閑話:ソフィアとエリク
※時系列的には、この章の最初です※
ビクトル・ヨルダン公爵がエリク殿下の謀殺を企てた王家の別荘襲撃事件から、半月近くが経った。
ロナウディア王国の王宮で開かれたパーティー。私はエリク殿下の婚約者として出席している。今日の主役はエリク殿下――
ヨルダン公爵家は取り潰し、中枢を失った反国王派の貴族たちは弱体化。王家に逆らえる貴族はいなくなった。
エリク殿下はヨルダン公爵を討伐したことで、かねてから天才と呼ばれていた実力が本物であることを示す形となり、その後の事後処理も完璧にこなしている。
三大公爵家の筆頭であるヨルダン公爵家が反逆したことで、貴族たちは王国に対する不安を抱いた。エリク殿下は反国王派から離脱した貴族の罪を不問にして、粛正を一切行わないことを宣言することで貴族たちの不安を払拭。
諸外国に対しても、弱冠一六歳のエリク殿下がヨルダン公爵を返り討ちにしたことを前面に押し出すことで、ロナウディア王国の強さを逆にアピールする形になった。
今では誰もが、エリク殿下こそが次の国王だと信じて疑わない。パーティーに出席した貴族たちが我先にとエリク殿下に挨拶に来る。貴族たちの長蛇の列に、ライバル関係にある教会勢力のルイス・パトリエ枢機卿も、旗色が悪いことが解っているのか今日は大人しい。
そんなエリク殿下の隣に立つ私は誇らしい気持ちよりも、自分の実力不足を実感してしまう。エリク殿下に必要なのはお飾りの婚約者じゃなく、共に歩いて行く実力を伴うパートナーだ。私はもっとエリク殿下の役に立てるように頑張らないと。
そしてもう一つ、私にはパーティーを楽しめない理由がある。本来であればヨルダン公爵討伐の最大の功績者として、ここにいる筈のアリウスの姿が見えないから。
アリウスが社交界が嫌いなことは解っている。だけど最近はパーティーに出席するようになった。エリク殿下が今日のパーティーにアリウスを誘わない筈がないし、アリウスはエリク殿下と仲が良いから誘われたら断らないだろう。
つまりアリウスがいないのは、パーティーに出席できない理由があるということだわ。
王家の別荘から戻った日から、アリウスは学院に来ていない。アリウスは授業をよくサボるから最初は心配していなかったけど、さすがに二週間も来ないことは今までなかった。
エリク殿下なら何か知っていると思う。だけどエリク殿下もヨルダン公爵の後始末で忙しくて、今日までゆっくり話をする機会はなかった。
どうしてアリウスがいないのか早く聞きたい。だけど今は婚約者としての役割を果たさないと。
「ソフィアは心ここにあらずって感じだね」
考えごとをしていた私を見て、エリク殿下がいつもの爽やかな笑みを浮かべる。
「エリク殿下……申し訳ありません」
「別に責めるつもりはないよ。アリウスのことを考えていたんだよね?」
私の考えを見透かしたようにエリク殿下が小声で囁く。
「一通り挨拶が終わったら時間を作るつもりだったけど、当分は解放してくれそうにないからね」
エリク殿下に挨拶する貴族たちの列は途切れそうにない。エリク殿下が視線で合図をすると、壁際で控えていた楽団が曲を奏で始める。
エリク殿下は私の手を引いてホールの真ん中まで行くと、身を寄せて踊りながら話し始める。これで他の人に聞かれることはないわ。
「ソフィアが心配する気持ちは解るよ。アリウスなら心配ないと言いたいところだけど、さすがに
やっぱり、エリク殿下はアリウスが何をしているか知っているのね。だけど無責任なことは言えないって――アリウスは、また無茶なことをしているってことなの?
「余計なことを言って不安にさせるつもりはなかったんだ。だけどソフィアにも
私の気持ちは顔に出ているのだろう。だけど今はダンスを踊っていて近くに人がいないから、エリク殿下以外は気づいていない。
「僕の口から具体的なことは言えないけど、アリウスは戦いに行ったんだ。僕にも簡単には手が出せないところにね」
エリク殿下でも手を出せないところって……不安で胸が圧し潰されそうになる。アリウスは私にとって大切な人――
「だけど僕はアリウス勝つと確信しているよ。理屈の話じゃなくて、僕はアリウスを信じているからね」
いつも冷静で理知的なエリク殿下が、こんなことを言うのを初めて聞いたわ。だけどエリク殿下が本当にアリウスを信頼していることは顔を見れば解る。
「だからソフィアもアリウスを信じて待っていてくれないかな」
「エリク殿下、教えて頂いてありがとうございました。私もアリウスを信じて待つことにします」
私だってアリウスのことを信じている。だけど、だからこそ……本当は心配で堪らないわ。アリウスはいつだって、他の人のために無茶をするから。
だけど私にはエリク殿下の婚約者としての役割があるし、今の私がアリウスのためにできることが何もないのは解っている。
「ソフィアならそう言うと思ったけど……いや、何でもないよ」
このときエリク殿下が何を言い掛けたのか、訊くことはできなかった。曲が終わって、私とエリク殿下は貴族たちが待っている場所に戻ったから。
アリウスのことを想うと胸が痛い。エリク殿下から聞いたことは誰にも言えないけど、ミリアにはバレてしまうと思う。だからそのときは素直に話して、私はアリウスを信じているって言おう。ミリアを不安にさせないために。
だけど私の本当の気持ちは――アリウス、早く無事に帰って来て!
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