第二十六章 空の古兵達

 現在の日本で一番勢いがある企業はどこかと言えば、綾瀬あやせ財閥と異口同音で答えが返ってくることだろう。


 元々は小さな町工場であった綾瀬工場がここまでの躍進を得た理由は、表向きには『消却事変』に乗っかったとなっている。事実は大分違うし、ここを詳らかにすると当時の日本国の闇に触れることになって文庫本一冊が出来かねないので割愛するが。


 ともあれ、綾瀬工場は町工場で培った小器用な技術と霊素粒子の取り扱いに特化した技術を用いて急成長を遂げた。黎明期のドサクサに紛れて1997年に改正された独占禁止法を上手く使って財閥化。他の企業が四苦八苦している中、霊素粒子技術を用いた製品の収入で一気に多角的経営に手を出し、成功に収める。当時は殆どの日本人が難民化していた事もあって、そんな中食べていくだけの仕事をくれた綾瀬財閥に未だ恩を感じている年寄は多い。


 今では揺り籠から宇宙までをモットーに世界にすら進出している。


 しかしどの時代の企業でもそうであるように、綾瀬財閥とてネジの一本まで自社製品というわけではない。企画設計、あるいは出資まではしても、製造は他社に投げていることもまた多い。何から何まで独占すれば恨みを買うし、何より自前で抱えてられる製造ラインや人員にも限りがあるからだ。土地の維持や工場のメンテナンスなど多岐に渡るランニングコストを、部品一つにまで抱えていたら例え公的資金を注入されてもいずれは破綻する。一企業が注力出来るリソース資源や資金は限られていて、だからこそ共同開発やOEMなどの委託や外注サプライチェーンの概念が出てくるのだ。


 一つの製品でさえそれだ。それを構成する部品となると更に細かな枝分かれをした下請けに頼ることになる。


 そうした下請け企業の一つに、新見がお世話になっている鉄工所がある。相模川の近くに建てられたその鉄工所は、経年劣化によるサビと鉄工所故の煤けた空気が何ともレトロな雰囲気を漂わせていた。日下鉄工所と書かれた看板の横には、10台以上の車が入るのではないかと思わせるほど広いシャッター付きのガレージと、もはやその添え物としか思えない二世帯住宅が一軒併設されている。


 新見はいつも自分がバイトする時と同じ様に住宅の方にバイクを停めさせてもらい、シャッターの閉まったガレージ横の勝手口を開いて入る。


「お邪魔しまーす」


 ひょっこり顔をのぞかせて中に声を掛けてみれば、そこには幾つものコンテナに似た卵型の箱が並んでいた。そのコンテナ達から伸びるケーブルの終点。中央の端末で何事か作業をしていた老人がこちらに顔を向けてニカリと懐っこい笑みを浮かべた。


 日下雷太くさからいた。御年81歳とは思えない程シャッキリした受け答えをする老人で、職業柄騒々しい所が多かったためか、とにかく声がでかい。


「よぅ、来たな貴史!」

「あ、はい親方。お邪魔します」

「おうおう、アズライトも元気か?他の連中ももう揃ってるぜ。おーい!貴史が来たぞー!」


 ガラ声でまるで銅鑼のようにガレージに響かせると、コンテナの中と言わず何処に隠れてたんだろうと思わずにはいられないほどわらわらと年寄り達が溢れ出す。


「おー、ター坊!こっちじゃこっち!」

「ほれ糞爺、とっととシミュレーターから出て来んか。それともそれをそのまま棺桶にするつもりか?」

「うるせぇぞガイコツ。あたた………腰、腰が!!」

「うぅむ、確かにリウマチは辛いわい」

「腰が痛いなら整体で電気治療してくるといい。ありゃぁええぞ。全身がぽかぽかするでの。まぁ、設定間違えると電気椅子みたいになってぽっくり昇天仕掛けるが」


 一気にその場の平均年齢が半世紀を超えた。


「元気だなぁ………」

「あはは、ごめんね貴史君。ウチの爺様達が」


 老人会の様相を呈し始めたその場で新見が苦笑していると、背後から声を掛けられた。振り返ると、背の低く恰幅のいい壮年の男が頬を掻きながら申し訳無さそうに立っていた。日下鉄工所の現工場長である日下風太くさかふうたである。


