第二十一章 模擬戦・前編

 時間はほんの少し遡る。


 作戦を練り、開始と同時に特班の面々は散開。それぞれの持場に駆け出した。


 今回の模擬戦に於けるレギュレーションは大将撃破。大将の設定はそれぞれ自由に行えるが、膠着状態を回避するために大将には『あんたが大将』と書かれた腕章をつけねばならず、戦闘終了までに必ず一度は攻撃に参加せねばならない。


 制限時間は20分。時間内決着は大将の撃破だが、制限時間到達時に生き残っている人数が相手より多くても勝利判定だ。もしも大将同士だけが生き残った場合、そのままサドンデスに移行する。


 因みに撃破はIHS経由でコンピュータによる判定がなされる。


「ほほぅ。マジモンで城だな、ありゃ」


 廃墟の影を背にして、飛崎はスクランブル交差点を塞ぐようにして出現した光り輝く城を確認し、感嘆するような声を上げた。


 教練校指定の都市迷彩模様の戦闘服に身を包み、幾つかの武装をしていた。腰部マウントに短機関銃を固定し、左手にはyの字型の鉄塊を携えていた。よくよく見れば、それが変わった鞘に収まった刀だというのが見て取れる。


 支給品ではなく、自前の兵装だった。


(慣れた武器を使っていい、と言われたのは僥倖だったな。増幅無しだと異能まともに制御できんし。山口教官から手加減も頼まれているしなぁ………)


 さて連中の準備はまだかねと飛崎が待機していると、耳に引っ掛けたIHSから通信が入る。声の主は新見だ。


『―――悪いね、レン。君を捨て駒にして』

「構やしねぇよ。これが実戦なら逃げの一手だったんだろう?だったら文句はねぇさ」


 先程のミーティングでの結論は、第一班相手に常道で勝ちを狙うのは無謀だというものだった。


 もう少しこちらに有利な戦場を用意できていたのなら話は違ったかも知れないが、用意された戦場やレギュレーションは何処までもイーブン。どうやっても地力が物を言うし、構成員が全てクラスExの第一班に真正面から挑めば敗北は必定だった。


 多少の策でも食い破られるのは想像に難くない。それを崩すにはそれなりの犠牲を強いる。故に、特班が出した結論は『死ぬことはない模擬戦だから無茶をして糧にしよう』である。


 つまり、特攻基軸の神風戦法カミカゼアタックだ。


「それより指示は頼むぞ。奴さんの遠距離攻撃が矢なり銃撃に限られているなら城に取り付くまでは出来るだろうが、それだってタイミング外しゃ出来なくなるぞ」

『任せといて。―――昔から、目は特別製でね』


 敢えて目立つ場所に身を晒し、狙撃を防ぎながらの陽動が飛崎与えられた役目だ。異能による防御を行いつつ、展開された城塞に急速接近し相手の耳目を集める。言うは易しではあるが、雨のように迫りくるであろう銃弾と矢を如何にして防ぐのかは新見は勿論、特班全員が疑問視していた。


 とは言え、作戦立案時に飛崎自身が補佐があれば可能と断言し、その方法を聞かされてはいた。実際の戦場でも使っていたらしいので、実戦証明はされている。実はエリカも似たようなことを出来なくはないのだが、陽動に必要な派手さに限ると飛崎に軍配が上がったためにこの配置となった。


「で、他の連中は配置についたのか?」

『何時でも大丈夫ですよー』

『問題ありませんわ』

『こっちも配置についた』


 問いかけると、それぞれから了解の合図が来た。


『後はレン、君の好きなタイミングで行っていいよ』


 新見のGOサインを聞いて飛崎はそうかいと返事をして、手にした妙な形の鞘の握り部分の頂点にある突起を親指で押し込みつつ意識を集中する。意思に呼応するように身体中に張り巡らされた霊樹が反応し、霊素を励起させる。すると鞘尻に空いた排出口から燐光が吹き出し、彼の周囲に纏わり付くように漂う。


 重式多重増幅霊装かさねしきたじゅうぞうふくれいそう朧改おぼろかい


 トリガーシステムと呼ばれる汎用霊素装備群の派生型。増幅特化装備であるその鞘は、通常のトリガーシステム搭載装備である霊刃刀や霊光剣のように増幅弾倉を用いて刃を作り出すことはない。


