第1話 お誘いとぼっち

 席替えから一週間、涼奈すずなは毎日藍斗あいとに話しかけてきている。

 茶髪で制服を若干着崩すなんちゃってギャルのような見た目をしているし、何より顔がどことなくアホそうだし、そのうち飽きて諦めるだろう。

 そう踏んでいたと言うのに、見事に休みを跨いだ月曜日になっても相変わらず朝から話しかけてきた。


「藍斗君、土日何してた? 涼奈ちゃんね、一時間でねるねるねるね何個作れるか実験してたんだよね」

「……」

「結果知りたい? 知りたいよね、その顔は知りたいと思っているに決まってる!」

「…………」

「でも残念、教えてあげない」

「教えへんのかい」


 小声でツッコミを入れた瞬間、自分でもやってしまったと思った。

 涼奈は我が子が初めて掴まり立ちをした姿を見るかのようなキラキラした目でこちらを見つめると、嬉しそうに笑いながら顔を覗き込んでくる。


「今、初めて返事してくれたよね!」

「いや、その……」

「ていうか、意外といい声かも。もう一回喋ってみてよ、涼奈ちゃん可愛いとかでいいからさ」

「…………」

「だんまり、そう来たかー! さすが寡黙キャラ、なかなかやりますなぁ♪」


 一言発しただけで十言は返ってくる圧倒的おしゃべり、これは控えめに言ってものすごくウザい。

 そもそも、ご近所さんと話したいのなら左横である自分だけではなく、前や右横に絡みに行けばいいだけのはず。

 拒まれても拒まれても折れることなく、無駄な根気を見せてまで話したがらない自分にウザ絡みしてくる理由が理解できなかった。

 考えられるとすれば、ぼっちで陰キャである彼を面白がっているだけという線が濃厚だろう。

 何せ涼奈はギャル、いつも一緒にいる友人たちもカースト上位と思われる集団だ。

 変に遊ばれてボロを出すのも嫌なので、今からでも無視を再開しよう。

 そう思いながら窓の外に目を向けようとするが、それでも空気の読めない彼女はイスを近づけて来てまで一人で話を進めた。


「日曜にはザリガニ釣りにも行ったんだけどね。写真撮ろうとしたら鼻を挟まれちゃって大変だったよ」

「……」

「今度藍斗君も一緒に行く? 釣りってのは忍耐が大事なんだって、向いてると思うなぁ」

「…………」

「あ、別に釣りデートなんつって藍斗君を釣ろうとしてるわけじゃないよ? 今のは純粋なお誘いだから考えといて!」


 彼女はそう言いながら席を立つと、こちらへ手招きしていた友人たちのところへと加わりに行く。

 釣りはあまりしたことがないが、以前にやったことのあるアジ釣りは楽しかった。

 あそこは釣りやすいように魚が集められていたため、忍耐なんて言葉とは無縁なほどかかりやすかったが。


「……いや、行くわけないけど」


 もちろん彼だって人間だ。誰かが誘ってくれること自体は嫌ではないし、むしろ優しいなと感じて嬉しくなることもある。

 しかし、相手は未知のギャルもどき。所属集団はパリピそのもの。藍斗には分かる、釣りをしている最中に水へ突き落とすつもりなのだと。

 そうでなくともお出かけはお互いを知るいい機会。知られたくない彼からすれば、一番避けるべきイベントなのだ。

 好かれたい人種でもないから嫌われても別にいいとは思うが、平穏な高校生活のためにはひとつのボロも見過ごしてはならない。

 次に誘ってきた時は何か理由をつけてはっきりと拒もう。そうすれば二度と釣りで誘ってくることは無いだろう。

 藍斗はそう考えて釣りなら針を取るのが苦手だとか、魚が嫌いなんて嘘を言えばなんとかなると思っていたのだが――――――――――。


「一緒にバードウオッチングしよう!」

「…………はぁ」


 あの時のお誘いなんてすっかり忘れてしまったかのように、翌日には別のことを言ってくる彼女にため息を零さずには居られない藍斗であった。

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