第五章 姫と侍女と元傭兵

 鐘渡教練校とその付属の桜山寮は隣同士である。


 しかしながら元は軍事施設であったためか一教育機関にしてはあるまじき敷地面積を誇っており、敷地全てを上部三階、地下五階の建造物で囲っているため歩きでの移動時間が結構嵩む。


 校庭や訓練施設といった広々とした施設も当然あるが、適合者同士の戦闘訓練による余波を周辺住宅に及ぼさないためで有ることと、有事の際には周辺一帯の避難シェルターの役割を背負っているため仕方のない措置とは言え、巨大なショッピングモールを軽く凌ぐほどの広大な面積の移動を歩きだけにするのは些か問題がある。


 確かにここは軍人を含めた戦闘異能者を育てる場所であり、それだけならば体力作りを名目に『歩け。あるいは走れ』と命令するだけで済むのだ。しかし前述の通りシェルターとして、もっと言うならば防衛施設としての面も持ち合わせているため、緊急時の高速移動も必須とされた。そして緊急時だけ解禁では混乱を招くこともあるだろうとの判断で、歩き以外の日常的移動方法の模索がされた。


 幾つかの試案―――ゴルフカートのような細やかな移動手段から大型バスによる一括大容量の輸送手段まで―――が試された結果、敷地内周部を巡る小型トラムが採択された。ラッシュ時には数分間隔で走るこれらの運用は教官を頂点に置いた生徒達が交代制で行う事になっている。緻密なダイヤを運用することによる時間感覚を養うとかどうとか面倒な理由をつけてはいるが、おそらくは電車などの乗り物が好きな趣味人、もとい有志がやりたかったのであろうことは言うまでもない。かくして、2017年に鐘渡教練校が設立されてから僅か一年で大改修が始まり、二年後にはトラムの本格運用が始まった。


 それはともかく。


 中央区画と表札の掛かったターミナルに降りる幾つもの人影の中に、一際目立つ2つの影があった。


 一つは金髪に赤瞳の少女であった。肌の色からしてこの国の人間ではないのは明白ではあるが、目を引きつけるのは人種の違いよりも際立った容姿にもあるだろう。端正に整った相貌に年頃の少女らしく細く長く伸びた手足。鐘渡教練校指定の白と青を基調とした制服が彼女の長く伸びた金髪にコントラストを与え、異性のみならず同性すら引きつける。


 もう一つは銀髪碧眼の少女だ。前述の少女と同じ人種であるのかこの国では非常に目立つ容姿をしていた。ハーフアップにまとめた銀髪を揺らしながら、何か耐え難いことがあったのかしかめっ面をしていた。


「―――全く、信じられませんわ………!」

「もう、リリィってばまだ怒っているの?」

「これが怒らずにいられますかエリカ様!この国の男共は紳士さの欠片もありません!」


 銀髪の少女、リリィ・シーバーの憤懣に金髪の少女―――エリカ・フォン・R・ウィルフィードはまーた始まった、と胸中で嘆息した。


「ジロジロジロジロと………エリカ様は見世物じゃないのですよ!?」

「まぁまぁ、公務で見世物になることもあるし、そもそもマスコミの不躾さに比べたら可愛いものだし、私は別に気にしてないよ?」

「ですが!」

「どうどう、リリィ。声、大きい」


 エリカが嗜めるとリリィは納得していないながらも押し黙って周囲を睨む―――もとい、一瞥した。


 すわ何事かと、遠巻きに傍観していた野次馬達が慌てた様子でそそくさと各々の目的地へと動き出す。中央区画は職員関係の施設が多いため、野次馬達もいい大人が大半なのだが、少女の一睨みに及び腰で退散していく。


 さもありなん、とエリカは呆れる。


 リリィはエリカの従者であるが、仮にも一国の姫である彼女の従者にその辺の端女が選ばれるはずもない。


 シーバー家自体は比較的新興ではあるものの、その財は小国の国家予算に匹敵するほどの大変な資産家ではあるし、その血を遡ればウェルボン家やグロスター家にまで連なる。兄弟も多くいるため嫡子でこそないものの、将来的に彼女が受け継ぐであろう資産は莫大なものになるし、そんな未来のパトロン候補が騒ぎ立てれば国元の政治家達も黙っていない。しかもそれが姫付きとならば何をいわんや、だ。何なら留学に出したエリカの父であり国主でもあるマティアス公を糾弾する政争材料にもするだろう。