 これの呼び水は使用者の霊素。それを鞘の増幅室にて増幅させ、握りを通して使用者に返し、再び鞘へと送り増幅を繰り返す。排出口から出る可視化するほどに濃い霊素粒子―――燐光は、増幅の過程で出た不純物、粗熱のようなものに過ぎない。


 循環による反復を繰り返すほどに純度と濃度の高い霊素になり、使用者が持つ異能の性能を引き上げる。無論、ノーリスクなはずがない。基本思想は他の増幅機能を持った霊装と変わらないが、朧改の特殊性は2つ。増幅した霊素粒子を6セットまで内蔵シリンダーにストックできることと、リミッターが無いこと。


 前者のデメリットは濃い霊素粒子を貯める事ができる反面、隠密には全く向かないこと。霊素反応を探られれば一発で見破られるほどに目立つのだ。


 後者のデメリットは見誤ると暴発や暴走のリスクを常に孕んでいるということ。純度を高め過ぎれば暴発して自壊しかねないし使用者も巻き込む。また、高めた霊素が自分のキャパシティを超えていれば異能を暴走させ、やはり自滅しかねない。


 これらのデメリットを上手くいなしつつ、扱いきれば確かに非常に有用な霊装ではある。元々飛崎が扱っていた霊装はもう少し扱いやすいものだったのだが、『不死王』討伐戦にて見事なまでに全壊し、仲間の形見と一緒にリビルドする際に職人に無理を言って特化型へと作り変えた経緯があった。


「さぁて、じゃぁ一丁偉人に習うとしますかね」

『偉人?』


 全ての増幅を終えた飛崎は口元を緩めてこう言った。


「昔の偉い人は言いました。―――負け戦こそ面白い、一騎駆こそ戦場の華と」


 人差し指部分のトリガーを一度引く。内蔵シリンダーが回転し、高純度霊素のストックが一つ開放され飛崎へと帰ってくる。


 その高められた霊素を呼び水にして、消却者が住まう燐界への門がこじ開けられる。


 そこから流れてくるエネルギーこそ、本来の霊素粒子。適合者が普段体内に宿す霊素など、単なる呼び水に過ぎない。流れてきた粒子は飛崎と言う個人フィルターを通して本人が使いやすいように最適化される。


 この世界の理に適合するように顕現させるのだ。物理法則さえ異なると言われる燐界の現象を、無理矢理この世界に理解Realizeしやすいように現界させる―――それが、適合者の持つ異能と呼ばれる人ならざる力。


「ではその美学に習って咲かせてやろうではないか。尤も、儂が咲かせる華は雷火の類だがな」


 そして脳が無意識で行っているその煩雑な処理を、適切に素早く誘導する技術がある。前世紀のスポーツマンが試合前に特定行動を行い、スイッチを切り変えるように意識的に行う―――所謂、ルーティンと呼ばれるもの。それを参考に、『大崩壊』直後、黎明期の適合者達は突然身につけた異能を制御する術を苦心して探し、そして得た。


 英語圏ではテンプレート。


 日本語では祝詞。


 思春期特有の麻疹厨二病に掛かった少年少女は呪文や詠唱などと呼ぶ。


 そう。当時の若者達が大人になって黒歴史だと身悶えるアレを命がけの状況下で大真面目にやり切った結果、皮肉にも最適解に辿り着いた。


 辿り着いてしまっやっちまったのだ。


 即ち、言葉で行う集中力の儀式。常に動き回り、身振り手振りなどのボディアクションがしづらい戦闘中にこそ効力を最大限に発揮する、適合者個人個人が持つ固有ルーティン。


Encoreアンコール―――韋駄天イダテン………!」


 力ある言葉祝詞と共に、両脚を中心に雷纒。物陰から身を躍らせるように飛び出し、城塞へと一直線に駆け出した。




 ●




 城塞の真正面の苔むした幹線道路に飛び出た飛崎を、当然のように第一班は見逃さなかった。勿論、その狙いもだ。


「単騎駆………?ここでの急速接近となると、陽動か。総代、周辺の警戒を」


 セミオート狙撃銃のコッキングレバーを引いて訓練用のペイントゴム弾を薬室に装填しつつ、加賀は指示を出す。城塞というトーチカ、スクランブル交差点という見通しが良くも進行ルートが限定されている地の利を得ている以上、仮想敵の行動は限定されている。