「あ、いや大丈夫ですよ工場長。僕も結構、楽しんでますんで」

「本当、大手を振って空に上がれなくなった男ってのはどいつもこいつも元気が有り余ってて困っちゃうよ。そんなに元気ならウチの工場もっと手伝ってくれればいいのに」

「馬鹿野郎。ワシはもう引退してお前に工場をやったんだ。後は好きに生きるだけよ!」


 愚痴る現工場長に、元気な隠居老人は楽しそうに胸を張っている。


「好きに生きるはいいけど、場所を取る趣味は勘弁してほしいかなぁ………。撤去するのももう現実的じゃないよ、コレ」

「無駄に本格的ですもんね、このシミュレーター」


 ため息交じりの工場長に、新見は半笑いで卵型のコンテナ群を見る。実はこれ、その全てが戦闘機のシミュレーターであり、全てがこの老人達のハンドメイドだ。一体何処から拾ってきたのか、西側東側問わず大抵のジェット戦闘機のデータが入っている。


 流石に現代の最新鋭は無いが、それでも1999年までの機体データはほぼ揃えられており、何ならもう旧式化しているもののその後の日本の純国産機のデータも一部入っているのだから閉口せざるを得ない。旧式化してるって言ってもライセンス生産しているわけでもないし機密情報じゃないのソレ、と新見が突っ込みに回ったのは言うまでもないだろう。


 先程、工場長が言ったようにこの老人達は空に上がれなくなった男達―――より正確に言うならば退役した戦闘機乗りだ。


 新見との出会いは、灰村経由で手に入れたGPZ900RNinjaのジャンクフレームを修理する技術と資金を手に入れるため日下鉄工所を訪れた時だ。学生会からの紹介とは言え最低限の面接はするので、その時に志望理由を聞かれた。先述した理由を答えている時にたまたま日下翁が通りかかって『アイエェェェ!?ニンジャ!?ニンジャアルノ!?ナンデニンジャ!?』と正体を失った彼がガクガクと新見の肩を引っ掴み揺さぶってからの付き合いだ。当然、その場で採用が決まった。


 その後、この老人会の手伝いもあって旋盤や溶接の技術とパーツの自作まで手広く教えてもらいながらバイクを復元させ、その恩もあって老人達の楽しみに新見は付き合っていた。実の所、仮想の空のシチュエーションデータやフィールドデータを作って提供したのは新見だったりする。


 年は祖父と孫程に離れているが、バイク趣味や空への造詣に深いものを感じたこの老人会は新見を仲間と認め、今では同格として扱っていた。


「ほりゃ、早く空戦ごっこするぞ。貴史、今日こそ負けんからな!」

「はっ、この間ター坊に秒で落とされおった癖によく言うわい」

「あ、あれはちょっと油断しておっただけだ!次は負けん!」

「空の男が一発喰らえば次などあるものかよ。認めい、お前はター坊より下手っぴなんじゃ」

「なにおう!?」

「ああ、はいはい喧嘩しないでくださいよ。アズライト、ごめんね」


 この老人達、最前線で戦い続けて来ただけあって年を取っても尚気が強く、プライドが高いためしょっちゅう喧嘩している。むしろ年取って抑えが効かない分、より厄介かもしれないよとは現在進行系で老人会のたまり場にされている現工場長の言葉である。


 一触即発の気配を見せる老人達を抑えるべく、とっととシミュレーターに乗り込もうと新見は動き出す。猫同伴はどうなのかと思って、まずはパーカーのフードに収まっていたアズライトを取り出そうと新見が手を伸ばすが。


「にゃ!」


 ぺしっと猫パンチを食らって拒否された。


「ちょっとアズライト?」


 何度か取り出そうとするものの、猫はパンチをぺしぺし乱舞させて拒否。意地でもそばにいる、と言いたげなその態度に、新見は訝しげに眉根を寄せるが。


「がはは!猫もたまには空を飛びたいんだろう。複座に固定してやりゃいいだろ。うぅむ、なら今日はF-14トムキャットにするか?」


 日下翁がゲラゲラ笑いながらそんな事を宣った。


 シミュレーターとは言え、Gを再現するために結構動く。そんなものに猫を乗せるのは動物虐待になるのではと思った新見だが、既にジャケットの懐やらパーカーのフードにやら収めたままバイク乗っているのだから、今更かと諦めた。