 彼女の機嫌一つで一気に国際問題化も出来るとならば触らぬ神に祟り無し、と逃げたとしても無理はなかろう。生き甲斐として教官をやっているのであるならばいざ知らず、日々の糧としてこの職を選んだサラリーマン教官にはあまりにも荷が重すぎる。


 尤も、そんなリリィよりも権力的に『やべーやつ』扱いされているのが当のエリカであったりするのだが。


「文化の違いだってあるのよ?ここでは私達の方が異物なんだから。そういった行き違いも含めて学ぶのが留学でしょう?それに、こうした事も楽しんでいかないと、勿体ないわ」

「………エリカ様はいつもそれです」


 ころころと笑う主に、リリィは深く吐息した。


 数年来の付き合いではあるが、この享楽的とも言える部分には未だに馴染めない。幼少の頃に出会った時はまだ自分が子供であったことを加味しても、非常に大人びていて落ち着いた印象を持ったものだが、侍女としての教育課程を終えていざ側付になってみればこうである。


 猫を被っていたのだろうか、と以前からエリカに仕えていた先輩に尋ねるとどうも誘拐されて以降からこんな感じになったと聞いた。そんな大事件聞いたこともなかったリリィは心底驚いたが、どうやら政争の材料にされるのを嫌ったマティアス公が全力で隠蔽したらしく、誘拐事件そのものを知っている人間も極端に少ないとのことだった。


 確かに、その事件を経てエリカは少々享楽的にはなったかもしれないが―――。


「そうよー?たった一度の人生なんだから出会って別れて、泣いて笑って、生きてることを楽しむの。全力でね」


 まるで麗らかな日差しのような柔らかい笑みを浮かべるようになり、側仕え達は接しやすくはなったと喜んでいた。


「ほら、いつまでもむくれてないで行きましょう?今日は朝から理事長室に行くのよね?」


 多くの側仕えがそうであるように、どうにもその笑みを向けられると弱いリリィは、深く吐息してから今からの予定を思い出す。


 今週は月曜日から昨日の水曜日までを異能を含めた身体能力検査と健康診断に割り当てられており、今日はいよいよそれぞれの班分けだ。その後に各教練施設の案内等々を行い一日の工程が終了する。


「………はい。しかし他の班は各教室集合なのにエリカ様と私だけ理事長室というのは」

「まぁ、そういうことでしょ。いくら普通の学生として扱ってくれと言っても難しいのは仕方がないわ。逆の立場で考えたら同じ扱いをするもの」

「エリカ様は姫様なのです。むしろ、これでも雑な方かと」

「第一位継承権は兄様が持っているのだけど」

「それでも、姫様には様々な王家の血が入っております」

「カレンだってグロスター家やウェルボン家の血が入っているじゃない」

「とんでもありません!我が家は分家も分家です。そもそも、貴族の血が入ったのも決して褒められた理由ではありませんし」


 政商としての地位を欲した数代前のシーバー家当主の判断による政略結婚の結果なのは事実であるし、エリカもその経緯は知っているが、そんなこと言い始めたら曾お祖母様なんか戦後賠償の人身御供なんだけれど、と苦笑せずにはいられない。げに恐ろしきは人の欲か、と今更ながら政治に関わるのは嫌だなぁと思っていると横合いから声をかけられた。


「よぅ。お前さん達がエリカ・フォン・R・ウィルフィードとその従者のリリィ・シーバーでいいか?」


 色々な意味で歩く特級危険物扱いされている自分達に気安く声を掛けてくる事に若干驚きながらもエリカが振り返ると、黒髪に紫瞳の青年がいた。エリカ達よりも目線が高い。身長は180に届かないぐらいか。目立った武器の携帯はしていないが、制服に身を包んでいるため暗器の類は仕込める。


 出会ってすぐにナンパでなく暗殺の線を考える辺り自分も毒されてるなぁと思いつつ、そも殺す気ならば声を掛けたりはしないだろうと脳裏に浮かんだ幾つかの退避案を棄却する。


「む。何ですか貴方は。無礼な―――エリカ様、ここは私が」


 しかし護衛でもあるリリィはそう思っていないらしく、青年とエリカの間に身を挟むように立つとそう言った。しかしリリィの眼力を受けても青年は両手をひらひらと手を振って無害をアピールする。


「おう、警戒するのもいいが話は聞いてくれや。儂は飛崎連時ひさきれんじ。お前さん達と同じ、特班に配属されたモンだ。口調は勘弁してくれ。公の場なら弁えるが、ここじゃ単なる学友なんだから」