 少なくとも、今から来る飛崎は本命ではないと加賀は判断した。


 距離は200m。


 姿を現しての接敵にしては些か遠すぎる。スコープを覗いて姿を確認すれば、大将の腕章もない。何かしらの異能を用いているのか、その足の速さは確かに眼を見張るものがあるが、まだ幾分余裕がある。


 まさに狙ってください、と言わんばかりの登場であった。全くの無策ではないだろうが、それにしてもあまりにも無防備だった。


「どうするー?狙撃しよっか」

「いえ、速度はあっても直線的です。これなら私でも」


 狙撃銃を構え、立射で一発。


 火薬を落とし、色を付けるだけの弱装弾だ。非致死性兵器であるため直撃しても痣程度にしかならない威力しか出ないし、そこまで装薬を落としている以上有効射程はあまり広くないが、それでも200m級を外すほど腕は悪くない。


 当然のように放たれた一発は飛崎へと吸い込まれていき―――。


『うそぉっ!?』


 ―――奔る紫電に弾かれた。

 



 ●




 新見が寄越した合図と共に左手にした鞘を掲げるように突き出し、電磁障壁を展開した飛崎は飛んできたゴム弾が弾かれたのを確認した。


「………うん、まだ見えんな」


 視線の先、城塞の縁に四人の人影を認めてはいるが、精々背格好で判別できるぐらいで射撃タイミングまではまだ分からなかった。


 電磁障壁と呼称はしているものの、実はそこまで便利なものではない。


 実際には鞘を中心に磁力の幕を広げ、瞬間的に出力を上げて飛来物の軌道を曲げているだけだ。


 あまり燃費が良くないし、防げる範囲も精々人一人分。加えて正面方向にしか展開できない。常時展開が燃費の関係上不可能なため、見てから対応かタイミングを合わせて使用するぐらいしか使えない。


 動き次第で射線を限定させられ、射撃タイミングを図れるほどまで接近できる室内戦でならともかく、今回のような広々とした屋外での防御には不向きだ。そのため、目が特別性だと謳う新見に合図を任せたのだ。


 とは言えこの電磁障壁は便宜上そう名付けられているだけで、実際には飛来物が金属だろうが非金属だろうが、それこそ異能だろうが弾く。電磁バリヤーとか電磁シールドとかSFで存在したイメージを、燐界から取り出した霊素粒子を用いて障壁にしているからだ。


 そのプロトコルをこの世界に無理矢理当てはめ演算させた結果、エフェクトこそ電磁で構成された障壁そのものだが、本質は防御という概念そのものになってしまっているのだ。


 言うならば、違うOSで綴った言語を走らせたが文字化けして、しかし偶然意味のある有用な機能になったようなもの。


 飛崎に限らず適合者が用いる異能というのは、本質的には一種のバグ技のようなものだ。一見物理法則に沿っているように見えて、所々はみ出ている。見てくれと本質が全くの別物、と言うのはクラスが上に上がるにつれてよくある現象だ。


 科学的な見地で言うと、そもそもの霊素粒子が異世界の法則に基づいて動く代物である以上、この世界の法則に全てが当てはまらないのは必定とも言える。


 しかしだからと言って想像次第で何でもできる、という訳でもない。そうした曖昧さの代償は、大抵は燃費に反映される。


 この電磁障壁の場合、対象を金属のみだとかもっとこの世界の法則に寄り添って限定的に絞れば常時展開も可能なまでに燃費は改善されるが、飛崎連時という適合者にその手の改善はできない。


『本当に弾けるんだね。まぁ、ペイント弾だけど』

「出来ると言ったろう?それより次が来るぞ。まだ手元が見えんからタイミングは任せる」


 感心するような新見の言葉に、飛崎は走りながら鞘に霊素を送り充填。障壁を一度展開するのに1トリガー使う。


 短距離リニア加速に一回と障壁で一回。残弾は四。これから接敵するなら、相手が驚いて浮足立っている今の内に再充填を済ませなければならない。


『っ!総代が出てきた!ライフル持った一年と合わせる気だ!』


 走りながら再充填を完了させると同時、相手に動きがあった。視線を向ければ、城壁の縁に光が灯った。それが異能―――総代が放とうとしている『光撃』によるものであることは理解できた。


