第二十二章 模擬戦・後編

 展開された城塞からおよそ200m離れた位置にある廃ビルの屋上に、リリィは伏射姿勢で狙撃銃を構えていた。


 七階建ての屋上ともあればそれなりの高さに達し、住宅街とアーケードを模しているこの模擬戦区域では周囲を一望できるほどには高さがあった。


(エリカ様………)


 スコープ越しに映るのは、自らの主であるエリカと風間だ。


 互いに刃を合わせて、拮抗している。ぱっと見る限りはエリカが押しているように見えるが、風間の回避能力がエリカの手数を上回っている。やはりニンジャ………とリリィは若干戦慄しつつ、機を伺う。


 彼女に与えられた役割は、エリカ及び班員のバックアップだ。新見に曰く、城塞の外に出てくるのは斥候の役割もある風間で、出来れば真っ先に潰したいらしい。斥候ということもあり、隊の耳目の役割を担っている以上確かに最初に潰すのは定石だが、それ以上に不意打ちを恐れていると言っていた。


 最初は眉唾であったが、あの一瞬―――リリィが主に警告を飛ばした瞬間、風間はエリカの背後に出現した。その数秒前には地面を奔る影を見たので、あれが彼の持つ異能の隠形であることは想像に難くない。確かにあの不意打ちは恐ろしい。気づいたら背後を取られていて、エリカとてリリィに警告されなければそのまま致命の一撃だ。


 真正面に捉えて近接戦闘している内はどうにかなるが、相手もまだ手探りしている状態なのは分かる。何処かで本命の一撃が来るだろうが、リリィが狙撃を差し込むならそこだろう。


 彼女がタイミングを図っていると、落雷のような轟音が城塞方面から響いた。今回で四度目だ。


(存外粘りますわね。流石に元傭兵と言ったところでしょうか?)


 陽動の役を担っている飛崎は、運が悪ければ一合もせず落ちるし、接敵しても長くは持たないと言っていたが未だに生き残っている。


 単騎での陽動など狂気の沙汰ではあるが、相手の全戦力の80%を足止めして守勢に回していると考えると中々の戦果だ。少なくとも、今回の模擬戦で一番の懸念点である斥候を2対1の状況に持っていっている。このまま斥候を仕留め、勝機を伺って城塞付近に潜伏している新見と三上に合流し、城塞を囲む。


 一人を欠いた第一班を特班五人全員で同時攻撃するのが理想ではあるが、それは難しいだろう。しかし斥候を引き離している現状と、仮にエリカが敗北してもリリィが狙撃して注意を引けばこちらに誘引できる。


 少なくとも、後ろからズブリは無くなるのだ。後は、新見と三上の不意打ちが決まるかどうか。


(とにかく、ここまでは予定通り―――)


 後は絶好の狙撃タイミングを待つだけ、と思った時だ。不意に、風が動いた。


(今、何か………?)


 自分が持つ異能が風に纏わるものだけに、空気の流れには敏感だ。ビルの屋上ともあって風の流れは強いが、一瞬それだけではない感覚があった。一体何が、とスコープから目を話した直後。


「!?くっ―――!」


 伏射姿勢のまま転がるようにして身を捻ると、一瞬前までリリィがいた場所に鉄の脚半が振り下ろされていた。


 何事だと狙撃銃を向けると、そこには全身鎧の騎士がいた。身の丈3メートル近いその騎士は、右腕を曲げて椅子のようにし、小柄な少女を座らせていた。


「騎士甲冑………ブリーフィングで言っていた」

「初撃を躱されるとは思わなかったわ。案外やるのね、貴女」


 そう言って少女―――宮村は小さく笑っていた。


「どうして………」

「ここに?それとも、何故?」


 ひょい、と騎士の腕から降り、彼女は地面に転がった何かを拾うように屈む。


「通信手段も奪ったことだし、教えてあげようかしら」


 手にしたのはIHS。はっとリリィが耳に手をやればそこに引っ掛けていたIHSが無い。どうやら今の緊急回避で落としてしまったようだ。


「戦闘開始の段階で、副総代の異能で索敵してもらっていたのよ。お姫様との戦闘が始まるまで、特班の位置情報を逐一報告していたから、全員の大体の居場所は把握しているわ。地味な男と思ったけれど、クラスExなだけあってなかなかに有用ね。消耗を考えなければ影があるなら数キロ圏内はあの男の知覚範囲だそうよ」