「同じ班員、ですか………?しかし」


 飄々とした態度の青年―――飛崎にリリィは訝しがるが、続く言葉でエリカは納得した。


「自分達の立場ぐらい分かってんだろ?んで、他の班員に先んじて接触しに来た。ってことは?」

「成程、私の護衛ね」

「エリカ様」


 リリィと立ち位置を入れ替わるように前に出たエリカに、彼女は不安気な表情を浮かべるが、エリカはすっと目を細めて記憶を辿る。先週の日曜日に頭に叩き込んだ全生徒名簿の記憶を、だ。黒髪は兎も角、紫の瞳など最盛期の人類数の中であっても発生確率は僅かに2%前後。


 そして彼の名前と経歴。芋づる式に湧き出てくる記憶に、エリカは侍女を安心させるように口を開く。


「大丈夫よリリィ。彼、元傭兵だもの。多分、長嶋理事長に雇われたんじゃないかしら?」

「御明察だが………儂の事を知っているのか?」

「自分の通う学び舎の仲間よ?実地研修で今はいない先輩達の顔や名前や開示されているある程度のプロフィールまで、みーんな覚えたわ。私、これでも記憶力は良いの」

「こりゃ驚いた。まぁ、話の手間が省けていいがよ」


 目を丸くする飛崎は感心したように頷くと、自分の立場や目的を詳らかにした。


「お察しの通り、儂は武雄に個人的に頼まれたお前さんの護衛だ。まぁ、実際はそこの侍従やお前さん達にくっついて来たSPやこの国の公安なんかが影からガチ護衛しているから、儂は主にそいつ等が気軽に立ち入れない校内での気休め程度ってとこだがな」

「ははぁ、クラスExの元傭兵が護衛。随分と豪華なのね、中尉」

「本当に覚えてんだな、開示されている儂の個人情報と傭兵ん時の階級。まぁ、そんな訳でよろしく頼む」

「―――何故、その事を私達に?」


 あまりにも気軽に言う飛崎に未だ警戒を解かないリリィが尋ねると、彼は肩を小さく竦める。


「いや、秘密任務って訳でもねぇーんだ。黙ってこっそり後をつけるぐらいの護り方ならまだしも、同じ班で一緒にやるなら顔と事情を最初から知ってた方が楽だろうよ。お前さん達が癇癪起こすような気難しさ持っているならともかく、ここ数日観察した限りだと自分達が特殊だってことは理解しているようだし」

「―――護衛が女性ではないというのは?」

「そりゃ単に適正があるのが儂しかいなかったんだろうよ。実戦経験付きで護衛対象と絶対に恋愛関係にならないってのが」


 瞬間、リリィの脳裏に稲光が如く幾つもの予想が駆け巡り、一つの結論を出した。


「あなた―――ゲイか何かですか?」


 びしり、と飛崎の顔面が引きつった。


「まぁ、やっぱり日本は進んでいるのね………。リリィリリィ、攻めだと思う?受けだと思う?」

「ふむ。言葉遣いの荒さから見るに―――誘い受けというやつでは?」


 主が興味津々なのでさらなる考察を重ねるリリィに飛崎はこめかみを揉みながら。


「オイコラ、腐った発言すんな。冗談じゃねぇぞ、儂は純粋な女好きだ。ただ、現在進行系で昔の女に操を立ててんだ。喪が明かんかん限りはその気にならねぇんだよ。―――まぁ、それでも男だから催したら歓楽街には行くが」


 唐突にムラムラしたら風俗行きます、とセクハラ発言して意趣返しを始める飛崎に、意味が分からなかったエリカは小首をかしげ、意味が分かったリリィは耳まで真っ赤になる。


「こほん。―――ですが男性では護衛に支障が出るのでは?」

「密着すんのはお前さんの仕事だろう?儂の護衛範囲はあくまで校内限定、もっと言うなら班活動限定の緩い範囲だし。つまり、四六時中一緒で便所や更衣室や風呂まで付き合う必要がねぇってことだ。―――いや、お望みなら着替えや風呂ぐらいなら付き合ってもいいぞ?」

「―――品性!品性が無いのですか貴方は!」


 一度目はこちらにも責任があるので見逃したが、二度目は無い。リリィが噛み付くと飛崎は―――彼女視点で―――小憎たらしい笑みを浮かべる。


「とても今さっき腐った発言した女のセリフとは思えんな………。と言うか元傭兵にそんなモン問うなよ。前線じゃ何処だって便所も風呂も共用だ。女であることを盾にしたいならこんなとこに留学すんなって」

