第四章 引かれなば 悪しき道にも 入りぬべし

 早朝であるため、まだ車の通りが少ない幹線道路の歩道を、一人の少年が走っている。


 190cmに迫る上背と骨格に似合って相応に膨らんだ筋肉を見るに、一見で少年と言うか青年と言うか巨漢と言うか迷うところではあるが、彼自身は今年で十六―――とは言え、現行の法律上では成人している。今年の1月には成人式も行った。


 尤も、祖母譲りの金髪を短く整え、前髪が邪魔にならないように後ろに撫で付けて走るその立派な体躯を何も知らない人間が一見すれば、早朝トレーニングするスポーツ少年というよりは自主訓練する海兵隊員と間違えても無理はない程には貫禄があった。ともすれば、ジャージよりも迷彩服の方が似合うかもしれない。


 体力作り、というのは一朝一夕に出来るものではない。


 生き物である以上、要因は多々あれど衰えは必ずあるものだし、作った体力を維持するだけの運動も当然必要だ。まして今よりも強く、今よりもタフに、と願うならば徐々に負荷を増していくしか無い。


 その少年―――三上正治みかみしょうじにとっての自主的な朝練は後者だ。


 朝の五時には起きて、念入りな柔軟と軽いシャドーを行った後、二時間ほど走る。直線では緩急をつけ、瞬発力も鍛える。余程の事情がない限りは毎日だ。今年で十六の少年が自主的にするにしては些かハードだが、適合者として目覚めてから注入された霊樹のお陰でそこまでキツイとは思わなくなった。


 Boost Pyhsical Abilty System。略称は頭文字を取ってBPAS。日本通称、霊樹れいじゅ


 元は医療用ナノマシンの一種で、霊素粒子の調整、補助、増幅機能を持たされ、二十年程前に一般へと広まっていった。今では適合者に投与することが義務付けられている。


 投与されると適合者の血中霊素を整え、連結させて蔦のように全身骨格に伸びていき全体に纏わせるようにしてからませていく。結果として骨自体は勿論の事、筋肉や神経の補強まで行うようになる。最終的には脳を含めた中枢神経の一次から三次、上位運動、下位運動のニューロンを加速させ、反射能力を上げる。


 よりざっくり言うのならば、身体能力や頑強さが個体差こそあるもののおおよそ常人の1・5倍になる。兵士である適合者が生き残るには、戦闘能力や異能を含めた強さ云々よりも先に、何よりも体力と頑丈さが必要なのである。


 閑話休題。


 三上はいつものルートを走り、いつもと同じ時間にある公園に足を踏み入れた。時刻は七時過ぎ。あまり大きくない公園であるため、他に人は一人だけ。妙に頭髪の薄い中年だった。


 三上と同じようにジャージにスニーカー姿のその眼鏡中年は瞳を閉じてゆるゆると型の確認を行うように体を動かしていた。そのうだつの上がらない風体とは裏腹に、よく見ると体運びは息を呑む程に滑らかで静かだった。


 この冴えないおっさん―――もとい、鐘渡教練校筆頭教官である水無瀬景昭に三上が師事するようになって半年と少し立つ。


 その頃の三上と言えば、とある事件に巻き込まれた際に抱えたトラウマの影響で学校にも行かず日がな一日街をブラブラとしていた。


 そんなある日の事だ。


 実家の祖母に朝から叩き起こされ掃除の邪魔だからお使いついでに外へ行け、と着の身着のまま追い出されてしまった。何故かお使いルートまで指定されて。トラウマを抱えていた三上ではあったが、周囲の理解もあって意気消沈はしていたものの自暴自棄になっていたわけではない。周囲に当たり散らすこともなかったし、ただ、トラウマと向き合う事ができずに居ただけであった。だからという訳ではないが、家族との関係も変わることもなく、朝っぱらから叩き起こされた三上はぶつくさ文句を垂れながらもお使いに出たのだ。


 そんな折、今日のようにこの公園を通り掛かり、水無瀬と出会った。声を掛けたのは水無瀬からだが、今日のようにゆるゆると型の確認を行う水無瀬をじっと見ていたのは三上だ。