 反転攻勢に出るのに狙撃手は邪魔だから、位置情報から役割を割り出して処分に来たのだろう。


 つまり、リリィの位置は最初から風間に知られていた。このまま狙撃していても、仕留められなかった可能性が高い。だが、宮村がここに来たということは。


「まさかアレは………」

「そう。本体である私がここにいるのだもの。今はもうハリボテよ。アレは元傭兵の引き付けるための餌。今は小夜が相手しているから、まだ気づいてないでしょうけど。私、これで子供頃からかくれんぼは得意なのよ?」


 城塞の方に視線を向けると、依然光り輝く城が存在していた。だが、あれは今見掛けだけだという。そしてどうやってか人目につかず抜け出して、バックアップ要員を潰すために動いた。


 リリィは狙撃銃の銃口を宮村に向けていつでも撃てるように構える。


「余裕ですわね。ペラペラと自分達の手の内を明かすだなんて。騎士の前に出たら、防げませんよ?」

「なら、早く撃ったらどうかしら?大体、私には焦る理由が無いわ。だって―――」


 にまにまと、宮村は人の悪い笑みを零し。


「―――


 言葉と同時、リリィの胸にペイント弾が直撃した。


 


 ●




 裏路地を経由して、新見は城塞の左手側に回り込もうとしていた。


 模擬戦が開始してから直ぐに城塞が展開されたのを確認し、予め当たりをつけていたポイントへ移動した新見は第一班の動きが観測できる場所へと移動していた。少々特殊な視力をしているため、それを用いて飛崎が城塞に取り付くまでフォローをし、その後は狙撃手の視界に入らないようにルートを選びながら進み、そろそろ定位置に着こうとしている。


 ここまでは予定通りだ。飛崎が陽動を行い、風間が斥候役として遊撃に出ることは分かり切っていたので、単体戦闘能力が高いエリカを宛てがい、リリィを補助に回す。


 風間を下せればこちらに合流できるし楽できる。よしんば落とされたとしてもリリィの狙撃に注意を引かれて戻ってこれないだろう。その場合、3対4で数の上では不利にはなるが、残っているのは防御専門と遠距離攻撃寄りの人員構成。


 いずれにせよ懐に入らねばこちらに勝機はない。遠距離攻撃を掻い潜ることもそうだが、何より折角懐に入っても背後からの不意打ちを気を取られていては折角の勝機を逃しかねない。だからこそ、最優先目標は風間だったのだ。


(後は、対応されるまでにどれだけ接近できるかどうかだけど………)


 おそらく、城塞に入った段階で気取られるだろう。


 侵入から接敵までにどれだけ掛かるか想像がつかないが、それが短ければ短いほどいい。お膳立ては整いつつあった。ちなみに、三上は城塞から右手側に既に配置してある。


(まぁ、どの道ダメ元だ。やれるだけやってみよう)


 思いの外飛崎とエリカが粘ってくれているから勝利の光がチラチラ見えて来たが、それでもまだか細い。この膠着状況は狙って生み出しはしたが、ここまで長引いているのは奇跡的だと新見は思っている。


 最悪、飛崎もエリカも既に落とされて一縷の望みを懸けた特攻しか無い可能性も考慮していたのだ。新見と三上が同時に別方向からの強襲が出来る段階まで引っ張れたのは望外であった。


