第312話:蜃気楼の巨人


 そんな訳で。俺は昼間だけ冒険者ギルドの依頼をこなす生活を始めた。


 浮遊船に戻るときは、近くまで『転移魔法テレポート』して。『認識阻害アンチパーセプション』と『透明化インビジブル』で姿を隠したまま合流。傀儡くぐつと入れ替わる。


 『蜃気楼の巨人』の目撃情報があった場所まで、浮遊船で移動すれば数日の距離だ。

 クメール王国の兵士たちは『蜃気楼の巨人』を見つけて、その足跡から遺跡の場所を探すつもりらしい。


 俺が高速移動しながら『索敵サーチ』で探せば、『蜃気楼の巨人』を見つけるのは簡単だけど。そんなことをしたら、せっかくの冒険を楽しめないからな。


 だけど探索に余り時間が掛かるなら、俺には他にも色々とやることがあるし。昼間も傀儡と入れ替わることが多くなるだろう。


 この日も何度か魔物と遭遇して。俺たち冒険者は無難に仕留めた。

 普通の魔物の相手をするには、過剰な戦力だけど。『蜃気楼の巨人』の力は未知数だし。遺跡では何があるか解らないから、それを想定した戦力ってことだ。


「チッ! てめえらみたいのがいると、連携が乱れるぜ」


 ケインは相変わらず嫌みっぽいけど。俺とヨハンは問題なく魔物を倒しているから、文句の言いようがない。


「おまえたち……本当にA級冒険者なのか? 動きに無駄が無さすぎる」


 『黒鷲団』のリーダーであるケリーは、俺たちのことを疑っているみたいだけど。

 わざわざ下の等級だと誤魔化す冒険者なんていないし。俺たちはA級の冒険者プレートをつけているし。一応・・、正真正銘のA級冒険者だからな。


「おい……あれを見ろ!」


 その日の午後。俺たちは『蜃気楼の巨人』を見つけた。まあ、俺は『索敵『|索敵(サーチ)』』の反応で、とうに気づいていたけど。


 砂漠を突き進む巨大な姿。全長は20m弱ってところだ。

 二足歩行する岩でできた要塞のような姿は、確かに巨人と言うより、完全にゴーレムだな。


「『蜃気楼の巨人』と一定の距離を保って後を追う。冒険者たちは何かあれば対処できるように準備したまま待機だ!」


 まあ、当然の判断だろう。俺たちの目的は『蜃気楼の巨人』を倒すことじゃないし。『蜃気楼の巨人』の後を追えば、遺跡まで案内してくれるかも知れないからな。


 浮遊船は『蜃気楼の巨人』と500mほどの距離を空けて、後をついて行く。

 砂漠だから、他に周りには何もないし。あの巨体を見失うことはないだろう。


一時間ほど経つと。冒険者たちの空気が弛緩して来たのが解る。

 『蜃気楼の巨人』が近くにいる影響なのか、他に襲って来る魔物はいないし。


 砂漠を只移動しているだけで。『蜃気楼の巨人』は俺たちに、気づいている素振りすら見せない。

 A級冒険者でも緊張感を維持するのは難しいだろう。


「クソ退屈だな……ケリー。あのデカブツの近くまで行って、様子を見て来るぜ」


「ケイン、迂闊な真似をするな。『蜃気楼の巨人』について、まだ何も解っていないんだぞ」


「だから様子を見て来るだけだって。大丈夫だ、ヘマはしねえぜ」


 『蜃気楼の巨人』の調査も依頼に含まれているから、止める理由はない。

 結局、ケインは『黒鷲団』のメンバー2人を連れて。『飛行フライ』を発動して、浮遊船を飛び出して行く。


 ケインたち3人の冒険者が近づくと、『蜃気楼の巨人』は反応した。

 足を止めて振り向くと、眼球のない目でケインたちを見ると。口から炎のブレスを吐く。


 ケインたちが灼熱のブレスで焼かれる。だけどA級冒険者が即死するほどのダメージじゃない。

 ケインたちが近づいたことがキーになったのか。『蜃気楼の巨人』は浮遊船の方に向かって来る。