 同じ拳を得物にする者として、最初はその動きに何の意味があるか分からなかったからだ。


 所謂太極拳のようにゆっくりとした動きではあるが、体運びのそれは全く違うもの。シャドーと言うには遅く、太極拳と言うには無駄が多く、傍目には薄毛のおっさんが不思議な踊りを踊っているようにしか見えない。ともしなくとも不審者案件だ。だから三上は訪ねたのだ。それは何なのだ、と。


 敗北の証だ、と水無瀬が誇らしく答えたのが印象的だった。


「押忍。おはようございます、先生」

「ああ、おはよう」


 挨拶一つして、三上もそれに加わる。


 水無瀬に師事してこの型稽古の意味を知ってから、三上はそれを真似るようになった。この中年は、その意味も理由も、誤魔化したり隠すこともなく、三上に分かりやすいように噛み砕いて説明した。道行く子供に指さして笑われた時にも、『笑われたっていいんだよ。いつか、君が本気を出した時に笑うための訓練なのだから』と微笑んでいた。


 正しく、この動きは敗北の証であった。


 その頃からだ、三上が彼を先生と呼ぶようになったのは。


「今日は少し早いね」

「そうっすね。今日、班分けじゃないですか。やっぱり気になって眠りが浅かったみたいっす」

「浮かない顔をしているが、不安かね?」

「………そんな顔してますか?」


 体を動かしながら顔に出てたかな、と三上は苦笑する。とは言え、今日発表される一年生の班分けは気がかりだ。自分自身のこともそうだが、主に自分の周囲の方で。


「実は、俺よりも小夜の事で」

「式王子君の?ああ、君達は恋仲だったな」


 改めて言われるとむず痒くなる。


 家同士の付き合いの影響で件の式王子小夜しきおうじさよとは生まれた頃からの付き合いだが、幼馴染ではなく正式に恋人として付き合うようになったのはここ最近の話だ。先方のグイグイ来る攻勢と二人の家からの重圧に三上が屈した形ではあった。


 既に外堀は埋められていたし、三上自身満更ではなかったのもある。とは言え、現在進行系で抱えている己の問題を解決した上で男の自分から、と思っていたのだ。何しろ相手は性格というか性癖に若干の問題を抱えているものの、見てくれと能力は完璧超人に近いスペックを誇っている。男女問わずに人気者だし、頼られているのも知っている。本来、三上とは対極に位置するような人間だ。正直なところ、幼馴染という関係性が無ければお近づきになる理由すらなかっただろう。


 そんな関係はともあれ、同じ教練校に通うことになり、そして確実に別の班になる。適合者の班分けは、大凡はクラスD~Aの能力や素養別に教官が平均的に割り振って決めているが、適合係数と霊素変換効率が一定値以上―――即ちクラスExの適合者だけは別に集められる。このExと呼ばれる階級の適合者は『理外』と呼ばれる領域に最も近いと言われており、対消去者戦に於いての切り札を担うことが多い。


 例外事例、特記戦力、理の外側へ―――そういう意味でのエクストラだ。


 件の式王子小夜は、そんな全適合者の中での一握り―――純正発生確率0.00125%のクラスExだ。成長率による適合クラス上昇を含めるとこの数値は0.005%まで上昇するが、目覚めた段階でのEx、つまり純正はそれ程希少。しかも適合者の能力や素養は遺伝する。加えて、上記の女としてのスペックも重なるとなると、それを目当てに彼女に近寄る輩も多かろうというものだ。


 翻って、三上のクラスはC。異能も極めてありふれた『霊糸制御』。フィジカルはともかく、必須技能の射撃は下から数えたほうが早く、挙句の果てにトラウマ持ちだ。どう足掻いても同じ班になることはないだろう。


「何、戦場の男女比が崩れた頃から言われ続けたことだよ。基本的に、そうした関係の男女というのは所属部隊を分けられるものだ。その予行演習とでも思えばいい」

「ああ、いえ、そういう意味ではなくてですね」


 何というか、男として本来はそういう所を心配するべきなのだろうが、あまり心配していない。彼女自身が嫋やかな見た目と柔らかい喋り方をする癖に、非常に頑固な部分がある。自分がこう、と決めた部分はてこでも動かない。何なら流血沙汰も厭わない。その面倒臭さと言えば、歴史好きな三上の腐れ縁の言葉を借りるなら『三河武士かアイツ………』である。特に男の好みは割と厳しい上に世間一般とは大分異なっている。それは幼馴染補正を加味した上でも自分を選んだ事からも分かるだろう、と三上は微妙に低い自己評価を基準に判断していた。