 しかし、と言うべきか。


 足元が掬われる瞬間というのは、得てして希望が見えた時にこそ来るものだ。


『―――マズいぞ、班長』

「何があった?」


 合図の関係と戦闘しながらというのもあって、通信を繋ぎっぱなしにしていたIHSから飛崎の報告が来た。どうにも声音も台詞もよろしくない。


『今、儂の攻撃に混じって城から一発だけ別方角に発砲音があった』


 轟音が背景音に混ざっているので、未だに雷閃を放っているようだがそんな中でも銃声を聞き逃さなかったらしい。


『お前さんの目が特別製のように、儂の耳も特別製でな。反響を考えるに、儂や班長達を狙ったものではなかった。ようだ』


 その言葉を聞いて、直ぐに気づく。


「リリィ!聞こえるか!?」


 新見は慌てて声を上げ呼びかけるが、応答がない。


『一本取られたな。となると………ひぃ、ふぅ、みぃの―――これひょっとして、城主は不在か?一体いつの間に抜け出しやがった、あのちんちくりん』


 城塞には見える位置に三人しかいない。中に引っ込んだのかと思ったが、今まで表に出ていたのに引っ込む理由も分からない。考えられるのは、城塞を抜け出してこちらのバックアップを潰しに動いたぐらいだ。敵を引きつけるつもりが引き付けられていたのだとしたら笑えない。


『ど、どうします?』


 三上の動揺した声に新見は首を横に振る。


「しょうがない。バックアップはなくなったけど、当初の予定通りに動くよ。どの道、一矢報いるなら大将狙いしかない」

『だったら折を見て全力をあの城塞にブチ込んでやる。城主不在のハリボテならそれで崩れるだろう。多分、儂はそこで討ち取られるだろうが―――勝機があるなら、その時だ』


 飛崎の提案に新見は分かった、と頷いた。飛崎のフォローをしていた時に、大将が誰かは確認している。あの一年―――加賀だ。つまり、今城塞には防御専門が一人と遠距離攻撃組が二人の三人だけ。不確定要素になり得た宮村は不在。


 三対三の、数の上ならイーブン。悪くない。懐に入ればこちらが有利。カードは一枚落ちたが、チャンスでもある。


「僕ももう配置につく。今なら二人欠けている。合流されたら勝ち目がないから、そこで仕掛けよう」

『了解。急げよ。儂とていつ落ちるか分からんぞ』

「ありがとう、レン。正治、そろそろ出番だよ。君が大将なんだから、最低でも一撃入れてね」

『押忍………!』


 その返答を聞いて、さてどうなるかな、と思いつつ新見はエリカへ通信を繋いだ。




 ●




 遠雷に混じって剣戟がコンクリートジャングルに響き渡る。


 エリカが攻め手で風間は守勢に回っているが、精神的に焦れているのはエリカの方だった。戦闘開始からおよそ五分。ずっと攻勢に出ているが、一度として当てていないからだ。全て躱されるか、もしくは小太刀でいなされる。


 こちらは刃渡り90cmの直剣。相手は刃渡り30cm弱の短刀だ。武器のリーチは圧倒的にこちらの方が上。使用者の上背を加味しても、それでもエリカの方が有利。にも関わらず攻めきれていない。


「―――っ!」


 身を低く疾駆し踏み込む。相手も反応しているがこちらの方が踏み込みの慣性もあって速い。逆袈裟からの斬り上げ。タイミングも間合いもカチリとハマりきったお手本のような一撃だ。少なくともエリカはそう確信していたし、今までの経験では当たっていた。


 しかし、僅かに相手の像がぶれたかと思うと剣先は虚空を斬る。


 まただ、とエリカは歯噛みする。戦闘を開始してから今まで、直撃を確信した攻撃はいくつもあった。その尽くがいなされるか、今のように外される。それが異能か特殊な歩法かは不明だ。しかし、最初は手持ちの武器が真剣だということもあって剣の腹を当てようとしていたエリカが、本気で刃筋を立てるぐらいムキになっても当たらない。


(やはりニンジャ………!回避盾と言うのは本当なのね!?)


