、またネットに乗ってない昔のプログラムコードを教えてくれると嬉しいな」

「そうかい。じゃぁ、また今度―――そうだな、Fortranで組んだ論理爆弾ロジカル・ボムとか教えてやるよ。今の言語に慣れた連中じゃ解析サーチする前にボン、だ」


 新見にはよく分からない単語が飛び交い、二人は楽しそうに笑った。何だか爆弾とかボン、とか不穏当な表現があるが、深く突っ込まないことにする。それは飛崎も同じだったようで、彼はアズレインの足を拭いてやりながらLAKIに問いかける。


「そう言えば、その綺麗好きの嫁さんは?」

「ああ、さっき夕飯作ってる最中に醤油が切れたってスーパーに買いに行った―――っていうかまだ嫁じゃねぇよ」

、ねぇ………』


 どう見ても新妻ムーブしている件の人物と手持ち無沙汰な新郎の様子に、飛崎とシンシアがニヨニヨとからかうような視線を向ける。


 それに耐えられなくなったか、顔を赤くさせながらLAKIは新見に視線を向けた。


「あー、一応初めましてだな、後輩」

「あ、はい。初めましてスケコマシ―――後輩?」

「一昨年から高虎の兄貴に世話になってんだろ?俺ともう一人は三年前からだ。だから後輩―――なぁ、今なにか不穏当な単語混じってなかったか?」

「多分気の所為でしょうリア充爆発しろ空耳ですよ」

「言った!今言ったよな!?」

「さぁ?入籍の前に耳鼻科に入院してきたほうが良いですよ?ついでに去勢されてしまえ」

「なぁ、レン。俺、後輩になんか悪いことしたか………?」

「お前さんは悪くねぇよ?いつまでも彼女作らないで童貞してる方が悪い」

「作らないんじゃない!出来ないんだ!!」

「あー………頑張れ?えっと、兄貴に頼んでプロを紹介してもらうか?多分格安で、運が良ければタダだと思うぞ?」

「それじゃ素人じゃないか!」

「ねぇ、レン。プロとか素人って何のこと?」

「お前さんにゃまだ早いかな」


 玄関先で童貞が騒いだことでカオスな状況になりつつあったが、それを黒猫が断ち切った。


「貴史。そろそろ肉球が摩擦で痛い」

「あ、ごめん」


 魂の主張をしながら拭いていたために思わず力が入ってしまっていたらしい。アズライトの苦情を受けて、新見は荒ぶる童貞ソウルをステイステイと鎮めた。


 取り敢えず上がれよ、とLAKIに促され、住宅の二階へと一行は足を進める。そしてお仕事場、と可愛くネームプレートが書かれた扉を開くと、中央に鉄棺ネットカプセルが鎮座する部屋へと案内された。部屋の中は空調を効かせているのか、肌寒く、壁三方にはチカチカと明滅する機械群が埋め尽くされていた。


 部屋の中央にある鉄棺がフルダイブ用の没入機械なのは分かるが、それ以外は全く新見には分からない。だが小さなメイドさんが『トライブルのAG5050yk!それにタイタンのFORCEシリーズもある!すっごいお宝の山だ!!』と何だかはしゃいでいたので、取り敢えず素人が下手に触ると碌なことがないだろうと思って身を小さくすることにした。


 同じような感想を持ったのか、飛崎も二の足を踏んでいて、男二人で妙に身を寄せ合う羽目になった。


「で、話はある程度聞いてはいたがいいのか?当然それなりの危険はあるし、安全は保証しないぞ」


 ゴソゴソと部屋の押し入れを物色しながら、背中越しにLAKIが尋ねてきたので問題ない、と今更ながらに皆で意思確認をした。


「何なら念書でも書くか?」

「そこは『小さな羊飼い』を信用するよ。箱庭の主様?」


 飛崎の訊ねにLAKIは戯けて答え、押し入れから数本のケーブルを引っ張り出して新見に渡した。


 何をしようとしているのか理解しているのか、新見は自分の首筋にナノスキンコートで隠されているジャックへと差し込み、アズライトやアズレインに向かう。


「二人も首にあるの?」

「ああ、首輪の裏にナノスキンで隠してある」


 アズライトにそう教えられ、首輪をずらして毛をかき分けると確かに一部周りの皮膚と違う部分があった。その部分に端子を近づけるとまるで避けるようにナノスキンが開かれ、ジャックが露出される。同じようにしてアズレインにも端子を繋ぐと、即座にバックアップが始まったようで新見の網膜にデータ移行中と文字が踊った。


