第二十五章 人生という名の映画の楽しみ方
何処までも広がっていく空の中で手を伸ばすと、自分の小ささと蒼穹の大きさを知った。
まるで鼓動のような大気の震えを身体に受けて、それを切り裂くように虚空をひた走る。
鋼鉄の翼を広げて、何よりも速く、誰よりも速く、音さえも置き去りにしてぶっちぎる。
自然と浮かんだ笑みは、この瞬間だけは自分が自由であることの証左であり、存在証明。
鋼の心臓を起点に、銀の翼を広げ、黒鉄の鎧を身に纏った彼は携えたグレイブを掲げた。
自分こそがこの空の支配者なのだと、誇示するように、あるいは空に刻みつけるように。
そう、彼こそが―――。
●
「―――あだっ!?」
がん、と頭頂部を襲った衝撃によって新見は目を覚ました。飛び込んできた景色は、何と床が天井になっており、家財道具が天井に張り付いていた。
「あー………」
間抜けな声と供に身体が重力に従って横倒しになり、視界もそれに準じた。どうやら頭からベッドに落ちて天地が逆転していたらしい。むくりと身を起こして、頭を振る。新見は普段寝相は良い方なのだが、今日は妙な夢を見たせいか自分でも驚くような寝相の悪さをしたようだ。
「大丈夫か?タカシ」
「うん、どうにか。おはよ、アズライト」
直撃を受けた頭頂部を擦っていると、横合いから声が掛かった。視線を向けると、黒猫がしっぽを立てたままこちらを心配そうに見ていた。
この喋る黒猫、アズライト。発見時は空腹で崩していた体調を整え、人間のバックアップを受けるようになってからは随分アクティブな行動を起こすようになった。
元々ネームプレートがぶら下がった首輪をつけていたから『どっかの飼い猫だろ』と言う人間の勝手な認識に上手く乗っかり、保健所を呼ばれることもないと確認するとぶらりと出歩いては気ままに街を闊歩し、灰村か新見の部屋を宿代わりにして寝ている。
本来、猫は薄明薄暮性動物である。
つまり朝方起きて昼に寝て、夕暮れ起きて夜に寝る。人間の都合によって夜行性にも昼行性にもなったりするが、食ってくために狩りをしなければならない野生の猫は獲物の活動時間に合わせて睡眠の調整をしている。
翻ってアズライトはどうなのかと言えば、日中出歩いて夜寝るなら新見の部屋へ行き、夜中出歩いて昼に寝るのなら灰村の部屋行くと言う何とも気ままな生活を送っていた。この自由さ加減はとても猫らしく、日々問題児達の管理の重責に胃を痛めている新見は心底羨ましくなっていたりもする。
昨日の夜にふらっと現れたアズライトは新見に餌を要求し、それを食べると毛繕いもそこそこに用意されているダンボールの寝床に丸まって寝入ってしまった。その深い眠りと言ったら『君それでも猫なの?』と新見をして思わず突っ込まざるを得ない程に堂々としたもので、彼が手慰みに毛並みをもふもふしてても反応すらしなかったぐらいだ。野生はとうの昔に失われていたらしい。
「タカシ。ご飯をくれ」
「はいはい。ちょっと待っててね」
野生は失ったが、代わりに文明の利器である人間という召使いを使うことを覚えていた。
ストックしてあった猫缶をエサ入れに開けてやり、持っていってやるとガツガツと食べ始めた。何だか手間の掛かる弟でも出来た気分だと新見は苦笑し、テレビを付けて自分の朝食を用意し始める。
と言っても、新見はそこまで健啖家ではない。朝は特に腹に入らない体質で、しかし何も入れないと昼まで持たないので、朝食は専らグラノーラ派だ。寝起きでぼやけた頭に糖分をぶち込めて、シリアルより噛む回数が増えるので目が覚める。
「―――昨日の事件がやっているな」
器にグラノーラと牛乳を投入していると、不意にアズライトがそんな事を呟いた。何の話かと視線を向けると、黒猫の見つめる先にテレビがあった。朝のニュース番組で、連続通り魔が捕まったとキャスターが報道していた。
「知ってるの?」
「ああ、夕方商店街で見かけた。大捕物だったようで、圏警が大人数で犯人を追いかけていた。犯人はナイフを振り回していたが、呆気なく捕まっていたよ」
「ふーん………」
何の気なしにグラノーラをぱくつきながらニュースを眺めていると、犯人の情報が流れてくる。