 追撃を加え続けて崩すか、とドローンに意識を集中しようとした所で。


『エリカ。返事はしなくていいからそのまま聞いてくれ』


 耳に引っ掛けたIHSに新見からの通信。思わず動きを止めてしまった。


『リリィが落とされた。君かレンが最初だと思っていたが、相手の方が上手だったようだ。もうバックアップはないと思ってくれ』


 良い所で水を差された、と思わなくもないが流れてきた情報は看過できないものだ。風間から距離をとって、剣を構え直し対峙するようにして時間を稼いで新見の指示を聞く。


『僕らは予定通りに大将狙いに動く。君はそのまま副総代を抑えてくれ。ひょっとしたら、リリィを落とした戦力がそちらに向かもしれない』

「―――長くは保たないですよ」

『だろうね。こちらも決着を急ぐよ』


 小声で返すと、通信が切れた。


(とは言ったものの、ここで一枚くらいは落としておかないとちょっとカッコ悪いわ)


 エリカの役割は風間の抑え。


 あわよくば撃破、と見ていたが実際には手をこまねいている状況だ。ここでリリィを落とした戦力が来たらエリカは非常に劣勢に立たされる。元々が対多数戦よりも一対一に適正がある―――いや、極論、そこに特化している戦闘能力だ。


 元々、エリカはその出自と立場から護衛を配置しているのがデフォルトなのである。であるならば対多数戦に必要な味方を巻き込みかねない面制圧能力よりも、包囲を脱出するための一点突破型の単体撃破能力こそが必要になる。


 故に、複数人相手に単騎で立ち回る状況を想定しておらず、エリカ自身もその経験は無い。


 とは言え、自身が剣帝の娘、そして自国の将軍の弟子である為に実力差があれば多少の多勢に無勢なら覆せる。


(目の前のニンジャが格下なら良かったのだけれど)


 問題は目の前の、今対峙している相手ですら格上だということ。


 それどころか、まだ手を抜かれている状態だということ。


 理由は分かった。ほぼ間違いなく相手の目的も時間稼ぎだ。こちらの奥の手を出させるほどには追い詰めないでのらりくらりとやり過ごし、リリィを撃破した戦力と合流した所で一気呵成に仕掛けて安全に確実に仕留めるつもりだったのだろう。


「―――よくよく戦う。剣姫の名は伊達ではないか」


 構えること無く、隙だらけの棒立ちのまま風間はそう告げる。安い挑発だ。エリカが意図を察した事に気づいたのかも知れない。


 このまま睨み合えば負けは必定。時間も大分稼いだことだし、ここは勝負に出るべきかとエリカは考え整息を一つ入れる。


「本来、女性というのは戦いに向いた身体の作りをしていません」


 エリカが剣を本格的に習い出す切っ掛けになった人物は、常々そんな事を言っていた。身体能力値だけならば、どうやっても男の方が優勢になると。男にも生理はあるが、女のそれの方が圧倒的に重く、戦場に常に身を置くにはコンディション管理は非常に難しい。


「特に近接となると尚更です。個々の資質にある程度左右されるにしろ、骨格や筋肉の絶対量は全人類の平均を出せば必ず男性に軍配が上がります」


 その考えが差別的だろうと何だろうと、事実は覆らない。生物がそうやって出来ていてそうやって進化して来た以上、変えようがなく、揺るぎようがない真実だ。


 人類が今の形に進化するのに数百万年という時間を掛けた。同じような時間を掛ければあるいは、男女の差というのは無くなるかも知れない。だが、今はその性差というのは厳然と横たわっているのだ。


 だが。


『―――だからと言って女が無力なはずもない、でしょう?』


 そのメイドは太陽のような笑顔で、身の丈に迫る大剣を担いでニカリと笑ってみせた。女だてらに段平を振り回し、メイド服を着ているくせに給仕の仕事一つまともに熟せないそのメイドは、しかしたった一人で死地に悠々と現れ、不安と恐怖を前に慄いていたエリカの窮地を見事救ってみせた。


 その背中を彼女は未だ脳裏に焼き付けている。片手を失おうと、片目を失おうと、仮初であっても己が主を背に決して外道に屈することがなかった鋼鉄の侍女。自爆すら厭わない狂信者を相手に、それらを超えるほどの闘志の炎を以て主の敵を灼き滅ぼす太陽の女。