「Encore―――」


 故にこそ、飛崎はトリガーを引いて祝詞を紡ぐ。増幅された高純度霊素が開放され、事象の変化に合わせて紫電が迸る。


『今………!』

トバリ!」


 合図と同時、障壁を展開。


 それとほぼ同時に光の矢が着弾。それのみならず爆発と、洪水のような衝撃と光が視界を奪う。


 防がれるのを前提に、その後の油断を狙ったか一拍遅れてゴム弾も飛んできたが、合わせる気だと忠告を受けていたので飛崎は即座に解除はしていなかった。そして視界を奪われながらも足を進め―――。


「見えた………!」


 回復した視界の中、ついに第一班を補足した。


『じゃぁ、後は頼むよ!』

「応さ………!」


 そして飛崎は自分の射程距離に城壁を捉える。彼我の距離は50m。城塞相手に効くかどうかは分からないが、景気づけの一発だとトリガーを3回引く。内蔵シリンダーが回転する毎に高濃度霊素を飛崎へと渡す。


「Encore―――」


 電磁障壁を解除。右手を柄に添える。抜打ちの構え。当然、刃はこの距離で届かない。だが、刃が届かなくとも異能は届く。


 そして。


雷切ライキリ………!」


 抜き放たれた特大の雷閃が、大気を震わせて城塞へと直撃した。




 ●




「うわぁ………。派手ねぇ………」


 落雷のような轟音を響かせて、城塞の方角に紫電が奔ったのをエリカは確認して呆れたように呟いた。


 都市迷彩柄の戦闘服を着ていることは他のメンバーと変わりないが、彼女の装備は非常に変わっている。頭には宝冠、背後には彼女の動きに合わせるように浮遊する2機のドローン。ドローンには小型の霊素機関が搭載されており、宝冠を通して脳波コントロールされている。一機に付き6本の直剣が抜身のままマウントされており、12本全てが同じフィラーク社の2047年式特別仕様だ。


 ノートゥング、と銘を打たれたその直剣は、炭化チタンをベースに幾つかの素材と霊素結晶を溶かし込んで作られたアダマンタインと呼称される複合材料から作られている。硬さと柔軟性、そして霊素伝導率を高水準で纏められたその直剣は、神話から引っ張ってこられた名前に劣らないほど高いスペックを誇る。


 アダマンタイン自体がここ最近の内に表に出てきた合金で、合金の生成にも専用の設備が必要になる。そんな素材とフィラーク社の持てる全ての技術を注ぎ込んだこのスペシャルモデルは、世界で5本しか無い。


 オークションでの落札価格は日本円にして30億。これ一本でベストセラーの戦闘機が一機買える。おそろしいのは、それが初売りだということ。希少性も相まって今後青天井で取引価格が転がっていくのは言うまでもないだろう。


 尤も、エリカの場合は剣姫などという二つ名の影響で、箔付けも兼ねてか誕生日にフィラーク社からプレゼントされたのでタダなのだが。


 しかしそんな希少な剣が、世界に5本しか無い剣が、何故か12本もある。


 その理由は、彼女が持つ異能だ。


「―――Double」


 エリカがドローンにマウントされた剣に触れながら祝詞を口にすると、彼女の手に同じ剣が出現した。素材、大きさ、形状、装飾に至るまでそっくりそのまま同じものだ。


 『無機物複製ミラージュ・ビルド』、と捻りもなく名付けられた異能だ。分類は希少型。『幻想侵食ブロークン・リアリティ』などに代表される空想具現の亜種派生だが、下位互換でもある。無機物限定で、という但し書きは付くが理論上あらゆる人工物を複製できる異能だ。


 霊素出力係数―――詰まるところ、適合クラスにも左右されるがExであるエリカが用いれば大抵のものは複製できる。


 こう書くと凄まじい異能のように思えるが、そこまで無制限ではない。まず、余りに複雑過ぎるもの、あるいは使い手の理解の及ばないものは複製できない。仮に出来たとしてもガワだけで本来のスペックを全く発揮できない。また、複製したとしてもこの異能が空想具現の一種である以上、長くは現出できない。その制限時間は複製するモノの複雑さに依存する。


 クラスExのエリカでさえ実用レベルなら戦車を一時間出現させられれば御の字だ。それ以下のクラスだと銃火器や弾丸の類を複製するだけに留まる。尤も、使用者の疲労を無視すれば実質弾が無制限になるというならそれはそれで有用な異能ではあるのだが。