 ともあれ、心配しているのはそこではないのだ。式王子小夜という少女は美人で能力も高い、一見して完璧超人のようなのだが―――。


「―――あの馬鹿の性癖に、総代達が引かれたりしないかなぁと」

「言うに及ばず、あの式王子の血脈だったね。という事は―――彼女も?」

「ええ、あの一族の血は随分濃いようで、血縁であれば満遍なくあんな感じになります」


 ―――残念美人なのである。主に性癖関係で。一族郎党共に。


 具体的に言うと可愛いものに目が無い。少女がぬいぐるみを集めているとかそういう微笑ましいレベルでは断じてない。あれは可愛ければロリでもショタでも頭に合法がついていても何でもいける口だ。特に実家が呉服屋なだけあって着せ替えに特化している部分がある。


 目測で相手のサイズが図れるレベルの眼力を発揮された時にはちょっと引いた。


 近所の子供達とファッションショーもどきの撮影会をして、近所に引っ越してきたばかりの式王子家を知らない人達に未成年略取と間違われて圏警呼ばれたときはもっと引いた。


 あまつさえ、その圏警に『また式王子さんとこか………』とか『祖母が祖母なら母も母で、やっぱり子も子なんだなぁ』とか『後で撮った写真データ貰えます?あぁ、証拠品、証拠品ですからね?』とか散々に言われていてドン引きした。


 半日圏警にしょっぴかれ、しかしその日の内にしれっと帰ってきた時は流石に色々大丈夫かと思ったのだが、『ほら、家って国軍とか圏警とかに制服とか衣服関係卸しているじゃないですか』と言われた時にはお役所仕事の闇を見た。通報した一家が数日後にはまた引っ越したのを見て世の中って何処に地雷が埋まっているか分からないなぁ、と大人になった。


 そう言った奇行、もとい突拍子もない行動を割と高頻度で行うので、美人でスペックあって人気者ではあるのだが―――下心があっても大体の男は着いて行けないと諦める。それでも、という気骨のある男もいたにはいたのだが、あの残念さを間近にしてもそれでも諦めないというのは、その性癖を差し引いても式王子の付属オプション目当てというのが透けて見えるので、本人が相手をしない。


 結果として男女としてまともに付き合えるのは三上を含めても数人ぐらいしかおらず、後は流れでと言うか最も身近な三上がそういう関係になった。消去法で選ばれたような気がしなくもない。


「ガキの頃から一緒だったんで、何となくこんな関係になって親御さんからも手綱を頼んだと任されもしましたが―――ここに来て俺の手を離れちまいましたからね。ちょっとばかし心配なんすよ。何せ、第一班の同期になるであろうクラスExに見た目が年相応に見えないのが一人いまして」


 三上の言葉にあぁ、と水無瀬は嘆息した。


 そう言えば、今年は希少なはずのクラスExが大盤振る舞いされている所謂当たり年であり、その中には少々発育が悪い―――もとい、成長期が遅く小学生かと見紛うクラスExの一年がいたなと水無瀬は脳裏でプロフィールを思い出した。その少女も少女でとびっきりの厄ネタなのだがそれでも着せ替えされるのだろうか、と式王子家の血の業に少々の戦慄を覚えるが、今ここで気を揉んだところで仕方ないだろうと問題を先送りにすることにした。


