第8話 待ち合わせとぼっち

 約束の土曜日、待ち合わせ場所のニャン吉像前。

 自分が指定した10時よりも一時間早く到着していた涼奈すずなは、何度もスマホで時間を確認しながらベンチに腰かけてソワソワしていた。

 何せ、男の子とデートである。彼女はモテないわけではないが、誰でも彼でも手を出すような人間でもないため、男の子とのデートはこれが初めて。

 おめかしのお手伝いを頼んだ姉に色々と詮索されながらも、思ったよりも早く済んでしまったせいで居てもたっても居られなくなったのだ。

 その結果、暑い中で待ちぼうけ。もしかしたら向こうも早めに来るかもなんて期待していたが、藍斗あいとはきっちり10時5分前にやってきた。


「お待たせ、結構待った?」

「私も今来たところだよ」

「嘘でしょ、その割に汗すごいよ」

「え、ごめん! 汗臭い?」

「冗談。でも、本当に待ってたんだね」

「あはは……時間間違えちゃって……」


 藍斗が差し出してくれたハンドタオルで汗を拭い、そのまま返していいものかと悩んでいると、快く受け取ってくれた彼もそれで額をひと拭き。

 同じタオルを使うことに躊躇いがないのは、自分を信頼してくれているからなのか、それとも何も思っていないだけなのか。

 その答えは彼女には分からなかったが、嫌な顔をされるよりかは遥かに気分が良かった。


「ねえ、藍斗君」

「どうしたの。お店の場所忘れたとか?」

「そんなポンコツじゃありませんよーだ! それより何か言うこと無いの?」

「言うことって、いつも無いけど」

「それはそれは、お話したいと思ってるのは涼奈ちゃんだけですかいな」

「よくご存知で」


 藍斗の返答に頬を膨れさせた涼奈は歩き出した彼の前に立ち塞がると、「んーんー!」と服をアピールするかのように引っ張りながら詰め寄ってくる。

 藍斗は友人ゼロの孤独な人間だが、ネットにまでは嫌われていない。男が女にかけるべき言葉について、少しくらいの知識ならあった。


「あ、ニアッテルヨ」

「棒読み過ぎない?」

「ごめん、初めて言う言葉だから」

「藍斗君って彼女とか居ないんだ?」

「いるように見える?」

「見えない」

「だよね」


 恋人無しと聞いてニヤニヤしている彼女の鼻をつまんでやりたい気持ちはあったが、周囲からイチャついていると思われるのも癪なので、横を通って再び歩き出す。

 涼奈はすぐに追いかけて来ると、今度はどこか得意げな顔でこちらをチラチラと見つめてきた。


「何、100円でも拾った?」

「涼奈ちゃん、そんなことで喜ばないし」

「公園に届けた方がいいよ。何なら、山田やまださんを届けようか?」

「迷子の女の子が……って笑われるわ!」

「迷ってるのは人生だけか」

「やかましい」


 自分の人生くらいしっかり見えてるなんてことを言ってべーっと舌を出した彼女は、ハッと何かを思い出したようにまた得意げな顔をする。

 これは何かを伝えようとしているのだろうが、どこからどう見ても地味にむかつく表情コンテスト銀賞の顔にしか見えない。

 そうでないとすれば、彼女は家族を人質に何者かに変顔をするように脅されているのだろう。

 しかし、周囲に怪しい人物の姿はないし、彼女の体にも犯人の指示を受ける受信機のようなものが付いているようには見えない。

 だったらこの顔は一体なんなのか。藍斗が頭を悩ませていると、涼奈は不満そうに唸り始めた。


「ねえ、何か気づかないの?」

「何かって?」

「顔だよ! お化粧、分かるでしょ?」

「……あ、ほんとだ」


 そもそも普段彼女の顔をよく見たりしないため、服装が違うから変わって見えるのだろうと思い込んでいた。

 しかし、顔を近付けてみれば確かに薄らと化粧をしているのが分かる。

 上品というか、ナチュラルというか。主張を激しくはしないものの、美しさを上乗せしたような丁寧なお化粧だ。


「頑張ったんだからね! 褒めてくれても―――――」

「だから今日の山田さんは変だったんだ」

「……へ、変?」

「いつもの化粧の方が自然で可愛いよ。あ、化粧してる人にこんな事言うのはマナー違反だったかな」

「普段、化粧してないんだけど」

「じゃあ、素の方が好きってことだね」

「す、素の方が……しゅき……?」


 藍斗のその言葉は涼奈の脳内で何度も再生され、最終的に『そのままのお前が好きだぜ』にまで変換されたところでようやく正気に戻った。

 しかし、お店に向かうまでの道のりで告白まがいなセリフを忘れることが出来ず、涼奈だけが変に緊張してしまったことは言うまでもない。

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