 絶望の中、その女の背中は焦がれるほどに眩い輝きを放っていた。


 姫として、口にすればあらゆるものを与えられていたエリカが生まれて初めて、ああなりたいと心からの憧憬を覚えたあの姿。


 その日から、あの背中を追いかけてきた。


 姫という立場を捨てられず、女であるということを否定せず、それでもあの太陽のようになりたいと。


「女にも配られたカードはあるんですよ………!」


 剣を構えて前へ。


 その速度は今日一番の鋭さを持って踏み込まれる。だが三歩浅い。剣閃が届く距離ではない。しかしエリカは剣を振りかぶって、ぶん投げた。


「―――!?」


 唐突に投擲された剣に驚き、風間はたたら踏むように後ろ斜めに身を翻して躱す。ほんの僅かに反応が遅れていたら串刺しになっていただろう。そして迎撃すべくエリカに視線を向けると。


「Double!」


 すると彼女はこちらを見据えたまま背中に追随するドローンにマウントされた直剣に手を触れ、追加生産していた。そのままの勢いで踏み込み身を翻して。


「ぐっ!」


 斬り上げを短刀でいなすが、あまりの強撃に防いだ腕が弾かれる。それは明らかに今までの一撃と質が違っていた。


 今までの剣撃が刃筋を立て、丁寧に斬り付ける剣撃なら、これは力任せに壊れても構わないと全力で振るわれた一撃だ。


 それも、ただの力任せではない。単純な筋肉や体重移動による出力だけでなく、身を翻す遠心力と女が持つ筋肉の靭やかさを利用した強撃だ。それは鞭のような速度と強度を付与し、加速した剣先は空気を切り裂く。実際、防いだ風間の短刀の刃はあまりの威力に欠け、振り切った相手の直剣も刃が欠けている。


 確かに威力と速度は素晴らしい。受けたこちらの手が痺れて握力が持っていかれるほどだ。


 だが、そんな大振りの一撃は大振り故に隙が大きい。そこを攻めてやれば反撃は容易い。それが分からない程、エリカは未熟な剣士ではないはずだ。追い詰められてムキになったのか、と風間が思えば。


「っ!?」

「Double!」


 振り切ったかと思えば更に身を翻して欠けた剣をこちらに投擲。それと同時に複製して補給していた。


「そんなのありか………!」


 投げられた剣を躱し、再び迫った強撃を短刀で防ぐが、そこに至って風間はやっとエリカの意図に気づく。


 武器破壊だ。既に二回の強撃を受けたことで、風間の持つ短刀は欠け、いかなる膂力を受けたかヒビまで入っている。相手も武器を壊しているが、異能を用いて幾らでも補給可能なのだから実質ノーダメージ。それに付き合えば単騎の今、風間は無手でクラスEx適合者と相対せねばならない。


 まともに受けれて後一撃。気づけばそんなところまで追い込まれていた。


 そしてそれを見逃すエリカではない。


「Double!」


 今度は手にした剣を複製、二刀流になる。それを揃えて風間へと叩きつけ、短刀で防御されるが唯一の武器と言っていいそれを打ち砕いた。


 だが、風間もさるものと言うべきか、武器を失う覚悟で短刀をエリカの直剣に叩きつけていた。彼が持つ短刀も複合金属で構成される硬度が高い素材で作られている。いかなる力点が作用したか、自身の破砕と引き換えに、短刀はエリカの直剣を二振りとも叩き斬っていた。


 互いに、瞬間的に無手になる。


 しかしエリカにとって、それすら想定内だ。


 テンプレートが呼び起こすのは、この世ならざる奇跡。単純な複製とは違う。エリカが考えついた、複製が出来るのなら出来て当然の妙技。


 即ち。


「―――Rebuild………!!」


 意思と霊素を持って、エリカの願望が世界を書き換える。


 手にした折れた二振りの剣が燐光を伴って分解、一本の大剣へと再構成されたのだ。それは、あの恩人が振り回していた段平。構成素材こそ違うが、形から装飾に至るまであの日、憧れとともに目に焼き付けていた太陽の女が振るった大剣。


