第六章 特班結成

 かくして『特殊な連中集めて管理しよう班』―――通称、特班の面々が理事長室に集った。


 妙な緊張感漂う空気に胃をキリキリさせながら新見は何故自分はこんなところにいるんだろうかと、この世の理不尽さを呪うことで現実逃避しつつ周囲を見回す。


 理事長である『武神』長嶋武雄ながしまたけお


 監督教官であるジャージヤンキー山口灯里やまぐちあかり


 元傭兵、飛崎連時ひさきれんじ


 一般少年、三上正治みかみしょうじ


 ウィルフィード公国第一公女、エリカ・フォン・R・ウィルフィード。


 その侍女、リリィ・シーバー。


 そしてその班の班長となる新見貴史にいみたかし


 若干名一般人が混ざってはいるが、非常に濃い面子だ。意図しなければ集められないだろうし、班名称の通り、狙って集められた問題児部隊―――取り繕うことなく言えばいらん子部隊である。


「さて、全員集まったな。新見、音頭を取りな」


 最初に口を開いたのは山口だが、すぐさま主導権を新見に投げた。


 キラーパスも良いところである。元々集団行動が苦手という性格もある。ましてそれを率いる立場になるとなると何をいわんや、だ。無論、新見とて指揮官教習は受けてはいるが、それを活かす立場になるのは数年先になるだろうなぁと話半分、もとい、あまり真剣に聞いていなかったのだ。


「エー、デハ改メマシテ。コノ度特班ノ班長ニ就任シタ新見貴史デス。ヨロシクオネガイシマス」


 結果として、非常に硬い挨拶となった。


「妙なカタコトで喋りおって。ビビっとるのか、班長」

「レン君も無茶言うなぁ。言うなら万年下っ端で、定年までヒラの窓際族でなごなごしてようとしたら準備も心構えも無く中間管理職に昇進してたんだよ?しかも何処かの会社の社長令嬢が部下。そりゃぁビビるって」

「そりゃそうだけどよ。もう決まっちまったんだから仕方ねぇだろ。ガタガタ言う暇あんだったら腹括れって話だ」

「皆が皆、君みたいに生き方や人生に一家言持っているわけじゃないさ。特に彼等はまだ若いんだから迷って悩んで、これからそうしたものを手に入れていくんだと思うよ」

「おぉぅ、タケに教師のような説教をもらうとは―――老けたなぁ、タケ」

「あっはっは、レン君レン君。君の中で私の評価どうなっているんだろうか」

「オープンスケベのヘタレ。ガキの頃の評価のままだな」

「ひどい!こんな老人をイジメるなんて!」


 早速おちょくりが入るが、おそらくは場の空気を和ませようとしたのだろう。


 飛崎のみならず長嶋理事まで乗っかったことから、何となくそうだろうと新見は察した。気を使わせてしまって申し訳なく思いつつも、ここは新見も乗っかることにした。


「あのぉ、身内で盛り上がっている所申し訳ないんですけど、その、自己紹介とかお願いでしますでしょうか」

「どうしてそう卑屈なんだ新見」


 山口が呆れているが勘弁してよアカリちゃん、と視線を向けるとため息交じりに首を振られた。


 そんなやり取りを苦笑しながらやれやれと口火を切ったのは飛崎だ。


「飛崎連時。ここに来る前は民間軍事会社PMCARCSに所属していた。傭兵協会に登録されている階級は中尉。タケ―――長嶋理事長とは以前からの旧友だ。よしなに頼む」


 後ろに手を組んで胸を張り、直立したまま堂々と名乗った姿はまさしく訓練を受けた軍人の所作であり、身に纏う空気も先程までの気安いものではなくなっている。背筋にピリッとした威圧感を感じ、新見は過去を想起した。


 鉄火場の匂いだ。空と銃火と、血と硝煙の。


 それだけで場数を踏んでいると判断できる。事前に資料では知っていたが、従事した作戦などは記載されていなかった。尤も、活動範囲が南米では一個人である新見に調査などできようはずもない。


