3-33-2話

 俺とエリクは飛空艇のブリッジに向かう。


「エリク殿下、アリウス卿。食事中に申し訳ありません」


 艦長のロベルトとグレッグ、オスカーたち五人の騎士が俺たちを迎える。防備のために金属の装甲で覆われたブリッジに、魔導具のスクリーンに外の様子が映し出される。飛空艇の前方に黒い雲のようなモノが見える。だけど雲にしては黒過ぎるな。


「俺の隊の連中を偵察に向かわせたから、あれの正体は直ぐに解るぜ」


 グレッグ隊の騎士たちは『飛行フライ』を使った空中戦に慣れている。空の偵察くらいはお手の物だろう。


「エリク殿下、部下から『伝言メッセージ』が来たぜ。あれは黒いのは雲じゃなくて、物凄い数の虫だ」


 半径五km以上ある俺の『索敵サーチ』の効果範囲の外にいるのに、真っ黒に見えるくらいだから相当な数ってことだろう。


「エリク、俺が様子を見て来るよ」


 偶然、虫の大群に出くわした可能性もある。だけど判断するには情報が少な過ぎる。俺は『短距離転移ディメンジョンムーブ』を連発して虫の群れに向かった。


 群れを構成しているのは大量のイナゴだ。だけど只のイナゴにしては魔力が大きいから、イナゴの魔物ってところだろう。強さはせいぜい一レベル程度だけど、問題は数が多過ぎることだ。億単位のイナゴの群れに飲み込まれたら一溜りもないだろう。