 しばらくしてデータ移行が完了し、新見は自分の首からジャックを抜こうとするが。


「ああ、そのままで。もう一本やるから、そっちをこっちにくれ」


 LAKIにそう指示され、新見は受け取ったケーブルの端子をもう一つのジャックへと差した。新しい方のケーブルは、部屋の中央の鉄棺へと繋げられる。


「しかしヘリオス、かぁ………はぁ、またその手の遺物に関わるとはな………」

「ヘリオスの事知ってるんですか?」

「まぁな。その製作者とは浅からぬ因縁があったんだよ。本人はもうとっくの昔に墓の下だが」


 結局あの人が死んでも関わるハメになるんだな、と彼は苦笑し鉄棺の外部コンソールを操作するとカバーが開き、その中に身を滑り込ませる。


「バックアップはする。ジャック挿していい?」

「リアルの成りで言われると遠慮したいが、これで『小さな羊飼い』だもんなぁ………。頼りにするよ」


 シンシアが声を掛けると、身を横たえたLAKIは頷いてカバーを閉じた。鉄棺が僅かな駆動音を響かせながら起動する。諸準備を終えたのか、外部スピーカーからLAKIの声が響いた。


「じゃぁ、行くぞ」


 その直後、新見の視界に没入の文字が投影され、ブラックアウトした。




 ●




 バツン、と回路が切り替わる感覚と共に、新見の意識が覚醒した。


「あれ?ここは………?」


 視界に映るのは、寂れたBARのような場所だった。薄暗い照明に、カウンター席と幾つかのテーブル。それからダーツやビリヤード台などの若干の遊技台。壁際に備え付けられたジュークボックスからは何らかのジャズ・クラシックが流れていた。


 見知らぬ場所に困惑して、身動ぎするとガチャリ、と自分の身体から金属音がした。


「は………?纒装してる………?」


 視線を自分の体に巡らせれば、灰色の鉄の鎧を身に纏っていた。空力特性を根本に勘案された、抉れたフォルムの全身鎧は、かつて新見がその性能を最大限に振るえた時のもの。今はその一部とてエラーを吐いて顕現できないはずなのに、何故か全機能が使用可能だった。


『後輩か?』

「え、あ、うん。LAKIさん………?」


 新見が困惑していると、横合いから声を掛けられた。振り返ってみれば、白と青の全身鎧に身を包んだ人影1つ。声音からLAKIだと判断したが、顔も見えないので不安に持っているとその人影は1つ頷いて肯定した。


『それはただのハンドルネームだから敬称略でいい。それより、やっぱり引っ付いてきたかー』

「やっぱり?」

『ここは俺の固有領域だ』

「えっと、つまりここは電脳界ネットってこと?じゃぁ、僕のこれは電子甲冑?」

『そ。後輩を中継しているから、ヘリオスを持っているなら多分仕込まれてるだろうなとは思ってたけど。本当ならな、思考並列加速の異能を持っていない人間は脳の処理能力が追いつかなくて、情報処理を軽くするためにデフォルメされるんだよ。後輩が無事なのは、ヘリオスが処理の一部を肩代わりしているのと、が予めインストールされていたからだ』


 LAKIはそこで言葉を区切って、新見の鎧を指さした。


『それ、イカロスだろ』

「知ってるの?」


 どくん、と鋼の心臓が高まったのを新見は感じた。その名は自分の誇りだ。失ったはずなのに、音にして耳にすると、どうしても執着してしまう。


『model:Icaros―――本来は、とある女の子を守るために作られた電子甲冑だ。俺のと同系統兄弟機だな』

「確かに、LAKIの電子甲冑に似てる?」

『三年前、色々あってな。俺の電子甲冑はイカロスの流れも汲んでるんだよ。使いやすいように大分弄り回しはしたが』


 新見がLAKIの電子甲冑と自分の鎧を見比べてみると、確かに何処となく形式が似通っていた。カラーリングやディティールこそ違うが、大まかな装甲板の配列や骨格、バックパックにマウントされたブースター等の基本的な部分はほぼ同等だった。


 どちらが大本、あるいは主流かは分からないが、彼の電子甲冑もヘリオスの製作者であるアルベルト・A・ノインリヒカイトが関わっているのなら、確かに兄弟機と言って過言ではないのだろう。


 LAKIは一頻り新見の電子甲冑を観察した後、さてと前置きを一つ入れて。


『ま、今は関係のない話だ。仕事に取り掛かろうぜ。聞こえるか、「小さな羊飼い」』


 通信を開くと、ホログラフィで映ったのは鉄の少女だった。天気のいい高原を背景に、白金色のケープを纏い、手には羊飼いの杖を携えていた。それがシンシアの電子甲冑なのだろう。