 そう有りたいと願ったエリカが世界に押し付けた、自らの衝動Idが現出した。


「っ!?」


 風間はその奇跡に驚愕し、目を見開く。エリカはその特大の隙に大剣を叩き込み。


「え―――?」


 吸い込まれるように剣閃は確かに風間を捉え、ぼふん、と墨のような黒い煙とともに空を切る手応えだけをエリカに寄越した。


 そして。


「剣技ならともかく、騙し合いなら負けんよ」


 いつの間にか懐に出現した風間は、剣を振るうエリカの腕を取ってその慣性を誘導して、一本背負いの要領でぶん投げる。アスファルトに背中から叩きつけられたエリカは、IHSから自らの撃破判定を聞いた。




 ●




 城塞を前にして、飛崎は未だに無傷で立っていた。


 胸壁から狙撃銃の銃口がこちらを向き、番えられた光の矢がいつでも撃てると狙っている。それを前にして、しかし臆すること無く悠然としていた。


 そのあまりの堂々っぷりに実は戦闘が終わっているのではないかと錯覚するほどだが、そんなことはない。千日手のような膠着状態に陥っただけだ。


 光の矢による面制圧と狙撃による一点突破は、その全てを防ぐなり躱すなりしていた。あの電磁障壁モドキは全てを防ぐほど万能ではないが、来るタイミングさえ外さなければ大体防ぐ。


 しかし、それが楽なことでないことは少し考えれば理解できるだろう。タイミングさえ外さなければ、と言う但し書きが示すようにタイミングを外せば防げないのだ。言うならば、迫りくる緩急様々な飛び道具に対し全てジャストガードして防いでいるようなもの。


 その技量も当然のことながら、胆力も並の経験では成し得ない絶技に等しいやり方だ。


 では、飛崎が優勢なのかと言えばそれは違う。城塞の入り口―――門を前にして一人の女が立ちふさがっている。特殊複合装甲の盾を構えた式王子だ。その前にはハニカム構造の半透明な障壁が展開されており、それ以上の敵の侵攻を阻んでいる。


 既に何度か雷閃を叩きつけているが、その尽くを防ぎ切っていた。


 専従防御者は固くて困るな、と飛崎は胸中でボヤきながら口を開く。


「ふむり。式王子つったか。一昨日ぶりだな」


 既に新見も三上も配置にはついている。合図も来ている。エリカの抑えもそろそろ限界だろう。となると、ここで刺し違えてでも活路を開く。


 式王子は会話のためか障壁を解いた。


「あ、はい。その節は久遠ちゃんがお世話になりました」

「おう。子供が親もなくフラフラするもんじゃねぇからな、それはいいさ」


 別に単に悠長におしゃべりしている訳ではない。度重なる防御と合間合間に撃った雷閃で高純度霊素のストックが切れる寸前だったのだ。畳み掛けられていたら押し切られていたが、こちらが堂々としていたため相手が警戒して空白が生まれていた。それを利用しての補給だ。


「さて。膠着状態だな?そっちの狙撃組は儂を落とせず、儂はそっちの防御を抜けねぇ」

「そうですね。リーダーは特班の班長さんですか?」

「それを教えると思うか?」


 飛崎は苦笑して、しかし尚も口を開く。後少しで六連シリンダーは満タンになる。それら全てを吐き出して、あの城塞を崩す為の方策を練りながら、だ。


「とは言え、こっちの勝ち筋はリーダー一点狙いだ。その城に引き篭もっている内はそっちの勝ちは揺るがねぇだろうさ」


 準備は整った。後は、どう崩すか。そのルートも見つけた。


「―――だから引き摺り出すとしよう」


 トリガーを2回引く。


「Encore、韋駄天―――Vivaceヴィヴァーチェ!」


 祝詞と同時にさせるかとばかりにペイント弾が来た。だが、両脚だけでなく全身に雷纒した飛崎はそれを防がず横っ飛びして回避。


『っ!?』


 今までにない速度で左右に照準を外すようにジグザグ移動して式王子に急速接近。抜打ちが来ると警戒した式王子が身構える前に、飛崎は腰部のハードポイントから短機関銃を抜き出して斉射。


