第2話 グループワークとぼっち

 藍斗あいとは自分について多く知る人にほど嫌われる呪いにかかっている。

 それ故に人との会話でも、自分の情報を出さないように心がけているのだが、そんな彼が最も苦手とするのがグループワークだ。

 あれをやる際にはどうしても他者との交流が必要になり、黙っていればやる気がないと思われる。

 いや、確かに間違いでは無いのだが、藍斗は勉強が出来ないわけでは無い。学年6位という絶妙に目立たない成績を維持しているほどだ。

 要するに、勉強に対して否定的な感情は持ち合わせていないが、そこに話し合いという天敵が混ざると少し変わってくる。

 彼の場合、知られることがマイナスになるため、呪いについてもどうせ信じてもらえないだろうと伝えていない。それ故に色々な弊害があるのだ。


「ミジンコっていつ見ても変わった形してるよね」

「それ分かる、私はミカヅキモの方が好き」

「ボルボックスの方がかっこよくない?」


 微生物トークに花を咲かせている同じグループの二人を眺めつつ、手元のプリントにミジンコの絵を描いていく。

 あの二人が顕微鏡を独占しているせいであまりよく確認していないが、大体教科書出よく見るのと同じような見た目をしているだろう。

 この絵をミジンコ本人が見たなら、『おいどん、こんな不細工じゃないでごわす!』なんて文句を言われるかもしれないが、彼らが日本語を理解していないでいてくれて助かった。


「ねえねえ、涼奈すずなちゃんにも見ーせて!」

「あ、ごめんごめん!」

「私たちはもう十分確認できたから、あとは二人で使っていいよ」


 ミカヅキモ推し女子とボルボックス推し女子から渡ってきた顕微鏡を、四人班のもう一人である涼奈が運んできて自分と藍斗との間に置いた。

 一緒に見ようと言う目で見つめてくるが、こちらは既に書き終えたので必要が無いと顔を背けてアピールしておく。


「あれ、藍斗君もう書いてる。まだ観察してなかったよね?」

「……」

「もしかして、肉眼で見えるタイプ? 視力15.0くらいあるのかな」

「…………」

「もしそうだとしたら、この距離で毛穴まで見られちゃうね。涼奈ちゃん困っちゃう♪」

「……………」

「……ねえ、聞いてる?」


 やることを終えてボーッとしている彼の肩を、涼奈はトントンと叩いたり掴んで揺らしたりしてくる。

 それでも反応しないからと手首を掴んで脈を測ってくるが、意外と難しかったのか「脈が……無い……」なんて言いながらグーパンチで心臓マッサージしようとしてくるので慌てて止めた。


「心臓マッサージは寝た状態でやろうね」

「んふふ、やっと喋ってくれた」

「そういう作戦か」

「勘のいいガキは嫌いだよ」

「やっぱり嫌われてるのか」

「うそうそ、涼奈ちゃん藍斗君のこと好きだもん」

「は?」

「無視してるように見えて、意外と話してること聞いてはくれてるし。優しいとこあるよね」

「……」

「これは無視、じゃなくて照れてるのかな?」

「そんなことない、一瞬寝てただけ」

「そっかそっか♪」


 ニヤニヤとまるで全てを見通しているかのような顔で笑う彼女から逃げるように、藍斗は顕微鏡を覗き込んだ。

 自分でも驚いたほどだ。お世辞でも好きだと言われることが、嫌いじゃないと言ってくれることにまだ喜べる心が残っていたなんて。

 それでも彼には分かる。涼奈はまだ自分の何も知らないし、こんなにも接近されていればこれからどんどん嫌いになっていくと。

 だから、先ほど覚えた感情は奥底の瓶の中に閉じ込めておくことにして、今はただひたすらに嬉しそうに顔を近付けてくる彼女を見ないふりするのであった。


「ねえ、もう描き終わってるよね?」

「まだ見足りない」

「こんな綺麗に描けてるのに」

「……いつの間にプリント入れ替えてたの」

「てへっ、藍斗君に私の分も描いてもらおうと思って。上手く手元のとすり替えたでしょ」

「ドヤ顔することじゃないし、絶対に描かない」

「涼奈ちゃん下手っぴなの、お願い!」

「……バレたら怒られるし、わざと少し下手にはするからね?」

「ありがとうきびだんご!」

「何そのダサい感謝」

「マイブームなんだよね、えっへん♪」

「あ、そう」


 「ありがとうもろこしもあるよ?」と胸を張る彼女に、彼がやっぱり嫌われてもいいかと心の中で呟いたことは言うまでもない。

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