「そうよリリィ。郷に入っては郷に従えって言うじゃない」


 もっともらしい事を宣って韜晦するセクハラ野郎にまさかの主まで乗っかって、リリィは怒りのやり場を失った。


「それに、強い人が護衛なら心強いわ」

「そう、なのですか?」

「飛崎連時中尉。元ARCS第1師団19独立小隊『エリーニュス』所属。コールナンバーは5。『不死王』殺し唯一の生き残り。それとも、ツギハギとかいうTACネームの方が良いかしら?」


 唐突に並べられた単語を吹き飛ばす程の情報にリリィは硬直する。


 『不死王ノーライフキング』。


 その常軌を逸した能力と行いから人々に『歩く天災ウォーキング・ディザスター』とまで呼ばれる理外に至った適合者は幾つかいるが、『不死王』ほど忌避されている者も珍しい。細胞の一欠片でも残っていれば瞬時に再生可能という常軌を逸した再生能力を持ち、何をしても死なない事から『不死王』と呼ばれた男―――オーウェン・ガブリエルは快楽殺人者であり、虐殺者であり、食人者だ。


 幾つもの単体殺人―――彼の犯行だと確定しているものだけでも七千件は降らず、滅ぼした街は五十にも及び、中には人肉が欲しかったからと言う理由で更地になった街もある。犠牲者だけなら数万とも十万とも言われている。それがただの気まぐれで身に降りかかるのだから、まさに天災。


 一説によるとどんな負傷からも再生はできるが痛みはそのままなために、本来であれば死に至るような傷でも治ってしまうこと。それを繰り返しすぎたために精神を病み凶行に至るようになったのではないかと話もあるが、真実は不明だ。


 そんな男が死んだ。いや、目の前の青年が殺した。


 冗談でしょう?と、リリィが口にするよりも早く、飛崎が苦笑いをした。


「あのバケモン殺したのは儂の隊全員の功績だ。儂は止めを刺しただけでな。だからツギハギと呼ばれた方が気は楽だ。―――と言うか、本当によく調べてあんな。ARCS以降の所属や戦歴までは伏せてたはずだが」

「あら、貴方政界では今や時の人よ?あの歩く天災である『不死王』を討ったんだもの。権力という盾を無視して直接殺しに来れる歩く天災は他にも多いけれど、アレほど気分で大量虐殺できる『不死王』に怯えている権力者達って結構多いの。噂にならないはずがないわ。多分、それなりの諜報機関を揃えている国の人間は大体知っているんじゃないかしら」


 私知らなかったんですけど?と縋るような視線を主に向けるリリィ。


「あ、あの、エリカ様。この男がそんなに有名なんですか………?」

「ああ、一般には公表されてないから、リリィが知らなくても当然よ。これは私が国許の諜報部のお友達から直接教えてもらったの。『同期に使えそうな現役がいるから身辺警護要員を増やしたかったら使うと良い』ですって」

「まぁ、仮にも一国の姫が通う学び舎の学友ぐらいは調べるわな。そういや帰国してからこっち、公安が妙に接触して来てたがそっちが理由かよ。てっきり儂がロスト・ワンだからだと思ってたわ」

「それもあると思うけどね。貴方、自分の情報をちゃんと管理しているの?」

「まぁ、これでも伏せるところは伏せているさ。事実、儂がどうやってあのバケモン殺したかは知らんだろ?」

「舐められない程度の情報開示はしているということね。それで?不死者をどうやって殺したのかしら?」

「言ったろ?伏せるところは伏せていると。ありゃ切り札だ。見せびらかすものじゃない」


 成程、とエリカは頷いた。


 確かに飛崎連時と言う男は失われた第一世代。クラスExではある。だが、傭兵協会登録時に公開されている情報によれば彼の異能は『電磁気制御』。『不死王』を殺した以上、理外には至っているのだろうが、果たしてあの化け物を電気系の異能で果たして殺しきれるのだろうか、という疑問が湧く。


 前述した通り超再生を持つ『不死王』は、最早人類とは別種の生き物と言っても過言ではない反則存在だ。電撃系の異能は確かに便利で使い方によっては威力の高い攻撃力を有すが、それでどうにか出来るならばとっくの昔に討伐されていた。切り刻まれても、黒焦げにされても、押しつぶされても溶かされても引き裂かれても復活し、何をやっても死なないのが『不死王』が『不死王』たる所以なのだ。


 それが、灰になって死んだという。ではその灰から復活するのではないか、と考えるのが普通だ。しかし、W.A.C.Oの特務部隊が今現在も回収した灰を調べ監視しているが、復活の兆しも見えず灰は灰のままであるらしい。