 まぁそれはいい。今のやり取りで彼が右も左も分からない新兵でないことは理解した。だからこそ、と言うべきか。新見は山口に問わざるをえなかった。


「―――あの、山口教官。もう僕よりも彼が班長になったほうが良いのでは?」

「実戦経験はあるし、傭兵協会の階級はもう中尉だしねぇ。実績考えればそうなんだけれど。資料にも書いてあったろ?ロスト・ワンなんだよ、飛崎はな」


 失われた第一世代ロスト・ワン


 消却者に接触し、遺伝子変異を起こした適合者。その第一世代に於いて、稀に凍結現象と呼ばれる一種の植物状態に陥る場合がある。植物状態や脳死と違う所は―――適切な処置を行うことや環境を整えることがが前提とは言え―――ほぼ老いないことだ。


 深く静かに呼吸と鼓動を行い、新陳代謝が仮死状態に近いレベルまで低下する。新陳代謝をほぼ行わないために老化もすることなく、まるで時を止めたか、さもなくばそういう彫像かのように眠り続ける。現代のコールドスリープなどとも例えられる。その原因は未だに判明しておらず、目覚めるタイミングも数週間から数十年とまちまちだ。共通して言えるのは、その長い眠りから覚めた適合者は必ずクラスExであるということ。


 その現象に世間の理解がなかった頃、一緒くたに脳死扱いを受けていた彼等は、『消却事変』が齎した黎明期に於いて経済的な理由から安楽死させられることも多く、結果として最大戦力となりえたクラスExの適合者を人類自ら殺していた事を皮肉って失われた第一世代と呼ばれることとなった。


 今でも稀に非適合者が消却者に接触して凍結状態になるケースもあり、そうなった場合は国から手厚い保護を受けることになるのだが。


「目覚めたのも二年前で、しかも何故か海外でよ。お陰で今の日本のことを何も知らんのだ。何せ四十八年寝てたんだしな」


 飛崎は何故か海外―――南米のエルナドで目覚めている。


 渡された資料にも本人も何故そうなっているかは知らないと書いてあった。本当か嘘かは不明だ。あの黎明期に海外に渡航する手段は非常に限られていたし、よしんばそれが出来たとしても悪徳都市とまで謳われる治安の悪いエルナドで四十八年も保護されるのだろうか。


 疑問は尽きないし、怪しさ満点である。それは公安当局も同様だったらしいが、飛崎の入国―――もとい、帰国時に長嶋が旧友の誼で後見人になっており、今の所下手なちょっかいは掛けられていないらしい。


 ともあれ、本人も口にしていたように1999年の日本と2049年の日本では取り巻く状況があまりにも違いすぎる。


「帰国してみりゃ都道府県とか無くなって都市圏単位になってんだもんな。こっち来て日本地図見て驚いたわ。県境線変わり過ぎだろう」


 江戸時代の人間が廃藩置県を行った明治をすっ飛ばして大正に来たようなものだ。そうは変わらないはずの地理ですらその有様で、これに現代社会の常識や教練校での新生活に加え班長の役目などは背負いきれないだろうと判断されたのである。


「実務実戦なら補佐ぐらいは出来るが、日常生活に関してはおそらく儂の方が物知らずで迷惑かける。まぁ、年齢は主観的には20ぐらいでお前さん等とさして変わらんし、傭兵の時の階級だとかを傘に着るつもりはさらさらないから気楽に頼むぞ」


 幸いなのは、飛崎自身が立場を弁えているということか。経験者だからといって妙に口出しして指揮系統を乱すような輩ではないことに新見は安堵する。


「えぇ、と。じゃぁ、次は―――」


 周囲に視線を巡らすと、ばちり、と海外産金髪美少女と目があった。


 立場が立場なだけにトリに回したほうが良いかなと思っていた新見なのだが、『次は私?私ですか?』と妙に期待に満ちた熱視線を受け、それに屈する形でどうぞ、と項垂れるように促した。