「いや、F-4ファントムで良いですし。それに僕あんまり大きい機体は得意じゃないんですけど………」

「馬鹿野郎。猫で戦闘機と言ったらグラマン機だろうよ」

「このシミュレーターレシプロ機のデータ無いから実質一択じゃないですか」


 つまり、雄猫F-14だ。


「ああ、もう。どうなっても知らないよ、アズライト」


 尚も頑としてフードから離れない黒猫に新見はそう断りを入れて、老人達と一緒にそれぞれのシミュレーターへと入っていく。


 コンテナの中には複座型のコックピットが有り、それを認めるとするっとアズライトは新見の身体から飛び降りて後部座席に収まった。そして新見を一瞥して『早く固定しろ』とばかりに両手をバンザイさせる。


 この畜生いい度胸しているな、と口元を引くつかせつつハーネスを使って固定する。本来人間用であるため、大分苦労したが悪戦苦闘した甲斐があってヘルメットに押し込めた黒猫をシートに縛り付ける事に成功する。見た目だけなら完全に動物虐待のソレであるが、動物愛護団体はこの場にいないので大丈夫だろう。そもそもA.I搭載型の動物など野生の保護動物の定義に当てはまるかも不明だ。


『馬鹿共がウズウズしてるから発進手順はカットな』

「いや、上がるまではやりますよ。気分が違いますから」

『ロマン派だねぇ………』

『は―――や―――く―――!!』

「はいはいっと」


 年寄り共の子供のような催促をコンテナ内に響く通信で受け、新見もコックピットに置いてあるヘッドセット付きヘルメットを被って、そのままシートに身を滑り込ませる。


 ハーネスで身を固定させ、ヘルメットのバイザーを下ろすと映像が投影され、まるでキャノピー越しに飛行場にいるような風景に変わる。コックピットシートの計器類は本物だが、このシートにはキャノピーが無く、代わりにバイザーで外の光景を再現する。アズライトをヘルメットの中に押し込めたのもそれが理由だ。


 さて、と新見は一息ついて計器類の確認をする。


 エンジンマスタースイッチをオン、JFSをオン。約15秒待ってスタータのレディランプが点灯を確認。火災警告灯が点灯していないので、メインエンジンをスタート。右側のエンジンスロットルフィンガーリフトを上げ、右エンジンが点火。スロットルを18%に。ファンタービン入り口温度計が600度に安定を確認。同じ手順で左エンジンもスタート。


 腹に響くこの音響も現物拾ってきているので実にリアルだ。


 両方点火したのでJFSスイッチをオフにし、空気取り入れ口ランプをオート、ECCスイッチをサイクルに。


 次にテストスイッチボタンを押して、各システムの警告灯が正常に点灯するかチェック。同時にINSのアライメントを実施後、タキシングを開始。ブレーキを踏んで作動と飛行計器が正常かチェック。


 滑走路へ機体を進める。


 レーダーをONにし、ハーネス、射出座席アーム、舵作動、フラップ距離ポジション、トリム距離位置等々を確認。ピトーヒーターON、警告灯が点灯していないか確認。サーキットブレーカーが納まっているかの確認。


 そして滑走路上でブレーキを踏み込み左右のスロットルレバーをミリタリーパワーまで前進させ回転計、油圧計、燃料流入計、ファンタービン入り口温度計を確認。回転数90パーセント以上、タービン入り口温度322度。正常。スロットルを一度戻す。