 ともあれエリカはこの異能を、自身の適性を考えて剣に振っている。元々、剣帝と謳われたマティアス・フォン・R・ウィルフィードを父に持つだけあって素地は抜群、指導も最上級で、近年はリヒテナウアー傭兵団に所属していた自国の将軍に手解きを受けている。


 近接能力は非常に高い。


『エリカ様。こちらの準備は完了しました。ターゲットも班長の予想通りに来ます』

「分かったわ。では、行きましょうか」


 耳に引っ掛けたIHSからリリィの報告を聞いて、エリカは複製したノートゥングを右手に歩き出す。それと同時。


『―――!エリカ様!』


 耳に届く警告とエリカが察した気配への対応はほぼ同時だった。


 右手にした剣を振り返るようにして背後へ振えば、きぃん、と金属音と共に剣を握る手に衝撃が来る。何かに当たった、と確かめること無く意識を集中。それと同時に、エリカの背後に従うように待機していたドローンが動き、背後を強襲した何者かへ向かって剣先を向けて突撃する。


「おっと」


 むき出しにされたソードマウントが背後へ向かって突きを繰り出すが、襲撃者は黒い影を纏って軽い声と供に後退した。それを追撃すること無く、エリカは見据える。


 影が晴れると都市迷彩柄の戦闘服に、ざんばら頭、三白眼、手には短刀、そして首には赤いマフラーの少年が現れる。事前のブリーフィングで見た顔であり、エリカが新見の指示で最優先で抑えろと言われた相手だ。新見は彼の行動を読んでおり、おそらくこの近くを通り、エリカを見かければ襲撃を掛けて来ると予見していた。


(去年一年見てたから癖は知っているとは言っていたけど、完全に動きを言い当てるなんて思わなかったわ………)


 剣を構え直しながらエリカは新見の読みの鋭さと正確さに感嘆し、相手に声を掛ける。


「初めまして。カザマ先輩でよろしいですか?」

「それで構わない」


 若干警戒するように身を低くして、風間は頷く。その隙の無い佇まいはエリカをして格上だと感じずにはいられなかった。まともに戦っては苦戦は必定、と感性が告げる。


 格上を相手にするに当たって、大事なのは戦いの主導権を握る事だ、と言う師匠の言葉をエリカは思い出し手を考える。ついでに父にも戦いで精神攻撃は基本、と教わったことも思い出す。


 ならば、と彼女は口を開いた。


「お願いがあるんですけれど」

「何かな?」


 警戒心は消えない。だからエリカは―――。


「後でサインください!」


 がばりと礼をした。


「―――んん?」


 素っ頓狂な言動に、風間は戸惑うような声を上げた。それを気にすること無く、エリカは畳み掛ける。


「私、ニンジャの人って初めて見るんです!だからサインください!」

「俺は忍者じゃないんだが………」

「で、でも黒ずくめだし、AIKUCHI使うし、煙幕みたいなJYUTUも使うじゃないですか!」

「戦闘服の基本色が黒いのは教練校指定だし、武器は短刀系が一番手に馴染むし、異能は選べないし………」

「何より!なっがいマフラーしているじゃないですか!!」


 その言葉に、風間は衝撃を受けたような表情をして。


「―――否定できない………!」


 がっくりと項垂れた。


『そこなんですの?』


 リリィの突っ込みはIHS経由でエリカにしか届かない。


「分かった。図らずも忍者村のスタッフになった気分だが、俺のでよければ後でサインしよう。だが、今は―――」

「はい。不詳、エリカ・フォン・R・ウィルフィード―――」


 エリカは剣を肩の高さで構える。


 直剣故に鍔がボルトで固定されていて鳴らないし、はばきに刻印されているのは三つ葉葵では無くウィルフィードの家紋だが、その立ち姿はまさしく暴れん某将軍のそれである。


 最近、新見に薦められた時代劇にハマっているようだ。ここに何処かの昭和生まれ平成育ちがいたらデーンデーンデーンと例のテーマを楽しそうに口ずさんでいたことだろう。何なら町人役で参戦するかも知れない。