「マティアス・フォン・R・ウィルフィードが長女、エリカ・フォン・R・ウィルフィードと申します。どうぞ気楽にエリカと呼んで下さい」


 品のあるカーテシーを一つして、ネイティブからしても流暢な日本語でそう自己紹介を行う彼女を見て、やはり異質だなぁ、と新見は思った。


 先程飛崎が引き締めた空気を、一瞬にして押し流し見る者全てを感嘆せしめる。その大仰な立ち居振る舞いは、心得のない者が行えばいっそ演劇風味になって滑稽なものだが、基礎が本物の王室仕込なのだ。違和感もなければ嘘くささもない。新見が単なる観客ならばいっそ見惚れることも出来ただろうが、これをこれから部下として扱わねばならないのである。ヘマ一つが国際問題に発展する部下である。不発弾か地雷処理でも任された気分だ。しかも爆発規模が核兵器並。


 王族パワー怖い超怖い、と恐れ慄いていると、一体何を勘違いしたのかもう一人の海外産上流階級がジト目でこちらを睨んでいた。背後から立ち上るオーラが『誰の許可得て見惚れてんだコラ、モグぞ山猿』と言わんばかりなので新見は震える声で次どうぞ、と言った。


 すると彼女は主にも負けず劣らずのカーテシーをして。


「エリカ様専属の侍女兼護衛のリリィ・シーバーと申しますわ。同じ班の所属になる以上、エリカ様との接触は致し方ないものと判断しますが、必要以上の友好を結ぶようならば―――モギますので」


 やはり主と同じようにネイティブでも違和感のない流暢な日本語で挨拶と警告を行った。


 やっぱりモグのか、と股間が縮み上がる感覚を新見が覚えていると、同じ感覚を覚えたのか背の高い金髪少年が身震いしていた。大丈夫一人じゃないよ、と新見は慈しみの視線を向けて彼に水を向けた。


「あ、その、えっと。三上正治っす」


 背も高く、ガタイも良い少年―――見てくれだけで言えば、既に大人顔負けの三上は恐縮しながら一言自己紹介をした。


 元傭兵とかどっかの国の姫とかその侍従とか、妙な修飾や枕詞はついていない。三上正治という等身大の少年。その普通という事実に新見は深く感動した。


「―――でかいけど普通だ………」

「普通って………」


 まぁ、資料で見る限り彼にも色々あるけれど、と新見は胸中で述懐する。とは言え現代日本の常識に不安がある元傭兵とか、そもそも外国人である姫とメイドとかより遥かにマシである。少なくとも新見にとっては対処できる範囲内だ。


 そんな風に彼が喜んでいると、今まで黙っていた長嶋が口を開いた。


「あの女版ケイシー………もとい、サラさんは元気かい?」

「え?あぁ、婆ちゃんなら元気に実家の食堂で包丁奮ってますけど………え?理事長と知り合いですか」

「まぁ、『消却事変』からの戦友でね。彼女は三上さん―――君のお爺さんね―――と結婚してから一線を退いたんだけど、まだ時々やり取りしていてね。実は君と教頭を引き合わせたのも彼女の頼みだったからなんだ」

「確かにあんまり自分のことを喋らない人ですけれど………全然知らなかった」


 愕然とする三上を見て、新見は事前に目を通した資料を思い出す。


 彼が金髪である理由はそこだ。祖母が『消却事変』時に居残った旧米国軍極東方面第7艦隊に所属していた軍人なのである。


「あの当時、インフラから何から殆ど使い物にならなかったから、言い換えれば未曾有の食糧難と言っても良かったんだ。そんな環境じゃロクに料理もできなかったんだけど、彼女、ロナルド・レーガンのコック長だったでしょ?だからサバイバル料理にも精通してて、あんな酷い環境の中でも美味しいご飯を難民達に提供していてね。私を含めて未だに感謝している人間は多いんだよ」