犯人は横浜在住の23歳、会社員。犯行動機は不明。しかし重度の薬物中毒者で、ここ最近は会社を無断欠勤していたらしい。現在も錯乱状態に有り、病院で治療を受けているらしい。
「麻薬?怖いねー」
中毒になっていた麻薬とその効能をキャスターが報道する。ブルーブラッドと呼ばれる格安のLSD。ペーパーアシッド故の手軽さと強い幻覚作用が齎す多幸感と無敵感で、ほんの少し、と怖いもの見たさで手を出した若い世代を中心に流行っているとのこと。どうも昨今広く出回っているようで、ここ最近ちょこちょこ起きる刃傷沙汰に大抵絡んでいるとのことだ。以降は、中年コメンテーターのよく分からない政治批判と最近の若者は的なおじさん持論が続く。正直、この手の対案も責任もなく文句しか言わない人種の何処に需要があるのか分からない。
「最近タカトラが調べている薬か」
「は?兄貴アレに関わってるの?」
「仕事で出所を探っているようだ」
「へー。あんま危ないことしないでほしいんだけどなぁ」
灰村高虎という男は新見にとって命の恩人だ。彼の仕事がそうしたアングラなものであることは知っているし、だからこそ身寄りも戸籍もなかった新見が今も日本国民として大手を振って外を出歩けるのだが、それでも心配はする。
何しろあの男と来たら、ろくに後ろ盾も無いのにやくざ者と切った張ったをするのだ。大抵、その手の人間にはケツモチがいるものだが、灰村は完全にピンである。その仕事絡みで顔は広く、人脈自体はやたらとあるのだがそれは彼の安全を保証するモノではない。例えば彼が襲撃を受けたとして、何処かの社会不適合者が群れをなして報復に来るわけではないのだ。故に、抑止力としての武力背景はゼロに等しい。
元々が国軍上がりである為、個人戦闘力は高い。しかし、個人で出来ることなどたかが知れている。いずれにしたって限界はあるし、だからこそ人間は徒党を組むのだ。
それでも彼は一匹狼に拘る。
その理由こそ新見は知らないが、その結果の現状は繁華街の顔役になっている。現在統境圏を取り巻く反社会的勢力は大きく分けて3つあるが、そのどれからも一目置かれている。一体何をやらかしたのか、新見は詳しくは聞いていない。しかし去年の暮れに木林勝蔵が中心になって起こし、新見も巻き込まれた抗争騒ぎを一喝して収めているのだから、その影響力は単なる一個人を超えているのは理解している。
「ごちそうさま」
「はい、おそまつさまでした」
黒猫は食べ終わって空になったエサ箱を器用に前脚ですっと新見に差し出すと、小さく一礼した。
「今日はどうするのだ?土曜日だから、休みなのだろう?」
「午前中はエリカのとこに行く約束をしているよ。午後は親方の家に呼ばれているからそっちに行く。―――アズライトは?」
「ふむ。では吾輩も付き合おうか?」
「そうしてくれると本当に助かる。君がいるとリリィの当たりが和らぐから」
食べ終えた食器とエサ箱を台所のシンクに突っ込み、わしゃわしゃと手早く洗いながら新見は真顔で告げる。
あのお姫様は最近、映画―――というか、サブカルチャー全般にどっぷりハマっている。その手の文化に傾倒する時間が今まで無かったために耐性も無かったのか、それはもう時間の許す限り浸かっているのだ。
ロックを聞きながら漫画を読んで、アニメや映画を見ながら公務に必要な書類を揃えていたりする。元々のスペックが高いが故に可能なマルチタスクなのだが、才能の無駄遣いではなかろうかと新見は思っていたりする。
まぁ、彼女の時間だ。好きに使えばいいのだが、困ったことにエリカは妙に新見を頼る。最初にオススメの映画を紹介したのが良かったの悪かったのか、『はんちょーが薦めるものに外れがないんです』と次は次はと娯楽作品を紹介させられている。
言わんとすることは分かる。
一息にサブカルチャーと言った所で、その語源を見れば分かるように大量生産、大量消費を主とする文化だ。故に、たった一ジャンルだけでも非常に多くの選択肢を迫られる。その中で当たりをつけて、実際に触れてとなると一生があっても足りはしない。