『感度良好。聞こえるよ、LAKI。今精査終わったから、マップをアップロードするね』

『仕事が早くて助かるよ』

『ついでに迎撃系のウイルスが無いかも調べておいたよ。アクティブやスリーパーも無し。ちょっとセキュリティ的には物足りないかも?』

『その分、メインフレームの強度が高いんだろう。あの人の系譜ってんなら想像がつく。つーか有能がバックアップすると仕事がクッソ楽になるな………』


 じゃぁ行くか、とLAKIは転送コマンドを走らせ、自分と新見をアズライトの脳チップへと送り込む。何をしているのか新見には分からなかったが、視覚的には景色がブレたかと思うと、次の瞬間には全く別の場所に移動していた。


 窓のない施設の通路だった。


 電子的に構成された構造体アーキテクチャは、それが本来はテクスチャだというのに随分とリアルな質感があった。


 LAKIが行くぞ、と促してローラーダッシュで先行する。新見も慌てて走り始めて、ふと気づく。


(主翼やエルロンは再現されて無いけれど、機能が生きているならひょっとして………)


 電脳界に於けるコマンドプロトコルは知らないが、Icaros は元々が直感で動かせるように脊髄に直結して制御プログラムが組まれている。もしや、と思って背中に力を込めると、背面ブースターから粒子を振りまきながら前へと加速。直ぐ様先行するLAKIへと追いつき、追い抜きかけて出力を押さえて並走する。


『おいおい、そっちは飛行型かよ。ずっけぇな』

「え?LAKIの機体は飛べないの?」

『しれっと言われると嫌味に聞こえるな………。飛行制御は無茶苦茶処理能力を食うんだよ。瞬間的に飛んだり対空迎撃や空中コンボしたりは出来るけどな。こっちは後輩みたいに追加の処理補助能力があるわけじゃないし』


 どうやらヘリオスによる恩恵でこうした事ができるらしいと理解した新見は、ホントなんなんだろうなこの鋼の心臓、と疑問を募らせた。


 埋め込まれた当初は単なるピースメーカーの一種としか考えていなかったが、やがて戦うための主機となり、今では外部ストレージ扱いされて、かと思えば電脳界ネットにも対応しているどころかそこを専門としているLAKIですら呆れるスペックを有している。


(色々使い所はあるみたいだけれど、一番欲しいのはそれじゃないんだよなぁ………)


 そう思うのは贅沢なんだろうかと胸中で辟易していると、通路の先に行き止まりが見えた。いや、行き止まりというよりは、シャッターで閉ざされていたという方が正解か。


 単なる防火シャッターのような簡素なものではなく、もっと肉厚で重厚な、まるで銀行の金庫か何かを彷彿とさせる圧力を感じた。


 LAKIはそのシャッターに触れ、しばしした後で口を開いた。


『六層構造の攻性防壁。予想通りだな』

「知ってるの?」

『昔、同じ構造に仕掛けた事があってな。だから解除方法も知ってる。後輩は直接触るなよ?手順知ってないと高負荷の電撃食らって、最悪脳みそが焼き切れるぞ』

「そうなるとどうなるの?」

電脳界ネットでの死はリアルでの死だ。物理的には生きていても、精神クオリアが死んだと判断して二度と目が覚めない』

「それってつまり………」

脳死ラインアウトって奴だな』

「絶対触らない」

『そうしとけ』


 彼はそう言って、少し離れるように新見を促した。


 二人揃ってシャッターから距離を取り、ある程度離れたところでLAKIは右手を構える。すると輝く粒子を伴ってそれが出現した。新見も訓練などで使ったことがあるソレは、主に無反動砲と呼ばれる火器であった。


「え?ちょっとそれは………」

『この手の防壁を正規手段以外で破るとなると、やり方は主に2つ』


 LAKIは新見の静止を無視し、がしゃこん、と弾頭を装着。


『ちまちまとコードを読み取ってメクラのまま時間かけてジグゾーパズルをするか―――』


 構えて、発射。


『許容値を超える負荷を一度に与えて機能そのものをフリーズさせるか。要は―――防壁を全てぶっ壊すわけだ』


 直撃し、爆風と爆音を轟かせてシャッターの一部が破損した。


「僕の知ってるハッキングと違う!」

『正確に言うならハッキングじゃない。やり方で言ったらクラッキングで、そもそも俺は狭義の意味じゃアタッカー壊し屋だぞ。それも速攻を信条にした』


 非難する新見に、LAKIは淡々と返事しながら次々と無反動砲をぶっ放してはシャッターを破壊し続ける。


『LAKIってハンドルネームはな、Lightning Attackerと俺の本名を捩った略称だ。壁やシステム、電子甲冑や構造体をぶっ壊すのが俺の十八番でね。だから電子甲冑の出力制御も防御を削って殆ど負荷処理に回してる。好きなものは論理爆弾ロジカル・ボム