「まぁ、心配した所で仕方がないだろう。うん。むしろ、君は君の所属を心配した方が良い」

「?どういうことすか?」


 首を傾げる三上に、何しろ君も面倒くさい連中を集めた特班に放り込まれるからね、と言葉を返さずに胸中で同情してから水無瀬は動きを止めて整息。


「さて、今日は朝から仕事が重なっていてね。もう時間がないから一合だけだ。代わりにと言っては何だが、速度に関しては少々本気を出そう。―――拳を握りたまえ」

「―――押忍」


 互いに距離を取って身構える。


 直後、ちりりと三上の首筋の産毛が静電気を帯びたように逆立つ。まずい、と思った瞬間。ふわりと水無瀬のバーコード頭が髪と像を残して消えた。


「ごっ………!」

「相変わらず先手を取らんね、君は」


 既に踏み込まれて、拳を胸部に直撃。


 格闘家として比較的小柄な水無瀬が姿勢を低くすると、上背がある三上からは一瞬ではあるが視界が外れる。その上での踏み込みと同時の打撃。箭疾歩とも呼ばれる一撃。体格が同じであれば顔なりを狙っただろう。身長差があるからこそ鳩尾を狙い、僅かながら反応できた三上が直前で体を落とし、急所こそずらして免れた。だが、ダメージがないわけではない。


 三上が距離を取る暇さえなく。連撃が来る。


「ぐぅっ………!」


 伸ばした右腕を畳み、更に密着して肘。直撃と同時に体を旋回させ左の裏拳。三上は肘打ちは腹筋で耐え、裏拳は左腕を立てて防御した。


「よく耐えたが―――」


 しかし水無瀬は更に一歩踏み込み、当てた左の裏拳をそのままに肘で三上の防御をこじ開けた。射線が開く。撃ち出されるは利き腕からの本命。密着、否、僅かに開けて放たれるそれは―――。


「反撃ぐらいするべきだ」

「がっ………!」


 土手っ腹にワンインチパンチを食らって三上は後方へ吹き飛んだ。


「―――大丈夫かね?あまり力は込めなかったが、最速では打った」

「お、押忍。硬さには自信があるので………」

「その丈夫さは素直に褒めれるよ。その他は駄目駄目だが」


 十数メートルほど転がって大の字になった三上を覗き込むように見下ろす水無瀬は苦笑しながら手を差し出した。


 また負けた、と三上は気落ちしながらもその手を握って立つ。


 たった一合のやり取り。


 ただの一合で自分と水無瀬の力量差が嫌というほど思い知らされる。水無瀬景昭と言う男は今年で四十五を数える壮年だ。勿論、教官職である以上そこらの一般男性よりは鍛えてもいるだろうし、適合者である以上霊樹も埋め込まれており、肉体的なブーストはあるだろうが―――かと言って、加齢による衰えは無視できない。肉体の最盛期はとうの昔に過ぎているし、水無瀬自身、元々が小柄だ。


 肉体、と言う意味では三上の方に遥かに分がある。それでもろくに反撃もできずに伸された。


 技量の差、というのは勿論あるだろう。何しろ相手は数多の戦場を拳一つで駆けてきた男だ。経験値は三上を遥かに凌駕するし、この男は攻撃を当てるためのルートをいくつも、それこそ無数に持っている。


 確かに水無瀬の一撃、特に最後の拳は速かった。殆ど密着状態で放たれたのだから尚更だ。―――だが、見えてはいるのだ。


「前から思っていたが、君、見えてはいるんだから戦いの主導権を握りに行けばいいのに」

「そうなんすけどね………」

「分かるよ。それがトラウマ由来だと言うことも聞いた。だが、その心をどうにかしないといつまで経ってもウドの大木だ。事実、今日も良いように殴られているだけだからね。まぁ、それはそれで修練になるが」


 三上は目が良い。


 それは単純な静止視力や動体視力もそうだが、とりわけ深視力がいい。つまり、彼我の距離を測る空間把握能力がずば抜けて高い。先頃行われた健康診断では通常の三桿法検査で誤差±0cm。連続十回行われる精密検査でアベレージ±0.07mm以内と言う驚異の測定結果を叩き出している。これは歴代2位の記録であり、歴代1位がちょっとした反則的な特殊性を持っている事を考慮すれば、事実上の歴代1位である。


 実際、彼我の距離をセンチ単位で言い当てれ、測距儀もかくやと言わんばかりの空間把握能力があるにも関わらず何でこんなに射撃能力が低いんだろう、と早くも教官達の間で七不思議化しているとかいないとか。