 俺はエリクに『伝言メッセージ』を送って、飛空艇の軌道を変えさせる。すると虫の群れも飛空艇に合わせて進行方向を変えた。これは完全に狙っているな。


「状況は大体解った。一旦、飛空艇まで戻るぞ」


「アリウス卿、どうしてここにいるんですか?」


 グレッグ隊の騎士たちが唖然としている。だけど説明している暇はないからな。

 俺は騎士たちを巻き込んで『短距離転移ディメンジョンムーブ』を再び連発。エヴァンジェリン号のブリッジに戻る。


「アリウス、どうだったの?」


 エリスたちも状況を察したんだろう。ブリッジに集まっている。


「虫の数が多過ぎる。だけどこの飛空艇を明らかに狙っているから回避するのは難しいな。どこかに虫を操っている奴がいると思うけど、まだ発見できていない」


 そいつがどこにいるか見当はついているけど、俺の予想通りなら虫との戦いを避けるのは難しいだろう。


「エリクとエリスなら、自分たちでどうにかできるだろうけど。ここは俺に任せてくれないか? 被害は少ない方が良いだろう」


 虫サイズだから、飛空艇への侵入を防ぐのは難しい。普通に戦えば、ある程度の被害は覚悟するしかないだろう。


「アリウスがそう言うなら任せるよ」


「私も異存はないわ」


 エリクとエリスは俺のことを信じてくれる。だったら期待に応えないと。


「みんなは飛空艇の中で待機していてくれ」


「アリウス卿、ちょっと待ってくれ。俺たちはエリク殿下の護衛だ。虫が襲って来るのに、指を咥えて見ているつもりはねえぜ」


 グレッグは飄々ひょうひょうとしているけど、護衛としてのプロ意識が高いからな。


「グレッグたちが戦うのは構わないけど、虫に近づき過ぎるなよ」


「そんなこと言われても、飛空艇を守るには虫に近づくしかねえだろう」


「守りのことは気にするなよ。飛空艇は俺が守るからさ」


 俺は『絶対防壁アブソリュートシールド』を展開して、エヴァンジェリン号全体を包み込む。


「これで虫が飛空艇にダメージを与えることは絶対・・にないよ。外に出て戦う奴は運ぶから、俺の周りに集まってくれ」


「アリウス卿がそう言うなら、本当に絶対なんだろうぜ。おい、てめえら。攻撃だけに集中するぞ!」


 グレッグ隊の一二人が俺の周りに集まる。オスカー隊の五人は空中戦が得意という訳じゃないし、エリクたちの周りを固める選択をしたようだな。


「アリウスはまた無茶をするつもりでしょう?」


「私はアリウスのことを信じているわ。だけど……」


「アリウス君……」


 ミリア、ソフィア、ノエルが心配そうな顔をする。


「俺にとって、これくらいは無茶でも何でもないよ」


 『収納庫ストレージ』から二本の剣を取り出すと同時に、『即時脱着クイックチェンジ』を発動して鎧を身に着ける。


「じゃあ、行くか」


 俺は『短距離転移ディメンジョンムーブ』を発動して、グレッグたちと一緒に飛空艇の外に出た。


「とにかく、数を削るしかねえ! 押し負けねえように、一切出し惜しみするんじゃねえぞ!」


 グレッグたちが魔銃と範囲攻撃魔法を一斉に放つ。俺も始めるとするか。

 俺がイナゴの群れの上空に立つと、魔力を圧縮した白い隕石群が降り注ぐ。第一〇界層魔法『流星雨メテオレイン』だ。


 相手は虫だから普通に魔法を放つだけで威力は十分だけど、雲のように広がるイナゴを殲滅するには効果範囲が全然足りない。俺は虫の群れの上を駆け抜けながら、絨毯爆撃のように『流星雨メテオレイン』を秒速で連発する。


「凄え……アリウス卿が本気なら、一人で国を滅ぼせるんじゃねえか」


 グレッグたちが顔を引きつらせる。いや、そんな物騒なことをするつもりはないからな。

 このとき。突然、背後に出現した魔力を俺の『索敵サーチ』が捉える。完全な不意打ちだ。至近距離から放った漆黒の炎が俺を飲み込む。


 次の瞬間、俺は黒いローブを纏う男を拘束していた。


「複合属性第八界層魔法『獄炎ヘルフレイム』か。選択としてはありだし、魔力操作の精度も高い。だけど魔法の発動が遅過ぎるんだよ」


 不意打ちされることは予測していたし。こいつが魔法を放つまでのタイムラグで、今の俺なら普通に躱せるからな。


 これだけの数のイナゴを遠距離から操るのは、それこそ魔王アラニス級の実力がないと難しいだろう。だから俺はこいつがイナゴの群れの中に潜んでいる可能性を考えていた。大量のイナゴの魔力が壁になるから、『索敵サーチ』で中にいる奴の魔力を捉えるのは難しいからな。


 黒ローブの男は二○代後半。地味な顔立ちで身体つきも普通。街で見掛けても大抵の奴は注目しないだろう。俺も『鑑定アプレイズ』しなかったら騙されていた可能性がある。だけどこいつのレベルは七二五。余裕でSS級冒険者クラスだ。


「おまえは『掃除屋スイーパー』なのか? 虫使いの『掃除屋スイーパー』なんて聞いたことがないけど」


 黒ローブの男を救うために集まって来る大量のイナゴを、『流星雨メテオレイン』で焼き払いながら言う。幾ら焼き払ってもキリがないけど、うち漏らした奴は剣で切り裂けば良い。この程度のスビードなら全部切り落とすのは簡単だ。


「『掃除屋スイーパー』などと一緒にするな。我らは『奈落ならく』。貴様とて名前くらいは知っているだろう?」


 『奈落』とはこの世界の闇を支配する暗殺者集団だ。只の暗殺者じゃなくて、『奈落』に殺せない奴はないと言われるレベル――たとえ相手がSSS級冒険者でもだ。


「『奈落』が俺たちを狙っているってことか。だったら狙う相手を選べよ。どうせ、おまえはドミニクの依頼で動いているんだろう? ドミニクをコケにしたのは俺だ」


「私は依頼をこなすだけだ。交渉するつもりはない。私を殺せば虫たちが暴走する。それでも構わないなら、さっさと殺すが良い」


 こいつは死ぬことを全く恐れていない。『奈落』の暗殺者とは、こういうモノなのか?


 俺はこいつを逃がすつもりはない。逃がしたら、また襲撃して来るからだ。生かしておくだけでも厄介だろう。新たな虫を呼び寄せるかも知れないからだ。


 俺は『伝言メッセージ』でエリクに確認してから黒ローブの男を始末する。あとはイナゴを殲滅するだけだ。


 俺は空中を高速で駆け周って、イナゴを最後の一匹まで仕留めた。


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