 そしてエリカはきりっと風間を見据え。


「―――お相手つかまちゅる!」


 素で噛んだ。


「やりにくいなこの娘………!」


 ぐっだぐだになりながらも剣姫とニンジャの戦闘が始まった。




 ●




 雷光と衝撃、そして轟音が城塞を襲った瞬間、第一班の面々はすぐさま城塞の胸壁に身を隠し伏せて防御姿勢を取った。


 それに加えて式王子が自らの異能を展開し、防ぎきったため全員無傷であった。ハニカム構造の半透明の障壁が帯電する空気を弾くようにして明滅している。


「………何今のー。ビーム?」


 東山が恐る恐る胸壁の狭間から覗き込み、残心を取っている飛崎を確認しつつ疑問を口にし、加賀が頷いた。


「おそらくそうでしょう。前に似たような適合者を見たことがあります。その人は刀身のない柄から霊光剣のように光の刀身を作っては振る度に射出していました。彼の場合、鞘から出る荷電粒子を射出して刀で誘導しているのではないかと」


 つまり、フィクションであるような飛ぶ斬撃をリアルで再現しているのである。尤も、その威力と派手さは単なる飛び道具の域を少々逸脱して砲撃のような様相を呈しているが。


「め、滅茶苦茶ですね………」

「そう?戦場には外連味のある戦い方をする人は結構いたわよ?『発火能力パイロキネシス』でジェット噴射のように空飛んだり炎の槍で爆撃する人とか土人形で大軍団作って一人で集団戦仕掛けて無双する人とか。貴方のお姉さんにもお世話になったけれど、あの人、水で敵を切り飛ばして、出た体液とか血液とかも使って切り刻んだり、触れただけで相手の体液を弄って瞬間的に貧血にさせて昏倒させたり爆散させたり派手なことしてたわ」

「気合と根性で大体何とかしようとする七菱のイカれた人達と一緒にされたくないなぁ………」


 東山は例に挙げられたデタラメ集団と同じ括りにされて眉根を寄せ、式王子に至っては『美樹姉さん何やってるんですか………』と頭を抱えていた。


 そんな中、方策を考えていたのか黙していた加賀が口を開く。


「式王子、飛崎を抑えに行ってくれ」

「分かりました」


 既に飛崎は納刀して動き始めている。接敵はもう間もなくだ。式王子は胸壁から身を乗り出し、障壁を中空に展開、それを足場代わりにしてぴょんぴょんと下へと降りていった。


「勝算はあるのー?」

「無傷、ではなくなりましたね」


 東山の問に、加賀は苦々しく補足する。


「我々に対してまっとうな勝機があるとすれば、剣姫を盾に飛崎で撹乱兼斬り込みをさせ、出来た隙を突いて残った人員での狙撃ぐらいでしたから」

「つまりー?」


 それが常道だったのだ。


 だが、その様式では勝てないと踏んだのだろう。どの道犠牲が出るのなら、より高い勝率を望める奇策を選択するのは加賀とて理解できる。


 しかしながら、奇策は奇策。歴史を紐解けば確かに燦然と輝き目立つが、それは常道に比べれば遥かに少ないからこそ目立つのだ。勝つべくして勝つ、などという言葉があるように常道の策に破れて埋没した奇策など腐るほどある。だからこそ針の穴を通した奇策が目を引くが、惑わされず全体を見ればそれが如何に稀なことかよく分かる。


 そして詭道は、見破られないからこそ意味がある。


「自爆覚悟の大将一点狙い。捨て駒前提の戦術カミカゼですよ、これは。―――気分が悪い」


 彼が、いや、彼等が経験した地獄は奇策の果てに生まれたものだと思っている。それも、入念に調査や準備を行い針の穴を通すような精緻さを持って行った訳ではなく、一人の愚物の思いつきや保身で生まれたもの。


 この作戦を考えたのはおそらくブレインである新見だろう、と加賀は当たりをつける。これは訓練ではあるし、命の危険は実戦のそれではないのは分かっている。指揮官ならば、いつか部下に犠牲を強いねばならないのも。


 それでも、加賀徹矢と言う人間にとっては唾棄せざるを得ない程だった。


「良く出来ましたー。と言うことは、対応も考えているのね?」

「ええ。酷くつまらないやり方ですが。詭道には詭道を、ですよ」


 そう言って、彼は相棒である宮村に視線を向ける。一瞬きょとんとした彼女だが、すぐに彼の真意を悟ってにまにまと、いつもの悪辣な笑みを浮かべた。

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