3-36話

 その日の夕食の席で、バーンが合流した。


「なあ、親友。おまえ……派手にやらかしたらしいな!」


 俺が闘技場コロシアムでしたことをバーンは知っていた。今、帝都では闘士グラジエーターランキング二位の『鮮血』ディアスを倒したアリウス・ジルベルトの噂で持ちきりだからな。


「向こうから仕掛けて来たから、状況を利用させて貰ったんだよ。俺だってやりたくてやった訳じゃない。滅茶苦茶恥ずかしかったんだからな」


「あら、アリウスでも恥ずかしいことがあるのね」


 エリスが揶揄からかうように笑う。だけど自分のせいで巻き込んだことを、エリスが気にしていない筈がない。いつもと変わらない態度をしているのは、俺に余計な気を遣わせないためだろう。


「今さらだけど、バーンには先に謝っておくよ。俺はドミニクに喧嘩を売ったから、とばっちりがバーンにも行くんじゃないか」


 俺とバーンの関係までドミニクは知らないだろうけど。同じ学院に通っているから、調べれば直ぐに解るだろう。


「いや、俺のことは気にするなよ。ドミニク兄貴に喧嘩を売るのは構わないぜ。俺も兄貴は一度痛い目に遭った方が良いと思っているからな」


 バーンとドミニクは兄弟だけど、仲は良くないみたいだからな。ドミニクの性格を考えれば、バーンとは合わないだろう。


「まずは明日のドミニク兄貴の出方次第だが。ドミニク兄貴の方はエリス殿下との婚約を破棄するつもりなんてないだろう。エリス殿下と結婚することで、ドミニク兄貴の地位は盤石になるからな」


 大陸の西側においてロナウディア王国は、グランブレイド帝国に次ぐ大国だ。ドミニクが次の皇帝になるためにエリスとの結婚は必須じゃないけど、かなり大きな手札になる。


「それとドミニク兄貴を侮らない方が良いぜ。ドミニク兄貴自身の実力はともかく、帝国一二剣将の一人が後ろ盾についているからな」


 帝国一二剣将とはグランブレイド帝国最強の竜騎士たちのことで、その実力は少なくともSS級冒険者以上。SSS級冒険者に匹敵するとも言われている。


「バーン。勿論、僕も油断するつもりはないよ。一二剣将以外にも、グランブレイド帝国には実力者がたくさんいるからね。それが解った上で、バーンには正直に応えて欲しいんだ。君はドミニク殿下が次の皇帝に相応しいと思うかな?」


 エリクがいつもの爽やかな笑みを浮かべて問い掛ける。


「俺には……誰が次の皇帝に相応しいかなんて解らないぜ。ドミニク兄貴のことは正直好きじゃないが、兄貴の強さと実力は認めているからな」


 バーンは相手の実力を素直に認める奴だ。だから今のドミニクが自分よりも上だと思うから、ドミニクが次の皇帝になることを反対しないんだろう。


「僕としてはバーンが次の皇帝になって貰いたいけど、確かに今の君じゃ力不足だね」


 確かにその通りだろう。だけどエリクがハッキリ言ったのは、バーンに期待しているからだな。


「エリクはハッキリ言うな……まあ、俺は自分が皇帝になるなんて考えたこともないぜ」


 バーンは第三皇子だから、これまでそんなことは考えたことが無いんだろう。


「俺もバーンが皇帝になるとか想像できないけど。もしバーンが皇帝になったら――勿論、それだけの努力をしたって前提だけど。結構良い皇帝になると思うよ」


「なあ、親友。何の冗談だよ? 家督を継ぐつもりがないアリウスが言っても、全然説得力がないぜ」


「俺が言っても説得力がないことは自覚しているよ。俺も国を支配しようとか、そんなことは考えたこともないからな。だけどバーンは相手を素直に認めるから、上に立つ奴として相応しいんじゃないか」


 全部自分でやろうとする俺は、人を使うには向かないだろう。だけど自分よりも優れた相手の実力を素直に認めるバーンは、上手く人を使えると思う。


「バーン殿下は自分が次の皇帝になるつもりがあるか、真剣に考えた方が良いわよ――私とエリクとアリウスを敵に回した時点で、ドミニク殿下の未来はないわ」


 戦う前に勝利宣言するとか、普通に考えればあり得ないけど。それだけエリスは俺とエリクを信頼しているってことか。


「ねえ、ソフィア。貴方もそう思うわよね?」


 エリスが無茶ぶりする。いきなり、こんな話を振られても困るだけだろう。


「私は……エリス殿下とエリク殿下、そしてアリウスを信じています。だからドミニク殿下は必ず失脚すると思います」


 ソフィアが真っ直ぐに俺を見る。俺を信じてくれるのは素直に嬉しい。


「ソフィアとミリアとノエルに、ジェシカさんも明日は一緒に来た方が良いね。向こうが何を仕掛けて来るか解らないし、その方が守りやすいからね」


「俺も明日は立ち会うつもりだ。親父――皇帝陛下の命令って形にしたから、ドミニク兄貴も断れないぜ」


 バーンは用があるからと終業式を待たずに帰国したけど。俺たちのために動いてくれていることは解っている。全然関係ない話だけど。バーンは家族に対して一切敬称を使わないんだな。


「だけどみんな、油断するなよ。ここは帝国だから兄貴の権力があれば、大抵のことは揉み消せるからな」


「ああ、警戒しておくよ。向こうが何か仕掛けて来るなら、俺も本気で対抗からな」


「バーン殿下にも、色々と手間を掛けさせるわね。このお礼は必ずするから」


「エリス殿下に貸しを作ると、逆に怖い気がするぜ。まあ、俺のことはあまり気にしないでくれ。身内の恥をこれ以上晒したくないのもあるからな」

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