 ブレーキを離し、スロットルを80パーセント、そしてミリタリー位置まで動かす。すると、機体が動き出した。


 そのままぐんぐんと加速し、120ノットに達したのでローテーション。ピッチ角を10度にし、上昇開始。


 老人達が急かしてくるのでアフターバーナを使用。同時にフラップと車輪を格納。


「そう言えばレギュレーションは?」

『そっち一機、こっち小隊』


 戦闘空域に向かいつつ、新見が通信で呼びかけてみれば返ってきたのは無慈悲な言葉だった。


「うっわ、相変わらずのフルボッコイジメ編成………」

『安心せい、こっちの機体は全員F-4EJじゃ。ワシ等と一緒の骨董品よ』

『大体このベテラン編成相手に互角にやり合ってよく言うわい。―――今日こそ勝たせて貰うからな!』

「全くもう、ほんとに元気な老人会だよ………!!」


 新見は呆れたようにスロットルを押し込むと、F-14の主翼は猫の耳のように畳まれ最大戦速で戦闘空域に突入した。


 仮想の空に再現された銀の翼が、新見とアズライトを乗せて翔ける。




 ●




 コンテナから伸びるケーブルの終点端末、つまりCPコマンドポスト席で展開される空戦の様子を幾つもの画面で見やりつつ、日下風太は感嘆する。


「相変わらず良い腕しているなぁ………」


 仮想の空を舞うF-14単騎と、5機のF-4EJ。機体性能的には一世代上のF-14が有利だが、それを数でカバーしている。幾ら性能差があっても、数の上で有利かつ連携も取れている老人達に分が有りそうなものだが、新見はひぃひぃ言いつつも逃げ続けている。それどころか、時々狙いすましたかのように機銃で応戦しているのだから、空に上がったことがない一般人代表の日下は感心するしか無い。


 それに対し、日下翁はふふん、と得意げに鼻を鳴らす。


「奴は空の男だからな」

「はい?」

「細かいことは聞いちゃいねぇよ。だが、あの技量は天性のもの以上だ。そんなモノ、鉄火場でなければ鍛えられんよ。特に、旧世代機での格闘戦なんぞな」


 そもそも、搭載されているデータの機体群が一線級で活躍した時代は、格闘戦ドッグファイトの意義が疑問視された時期でもある。コンピューター技術の発達に寄ってその性能が日進月歩の勢いで向上していき、それに比例してミサイルの能力も向上していったからだ。近代に限らず、人類史を振り返ればどの戦争でもアウトレンジ戦法が猛威を振るい、それは戦闘機の領域である空戦も例に漏れなかった。特にレーダー外から音速超過、物によっては極音速に迫る速さで飛んでくるミサイルを相手にするのだ。それに反応して対応できる超人を探して育成するよりは、そのミサイルを超える性能を持つミサイルを作った方がコストが安い。


 だが格闘戦が無かった訳ではない。


 不意の遭遇戦や制空権確保時や防空などなど、想定できる戦場は幾つもある。故にこそミサイルキャリアー等と揶揄されることがあったとしても、戦闘機の機銃が取り外されなかったのだから。


 だが、対消却者に於ける制空権確保を主眼に置いた現代機のように空中格闘戦に先鋭化した性能ではない為、それで格闘戦を行おうとすると尋常ではない腕と適正を要求される。『消却事変』以前、つまり現在の国軍が自衛隊であった時代のパイロットは幾つもの狭き門を潜って、幾つもの選抜を潜り抜けて始めて戦闘機乗りとして名乗れるのだが、そんな蠱毒のような環境を抜けてやっとスタートラインだ。それだけでも一般人から見ればエリートのように見えるが、先任からしてみればヒヨコ扱いである。


「教練校って、戦闘機の訓練もするの?」

「聞いたことねぇ。操縦士にとっちゃ異能が使える使えないはあんま有利不利にはならねぇからな。霊樹の関係で身体的には有利だが。そういうのは普通の士官学校かさもなきゃ任官してからの転科志望が通ってからだろ」


 適合者は基本的の通常科への転科は通らない。異能が使えなくなっている新見でさえ、未だに適合者としてカウントされているのだ。即座に転科が認められるのは半適合者ぐらいだ。覚醒しても異能が使えず、しかし霊樹の適正がある半適合者は身体能力だけは適合者と変わらないのだ。パイロットは勿論、圏警、圏軍、国軍と引く手に数多である。


 そんな事を言っている矢先、新見が一機落とした。ミサイルではなく、機銃でコックピットに直撃させていた。ハイ・ヨー・ヨーからのすれ違いざま。まるで置くようにして放たれた機銃は吸い込まれるようにキャノピーを破砕し、撃墜判定が成された。


「まぁ、気になることはある。アイツの自機認識領域は異常に狭い。自分でも理解しているからデカイ機体に乗りたがらないんだ。フォーランドナットだって、アイツに掛かっちゃデカブツだろう。にも関わらずこの技量ってのはどうにも理解できねぇな」