 昔を懐かしむように語る長嶋に、それを聞く皆は『消却事変』に思いを馳せる。


 1999年8月16日に起こったそれは、人類が築き上げたありとあらゆる文明を破壊した。軍人から民間人に至るまで対消却者戦に駆り出され、あらゆる場所が最前線であったという。今でこそ人口は20億超まで回復したが、それでも最盛期よりも40億も少ない。酷い時には10億を切っていたとも言われている。


 そんな絶望的な中で、美味しく食べられる料理を出してくれる、と言うのはまさに地獄に仏だったらしく、それこそまるで生き仏のように拝まれたという。


「本人自身の口数の少なさと、食べ物を粗末にする連中を物理的に黙らせるもんだから『沈黙』だなんて呼ばれてたよ。荒くれ者達も彼女が食事を提供する時はお行儀よくして暴れないようにするのがルールになっていたぐらいだから」

「婆ちゃんが口癖にしている『食堂では叔父さんにしか負けたことがない』ってそういう意味なんですか………?」


 何だか世間は狭いねぇ、と長嶋は感慨深げにしていた。


「特班専属教官の山口だ」


 そして最後に山口が総括とばかりに口を開いた。


「さて、薄々気づいているだろうが、この特班ってのは特殊な背景を持つ連中を集めた、言わば問題児部隊だ。まぁ、純粋な能力不足の問題児はそこの三上だけになるがな」

「姫様を問題児とは無礼な―――!」


 蔑むような、あるいは憐れむような物言いに、リリィはいきり立つが山口はこれみよがしに特大のため息を付いた。


「のっけからこれか。いいかシーバー。お前も誓約書、書いただろう?政治家のバカ子息や将校のアホ子息を抑え込む為の大義名分ではあるが、それは他国の人間でもあるお前らにも通用するんだぞ。少なくともそのために本人と保護者にサインをさせているんだから」


 身分制度など無くなったと、誰もが平等なのだ、と言える世の中などどんな時代にも無い。


 一見そう見えていても、形や見かけが変わっているだけで、社会秩序を形成する以上、本質的に世の中というのは身分という立場が物を言う。本人がそれを持っていなくても親兄弟がそうした立場についている場合があり、人間という生き物は―――特に自身に能力がない場合はより顕著に―――それを振り翳す。世の中の本質が弱肉強食であり、自身に修飾された立場もまた一つの力ならば、振り翳せてしまうのだ。


 それを理解し、自制や自戒をしているならまだしも、思春期特有の全能感や万能感でそれも自分の特権だと勘違いする輩というのはどこにでも一定数存在するのだ。


 そうした愚物を封殺できねば増長が止まらないし、周囲に悪い影響を与えるのは目に見えて分かっていたため、鐘渡教練校では入校時に本人と保護者に権力不入の誓約書を書かせている。尤も、鐘渡教練校の運営者が武神の名を取り、世界に名を轟かせている長嶋武雄なので学徒側も悪目立ちするようなことは滅多にせず、基本的にそれは有名無実だ。


 とは言え、人間というのは過ちを犯す生き物であり、社会人経験が浅ければ何をいわんやである。あまりに度が過ぎればその誓約書を大義名分に掲げて、長嶋自身が親の職場である政界や軍を巻き込んで暴れに暴れたことも過去にはあり、実質は伴わなくとも実績は作ったことはあるのだ。


 余談だが、当時の政府高官や上級将校が失脚するのは甘い方で、それをきっかけに出てきた腐敗を理由に物理的な粛清をされた者もいる。


 リリィもそれは事前に聞き及んでいるし、自分でもサインをした。納得はできなくとも理解は示す。故国でも権力を傘に無法を働く馬鹿はいるのだから。


 とは言えそれと一緒にされたくはない。まして、自分の主まで巻き込んで。だから下手な言い訳であったならもっと噛み付いてやろう、と胸中で意気込むが。


「さて、あたしは嘘を言ったり取り繕ったりするのが嫌いだからね。先にはっきりと言うが―――問題児だろうが。唐突な留学、立場が立場だというのに留学する学び舎の指定、来日時戦艦で乗り付ける、この3つだけでも問題だが、何より準備期間が少なすぎる。この一週間そこの姫様を観察していたが、姫様本人はそこまで非常識ではない。いや、好奇心むき出しのウチの馬鹿どもを笑って許す寛容さに関して言えば流石王族の血筋と手放しで褒めたいところさ。と言うことは、だ。緊急性がある政治案件を抱えていたから留学という手を打たざるを得なくなったとしか考えられん」