この手の趣味が、生涯の趣味足り得る所以だ。何しろ人間が文化的活動をしている限り、常に新しい作品が供給されるのだから。氾濫しているとも言える。
だからまだ入りの浅い大抵の人間は前評判だったり製作者を調べたり、他人の寸評だったりとある程度の情報収集を行ってセレクトする。だが、それが可能なのは物心つく頃からそれに触れるのが当たり前の環境にいるからだ。
ネタバレに至らない程度のほんの少しの情報で、それが自分に合っているか合っていないかの空気感を嗅ぎ分ける嗅覚は、実は結構な高等技術なのである。たまにそれを敢えて外して新規開拓することもあるが、それはあくまで余技。自分の好みの作品を探すのには、そうした基礎とも言える部分が醸成されていないと難しい。
エリカはその基礎が無かった。アニメや漫画、たまに時代劇はちょいちょい見ていたらしいのだが、どうもそれも検閲済みのものらしく、自分で選んだわけではないようだ。確かに一国のお姫様にエログロ上等の作品を渡せるはずもないだろう。
いざ自由になって、好きに選んでみたら結構な頻度で外したり微妙と首をかしげる作品に出会ったらしく、時間の無駄とまでは言わないが、折角時間を使って作品に触れるなら面白いものがいいとある意味姫らしい我儘を発揮し新見に頼るようになったのだ。
(全くの初見はそれはそれで楽しみ方があるんだけど………)
ジャンルを問わず、何の作品にしろ初見は人生で一回しか訪れない。誰しもが記憶を消してもう一度見たい作品、やりたい作品は一つはあるはずだ。そうした作品は、時に大衆向けでない事がままある。
だからこそ大衆評価的にハズレてたとしても、それはそれで楽しめる。その方法がある。だがそれも娯楽作品に数多く触れてきた人間だからこそ編み出せる手法なのかも知れない。
(アイツの影響でB級映画は当然、Z級映画も結構楽しめるようになったからなぁ、僕)
とは言えB級はともかくZ級映画は古今東西あらゆるネタを網羅していなければ、スタートラインにすら立てない玄人向けだ。突っ込み気質な人材をして辟易させるレベルのそれをエリカに教えるのはどうにも気が引ける。一般人に見せても何の苦行かと苦情が来るに違いない。
(まぁ、今日はB級映画の傑作でも漁るかな)
添え物などと揶揄されていても、きちんと見てみれば意外と味があるものが多いのだ。制作陣の情熱と低予算故の工夫が絶妙に噛み合って、商業主義丸出しの金満A級映画を上回る掘り出し物も散見するし、それを教えてみるのも面白い。まぁ、それを勘違いして続編では盛大にコケたりするまでがお約束であったりもするのだが。
さて、そんな訳で休みの日までお姫様に接することになってしまったのだが、彼女に接するとセットで来るのがリリィを筆頭としたSPである。
「―――悪い娘ではないのは分かるのだが、もう少し猫の扱いを学んでほしい」
「本当に猫っ可愛がりするからねぇ、あの子」
新見は苦笑しながら出かける準備をする。
リリィ及びSPは新見という男を非常に警戒している。何をそんなに警戒されているのか分からない本人だが、その態度と剣山で正座させられているかのような、針の筵感に耐えられず胃を痛める日々を過ごす内に気づいたことがある。
リリィ・シーバーは猫好きだ。それも結構重度の。
最初に映画を見に行ったときもそうだったが、アズライトがいる時、彼女は度々正体を失う。チラチラと黒猫を視線で追っかけているし、言動も少々おかしい。試しにと思って抱っこさせてみたらその至福とも言える表情に『この子もこんな顔するんだなぁ………』と感心したほどだ。
結果、アズライトを連れていけばそこまで邪険にされないと気づいた新見は可能な限り連れて行くことにしている。
因みに、SP達の攻略はできていない。むしろ、『リリィ様を攻略しやがって………』とか『俺らだって踏まれて罵倒されたいのに………』とか『天・中・殺!天・中・殺!てぇん・ちゅう・さぁつっ………!TEEEN、CHYUUU、SAAAAAAAAATU!!』とか殺意が増した気がするのだが新見はそこからは目を背けている。一人、銃剣を二刀流で十字架の如く構えている神父でも背後霊に宿したような気がしなくもないが気にしてはいけない。