 そんな三上の目を以てすれば、水無瀬の動きを捉えることは容易い。


 実際に見ることはできた。やばいとかまずいとか、そういう曖昧な感覚的なものではなく、後数センチで避けれなくなるとかコンマ数秒早く動けば避けれる―――等といったもっと正確でロジカルな世界だ。そう、反応自体は、出来ていたのだ。


 問題は、その先である。


 避けたりいなしたり防御したり、そうした行動の先にある選択―――詰まる所、反撃である。


 ここでいつもブレーキが掛かってしまう。実際に、最初の一撃はともかく、二撃目の肘打ちは耐え、裏拳は防いだ。そこからの反撃するパターンはいくつかあった。そのまま攻勢に転じて、水無瀬を降すシミュレーションはできる。いや、出来ていたのだ。だが結果は、防御を崩され本命の強打を打ち込まれての敗北。


 肉体は完成と言って良いほど出来上がっている。


 技も教えてもらい、戦闘様式も整い、戦闘の流れを作ることも可能だ。


 であるにも関わらず、ただ一つ、心が邪魔をする。


 動く度、反撃を狙う度、脳裏にチラつく名前さえ知らない狂信者達の顔。三上が女を守るために殺した、殉教者達の喜悦と狂気が入り混じった死相。


 たった一つのトラウマが、三上正治と言う適合者の完成を拒んでいた。


「フィジカル面や近接技能はともかく、君はトラウマ由来で射撃は下手で、異能は突出したものでもない。救いがあるとすれば近接格闘の補助しか向かない異能だから、長所との噛み合わせは良い。だが、それを扱う心が未熟では意味がない。適合者でさえなければ、それでも良かったのだがね。適合者である以上、いずれ君も戦場に立つ」


 命のやり取りを行う場面において、躊躇とは文字通り命取りになる。


 だからこそ、水無瀬はこう言った。


「しばらく、朝の鍛錬は休むとしようか」

「い、いや待ってください先生!俺はまだ―――!」

「ああ、何も見捨てると言っている訳でないないよ。紛いなりにもこの半年、君に私が得たほぼ全て技を教えてきたのだし、同じように敗北も与えてきたしね。情も湧いているから、まだ鐘渡の生徒でも無かったのにこうして稽古をつけてきた。だからこそ、今の君に必要なのは身体の鍛錬ではないと思う」


 突然の破門宣告とも言える言葉に慌てる三上だが、水無瀬は人差し指を立てて優しく説く。


「今日発表される班分けだが、君は随分濃い連中に放り込まれる。彼等をよくよく観察して関わってみることだ」

「観察して関わる、ですか?」

「そう。クラスExが二人、クラスAが一人。それらを纏める班長は暫定Bだけど、出力係数事態はクラスExだ。一般的に高クラスの適合者はクセがある人間が多い。そうした連中に囲まれて揉まれていれば、きっと君の心になにか得るものがあるはずだ。そしてそれは、トラウマと向き合う鍵になるかもしれない」


 いいかい?と不安を瞳に宿す三上に水無瀬は告げる。


「私は別に意地悪でも何でも無いから言っておくが、君はもう一人でやっていくだけの能力はある。その下地はこの半年で作り上げた。確かに君は私と同じように世界最強には成り得ないだろう。世の中には我々一般人の埒外にその身を置く存在が多々いる。だが、ことサシでの殴り合い限って言えば既に正規兵にも劣らないタフさを持っているし、立ち回るための技術と、熟練者相手に己が拳を差し込める経験を与えた。持ち味を上手く噛み合わせれば相手がどれほど強くても辛勝には届き得る。だからこそ、一対一を千回繰り返せれば君も一騎当千の猛者足り得るだろう。尤も、現代戦でタイマンなぞそうそう起こらないから兵としてはやはり凡骨レベルだがね」


 それでも、大成することはなくとも生き抜くだけの力はもうあるのだと彼は言った。


「問題なのは、君の中にあるトラウマ由来の恐怖や怯えだけ。その感情を御すことが出来なければ、いくら稽古をつけた所でこれ以上変わりはしないだろう。早い話、後は精神修養だけということだ」


 だからこそ、師匠は弟子に助言を一つ渡した。


「覚えておくと良い。―――引かれなば悪しき道にも入りぬべし、だよ」

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