「おい、おまえたち。『蜃気楼の巨人』を止めろ!」


 クメール王国の指揮官の指示に、冒険者たちが一斉に『蜃気楼の巨人』に向かって行く。

 俺とヨハンも一緒に浮遊船を飛び出すけど。とりあえずは、様子見だな。


 まずは魔法系アタッカーたちが攻撃魔法を放つ。だけど表面が少し焦げた程度で。『蜃気楼の巨人』は、ほとんど傷一つ付いていない。


 次に物理系アタッカーたちが攻撃を仕掛ける。だけど上位スキルを発動して攻撃しても、『蜃気楼の巨人』は大したダメージを受けていない。


 『蜃気楼の巨人』が、まるで羽虫を払うように冒険者たちに攻撃を加える。

 決して速い動きじゃないけど、巨大な手から逃れるのは簡単じゃない。躱し切れなかった冒険者が、弾き飛ばされて。砂に叩きつけられる。


「ケイン、おまえたちは何をしている。こういうときこそ、私たちS級冒険者『黒鷲団』の出番だろう!」


 『黒鷲団』のリーダーであるケリーが、『蜃気楼の巨人』の正面から向かって行く。

 ケリーの武器は2本のエストック。貫通力に特化した武器だ。


 ケリーは素早い動きで『蜃気楼の巨人』攻撃を躱しながら、上位スキルを発動して巨体に剣を穿つ。

 『黒鷲団』のヒーラーがケインたちを回復させて、3人も戦線に復帰した。


 さすがはS級冒険者ってところか。ケリーたちの攻撃は『蜃気楼の巨人』に通っている。だけど『蜃気楼の巨人』がほどのダメージじゃない。


 あの巨体に踏み潰されたら、一溜りもないからな。動きの遅いタンクは近づくことができずに、あまり機能していない。


 距離を空けた状態で、スキルを発動して。『蜃気楼の巨人』の注意を引こうとするけど。『蜃気楼の巨人』は無視して、浮遊船に向かう。1人のタンクが歩みに巻き込まれて、蹴り飛ばされる。


 『蜃気楼の巨人』は、すでに浮遊船から20mほどに迫っていた。


「お、おい! おまえたち、どうにかしろ!」


 クメール王国の兵士たちが弓を放つが、そんなモノが効く筈もない。


「アルさん、どうします? 私なら足止めくらいはできると思いますが」


 ヨハンが他人事のような感じで言う。こいつにとっては、浮遊船がどうなろうと関係ないからな。


「このまま放っておく訳にもいかないだろう。右は俺がやるから、左はヨハンに任せるよ」


 俺とヨハンは一気に加速して、『蜃気楼の巨人』の足元に近づく。


「おい、止せ! 踏み潰されるぞ!」


 ケリーの叫びを無視して。俺は剣を抜くと、魔力の刃を長く伸ばす。

 『蜃気楼の巨人』の横を擦り抜けざまに、巨大な足を切り落とした。


 ヨハンは『収納庫ストレージ』から、禍々しい巨大な戦斧を取り出すと。巨大な左足に叩きつける。

 一撃で粉砕とまでは、いかなかったいど。半壊した左足は『蜃気楼の巨人』の自重で砕ける。


 全長20m近い巨体が崩れ落ちる。

 両足を失った『蜃気楼の巨人』は、それでも這うようにして。浮遊船に向かって行こうとする。

 浮遊船の何がここまで、『蜃気楼の巨人』を引きつけるのか。後でじっくり調べてみるか。


「なあ、傷口を狙えば、おまえたちでもダメージが出るだろう。さっさと片づけるぞ」


「そうですよ。後始末くらいはしてください」


 唖然としている冒険者たちに声を掛ける。

 俺たちが全部やってしまうと、仕事を奪うことになるし。俺は普通に冒険を楽しみたいから、これ以上目立つことはしたくないんだよ。


 俺たちは袋叩きにする形で。『蜃気楼の巨人』が完全に動かなくなるまで、攻撃を続けた。

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