(―――公開している異能がそもそも違うか、もしくはその本質は全く別物で、余波が電気を帯びているだけと言う線もあるわ)


 異能は別世界のエネルギーである霊素粒子を適合者という濾過器を通して、世界に演算させているエフェクトに過ぎない。言うならば、この世界の観測者がより分かりやすいように再演算された結果に過ぎないのだ。


 だが、理外に至った適合者は取り出した別世界の現象をそのまま扱うことが出来る。結果、この世界に存在し得ない物理法則を現出させ、有り得ない現象を有り得させてしまう。その具体例が死んでも死なない『不死王』と言う存在なのだが―――それが死んだ。同じく理外には至っているだろうとは言え、『電磁気制御』と言う特に珍しくもない異能で。


(駄目ね。明らかに情報不足。何でもありの異能を考えても埒が明かないわ。だったらここは―――)


 思考を放棄し、エリカはうんと一つ頷くと。


「そこをもう一声!」

「オイこの姫様急に値切り始めたぞ」

「姫様!?」


 強請ってみることにした。


「だって気になるじゃない!理外に至ったクラスExの権能!同じ理外に至った不死王を、あの細胞の一欠片でも生きていれば瞬時に再生するっていうプラナリアもびっくりの再生能力を相手にどうやって殺し得たのか!」

「思ったよりもグイグイ来るなこの姫様」

「確かに気になりますわね………」

「止めろよ侍従だろ」

「護衛の能力を把握するのも仕事です。答えなさい下郎」


 リリィが見下すように言い切ると、流石に癇に障ったのか飛崎は目を細めて。


「―――いいぞ。答えてやろう。ただ、ウィルフィード公国の国家機密と引き換えな?」


 その交換条件にエリカとリリィは言葉を詰める。


「儂は凍結状態から目覚めてこっち、2年に届かないぐらいしか傭兵として活動しちゃいないが、それでもその在り方ってのを先人から学んだ。早い話、傭兵ってのは寿命を切り売りして金に変える商売だ。だからこそ、自分の生命線である奥の手をそう簡単には教えたりしねぇよ。それでも教えるとなりゃ、命を共にしても良いと思える身内か、さもなきゃリスクよりもメリットの方がでかいと考えた時だな」


 言わんとすることは分かる。傭兵に限らず、組織にも国にもどこにも帰依していないフリーな人間は確かに一個人であるが、どこにも頼れず個として独立していると言う意味では一つの組織であり国だ。その機密情報を寄越せと言うならば相応の対価を寄越せと言われても文句は言えない。


 少なくとも出会って数分で教えてやれるほど安くはねぇよ、と飛崎は突き放した。


「それにしても、何でそんなことに興味を?」

「私、将来的に適合者の―――正確に言うと、霊素変換や霊素顕現に関わる研究をしたいの。理外に至ったExの権能って世界に自分のルールを押し付ける、言い換えれば世界に対する書き換え、あるいは概念介入じゃない?これを紐解けば消却者を世界から消し去れるんじゃないかって考えているのよ。一応、自分を使っても研究しようとはしているんだけどね。私もExだけどまだ理外には至ってないし、立場もあるから」

「姫様なんだから政略結婚とか外交が仕事じゃねぇのか?」

「立場としてはそうだけれど、上に兄二人がいるから継承権は一番下よ。むしろ私の血を大事にしているのは国許よりも他の立憲君主制国家ね。今の、誰がいつ死んでも不思議じゃない時代だと、他国の中枢付近にいるのに多くの王族の血を内包しているのって、小回りが利く保険なの」

「酷ぇ話だな。血統のスペア扱いかよ」

「王侯貴族って何処も大体そんなものよ。遡れば全部遠い親戚ってだけ。きちんと理解しようとすれば目眩しそうなほど複雑怪奇なんだから。確か、日本も遡ればそんな感じだったと思うけど」

「確かに近代までは婚姻同盟がデフォだったな。地位が地位なら今も昔も変わんねぇってことかよ」


 窮屈な立場ってのは嫌だねぇ、と飛崎が肩を竦めると予鈴のチャイムが鳴った。後五分で本鈴のチャイムが鳴って集合時刻となる。気づけば、周囲にはもう誰もいない。


「まぁ、軽い自己紹介も済んだ所で武雄ん所に行こうぜ。場所は分かるか?」


 飛崎の訪ねにエリカとリリィは顔を見合わせてからこう言った。


『案内してくださる?』

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