番外編:王家の別荘に向かう別バージョン(2)

 それから一時間ほど、何事もなく馬車が街道を進んでいると。

 突然、馬車が止まって。エリクの侍女兼護衛のベラとイーシャが部屋に飛び込んでくる。


「エリク殿下、ドラゴンが来ます!」


 馬車の外に出ると、前方から赤いドラゴンが飛んで来るのが見える。

 俺の『索敵サーチ』は効果範囲が半径五km以上あるけど、空だと視認できる距離の方が長いからな。


 『遠見ディスタントビジョン』で確認すると。ドラゴンの背中に、真っ赤なフルプレートの巨漢が乗っている。

 情報収集は冒険者の基本だからな。俺はこいつのことを知っている。

 『闇落ちした竜騎士』ブラスト・ガーランド。元S級冒険者の『掃除屋スイーパー』でパーティーの仲間を皆殺しにして、冒険者資格を剥奪された相当凶暴な奴だって話だ。


「ドラゴンに高レベル『掃除屋スイーパー』が乗っているけど。エリク、どうする?」


「勿論、僕に任せてくれるかな。グレッグ、君の隊はドラゴンの迎撃に向ってくれ。オスカー隊は防御陣形を展開して待機だ」


 エリクの指示で騎士たちが動き出す。

 グレッグたちは『飛行フライ』を発動して、ドラゴンが来る方向へ飛んで行く。


 オスカー、ターナ、ジール、ジェリド、ガイアの五人は馬車を囲むように布陣を構える。ソフィアとジークの指示で、二人の護衛も布陣に加わる。ミリアはソフィアを守るように傍についている。


「エリク、俺はみんなと馬車を守ることにするよ」


「アリウス、助かるよ。君が守ってくれるなら心配は要らないね」


 ドラゴンはそのまま前進して、俺の『索敵サーチ』の効果範囲に入る。


「ドラゴンは三〇〇レベル台ってところだけど。背中に乗っている奴は五〇〇レベルを超えているな。魔力を隠しているかも知れないから、もっと強い可能性もあるけど」


「この距離から相手の魔力を感知できるのか。さすがはアリウスだね」


 エリクは『伝言メッセージ』でグレッグに情報を伝えて指示を出す。

 グレッグたちは馬車から一kmほどの空中に散開して、敵を迎え撃つようだ。


 グレッグは全長二m以上ある黒光りする魔道具を構える。これは武術大会の襲撃事件で『掃除屋スイーパー』のザック・トリガーが使った魔銃だ。エリクが回収して有効利用することにした。


蜥蜴とかげ野郎、くたばりやがれ!」


 グレッグがスコープで狙いを定めて引き金を引くと。放電現象を起こす魔力の塊が、音速を超える速度で射出されて。ドラゴンの頭にピンポイントで命中する。


 ドラゴンを一撃で仕留めることはできなかったけど。ドラゴンは痛みに暴れ捲って、背中のブラストを振り落とす。


「おい、いきなり何しやがる。天然物のドラゴンは貴重なんだぜ!」


 次の瞬間、ブラストはグレッグの目の前にいた。『短距離転移ディメンジョンムーブ』を使ったんだな。


 身長二mを超える真っ赤なフルプレートの巨漢が、巨大な戦斧を叩き込むと。グレッグは地上に向けて弾き飛ばされる。


「グレッグ隊長!」


 グレッグ隊の騎士たちがスキルと魔法で反撃に出る。ブラストの方がレベルは明らかに上だけど、グレッグ隊の騎士たちは戦い慣れている。


 ブラストに狙われた騎士は防御に徹して、後方の支援役バックアップが防御魔法を発動。他の騎士たちが上下前後左右からスキルと攻撃魔法を叩き込む。


「チッ! 小賢しい真似をしやがって!」


 ブラストは堪らず、『短距離転移ディメンジョンムーブ』を発動して距離を取る。

 ブラストがドラゴンと合流しようとしたとき。音速を超える速度で飛来した魔力の塊がドラゴンを撃ち抜いて、ドラゴンの巨体が地上に落ちて行く。


「不意打ちしやがって。小賢しい真似をしているのは、てめえの方じゃねえか」


 魔銃を手にしたグレッグが上昇して来る。ブラストの戦斧を食らったときに、グレッグは咄嗟にスキルを発動して、上手くガードしたからな。それでも結構なダメージを受けているけど、戦えないほどじゃない。


「よくも俺のドラゴンを殺りやがったな!」


 ブラストはグレッグに襲い掛かる。巨大な戦斧を叩き込もうとすると、支援役バックアップが放った防御魔法がブラストの攻撃を防ぐ。


「残念だったな。てめえの相手は俺だけじゃねえんだよ」


 グレッグは武器を剣に持ち替えて反撃。他の騎士たちも畳み掛けるように、集中砲火を浴びせる。

 追い詰められたブラストは『短距離転移ディメンジョンムーブ』を発動して逃げる。だけど移動した先で、突然金縛りにあったように動きを止める。


「『短距離転移ディメンジョンムーブ』は君の専売特許じゃないからね。背中には気をつけた方が良いよ」


 ブラストの動きを止めたのは、エリクが放った『拘束の鎖リストレイトチェイン』だ。

 『拘束の鎖リストレイトチェイン』は精神支配系の第七界層魔法で、精神活動を含めて相手の動きを完全に封じる。


 レベルや魔法抵抗力RESが高い奴なら抵抗レジストできるけど。五〇〇レベルを超えるブラストでも、至近距離からのエリクの『拘束の鎖リストレイトチェイン』は抵抗レジストできなかった。


 相手の動きを封じて一撃で倒す。これがエリクの本当の戦い方だ。

 武術大会で『拘束の鎖リストレイトチェイン』を使っていれば、エリクはキースを瞬殺できた。


「エリク殿下、これくらいの敵は俺たちに任せて下さいよ。ヨルダン公爵の標的はエリク殿下なんですから」


 グレッグが不満そうに言う。


「情報を聞き出すために、生きたまま捕らえたかったんだよ。君たちに任せると殺してしまうだろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る