「ひゃっ………!」


 急に動きと攻撃方法が変わった敵に動揺した式王子は、異能を展開するのではなく複合装甲の盾でその銃撃を防いだ。


 装甲に色とりどりのペイントが付着し、盾が前衛アートの色彩になる。その着弾音で今更ながら障壁を展開していない事に気づいたか、慌てて式王子は自らの祝詞を口にする。


「が、硝子之鋼ガラスノハガネ………!」


 正面に構えた盾を基準に、半球の障壁を展開。全球ではなく正面に集中することによって強度を増した障壁は、既に飛崎の雷閃を幾度も防いでいる。例え接近した所で抜ける程やわではない。式王子は過信こそしてはいなかったが、それでもここに至るまで防いだ実績に安堵はしていた。


 今まで防いでいたのだから、次も防げると。そうした思い込みがあった。もしも彼女が実戦を経験していたのなら、そうした甘さはなかったのだろうが、それを初陣すら切っていない彼女に求めるのは酷というものだ。


 だからこそ、飛崎の取った行動に追いつけなかった。彼は今までに見せない速度のまま急速接近し。


「よっと」

「飛んだ!?」


 式王子が展開した障壁を足場に上空へと飛んだ。城塞から式王子が障壁を足場にして降りてくるのを目撃していたのだ。自分も可能だと判断したのだろう。


 リニア加速による反発を用いての跳躍は、飛崎の身を無防備にさせながらも空へと弾き出した。


「班長!三上!征くぞ………!」


 雷跡を宙空に刻みながら優に20mは飛び上がった飛崎は、合図を出しながら残り4トリガー全てを叩き込む。


「Double vertical line、韋駄天・雷切―――」


 手繰る祝詞は、変則仕様。


 磁力を以て空中ダッシュすら可能にした仲間を見て思いついたと言う、恩師が遺した広瀬派天元一刀流が雷鳴式。それらを同時発動し落雷のような速度で急速接近し、至近距離で雷閃を叩きつける複合技。


 それでも式王子の展開する障壁を抜けるか分からなかったので、前面に集中させるよう誘導し、裏を掻いての一撃だ。


「Encore、鳴神ナルカミ………!」


 直後、虚空を蹴って宛ら落雷のように上空から迫った飛崎は城塞へと向かって叩きつけるように雷閃を解き放った。


『っ!』


 だが、東山と加賀は冷静だった。


 東山は加賀の前へ出て、加賀は東山を盾にするように背後に身を隠す。この状況下で、しかしそれぞれの役割をきちんと理解している。大将が加賀である以上、それを守ろうとするのは冷静でなければ出来はしないだろう。そして東山は番えていた光の矢を飛崎へと向けて。


(逃しちゃくんねぇよなぁ、そりゃ。防ごうと思えば防げるが、手加減しろと言われてるし………じゃぁ、後はよろしく)


 城塞が崩れると同時、飛崎の土手っ腹に光撃が突き刺さり、思ったよりは重い衝撃と共にIHSから撃破判定の音声を聞いた。




 ●




『行くよ!』

「押忍!」


 その様子を見ながら身を隠していた三上は新見の指示で物陰から飛び出す。


 落雷が城塞へと突き刺さり、その威力を以てしてまるで硝子のように光り輝く城は砕け散った。飛崎と東山、そして加賀が地上へと落下する。結構な高さからの落下ではあるが、霊樹で強化されている身体なら、頭から落ちない限り悪くても打ち身ぐらいで済む。つまり、そのまま継戦出来るということだ。


 今の攻防で飛崎と、そして東山が共に撃破判定のはずだ。


 飛崎は大技の後隙を突かれて、東山は城塞を破砕するような高威力の雷閃の余波で。しかし東山は大将である加賀を守るように前に出ていたので、加賀はまだ撃破判定ではない。少なくとも、その判定が成されればIHS経由なり模擬戦区画に配置されたスピーカーなりで試合終了の合図が響くはずだ。