 厳密にはこの無反動砲も現実のものではないとLAKIは言う。0と1で構成されるこの電脳界においての火器を含めた武器の類は、指向性を持った局所重負荷処理付与処理落ちに過ぎないのだ。指定した場所にピンポイントに極大負荷を与えてやることによって、全体をフリーズさせるための手続きにすぎない。爆破や爆風は単なるエフェクトで、もっと言えばLAKIの趣味だという。


 しかしながら、だ。


「脳筋が過ぎる………」


 どかんどかんと遠慮無しにひたすら砲弾をぶち込んでいくこの無法者に対して、出てくる感想はそれであった。


 しかし無法者はしれっと言い放つ。


『中身が無事ならガワなんかどうでもいいだろう?それに、今回は管理者に通報される心配もないし、堂々悠々とやれる。逃げる算段を付ける必要がないのは楽でいい』

「―――まさか、Lightningって」

『俺がまだ電子甲冑すら持ってないワナビだったころ、腕磨きと称した悪戯を下は便所の落書きから上は行政まで手当たり次第に仕掛けハックしててな。場所によっては直ぐに通報されるもんだから速攻で仕掛けて速攻で逃げてたら「逃げ足がライトニング」なんて呼ばれるようになった。当時つるんでいた仲間が面白がってな、捻りがないと思って自分の名前を捩って足したのがLAKIの始まりだ』

「えぇ………」


 割りとナチュラルに犯罪行為イリーガルを語るLAKIに新見がドン引きする。


『それより、ほら。お目当てのデータだぞ』


 想定通りきっかり六層の攻性防壁をぶち抜いて、その先に一つの部屋があった。


 弾け飛んだシャッターの破片に注意しながら侵入すると、球状のそこそこ大きな部屋が二人を迎えた。その中央には、部屋を支えるように透明な柱があり、その柱の中央に宝石のようなものが埋まっていた。


「何だか綺麗だ」

『そう思うのは、きっと後輩やネットを作った人間が清い心を持っていたからだ。所詮は0と1の電気信号にしか過ぎねぇんだぜ、ここ電脳界は』


 率直な感想を述べる新見に対し、LAKIは何処か悟ったような物言いをした。


『だが、こうして俺達が認識して、それに芸術性や荘厳さを感じるのならこの世界の製作者がそう願っていたんだろう。電脳界ネットの法則は、それを扱う俺達の認識で簡単に捻子曲がるんだから』

「認識」

『そう。主観、とも言うかな。現実だって白いカラスで簡単に崩れる、砂上の楼閣だよ。なら、感じる世界をリアルだと保証するのは自分自身だけ。それを信じたいのなら、精一杯行動するべきだ。何に対してもな』


 電脳界は0と1で構成される作られた世界だ。それをよりリアルに、あるいはそれすら飛び越えるように作られている。


 人の願い、欲望を、手続きさえ踏めるならそっくりそのまま自由に反映できるこの場所は、いかようにも悪用できる世界でもある。そこに気づかず、見たままを綺麗だと受け入れられるのなら、確かに清い心を持っていると言えるだろう。


『いつか電脳界ネットがリアルを超える日が来る。それが良いか悪いかはさておいて、俺みたいな捻くれ者で溢れないことを祈るね』


 LAKIはそう皮肉げに言って、柱に埋まった宝石のような物に触れた。音も立てず、それは柱から外れて彼の手に収まったが。


『さてと、中身は………何だこりゃ、イースターエッグか?』

「イースターエッグって?」

『簡単に言えば、隠し要素みたいなものか。だけど簡単なメッセージ程度なら後生大事に隠しておくもんじゃないと思うが………』


 ふむ、とLAKIは興味深げにしてからその宝石を精査する。何かコマンドを打ち込んだのか、パキ、と音を立ててそれは割れて。


『おいおい、マトリョーシカじゃねぇんだぞ』


 更に宝石が出てきた。


「また防壁?」

『ん―――いや、鍵だな。コレ』


 もう一度精査すると、違う結果が出たとLAKIは言った。


『パスワードが必要になるヤツ。ご丁寧にもクラックしたら中身ごとおじゃんにする自壊プログラムまで組んである』

「物騒な」

『2つのパスワードがいるんだが、何か知ってるか?回数制限まで付いているから下手に入れられないんだが』

「いや、見当もつかないよ」

『「小さな羊飼い」。君の所感は?』

『―――すぐには無理かも』


 しばしあってシンシアから否定的な意見があって手詰まりになった。


『じゃぁ、先に犬っころの方へ行くか』


 仕方がないのでLAKIと新見は、今度はアズレインの方へと転移したが、結果は同じくパスワードが必要なイースターエッグが手に入っただけだった。

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