「う………」


 図星過ぎて言葉を詰めた。


 今回の突然の留学は、幾つかの理由が複合したものではあるが、非常に高度な政治的判断を伴った部分が大多数を占める。もしもエリカの意志だけで留学が成っていたならば、それは年単位の準備期間とスケジュールを以て事態は推移していただろう。それだけ彼女の立場というのは重いのだから。


 だが、今回は事情を知っているリリィですら拙速と言わざるを得ないほど急であった。そうせざるを得ないだけの理由もあった。とは言えそれを、主の許可無く口にすることは出来ないし、誤魔化すための言葉も見つからなくて言葉を詰めざるを得なかったのだ。


「どう考えてもウチは、と言うか日本はとばっちりだ。この件に関して理事長が拒否するでも渋るでもなく骨を折っていたから何かしら理由なり事情なりがあるんだろうが、その事を知らされていない一般職員のあたしとしてはこの上なくはた迷惑だ。仕事だから割り切って身体は動かすけどね。だから文句が口をついて出ても問題ないだろう?勿論、あたしだけじゃない。新見はなりたくもない班長をやらざるを得なくなったし、飛崎だって適合クラスはExなんだから本来、第一班に入っていた。三上はもう少し射撃適性のある先輩なり同期なりがいる班に混ぜてやることだって出来た」


 政治案件に対しての被害としては極めて軽微ではある。現状はマクロな視点で見れば軟着陸した後なのだ。高度な政治判断を前に個人の理由など紙より薄く軽い。たかだか一人二人の不満や手間を優先して判断すれば、最終的に何千何万の人間に被害が行きかねないからだ。コラテラルダメージと割り切った判断は何処かで必要であるし、山口自身もいい大人なのだからそれは理解はできる。


 だが理解と納得は、どう足掻いた所で別物だ。


 根回しも事前説明もなければ不満は貯まる。時折、それを腹の中に収めるのが大人だとしたり顔で説教じみたことを宣う人間はいるが、山口はそう思わない。


 木石や機械ではないのだ。人間である以上、感情を伴って当たり前。割り切って仕事自体はするが、モチベーションの管理は本人も勿論、指示をした職場を管理する人間にも求められて然るべきである。開示できない情報があるにしても匂わせることは出来る。少なくとも現場に気を使わない以上、現場も上層部に気を使う必要性はない。文句があるなら自分達でやってみろ、である。


 気を使われて当たり前だと思って勝手気ままに振る舞われるのは、舐められていると思わずにはいられないし、相手が気を使わない、あるいは使う必要性を感じていない以上はこちらが声を大にして言わなければ伝わることは永遠にないだろう。むしろここで声を上げることをしなければ、後は良いように使われるだけである。同じ使われるにしても、礼節を持って頼まれるのと丁稚奉公のように顎で使われるのとではモチベーションが違う。大人であれ子供であれ、モチベーションは行動の機微に少なからず影響を与える。そしてそれが特大案件ならば僅かなその影響がどんな結果を齎すか分からないのだ。使う側がそれを理解して野放しにしているならばいいが、大抵の場合それぐらい大人なのだから自分でどうにかしろと丸投げで、実際に問題が起これば責任逃れは勿論なすりつけるようなことも平然とする。