「さて、行こうか。おいで、アズライト」
「うむ。よろしく頼む、タカシ」
適当に手櫛で寝癖を直した新見が手を伸ばすと、アズライトはそこを伝ってぴょんぴょんと身体をキャットタワーよろしく登り、パーカーのフード部分にすっぽりと収まった。4月も下旬になってきて、大分暖かくなって来たので最近はお気に入りのフライトジャケットではなく安いパーカーなのだが、どうにもフード部分の収まりが猫的にいいらしく、既にそこがアズライトの指定席になっている。
そうして一人と一匹はいつものように連れ立って外へと出た。
●
姫付きの侍女、と一言に言ってもそこまで単純なものではない。
まず第一に、血統が重視される。血が人を作る訳ではないが、良血というのは優れた学習環境を作る。分かりやすく極限なまでに下世話な言い方をすると、金、コネ、権力を基準にした人脈だ。
一般庶民がそうした環境を親のコネを使わず個人で手に入れようとすると、余程上手く行っても数年は掛かる。そもそもそんな環境作りを始めるまでに学習に適した期間―――即ち、青春時代はとっくに駆け抜けている。才覚を示してパトロンを得れば話は別だが、探す方もわざわざそうした玉石混交から才覚を探し出すよりも、既に親である先代が積み上げた豊富な人脈を元に英才教育を受けた子女の方が手っ取り早く信用もある。基礎的な教育に煩わされないと言うのは、非常に魅力的だ。
重視される第二に、信用が挙げられる。
ここで言う信用とは、古くからの友誼だとかそういう温い類ではない。なぁなぁで済ますものではなく、純粋に利害関係で結ばれたもの。愛情や友情がそれらに劣るとまでは言わないが、人の感情はちょっとしたことで変節する。もしも全ての人間のそれらが永遠に変節しないのであれば、世の中に物別れなど有りはしないだろう。
例え人間性に問題があっても、キャッシュフローとクレジットヒストリーが清らかならば金融会社が金を貸すように、互いの利益と害を正確に把握でき、契約に沿ってそれに違わないよう動くことが出来るのならば信用できる。個人での金銭のやり取りがトラブルになりやすいのも、感情に訴えて予めの取り決めを破ろうとするのがおおよその原因だ。大抵、言っただ言って無いだの不毛なやり取りから始まり、そのまま喧嘩別れになるのが常だが。
互いに何を求めていて、それを正しく理解し供与し合っている限りは互いを尊重でき、裏切るのならばそれに釣り合う以上の利益を追従する。だからこそ、少なくとも裏切りの代償が利益を下回っている限りは裏切らない。
そして最後に人間性。
本来ならばこれが最上位に来るべき要素ではある。しかしコレについては単純だ。姫の側近ともなると、どうしても同性同年代の子女を置くことになる。だが、よく考えて欲しい。十代の少年少女に成熟した人間性を求めるほうがどうかしている。まして政治に精通した思考をしている少年少女が、仮に英才教育を施されたとして果たして果たして全体の何%になることか。
そして如何に教育を施されていたとしても、所詮は感情―――それに良し悪しはあっても―――のある家庭で育てられたに過ぎない。人道性を排除して洗脳教育のような生産をされていないのならば、どうしても感情の起伏は存在する。
故にこそ、人間性は先述した2つの要素より重要視されない。重要視されないだけで、全く度外視されているわけではないが、それでもあくまで予備要素になる。どの道成熟していないのなら、将来姫を支える側近として精神面でも育てていけばいい。そういう考えの元に、エリカの侍女は選考されている。
そしてその上澄みの上澄み、所謂『姫のお友達』として選ばれたのがリリィ・シーバーである。
母がグロスター家やウェルボー家と言った名だたる貴族家を血縁を親戚筋に持ち、父は富裕層の出ながらも平民だったが、今やウィルフィード公国の政商と破格の立場。リリィ本人もそれに似合った教育を受け、侍女としての教育課程を数年に渡り受けていてその立ち居振る舞いは王族に劣るものではない。
主であるエリカの影に隠れがちだが、『姫のお友達』という立場上、彼女も非常に高スペックな来歴と能力を持っているのだが―――。
