第3話 キノコとタケノコとぼっち
「ねえねえ、
ある日の放課後、帰ろうとしていた藍斗はそんな言葉で呼び止められた。
声の主はもちろん
「キノコかタケノコか?」
「そうそう! ちなみに涼奈ちゃんはタケノコ派ね」
「へえ、それは良かった」
「……」
「……」
「……」
「……はいはい、僕はキノコ派だよ」
「なんと?! キノコ派なんてハレンチな!」
「どんなキノコを想像してるんだろうね」
全国のキノコ派に謝って欲しいと思いつつ、そんなことを言えば話が長引くだけなので、何も言わずに黙って背中を向けておく。
しかし、彼女はまだ話は終わっていないとばかりに腕にしがみついてくると、机のところまで引っ張り戻して強引にイスに座らせた。
「まあまあ、停戦と行こうやないの」
「戦争した記憶はないけど」
「ハレンチキノコ派と健全タケノコ派は分かり合える、涼奈ちゃんはそう信じてる」
「呼び方の時点でもう仲良くする気無いよね」
「そうカッカしなさんなって。そんな藍斗君のためにいいものを持ってきたんですよ〜♪」
彼女はそう言いながらカバンの中を漁ると、箱状のものを取り出して机の上に置いた。
その名はパッキー、くっつきそうでくっつかない男女に両端をくわえさせて、接吻するかしないかギリギリのスリルによる数多くの吊り橋効果を生み出してきた伝説の菓子である。
しかも、用意されたのは極細タイプ。噂によれば、あまりに細いせいで腹部に突き刺さったまま3ヶ月平然と過した人がいるらしい。本当かどうかは知らないが……おそらく嘘だろう。
「これは戦争を終わらせる伝説の剣、黒きライ〇セーバーなのだよ!」
「武力で押さえつけようとしてる。というか、学校にお菓子持ってきたら怒られるよ」
「いいのいいの、涼奈ちゃんはお菓子研究会に所属してるんだから」
「何それ、楽しそう」
「藍斗君も入る? メンバー、私しかいないけど」
「この学校の部の規定、3人以上じゃなかった?」
「……まだ設立前なだけだもん」
「だとしたらお菓子はアウトだね」
わざわざ取り上げるような権限もないので、早く隠しておいたほうがいいと助言すると、涼奈はわかったような顔をしながら袋を開けて食べ始めた。
一体何を考えているのかと叱ろうとしたら、一本口に突っ込まれて「しーっ」と静かにのジェスチャーをされてしまう。
人間というのは不思議なもので、これをされると規則なんてなくても少しの間黙ってしまうらしい。文化と習慣は恐ろしいものだ。
「……」
「それでね、ちょっと試したいことがあるんだけど」
「……?」
「パッキーと言えばあれしかないじゃん? 一度でいいから男の子とやってみたかったんだよね」
「……」フリフリ
「そんなに首振ったら折れちゃうよ。あ、首がじゃなくてパッキーの話ね」
涼奈はクスクスと笑いながら顔を近付けてくると、いつの間にか回していた腕で彼のことを押さえながらパッキーの端を唇で咥えた。
こんなにも近い距離にあるとどうしても視線が吸われてしまうもので、よく見てみると意外と綺麗な口元をしているななんて感じてしまう。
ひと口、またひと口と食べ進めてくる度、微かに音を立てる唇がやけに艶かしかった。
「
「……」フリフリ
「
「……」フリフリ
必死に首を振って抵抗するが、彼女はちょうどいい力で咥えているらしく、いくら動いても折れそうにない。
こうなればこちら側で強引に終わらせるしかない。藍斗君はそう決心をして、パッキーを噛み砕こうと口内に力を入れようとするが―――――――。
「確かにドキドキするね、これ。はぁ、満足したよ」
涼奈はあっさりとパッキーを引っこ抜くと、残りを一気に食べて飲み込んでしまった。
「ん、どうしたのその顔。もしかしてパッキー食べたかった?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「欲しいなら素直に言ってよ。涼奈ちゃんは満足したので、残りは全部プレゼントしちゃいます!」
「……ありがとう」
「どういたしまして、じゃあまたね!」
彼女はそう言って元気に手を振ると、足早に教室を出て行ってしまう。
残された藍斗はパッキーを一本口元に運びながら、何を勘違いしてたんだろうと心の中で呟く。
そんな彼は知る由もなかった。背を向けた涼奈の耳が真っ赤になっていたことも、教室を出てすぐのところで恥ずかしさのあまりしゃがみこんでしまっていることも。
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