第4話 温もりとぼっち

 中間テスト一週間前、藍斗あいとは休み時間を使って日向ぼっこ兼昼寝をしていた。

 彼は別に元々昼寝が好きな性格ではない。むしろどちらかと言うと虫取りなんかをするタイプだったのだが、環境というのは人を変えてしまう。

 それに意外と続けていると体が受け付けるもので、今ではすっかり昼寝は永遠のマイブームになってしまった。


「机くん、温かいよ……」


 太陽の光に照らされて熱を持った机は、お気に入りの枕とは比べ物にならないが、世間という名の冷たい水の中ではオアシスだ。

 そんなことを思いながら右頬をベッタリとくっつけるようにしてうつ伏せで微睡まどろんでいた彼は、ふと気配を感じてチラッと前を見てみる。

 そこには誰かが立っているらしく、短めにされたスカートとそこから下へ伸びる太ももがあった。

 ウトウトしている藍斗が心の中で『あっちの方が寝心地良さそう……』なんて思っていると、太ももの主が上から声を掛けてくる。


「藍斗君、机と会話出来るの?」

「……」


 なんだ、山田やまだ 涼奈すずなか。嫌な相手に独り言を聞かれてしまった。

 彼は無視して乗り越えようかとも思ったが、相変わらずしつこく体を叩いたり揺すったりしてくる。

 これでは昼寝なんて出来やしないので、仕方なく相手をしてあげることにした。日頃から邪魔されている仕返しの意味も込めて。


「実は僕、机と話せるんだ」

「えっ」


 丸くした目でこちらを見つめながら、瞼を数回パチパチとする彼女。

 さすがにこんな話を信じるほどではなかったか。そう察した彼はすぐに訂正しようとしたが、返ってきたのは意外な言葉だった。


「すっごい!」

「……え?」

「なんて言ってるのなんて言ってるの!」

「えっと、『窓際あったけぇ〜』とか?」

「なるほど、机は飼い主に似るんだね」

「飼い主……」


 やっぱりアホだ、と藍斗は思った。

 しかし、全てが嘘なら自分を知られていることにはならないし、バレなければリスクもない。それならもう少しからかうのもアリなのではないか。

 もっともな話、こんな言葉を信じるバカは世界中探しても涼奈以外に居ないだろうが。


「涼奈ちゃんの机はなんて言ってる?」

「えっとね、『どうせならもっと賢い人に使って欲しかった』だってさ」

「なんやと?! 涼奈ちゃんに使ってもらえて嬉しいやろ! 嬉しい言うてみぃ!」

『う、嬉しいです……』

「せやろせやろ? なんてったって、涼奈ちゃんは超絶美少女だかんね!」

『あ、はい……』


 机くんもとい藍斗が引いていることも気にせず、彼女はドヤ顔で美少女宣言をした後、褒め称えるように自分の机を撫で始めた。

 嫌がっているようなアテレコをしようかとも思ったが、その表情があまりにも楽しそうだったので黙っておく。

 何と言うか、本当にペットを愛でるような優しい撫で方で、ほんの少しだけその動きに見蕩れてしまったのだ。

 何せ、藍斗は呪いにかかってからずっと、母親にすら撫でられることなく過ごしてきたのだから。


「ん? 藍斗君、どうかした?」

「……ううん、何でもない」

「あ、もしかして撫でて欲しい?」

「違うよ」

「遠慮しなさんなって♪」


 ニヤニヤしながらおいでおいでと手招きをする彼女に、彼は初めこそ抵抗していたものの、やがて仕方ないという風にため息をついて頭を傾ける。

 こうでもしなければ、涼奈は黙ってくれないから。その心の中の言葉は、そう思いたいと自分に言い聞かせていたのかもしれない。

 それさえも藍斗は否定して、自分の本心ではないと思い込もうとしているのだけれど。


「よしよーし♪」

「……」

「藍斗君ってどんなシャンプー使ってるの?」

「知らない。母さんが送ってくるやつ」

「送ってくるって……一人暮らし?!」

「うん、そうだよ」


 余計なことを教えてしまったと後悔しかけたが、優しく撫でられているとそんなことはどうでも良くなってくる。

 だからだ、彼女の言葉に不用心にもYESという意味の返事を返してしまったのは。


「今度、おすすめのシャンプー教えたげるね!」

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