「ふふふ。お前は賢い子ですね、アズライト。昨日、お前のために新しいカリカリを買ってきたのですよ?食べますか?」
そのリリィは普段多大な重責に晒されているために、猫に癒やしを求めていた。
新見のパーカーのフードという、猫的に絶妙に狭くていい感じのベストプレイスに収まっていたアズライトを手早く回収し抱っこして胸に抱いたまま頬ずりする。まるで社会人十年目の独身アラサーOLのような執念を感じた新見は若干引き気味だ。
猫好きだとは思っていたが、一体彼女の何がそれほどの執着を呼び起こすのかまるで見当がつかない。
「リリィね。昔からどうしてか動物に嫌われるタイプなの。本人は動物大好きなんだけど。だから懐いてくれるアズライトが可愛くて仕方ないみたい」
「それは何というか、不憫だねぇ………」
その様子を生暖かい視線を向けつつエリカと新見は頷いてそっとしておくことにした。アズライトが若干助けを求めるように目線をこちらに寄越したが、新見が手を合わせ謝意を示すと、彼は背景に宇宙を投影させて悟りを開いた様子で静かに身をリリィに委ねた。
部屋の隅でリリィに抱かれたまま差し出されたカリカリを大人しく食べ始めるアズライトを尻目に、新見はエリカの個人PCを操作する。
この広めの会議室ぐらいある部屋は、元は本当に会議室だったらしい。何故に購入した邸宅にそんな会議室があるのかは知らないが、エリカがそこに改装業者を入れてにシアタールームに変貌させた。部屋の奥の壁一面がスクリーンになっており、導入された音響システムは勿論、投影機も無駄に凝っていた。
投入されたのはおそらく税金で、エリカがこの趣味を得た切っ掛けが新見である。一体これを作るのに幾ら掛かったのか怖くて聞けない新見であった。
「今日はB級映画にしようか」
「えー、B級映画?」
PCを操作しながら新見がそんな提案をすると、エリカが渋った。どうやら自分でも探してみて、ハズレを掴まされた経験からB級映画に対して消極的なようだ。
因みに、操作しているのは1コインのサブスクリプションで大抵の映像作品が見れるサイトだ。原盤も良いが、独り身の寮暮らしでは嵩張る一方なので新見もこれはと思ったお気に入りしか持っていない。
「イコール駄作って訳じゃないんだよ。これを人生に例える人がいるくらいには楽しんでいる人はいるんだ」
そこから新見の映画談義というか講釈が始まる。
割りと早口で人によっては引くような熱量で語る彼を、エリカはにこにこと笑って見ている。
「人生、か。やっぱりはんちょーは映画好きなのね」
「いやまぁ、色々見てきたしね。それなりの楽しみ方は知っているってだけ」
「楽しみ方………ね」
その一言に何が引っかかったのか、エリカはソファに身を沈めてしばし瞑目する。
「『たった一度の人生なんだから出会って別れて、泣いて笑って、生きてることを楽しむの。全力でね』」
やがて口に出したのは、教訓のような誰かの言葉。まるでそれこそ映画にありそうな台詞だが、新見には覚えが無い。だから首を傾げて聞いてみれば。
「それは?」
「私の恩人の言葉よ。ウィルフィードの姫じゃなくて、エリカという女の子を助けてくれた―――私の、人生の先生」
返ってきたのは、エリカの懐かしいものを思い出したかのような声音だった。すると彼女はうん、と大きく一つ頷いて。
「―――よし、今日はB級映画ね!コレにしましょう!!」
「あ、それは………」
新見の静止を振り切り、エリカがマウスをひったくって選んだ映画が再生される。評価☆2.5のマイナー映画。見始めてしまったから仕方無しに新見は付き合ったが、結果は前に一度自分が見て思った感想と同じ『オチが弱くて微妙』との事だった。
だが、まだ無名だった頃の有名俳優が師匠役で出ており『男なら蹴り技の1つや2つ持ってねぇとな』と、作中で強調して言及するぐらいにはアクションシーンの出来は存外よく、主人公の蹴り技は中々に画面映えしていた。確かに見方を変えると、これはこれで楽しいと思えたとエリカは笑っていた。
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