第353話:冒険者アルの正体


「そ、そんな……ルシアが私を嫌いに……」


 俺はロドニアを解放して立ち上がる。


「ルシア、おまえの家のことに口を挟むつもりはないけど。おまえが泥酔して、親を心配させたのは事実なんだから。2人できちんと話し合えよ」


「アル……解ったわ。こんなことになっちゃって、本当にごめんなさい」


 ルシアも反省したのか素直に謝る。こんなルシアは初めて見たな。


「お父様も、もう良いわよね? お父様を心配させたことは謝るけど。私たちの命の恩人のアルを、勝手な思い込みで悪く言わないで」


「ルシア……どうやら、私の早合点だったようだな。本当に済まなかった……」


 ロドニアも、ようやく冷静になったのか。ゆっくりと立ち上がって、バツの悪い顔で俺を見る。


「全部、私の勘違いだったようだな。ルシアたちの命の恩人だと言うのに。アル殿、君には本当に申し訳ないことをした」


 ロドニアが深々と頭を下げる。


「俺のことは良いけど。ルーディーたちにも謝っておけよ。こいつらはバジェスタ伯爵家に仕える騎士の娘と息子らしいけど。臣下の子供を振り回すとか、領主として失格だからな」


「ああ、その通りだ。ルーディー、おまえたちにも済まないことをしたな」


「いいえ、ロドニア閣下。私たちがルシア様を止めなかったのも事実ですから」


 ルーディーたちが恐縮している。とりあえず、これで話は収まったな。


「アル殿、今さらだとは思うが。ルシアたちの命を救ってくれたことのお礼を、私からもさせて貰えないだろうか?」


 別に礼なんて欲しくないけど。ここで断ったら、ロドニアの立場がないだろう。


「金とかモノは要らないからさ。だったら酒を奢ってくれよ。ロドニアさんも、せっかく来たんだし。一緒に酒を飲まないか?」


「アル殿……ルシアが褒めていたが。君は本当に心が広いのだな」


「お、お父様……アル、私はあんたのことなんか、褒めていないからね!」


 ルシアも、いつもの調子ツンデレに戻ったようだな。


 ロドニアが加わって、食事を再開する。ルシアのことがなければ、ロドニアは真面まともな奴で。ルーディーたちはロドニアがいるから、少し緊張しているけど。普段の関係は悪くないようだ。


 ルシアも今度は飲み過ぎないように。自分のペースで、ゆっくり酒を飲んでいる。

 ロドニアは俺たちが話しているのを横で聞きながら。時折、自分も話に加わって。和やかな雰囲気で酒を飲んでいる。


「ところで、アル殿。私は以前に、君に会ったことがある気が……」


 そう言い掛けて。ロドニアは何かに気づいたように、マジマジと俺の顔を見る。


「いや……まさか、そんな筈が……」


 今の俺は『変化の指輪シェイプリング』で、髪の毛と瞳の色を黒して。髪型も少し変えているけど。それ以外は、普段の俺とほとんど変わらない。


 それでも知り合い以外は、俺がアリウス・ジルベルトだとは気づかない。こんなところに俺がいる筈がないし。姿を変えて別の冒険者のフリをする理由がないと思うからだ。


 だけど俺はアリウスとして、ロドニアと話したことがあるし。ルシアが関わらなければ、ロドニアは抜け目がなくて頭の回る奴だから。俺の正体に気づいたんだろう。


「ロドニアさん。俺を誰かと勘違いしているみたいだけど。俺は只のA級冒険者だからな。貴族のロドニアさんに、会ったことがある筈がないだろう」


「……その通りだな。どうやら、私の勘違いのようだ」


「もうー! 今日のお父様は勘違いしてばかりね。本当に、しっかりしてよ!」


「ハハハ……ルシア、済まなかったな」


 ロドニアの顔が引きつっている。勿論、ロドニアは俺に合わせただけで。勘違いだなんて思っていないだろう。


 だけどロドニアが、アルの正体がアリウスだと言っても証拠はないし。

 そんなことが噂になったら、自分が疑われることは、頭が回るロドニアなら解っているだろう。


 食事を終えて。帰り際に、ルシアが恥ずかしそうに言う。


「アル、その……今日は付き合ってくれて、ありがとう」


「メシを奢って貰ったのは、俺の方だからな。礼を言うのはこっちだよ。ルシア、今日の料理も酒も美味かったよ。ロドニアさんとも酒を飲めて良かったよ」


「そうでしょ、美味しかったでしょう! 私の1番のお気に入りの店だもの! アルがまた来たいなら『伝言メッセージ』で連絡をくれれば、連れてきてあげるわ!」


 俺が妻帯者だということに、ルシアはショックを受けたみたいだけど。何か吹っ切れたみたいで。今はいつものルシアだ。


「……アル殿、先ほどは大変失礼した。ルシアたちの命の恩人に対して、私は何ということを……本当に申し訳ない!」


 ロドニアの態度が変わったのは、俺の正体に気づいてからだ。隠そうとはしているけど、隠しきれていない。ルシアだけは気づいていないけど、ルーディーたちもロドニアの異変に気づいている。


「ロドニアさん。その話はついたから、もう良いよ。それに一緒に酒を飲んだ仲だし。俺の方が年下なんだから。俺のことは呼び捨てにしてくれ」


「そうよ。お父様が反省していることは良く解ったけど。何度も謝るのは、雰囲気が悪くなるから却って良くないわ。アルもこう言っているし、もっとフレンドリーに話せば良いじゃない?」


「ハハハ……ルシア、そうだな。ではアル、これからも・・・・・ルシアのことをよろしく頼む」


 ロドニアの言葉に、何か意図を感じるけど。何か仕掛けて来るなら、対抗するだけの話だからな。

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