 それがされてない以上、未だ試合は続いている。


 加賀を挟んで反対側、新見の姿が見えた。手には銃剣を着剣した突撃銃。それを構え、加賀に向かって斉射するが。


「硝子之鋼!」


 動揺から立ち直った式王子が、加賀の周囲に障壁を展開する。


 吐き出されたペイント弾はハニカム構造の障壁に色を付けただけに留まる。だが、急ぎで、しかも自身を中心ではない無理矢理な展開だったせいだろう。障壁は主に新見の方に強度を振っており、三上の方は薄い。


 とは言え、ペイント弾やただの拳でぶち破れる程柔らかくないのは式王子と付き合いの長い三上がよく知っている。だからこそ、三上は右の義手を握る。


 これはまだ、式王子にすら見せたことのない異能の使い方だ。水無瀬に師事し、彼の技を余すこと無く受け継いだ。水瀬が使う異能と、三上が使う異能が似通っていたことも幸いして、その精度や習熟度こそ劣るが彼が使う技も使える。


 人に対して使うのは心がブレーキを掛けてしまうが、障壁に対して使うなら別だ。


「霊鎧、形成………!」


 三上の異能は霊素粒子を糸状にするもの。それを増幅器内蔵型の複合装甲義手経由で編み込んで、巨大な拳を形成する。聖拳、と呼ぶ彼の技よりかは些か雅さには欠けるが、それでも威力はお墨付きだ。


「―――三割超過オーバースリー!」


 正拳一発。編み上げられた巨大な拳は握りしめられたまま突き放たれ、障壁に直撃して対消滅するようにして弾けて消えた。全損でこそ無いが、これで三上の方は隔てるものは何もない。


 道が開かれる。


 余談だが、ロケットパンチじゃねーか!飛ばせ鉄拳の美学!と地上に無事着地した昭和生まれがゲラゲラ笑っていた。


「謝罪しよう。正直、君のことは脅威に思っていなかったんだがな―――」


 砕かれた障壁に驚いた加賀の言葉を聞くまでもなく、三上は追撃を加えようと駆け出すが。


「―――だが、それも予想済みだ」

「ウサギのお茶会は続くわ」

「!?―――ぐげっ!」


 誰かの祝詞と共に、三上の足元―――影から黒いウサギがぽこぽこと何体も溢れ出した。


 額には三日月の模様があるそれらは三上の身体に抱きつくと、押し倒すようにして拘束する。逃さぬ、お茶会は永遠に続くのだと言わんばかりに押さえ込み、三上の動きを阻害する。


狂った帽子屋マッドハッターの糸は、鋼の鎖」

「っ!」


 みっともなく前のめりに倒れ込んだ三上はウサギ達に押さえつけられながら、再び祝詞を聞く。すると今度は新見の影から鎖が出現し、その手足と手にした突撃銃を絡め取って拘束した。


 そして、祝詞の主が加賀の側へと現れる。


「ただいま、徹矢。無事だった?」

「問題ない。いいタイミングだった」

「ええ。実は元傭兵が仕掛ける時には戻ってきていたわ。それで、そこのでかいのが大将ね?」


 巨大な騎士甲冑の肩に座っていた宮村が、にまにまと甚振るような笑顔でこちらを見る。


 どうにも帰ってくるのが速すぎる、と三上は思ったがどうやらリリィを撃破した後真っ直ぐにこちらに来ていたらしい。それも予想通り、と言うことはリリィを潰したのはバックアップを潰す以上に、そうすることでこちらを揺さぶり、勝負を仕掛けるタイミングを意図的に早めさせたのだろう。


 そして、この場にいないと思わせていた宮村を伏兵として配置した。こちらがリーダーの一点狙いを仕掛ける瞬間、つまり、尤も周囲に無警戒なタイミングで盤面をひっくり返すために。


「くっ………!」


 まだ撃破判定は出ていない。三上はウサギ達に抑えられたまま身動ぎし、最後っ屁のごとく何かを成そうとする。しかしそれを許す加賀でもなく、脇のホルスターから小型自動拳銃を取り出し三上に向ける。


チェックメイト詰みだ」


 三上の視界がペイント弾の塗料で染まり、試合終了の合図が模擬戦区画に鳴り響いた。

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