 ならば自身や生徒を守るためにも、いらん仕事をぶん投げてきた馬鹿共にも責任を背負ってもらう。

 どんな相手でも最初は強気で当たって後は流れで、が座右の銘のジャージヤンキーであった。舐められないように相手が誰であろうと先ずは一発ぶちかますとか良い具合にチンピラしてるなアカリちゃん、と新見は慄きを禁じえない。いや本当に、教官になるためには三年は真っ当に軍人やらねばならないのだが、未だこの反骨心を持っていることに戦慄していた。


 尤も、別に自分で起業したわけじゃないし所詮雇われなのだからいざとなったら辞めればいいや、と思っている無鉄砲さも存分に含むが。


「色々組んでいた予定や段取りを、自分達の都合で軒並み全部ぶち壊しておいて悪びれることもなく問題児じゃないと、胸を張って言えるか?」

「それ、は」


 この妙な当たりの強さにリリィは言葉を失った。


 言い方はキツイし、おそらく受け入れのために色々駆けずり回ったであろうために言葉の端々に私怨が見え隠れするが、大凡正論である。もう少し言い方とか優しくしたほうがいいんじゃないのかなぁ女の子なんだし、と長嶋は思うが、よくよく考えてみれば山口自身も今年で24才。そろそろ古希に差し掛かっている長嶋から見ればあまり変わらない女の子であった。


「別に責めているわけじゃない。アンタ等二人ではどうしようもないものがあって、おそらくそれが大部分を占めているんだろう。それぐらいは馬鹿でも推察できる。で、それをアンタ等は告げる気はあるのか、と聞いているのさ」


 国家機密に抵触するかもしれない案件を開示要求とか何このヤンキー怖い、とこの場にいる全員が思った。


「あの、山口君。そこら辺にしておいて」

「理事長は黙っていてください。特権の自由裁量権を行使します」

「はい………」


 藪から蛇を率先して出そうとする部下にこの場を収められるのは多分自分だけだ、と使命感を感じた長嶋が口を挟んで宥めようとするが、特班を引き受けるに当たって山口が獲得した権利を振り翳されてはぐぅの音も出ない長嶋であった。


 昔馴染みのヘタレ具合にゲラゲラ爆笑している飛崎以外は、青い顔をしている。


「アタシはね、漫画やゲームなんかを見ていていつも思うんだ。ヒーローなりヒロインなりが自分の事情をダンマリしておいて、いざ自分が理由で近しい人に危害が及ぶと悲劇の主人公振るのは気に入らねぇってね。そんなに大事なら最初から事情を話しておいて自己防衛なりなんなりさせておけよ、と。それすら出来ねぇならもう最初から誰かと関わるなよマジ迷惑、と」


 それは物語の話だ。


 読者に適度なストレスを与えられないとクライマックスでのカタルシスを得られない。ある意味それはストーリーの犠牲になったと言っても過言ではない。


 しかし、である。


「だが現実は違う。仕方のない犠牲というのはあってはならない。犠牲を出すなら相応の責任を負うべきだ。そして意図して引き起こしたのならばまだしも、そうなるのだと知っていて足掻くこともなく見逃したのならば、それはソイツの責任だ。アンタは、ここにいる連中が理由も知ることもなく自分のせいで死ぬことになったとしたら―――自分を許せるかい?」

「―――!エリカ様………!」


 おそらくはリリィが反論しようとしたのだろう。彼女の腕を抑えて止めたのはエリカであった。


「いいの、リリィ。山口教官の仰ることは正しいわ。日本政府にも思惑があったとは言え、巻き込んだのはこちらだもの。ですがよろしいのですか?この国ではそう言うのをヤブヘビ、というのでしょう?」

「遅かれ早かれ巻き込まれるんだろう?なら、最初から理解していたほうが覚悟も決まるさ」


 あたしもアンタ達もね、と男前な台詞を口にする山口に感嘆するように微笑んで、エリカは意を決したように告げる。


「―――JUDAS。それが私の身柄を狙う相手の名前です」


 詮索した以上、もう逃げ場はないぞ、と―――まるで脅すように。

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