「そりゃどういう………?」


 日下が首を傾げると、再び撃墜判定。今度は宙返りで背後を取ってからのミサイルによる撃墜。


「あー、車で言うなら車幅感覚だ。アイツはレーサー並の技量があるくせに、レースで出るようなマシンに乗せるとちょっと攻めただけで他の選手にぶつける」

「それ、下手くそって言わない?」

「だから自分でセーブしてんだよ、ワシ等相手にしながら」

「は?手加減しているの?爺さん達を相手に?」


 背後を取られるが、即座にバレルロールで先に行かせ、ミサイルで1機。残りは2機。


「だから皆で揃って執着してんだろうが。ワシ等の時代で言うとな、まだ防衛大にすら入ってねぇヒヨコどころか卵がベテランのケツを突っついてんだぞ?これがどんな屈辱か分かるかよ」

「ただゲームが上手いだけじゃ………?」

「確かにこれはシミュレーターだよ。本物に比べちゃ玩具も同然だ。だがヤスもトヨもアガっちもアグレッサー出身、カトちゃんとムッちゃんとワシはブルーインパルス出身だぞ?その上、『消却事変』以前から、ずっと日本の空を守ってきたんだ。例え年食ったってたかがゲームが上手いだけの若造如きに空戦技術ACMで負けるもんか。こちとら25年前までは現役で空の上だったってのに!」


 叫びとは裏腹に、日下翁の口元は弓なりの笑みを描いていた。それは、この老人会に参加している全ての老人達と同じ笑み。手強い獲物を見つけた狩人のような、挑むような笑み。


「そりゃ可能な限りリアルに寄せてあるとは言えGは完全に再現できているわけじゃねぇよ。それでもな、挙動や加減速、旋回性能、ミサイル追従性に至るまでリアルに寄せてある。確かにシミュレーター特有のもっさり感は未だにあるが、それだってワシ等の腕を持ってすりゃ合わせることは出来るし、貴史だって同じ条件だ」


 撃墜判定。ヘッドオンからすれ違いざまに機銃。対する老人も機銃を放っていたのにも関わらず、何故か当たったのは新見の機銃だけ。


「にも関わらず、貴史単騎にここまで追い詰められている。これがどれだけ異常で、どれだけ信じられないことか分かるかよ。しかもまだ本気を出していねぇと来た」


 歳を取って、反応速度は間違いなく落ちた。視力だって老眼がきつくて計器類が見ずらい。Gに耐えるだけの筋力だって最低限。


 かつて防空の鬼だった彼等も、確かに歳には勝てない。だが、年齢と引き換えに重ねた経験と実戦で証明した戦闘技術の数々がある。


 それらを用いれば、スタミナによる時間制限はあるにしろ今ですら一線級と渡り合うことは出来るし、実際に時々古巣に邪魔しては感覚を忘れないように隠れてこっそり飛んでいるのだ。


「アイツが本気出そうと思ったら、もっと小型の機体が必要なはずだ。まぁ、いくら霊素機関があってもそこまでダウンサイジング出来てねぇから―――だから尚の事、解せねぇ」


 まだ十七の、彼等からしてみれば孫あるいは曾孫世代の子供を相手に、ムキになって全力を尽くしても尚拮抗する。それも、自らの生涯を懸けていた得意分野で。


 プライドの高い老人達が執着しないはずがなかった。彼等はただ無駄に年齡を重ね、過去の栄光に縋るだけの老害ではない。音速の防人、その名のままに確かな実績を作り、引退しても腕を磨いてきた―――ある種のストイックさを持っていて、後輩達には『先任と言うよりもう仙人だなアレは』と苦笑される程に自らの腕に自信があるのだ。


 にも関わらず、新見は彼等と互角以上に渡り合う。


 最後の撃墜判定と同時に、試合終了のブザーが響く。決まり手は再びヘッドオン。しかし、老人はミサイルを近距離爆破させ、大きな機体が災いして爆風を避けきれなかった新見のF-14は錐揉みしつつ失速。そこに機銃の追撃を食らって撃墜された。


 機体性能差含みでキルレート1対4。これをどう見るかは人それぞれだ。



 日下翁のその疑問は、仮想の空に溶けて消えた。

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